将来的にはVR/AR版「団地アート・オンライン」も
――PCソフト版の構想もあるんですね。
ミナセ氏:
はい、すでにSteamの審査は通っています。PC版を発売するときはその時点での世の中のPCスペックが許すかぎりの作りこみのバランスで完成させ、その後も団地の敷地全体のディテールアップを終わりなく続けていくつもりです。
――どのようなゲームになるのでしょうか?
ミナセ氏:
今後はウェブブラウザ版とPCゲーム版の両方で遊べるように開発していこうと考えています。PCゲーム版はSteamで製品として発売し、ブラウザ版はPC版を発売してもフリーのウェブゲームとして公開を続けます。
インターネットに接続できさえすれば多摩川住宅の独特の空間を愛でられるようにしておきたいからです。ただ技術的な制約が多いこと、ライトユーザーに広くプレイしてほしいという考えから、単純な散歩ゲームのようなものとして開発を続ける予定でいます。
――例えばどのようなものになりそうですか?
ミナセ氏:
1月15日に行ったUnrealEngineビルド版のアップデートでは、約30年前に閉店したおもちゃ屋「杉の木」と「さかえ書店」をゲーム内に再現しました。商品をクリックするとAmazonで該当ページが開く仕組みも試験的に取り入れました。
多摩川住宅が最も活気のあった時代をネット上で再現するための一環としてのアイディアです。
――面白いアイディアですね。
ミナセ氏:
多摩川住宅の中を探索する。ぶらつく。他のユーザーと関わってみる。現実の団地に住んだら商店の中を見て時間を過ごすはずで、その体験もゲームの中で再現する。ブラウザ版はそうしたことが主な内容になるはずです。
過去50年の間に多摩川住宅の中で今はなくなった公園の遊具の再現もすすめています。現在公開しているバージョンでは二重らせん型すべり台などを復活させました。資料を探したりしつつ、復元作業をしてアップデートを行いたいです。
――他に違いはありますか?
ミナセ氏:
ブラウザ版とPC版では、レンダリングの品質の違いも挙げられます。ブラウザ版のグラフィックは技術的にはスマホでの表示に近いもので、PC版用で可能な高級な描画技術が使えません。
PC版用にビルドされたゲームは、グローバル・イルミネーション【※】などのライティングの品質やテクスチャ解像度、アンチエイリアスやカメラのポストエフェクトなどが段違いにきれいなものが提供できるはずです。
※グローバル・イルミネーション
物体に直接当たる光だけでなく間接反射光もシミュレーションし、リアルな質感を再現するCG技術。
――まだまだ理想の状態ではないということですね。
ミナセ氏:
多摩川住宅の敷地全体をくまなく作りこむ作業はまだまだ完成には程遠く、私の中で完成と感じる状態になるにはまだ何年もかかると思います。とはいえ、ブラウザ版での現状も多くの方が楽しんでおられるように、その都度のバージョンの中で遊べる品質を保ちつつ、より作りこまれたモデルを新しいバージョンで公開していくというサイクルを続けていきます。
長いこと作業を続けていけば、世の中のハードのスペックの底上げもすすんで、より多くのディテールを持った重いモデルも表示できるようになると思います。そうなればロの16号棟の全フロアをゲーム内で再現して鬼ごっこをしたりということもできるはずです。そうなるまで長くアップデートを続けたいと考えています。
――かなり長期にわたる計画なのですね。
ミナセ氏:
そうです。長期的な構想としては、多摩川住宅というレベルデザインをプラットフォームととらえ、ここからいろいろなジャンルのゲームに派生させていくことを構想しています。VR・ARへ対応していくことも「団地アート・オンライン」の楽しみを広げてくれると思います。
3DCGへの思い
――ここまで「団地アート・オンライン」のお話を伺ってきましたが、ご自身のウェブサイト「無窮庭園」では、3DCGでつくられたマンガやアニメ、アプリなどが多数掲載されています。3DCG制作はいつごろから行っているんでしょうか?
ミナセ氏:
かれこれ20年はやっていますね。もともとはVSL(現:ダイナモピクチャーズ)というCGスタジオで働いていました。当時は、初音ミクの祖型とも言われる伊達杏子【※1】なるキャラクターをつくったりしていました。その後はナムコにうつり、主に『鉄拳』シリーズの開発に参加しました。
さらにカナダのエレクトロニック・アーツ【※2】呼ばれて移住し、カナダにあるCGスタジオやゲーム会社に出入りして働いているという経緯です。カナダで暮らしてもう10年になります。
※1 伊達杏子
1996年に「デビュー」した3DCGバーチャルアイドル。ホリプロの企画で誕生した。
※2 エレクトロニック・アーツ
米国のゲーム制作会社。『ニード・フォー・スピード』、『シムシティ』などのタイトルを持つ。
――お仕事でさまざまなゲームに携わってきたなかで、個人サイトで作品を発表するようになったのは、何かきっかけがあるんですか?
ミナセ氏:
いずれ個人の創作を始めてみたい、という気持ちはもともとあった気がします。仕事というのはどうしても、スタジオやゲーム会社の外にいるクライアントからの要望を受け止めるかたちで行うものになるんですよね。自分でいちから全部やってみたらどういう体験になるのかを確認したくて、今も続けているという感じです。
――いままで制作されてきた中で一押しのコンテンツはありますか?
ミナセ氏:
多摩川住宅つながりでいうと、『GPS歴史遺産オーバーレイ』というスマホアプリです。
――ほかにも多摩川住宅にかかわるコンテンツが!? 一体どういうことができるんでしょうか。
ミナセ氏:
グーグルマップ上に歴史上の有名な建物や乗り物を原寸大で表示して、その大きさを近所の地図と比較しつつ知ることができるというアプリです。ローマのコロシアムや戦艦大和などが表示できるのですが、その中に多摩川住宅も用意しています。
――単純なように見えて、今までになかった発想ですね。
ミナセ氏:
あまり類似のアプリがないのはたしかです。ただ、そのためにどういうアプリか伝わりにくいようで……。実際に使った方は面白いといってくれるのですが、使い始めの敷居が高いようで、なかなかダウンロード数が伸び悩んでいます。
――そういえば、「団地アート・オンライン」というのは、『ソードアート・オンライン』を意識した名前ですよね。関係はあるんでしょうか?
ミナセ氏:
『ソードアート・オンライン』は大好きな作品です。『劇場版 ソードアート・オンライン -オーディナル・スケール-』(2月18日公開)のトレーラーも最高にクールで、いずれ海外でも本編が観られるようになるのを楽しみにしています。
『ソードアート・オンライン』の世界観の中にある、「もうひとつの世界を創造し、そこへ旅立つことを熱望する感覚」にとても共感するので、その点は「団地アート・オンライン」のありかたにも生かされていると思います。
――ありがとうございました。最後に一言お願いします。
ミナセ氏:
私の最大のモチベーションは「多摩川住宅」という空間を愛でることです。多摩川住宅の空間を楽しめるならどんなジャンルのゲームでも作ってみたいです。
子供のころ多摩川住宅に住んで空想したことは一つのジャンルには収まりません。消えていくロの16号棟を十分に愛でるには、一つのジャンルでゲームを完成させただけでは私はまったく物足りません。これからも楽しみにしていてください。