第三章 ザ・パーティ
その南国の街は、まちがいなく夏である。
夜になると、ピンク色のネオンがあやしく光る。
きわどい格好の女のひとたちが、通りを歩いていく。
わたしは、原チャリであたりを駆け回る。
もちろん、ラジオのボリュームは最大で、八十年代の名曲がつぎつぎと流れる。
プレイするうちに発見したのは、乗り物が、原チャリに限らないことだ。
ふつうのゲームのように、クエストなり何なりをいい子ちゃんにこなして、お金を稼いで購入する、なんてことは、しなくてもよい。
では、どうするか。
盗むのだ。
信号待ちをしている車の運転席に近づいて、ドアを開け、運転手をぶん殴って気絶させ、そのまま乗り込むのだ。
わたしにとって、それは啓示だった。
つまり、人間は、そういうことができるのだ。
それは、厳然たる事実であるにもかかわらず、少年のわたしから、大人たちによって注意深く隠されていたことだった。
可能性のうえだけでも、そんなことがありうるのだ、という話をしてくれる大人は、ひとりもいなかった。
しかし、人は、そうしようとさえ思えば、人を殴り、犯し、殺すことができるのだ。
「おれは、ひとを殺したいと思う。盗みたい、犯したい、好きなようにしたいと思う。
だけど、それは、やっちゃいけない。
なぜだ?」
その話題を、正面切って、はじめてわたしに語りかけてくれたのは、このゲームだった。
「人を殺してはいけない理由など、どこにもない。
ただ、殺せば、おまえが属している社会が、おまえを殺すだろう。
はじめに警察がやってくる。そいつらを殺しているうちに、戦車がやってくる。ゲームのなかで何遍も、何十遍もやっていれば、おまえはその戦車を奪い、もっとひどい破壊の限りを尽くせるかもしれない。
しかし、おまえの人生は一度きりだ。このゲームみたいに、やり直しはきかない。
その条件をのむなら、おまえはいますぐこのゲームをやめて、現実で、暴力の限りを尽くしてもいい。
さあ、どうする?」
もちろん、ストーリーは、半分もわからなかった。
ぜんぶ、英語なのだ。
しかし、わたしの依代である、水色のアロハシャツを着たおじさんが、社会的な窮地に陥っていることは、わかった。
おじさんは、何回生まれ変わっても付き合いたくないタイプの、ほかの怖いおじさんたちに小突き回され、命じられて、あきらかに銃を所持しているし、また実際に撃ちもするやくざ者どもの麻薬取引の現場に乱入し、ブツを奪う。
捕まり、殴られ、拷問にかけられる。
ほうほうのていで逃げ出し、怒りを爆発させ、ホテルの一室で家具を破壊する。
しかし、いつまでも暴れてばかりはいられない。
クールになるのだ。
おじさんは、あくまでもクールに通りに出て、路駐してあった車の窓ガラスを叩き割り、鍵を外し、ダッシュボードを切り裂き、ホットワイヤし、エンジンをかける。
カーステレオが、大音量で、今週のヒットを流す。
曲は、もちろん。
オリヴァー・チーサムの『ゲット・ダウン・サタデー・ナイト』だ。
そうやって音楽を聞きながら、ピンク色のもやのかかったコーストラインを、すべての信号や交通規則を無視しながら疾走する。
オリヴァー・チーサムが歌う。
土曜の夜を踊り狂え
イッツ・オールライト
土曜の夜だGet Down Saturday Night (Special Extended Version)
そうやってわたしは、ストーリーの半分もわからないままに、そのゲームをプレイしつづける。
人を殴ればサツが来るというリアリズムに貫かれた南国のビーチを駆け回り、血濡れの両手でドルの札束をつかむ。
襟の大きく開いたスーツに身を包み、どこかの富豪がやっているヨット・パーティーに顔を出す。
必要があればサツとも絡む。車だけでなくボートも奪う。
ストリップ・クラブの奥まった部屋で、ごそごそと怪しいことをする。
そうしたすべてのことのあいだに、強烈なマイアミの日差しが、さんさんと降り注ぐ。
第四章 キープ・ユア・フレンズ・クローズ
はっきりとは覚えていないが、エンディングはこんなふうだ。街の奥まったところにある、高級住宅街──といっても、日本のそれのような、ひねた、みずぼらしい、かっこ悪いものではない──に、わたしはそのうち出入りするようになる。そこに、麻薬王がいるのだ。
困難だが金払いのいい仕事を受け、いくつかの鉄火場を潜り抜けて、信頼を得る。
そのあいだに、相棒が、法的なことをやる。
書類を書き換える。足場を固める。外堀を埋める。
そして、あの日がやってくる。
わたしはいつものみずいろのアロハシャツ姿で、AR-15アサルトライフルを肩にかけ、広々とした屋敷の正面玄関から、堂々と入っていく。
富豪があらわれる。
なんらかの問答があるが、やることは決まっている。
どたまに数十発、ぶち込んでやる。
騒ぎを聞きつけた手下どもが、わらわらと現れる。
手に汗握る、銃撃戦……。
あれから二十年が経ち、わたしはわたしの趣向のかなりの部分が、あのゲームに影響されていることに。あらためて驚く。
音楽、車、暴力の好み。
良識ある人々が眉をひそめるものにこそ、真実が含まれているという真理。
正しい文化は悪徳を含んでいること。
国宝に小便をかけることも、正しい文化の継ぎ方のひとつであること。
昨年、わたしはロサンゼルスでの仕事を終え、自費でマイアミ行きの便に乗った。
空港のロータリーでタクシーを拾って、運ちゃんに頼んだ。
「人々と光があって、にぎやかなビーチにやってくれ」
雑談するうちに、わたしがわざわざマイアミくんだりまで来たのは、あのゲームの聖地巡礼のためであること、まだ宿もとっていないこと、等々が明らかになって、運転手はわざわざ車を止めて、スマホで部屋を押さえてくれた。
「いちばんはじめにトミーが泊まっていたのと、おなじホテルさ」
と言われて、わたしは期待に胸を膨らませた。
十ドル紙幣をチップにやり、車を出ると、壮年の午後の日差しがわたしの肌を貫いた。
直線に整備されたストリートに、玄関をひろくとった、色鮮やかなホテルやレストランが、どこまでも並んでいる。
海側には、棕櫚の木がてんてんとしている。
女性も男性も、ほとんど裸同然の水着を身につけ、よく鍛えられたいい身体を自慢するみたいに、ずんずん往来を歩いていく。
それはもちろん、十四歳のわたしがあのゲームのなかで放り出された、どことも知れぬビーチの街とは異なっているが、しかし、その近親であることは、明らかだった。
ホテルにチェックインするとき、わたしはうきうきして、受付の男に話しかけた。
「このあたりがヴァイス・シティで、間違いないのかな?」
彼は眉をくいっと上げ、わたしをちらと見て、パスポートを返しながら言った。
「そうだよ。あんたまさか、そのためにわざわざ日本から来たのかい?」
わたしはパスポートを受け取り、言った。
「そうだ。二十年かかった」
男は微笑み、言った。
「あんまり羽目を外すなよ。あれはゲームのなかの話だぜ」
わたしはホテルの一室に入り、フライトの疲れを癒すため、ベッドで微睡んだ。しばらくして、まぶしい光に目を刺され、立ち上がってカーテンを開けた。
腰元に雲のケープをまとった、淫靡な夕陽が、海に沈んでいった。
わたしは顔を洗い、鏡を眺めて、髭を剃ろうかな、と思ったが、そのままにした。
ここは、天下のアメリカ合衆国なのだ。
うるさいことを言うやつなんか、いない。
わたしは、水色のアロハシャツに着替え、玄関を出て、通りを散歩した。
わたしは車を盗まなかったし、通行人をぶん殴ったりもしなかった。
ただ、なにかが足りないと思い、スマートフォンを操作して、お気に入りのラジオ局……FM105、FEVERに合わせた。
もちろん、その通りだ。
オリバー・チーサムが、『ゲット・ダウン・サタデーナイト』をやりはじめた。
おりしも、土曜日だった。
わたしは角をひとつ曲がったところに、はじめはなんだと思ったのだが、よく見るとナイト・クラブであろう建物、を見つけた。
その建物の、おっぱいとお尻のでかい女性の輪郭が象られた、ピンク色のネオンサインを、わたしはしばらくのあいだ、呆然と見上げていた。
やがてわたしは、ネオンサインの女性が開いている股の中心にある、真っ黒な扉を、肩で押し開けて、悪徳の暗闇のなかに入った。
奥のほうにいる、袖のない革ジャンを着た、筋肉だるまの黒人と目を合わせて、近づいてゆきながら──
おれこそがスワップ・マジックだったのだ、とわたしは結論した。
答え
今回のゲームの答えは……3月14日 00:00頃に公開されます。お楽しみに!
新感覚"ゲーム推測型短編小説"「このゲームは何でしょう?」掲載を記念し
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