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ゲームを発達障害の療育に使うって? 毎回満員の大人気セミナー「アナログゲーム療育講座」で何が行われているのか、主催者に聞いてみた

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 東京・高円寺にある国内最大級のアナログゲーム専門店「すごろくや」。そこで毎月開かれ、募集のたびに定員がいっぱいになる隠れた人気セミナーがある。
 ――その名は「アナログゲーム療育講座」。市販のボードゲームやカードゲームを用いて、発達障害のある子どもたちのコミュニケーション能力を伸ばせるよう、指導の仕方を教えるためのセミナーだ。

 講座を主催するのは、発達障害の療育を専門としている療育アドバイザー、松本太一さん。放課後等デイサービスで子どもたちの指導プログラムを考えた経験からアナログゲームを療育に使うことを思いつき、2015年に独立。現在は講座や実地指導を通じてアナログゲーム療育の普及・啓発活動を行っている。
  アナログゲーム療育とはどのようのもので、なぜ人気講座になったのだろうか? 遊ぶために作られたゲームが本当に療育に使えるのだろうか? 松本さんにお話を伺った。

取材・文/透明ランナー


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(Photo by Getty Images)

アナログゲーム療育講座とは

――今日はすごろくやさんのイベントスペース「す箱」で開かれているアナログゲーム療育講座にお邪魔しているのですが、定員40人のところすべて埋まっていますね

松本太一氏(以下、松本氏):
 2年ほど前から始め、現在は月1~2回のペースで開いているのですが、おかげさまでほぼ毎回満席になっています。参加者は療育施設の職員の方を始め、心理士や学校の教員など、現場で療育に関わっている方がほとんどです。 

――講座ではどのようなことをするんですか?

松本氏:
 アナログゲームを用いて、発達障害【※】のある子どもたちのコミュニケーションを伸ばす方法を教えるのが目的です。

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※発達障害……生まれつきの脳機能の発達の関係で、社会生活に困難が発生する障がいのこと。大きく「広汎性発達障害」「LD(学習障害)」「ADHD(注意欠如・多動性障害)」の3つに分けられる。

 講座は1回3時間で、内容は発達心理学の講義が半分、そして実際に参加者の皆さんにゲームを体験していただく時間が半分です。毎回テーマを決め、1回あたり5つほどのゲームを紹介しています。そのゲームを子どもたちが遊んでいるのを見ているときに、どんな行動に着目し、どうアドバイスすればいいのかを、具体的に教えます。

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す箱……ボードゲーム専門店「すごろくや」が運営する、ボードゲーム専門のイベントスペース。
(画像はすごろくやの公式ブログより)

 すごろくやさんがゲームに関する企画のために場所を貸し出していると耳にして、即座に企画を持ち込みました。 

――使うのはどんなゲームですか?

松本氏:
 どんなゲームでも切り口次第で療育に使えると考えて、ラインナップを増やし続け、現在では150種類ほどに増えました。どんな人も手に入れられるよう、使うのはすべて市販のゲームですが、これらは目的と使い方を知ればとても優れた療育教材になります。他の療育者から「このゲームって療育にぴったりですね、松本さんが療育のために作ったんですか?」と言われることがよくあるくらいです。

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すごろくやの店内の様子。
(画像はすごろくやの公式サイトより)

 身近に手に入るゲームが優れた教材になるというところが、講座が人気になった理由の一つかもしれません。講座で使ったゲームはすごろくやさんの店頭で購入することができます。 

――他にはどんな場所で活動されているんですか?

松本氏:
 すごろくやさんでの講座のほか、放課後等デイサービス【※1】や就労移行支援施設【※2】で研修、実践を行っています。私は東京在住ですが、奈良県の事業所とスカイプでつないで遠隔指導を行ったりもしています。手元の動きとみんなの表情が分かれば、遠隔でも参加者の方が何を考えているかわかるものですね。

※1 放課後等デイサービス
障がいのある児童生徒を放課後や休暇中などに預かる、児童福祉法を根拠とした民間施設。発達支援や居場所づくりを目的としている。

※2 就労移行支援施設
障がい者自立支援法に定められた就労支援事業の一つ。企業などへの一般就労の希望を実現させるため、作業訓練や実習、就職後の職場定着支援など、さまざまなサポートを行う。

アナログゲーム療育の裏付け

――そもそも、アナログゲーム療育とはどのようなものなのでしょうか。

松本氏:
 アナログゲームを通じて、「子供の認識能力の発達を促す」「周囲に関心を持つ」の2点が目的です。スイスの心理学者ジャン・ピアジェの理論を基にしています。

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※ジャン・ピアジェ
スイスの心理学者。1896-1980年。20世紀において最も影響力の大きかった心理学者の一人で、児童の思考発達過程に関する先駆的研究者として有名。
(画像はWikipediaより)

 しかし、ピアジェをよく読むと、実はゲームについても触れているんですね。80年前のヨーロッパの話なので、おはじき遊びみたいな簡単なものですが、お互いのルールの認識が違ったときに話し合って解決するという行為は重要だよね、という話をしているんです。
 ピアジェは教員採用試験や保育士試験などでは必ず出てくる名前ですが、どちらかというと歴史上の人物という位置付けで、理論自体は療育者の間でもそれほど理解されていないという印象です。

――なるほど、ピアジェの理論を簡単に説明していただけますか?

松本氏:
 「子どもは『小さな大人』ではない」とピアジェは言いました。彼は多くの実験により、子どもが大人とは異なる独特の物の捉え方や考え方をしていて、その特性が年代ごとに段階的に変化していくことを明らかにしました。ピアジェは子どもの成長を以下の4つの発達段階に分けました。

【ピアジェが定義する4つの発達段階】

 

ステージ1:感覚運動期(0歳~2歳)
 動きや音の単純な刺激に興味を示す時期。まだ言葉や概念は理解できない。

 

ステージ2:前操作期(2歳~7歳)
 ものに名前があることが理解でき、概念を扱えるようになる。言葉や数の世界が広がる。

 

ステージ3:具体的操作期(7~12歳)
 状況を客観的に把握し、合理的な思考ができるようになる。自分と他者の考えが違うことが理解できる。

 

ステージ4:形式的操作期(12歳以降)
 仮説を立てて論理的な検証ができるようになる。相手や場の状況にあわせて臨機応変な対応ができるようになる。

 そこで、アナログゲーム療育ではそれぞれの発達のステージごとに適したゲームを遊んでもらい、そこで見られる判断の偏りやつまずきを分析します。適切なアドバイスを与えることで、お子さんがより広い視野で物事を考えられるよう促すのが最大のポイントです。

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 たとえば「この子は今自分に不利になるようなコマの動かし方をしたけれど、これはこういうパターンなので、こういうアドバイスをするといい」という具合です。少し具体的なゲーム名を紹介していきますね。

――ぜひ見てみたいです。 

アナログゲーム療育で使うゲームーー幼児期

松本氏:
 では、ここからは簡単に、幼児以上のお子さんに向けて実際に使うゲームと、子供がつまづきやすい箇所やその指導ポイントを紹介してみたいと思います。 
 幼児期のお子さんは、ルール理解の前提となる言葉や数の意味を理解し、順位や勝敗の概念を身につけることが大きな目標です。戦略的な判断をするのはまだ難しいので、運で勝敗が決まるゲームが中心になります。

<幼児期:『虹色のへび』>

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(画像はAmazonより)

カードはへびの頭、胴体、しっぽの絵柄になっていて、めくったカードに描かれているへびと同じ色のへびがあればつなげます。頭としっぽがつながったら、そのへびをもらえます。伏せてあるカードがなくなったときにカードを1番持っている人が勝ちです。(松本氏)

――ほぼ運で勝敗が決まるようなゲームですが、どういう点に注目するんですか?

松本氏:
 たとえば子どもたちは、ルールが理解できずに違う色どうしを重ねてしまったり、より多くのカードが取れるようにつなげなかったりします。色を重ねるというルールが理解できるか、獲得したカードの数を正しく数えられるか、といった点に注目しましょう。

アナログゲーム療育で使うゲームーー学童期

松本氏:
 次に、学童期です。
 この時期は、状況が変わっても一貫して変わらない「考え方」を自分の中に確立し、それを個別的な状況に当てはめられるかどうかが、課題になります。したがって、複雑すぎない程度に、戦略的な判断を求められるゲームが中心です。

<学童期:『ファイアドラゴン』>

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(画像はAmazonより)

火山の周囲のマス目をすごろくのように動き、ルビーを拾って集めるゲーム。1回30分ほどで終わります。このあたりから選択の要素と戦略の要素が加わってきます。また、かっこいいビジュアルも参加意欲の向上に重要です。「2つのサイコロを振り、2体のドラゴンのうちどちらかを動かす」というルールのため、2✕2=4パターンの中からとるべき行動をその都度選択することになります。すごろくやのサイトにて、日本語版も購入可能。(松本氏)

――このゲームはどこが指導のポイントなのでしょうか。

松本氏:
 コマの目、サイの目、ルビーの位置は毎回変わりますが、「4パターンのうちから最も多くのルビーが取れる選択をする」という考え方は変わりません。ところが何も考えずに自分に近いほうのコマを動かしてしまったり、「4つ進むほうが数が大きいから」と間違った選択をしてしまったりすることがあります。
 子供の動きを見ながら、「4つ進むのと2つ進むの、どっちがたくさんルビーを取れるかな?」など、選択肢を明示して行動で示してあげましょう。

アナログゲーム療育で使うゲームーー中学生以上

松本氏:
 そうして中学生以上になると、ルールの枠組みの中で、「他者の動き・気持ち」という目の前に表れない不確定な要素を判断材料に入れて行動することが重要になってきます。そうなると今度は、自分のことだけでなく、相手の立場や意図を考慮する必要がある複雑なゲームが中心になります。

<中学生以上:『ヒットマンガ』>

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(画像はAmazonより)

吹き出しが空欄になった漫画の1コマカードを使い、読み手が即興でセリフを作って伝えつつ、他の人は該当するカードを察してかるたのように早取りするゲームです。1人ずつかわりばんこに読み手役を行い、空欄の吹き出しに相当するようなセリフを、その場の即興で作って他の人に伝えます。例えば、「うわっ! マジかよ……。」「アンタなんかがアタシに!?」といった感じで。臨場感が出るように「それらしく」言うのがポイントです。(松本氏)

――なかなかおもしろそうだけど、どう状況を伝えるかのコミュニケーション能力が重要そうですね。

松本氏:
 実は伝わらない理由のほとんどは語彙の不足ではなく、カードに描かれた状況の読み取りができていないからなんです。「他の人だったらどこに注目すると思う?」などの問いかけをして、上手にコントロールしてあげましょう。

アナログゲーム療育誕生のきっかけ

――解説ありがとうございます。それにしても、どうしてアナログゲームを療育に使おうと思いついたのでしょうか

松本氏:
 その前にまず、私のバックグラウンドからお話させてください。
 大学時代、そのころ海外から入ってきたばかりの発達障害という概念を初めて知りました。人口の数%を占めるようになるとも言われており、発達障害について専門的に勉強してみようと思ったのが2000年頃のことです。今後間違いなく大きな社会問題になるだろう、という思いがありました。

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 その後、東京学芸大学大学院の太田昌孝先生のもとで学びました。自閉症児を対象とした療育手法「太田ステージ」【※】の開発者です。そこで児童の療育に関わったり、小学校の心理相談員として当時始まったばかりの特別支援教育に関わったりしていました。 

※太田ステージ
自閉症の子どもの認知発達を段階的に評価し、その段階ごとに合った治療教育を行う方法。東大病院の精神神経科小児部での臨床をもとに理論化された。たとえば「物に名前があることに気づいていない段階であるステージIの子には、療育者が日常の中で物の名前を言ってあげる」といったように、段階ごとに適した療育を行う。

――そこで専門的に学ばれたわけですね。その後はどうしていたんですか? 

松本氏:
 発達障害のある大人の就労支援に携わっていました。特に勉強になったのは、障害のある方を企業に人材紹介する仕事でした。面接の前には当然しっかり対策し、志望動機や自己PRをすらすら言えるようになるまで練習します。

 ところが「あるキラークエスチョン」をされると、面接に通る人と落とされる人がくっきりと分かれてしまうんです。それは「周りの人が忙しくても職場で配慮を求めることができますか?」というものです。組織の一員として働くイメージができていないと、頭が真っ白になってしまうんです。

――面接練習しただけではそこまで対策するのは難しい、ということなんですね。

松本氏:
 こういうときはこう対応する、という想定問答はできるのですが、場の状況を理解することや常に周囲に関心を払い続けることはなかなか難しいのです。僕は「これはまいったな、もっと実践的な方法はないかな」と感じていました。 

 その後、中野にある放課後等デイサービスの指導員として、療育プログラムの開発を担当していました。知的な遅れがありまだ言葉を獲得していないお子さんから、IQ130くらいあるお子さんまで、さまざまな発達段階の子どもたちが訪れます。その中でどうやったら実践的なコミュニケーション能力を身につけてもらえるのか、悩んでいました。

 そんなとき、たまたまお隣の高円寺駅に「すごろくや」というお店があることを知り、ふらっと足を運んでみたんです。 

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