『ポケットモンスター サン・ムーン』には、新しいポケモンも、古くからおなじみのポケモンも登場するのだが、科学的にきわめて興味深い第三勢力が存在する。これまでとは違った姿で登場するポケモンたちだ。
たとえば、やしのみポケモンのナッシー。これまでは高さ2.0mだったのに、『サン・ムーン』ではビヨーンと背が伸びて5倍強の10.9mになっている! びっくり!
かと思えば、もぐらポケモンのディグダは、大きさも、丸い頭も、つぶらな瞳も、以前とまったく同じ。だが、よく見ると、頭に3本の黄色い毛が生えている!
こうした変化が起きたのは、『サン・ムーン』の舞台となっているアローラ地方が、これまでの地域とは環境が違うためらしい。それに適応して姿を変えたポケモンが「リージョンフォーム」。外見だけでなく、タイプや使えるわざが変わったものもいるという。
現実の自然界でも、生物は環境に合わせ、世代を重ねて姿を変える。たとえば、沖縄のヤンバルクイナは天敵がいないために、飛ぶ能力を失った。ガラパゴス島のゾウガメやイグアナなども、天敵がおらず、身を隠す必要がないので大きくなった。これは「適応」という進化の一形態だ。
ポケモンたちも、アローラ地方の環境に適応して姿を変えたのだろう。リージョンフォームのポケモンは15種くらい確認されているが、ここでは特に興味深いナッシーとディグダに注目してみたい。
首の攻撃は民家を吹き飛ばす!
まず、ビックリするほど背が伸びたナッシーである。
このポケモンが姿を変えた理由について、公式サイトの『ポケモン図鑑』はこう説明している。
「1年中強い日差しが降り注ぐアローラ地方の環境が、姿の変化をもたらした。アローラ地方のナッシーこそ、本来の姿であるとアローラ地方の人々は誇らしげだ」
なるほど、背が高くなったのは日差しが強いから、なのか。植物は成長のための養分を光合成によって作り出すが、ナッシーもそうなのかもしれない。
ナッシーの高い身長は、攻撃にも活かされるらしい。図鑑には「長い首を鞭のようにしならせて、堅い頭部で攻撃することが得意! ただし、その首が弱点になってしまうことも……」とある。
ポケモン図鑑のイラストと、10.9mという身長から計算すると、ナッシーの首から上の長さは8.4mほどもある。この長い首を振り回して硬い頭をぶつければ、確かに威力は絶大だろう。いったいどんな破壊力なのか。
「鞭のようにしならせて」というからには、1秒ぐらいで振り回すのだと考えよう。その場合、長い首の先端は時速380kmというモーレツなスピードで円運動することになる。ナッシーの重さは415.6kg、首から上は300kgほどと推測される。3つの頭がついた部分は、周囲の2倍ほども太いから、この部分と3つの頭に100kgが集中していると仮定しよう。
すると、ナッシーが首を振り回してぶつかる破壊力は、車重1tの乗用車が時速130kmで衝突するのと同じ! 民家などバラバラになるでしょうなあ。
だが、前述のとおりポケモン図鑑は、「その首が弱点になってしまうことも……」と意味深なことを書いている。これはいったいどういうことか?
筆者が心配するのは、遠心力だ。首を上記のスピードで振り回すとき、頭にかかる遠心力は、自分の重さの92倍。すなわち92G!
人間は10G以上の力を受けると失神するが、92Gを受けるナッシーの場合、失神どころでは済まない。頭一つの重さを20kgとすると、これが1.84tの力で外側に引っ張られるのだ。もう、つけ根がちぎれて、頭がぶっ飛んでいくのではないかなあ? 地面から30度の角度で飛んだとすると、飛距離は450m。ひーっ、想像したくありませんー!
ナッシーには、もう一つ大きな変化がある。それについて、ポケモン図鑑は衝撃をもって伝えている。
「アローラ地方のナッシーには、これまでに発見されていたナッシーと違い、尻尾に4つ目の頭がある! 4つ目の頭は独立して尻尾を操り、頭の攻撃の届かない後方の敵に立ち向かうぞ!」
なんと、尻尾にも頭が!? これ、先端に頭のついた長い部位が「尻尾」と呼ばれていいのだろうか。頭がついている以上、その長い部位は「首」というべきでは? ヤシの木は、2~3本がいっしょに生えていることがあるが、あれは地中で枝分かれしたもの。ナッシーも「やしのみポケモン」である以上、首が2~3本あっても差し支えないのである。
呼称問題は別にして、この尻尾もかなりの攻撃力があると思われる。長さは2.5mだが、一つの頭で操れる。8.4mの首は威力絶大だけれど、3つの頭で操る結果、意見が分かれて初動が遅れるのでは……などという心配もあるからね。
それがヒゲ!? しかも金属製!?
続いて、ディグダに注目したい。同じリージョンフォームといっても、ナッシーに比べると変化は乏しい。頭に3本の毛が生えただけのようにしか見えないが……。
ポケモン図鑑は、次のように述べている。
「頭部から生えている髪の毛のようなものは、金属質のヒゲ。硬いがしなやかで、センサーの役割を果たしている」
えっ、あれはヒゲ!?
人間の場合、髪もヒゲもスネ毛も、基本的な構造は同じだ。どこに生えるかによって、名前が違うだけで、一般にヒゲとは口のまわりに生える体毛をいう。ディグダの毛も、頭に生えている以上、ヒゲではなく、髪と呼ぶべきでは? ……などと細かいことを言いつつディグダのイラストをよく見ると、あっ。ディグダには口がない! もしかして、ディグダの口は、頭のてっぺんにあるの!? だったら、確かにそれはヒゲですな。
いや、よく考えると「頭部に生えるのは髪」という筆者の認識も不正確かも。人間の場合は、確かにそう言えるが、犬や猫の頭部に生えた毛を髪とは呼ばない。う~む、意外に奥が深いぞ、ヒゲ髪問題。
いちいち引っかかってしまうが(でも、筆者はこれが楽しくてたまらない!)、それより注目したいのは、そのヒゲが金属質だということだ。人間の体でも、鉄や亜鉛やカルシウムなどの金属が重要な役割を果たしているが、金属だけが体の一部を構成することはない。他の生物も同様だ。なのに、ディグダのヒゲは金属質。これは、生物として大きな変化といわねばならない。
しかもそのヒゲは、センサーの役割を果たしている。人間には、視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚の五感に加えて、体の内部の様子を感じ取る体性感覚があるが、ディグダは、さらにそれに加えて、ヒゲ覚を獲得したのだ。これまた、画期的な変化である。「頭に毛が生えただけ」という筆者の認識は大きく間違っていた!
では、ディグダの進化形であるダグトリオはどうなったのか。ポケモン図鑑を見ると……うわっ、金髪のカツラとしか思えない髪が! しかも、3匹で、ビミョーに髪型が違う!
ポケモン図鑑によれば、これも当然ヒゲで
「ダグトリオのヒゲは、金髪のように眩しく光る。ディグダのヒゲ同様しなやかだが硬く丈夫で、非常にゆっくりだが一生伸び続ける」
「ディグダのヒゲは、アローラ地方の外に持ち出すことは禁じられている。持ち出した者は祟りにあうと言われ、毎年ヒゲを返しに来る観光客がいるらしい」
わははははっ、なんだこの解説は。ヒゲを返す観光客が毎年いるということは、ヒゲを持ち出す観光客が毎年いるのだろうが、持ち出すヒゲはどうやって入手するんだ!? 落ちているヒゲを拾っていくだけならいいが、生きたダグトリオから引っこ抜いていくとしたら、あんまりな話……。
などなど、進化した姿からいろいろなことが想像できて、まことに楽しいリージョンフォームである。ホントに奥深くて、科学的にもオモシロイな、ポケモンの世界は。【了】