ゲーム産業とアニメ産業を統計データから詳細に比較した全38ページのレポート「日本の2大コンテンツ、ゲームとアニメの制作企業の実像を比較する」がWeb上で発表され、一部で話題となった。情報通信業基本調査などの統計や指標を活用し、豊富な図やグラフを使って分かりやすくゲーム産業とアニメ産業の共通点と違いを分析している。
このレポートを見ていくと、市場規模、企業規模、従業員や外部委託の状況、さらにはコンテンツの権利保有状況など、ゲーム会社とアニメ会社が現在直面しているさまざまな課題について、詳細な数字とともにまとめられている。
このレポートを発表したのは、経済産業省の経済解析室(@keizaikaiseki)。一見難しくとらえられがちな経済指標や経済データを、分かりやすく解説している部署だ。誰でも1分で内容を理解できる「ひと言経済解説」や、特定の経済事象に注目したプレゼン資料 「ミニ経済分析」などを定期的に発信している。
そんな経済解析室が今回選んだテーマが、日本のコンテンツ産業を代表する2大ジャンル、「ゲームとアニメ」だ。統計データから見えてくるゲーム業界とアニメ業界の意外な違いやそれぞれが抱える将来の課題について、経済解析室の石塚康志室長に解説してもらった。
取材・文/透明ランナー
統計で“わかりやすく”産業分析!
――今日はこちらの「日本の2大コンテンツ、ゲームとアニメの制作企業の実像を比較する」というレポートを見て、経済産業省の経済解析室にお話を聞きにきました。まずこちらはどのようなレポートですか?
石塚康志室長(以下、石塚氏):
経済解析室は製造業やサービス業に関する統計数値を作成、公表しながら、定期的に産業の分析を行っている部署です。
経済産業省が持っている統計データだけでなく、他の組織の皆さんが集めておられるデータなども活用させていただき、様々なサービスや製品、業種が統計的に見るとどのように動いているのかを紹介しています。
――図やグラフを多用して分かりやすい資料になっていますが、B2B【※1】というよりはB2C【※2】のレポートということですね。
※1 B2B
Business to Businessの略。企業・事業者が、企業・事業者に向けて商品・サービスを提供すること。
※2 B2C
Business to Consumerの略。企業・事業者が、一般の消費者に向けて商品・サービスを提供すること。
石塚氏:
そうですね。統計データの扱いに慣れている人向けというよりは、「何となく気にはなるけど統計数字はちょっとね……」ということが多いと思われる国民の皆さんに広く届けることを目指しています。
統計とか指数とか言われるとなんだか難しそうと思われるかもしれないですが、インフォグラフィック【※】を活用して、「ふだんニュースで耳にしていることをデータで見るとこうなるんですよ」と、少しでもハードルを下げていければいいなと思っています。
――他にもさまざまな分野の統計を扱っていますが、今回はどうしてゲーム産業とアニメ産業を比較しようと思ったんですか?
石塚氏:
両産業とも、やはり、クールジャパン【※】における重要な産業ですから、常に数字の動きには注目しています。「ゲームとアニメ」と一口に言っても、似ていることも違うこともありますし。
数字を詳細に見ていくと、ゲーム産業とアニメ産業の市場構造の差異、海外への関心の違い、権利の保有状況など、なかなかおもしろいことが分かってくるんです。今回はそんな両者の違いを、数字をもとにご案内できたらと思い、分析を思い立ちました。
――それでは解説、よろしくお願いします!
ゲームはアニメの10倍ってホント?【市場規模分析】
石塚氏:
まず大まかな全体像の話をしたいと思うのですが、ここで質問です。ゲーム産業とアニメ産業、どちらが国内市場規模が大きいと思いますか?
――そうですね……ゲームでしょうか?
石塚氏:
ゲーム業界の国内市場規模は2015年で約1.8兆円と、コンテンツ産業全体の約15%を占めています。 一方でアニメ業界の国内市場規模は約1700億円です。ちょうど1ケタ違うわけですね。
――ゲームとアニメ、市場規模はけっこう違うんですね。
石塚氏:
ところが、この数字はアニメ制作会社の売上ベースで計測した狭義の市場規模です。
アニメはそれ単体だけではなく、映画版の興行収入、音楽の売上、ライブの売上など、さまざまな二次市場が広がっていますよね。これを含めたエンドユーザーの支払額ベースだと、その規模は約1.24兆円と約7.5倍にも広がり、ゲームに匹敵する巨大な市場になるんです。
――なるほど、アニメ産業は二次市場の裾野が非常に広いんですね。ちなみに市場規模は増えているんですか?
石塚氏:
リーマンショック【※】で一時的に下落したものの、それ以前の規模を回復し、どちらも近年は順調に増えています。ゲームとアニメの市場規模はよく似た推移をたどっているので、コンテンツを楽しむ層も重なる部分があるようですね。
――やはりリーマンショックが打撃を与えていたわけですね……。
石塚氏:
特にゲーム産業はこの時期にパブリッシャーさんがグッと投資を絞って、大型タイトルの発売を延期したりしたようで、それがボディブローのように効いて、他の産業に比べて回復がワンテンポ遅れたようです。それでも近年は市場規模は拡大傾向にあります。
ゲーム業界は大作志向【コンテンツ数分析】
石塚氏:
今の話は全体の市場規模の話でしたが、続いて企業の規模について見ていきたいと思います。
1社あたりの平均売上高を見ると、ゲーム産業が約95億円、アニメ産業は約36億円と、ゲームのほうが2倍以上大きいんです。(下記図左参照)
また、1社あたりの平均従業者数も、ゲーム会社が約200人、アニメ会社が約100人と、2倍程度の規模です。
どちらの業界も人手が必要になる業種なので、従業者数の推移と売上高の推移がほぼ連動しています。売上を増やしたければ人も増やすし、人が増えれば売上も増える。これは共通している部分ですね。ちなみに正社員比率はゲーム会社が約7割、アニメ会社が約6割と似たような数字です。
――ゲーム会社のほうが全体的に2倍ほど規模が大きいんですね。
石塚氏:
そしてここが面白いんですが、1社あたりの平均自社開発コンテンツ数を見てみると、ゲーム会社は年10作に満たないのに対して、アニメ会社は20作と、逆にアニメのほうが2倍ほど多いんです。
――そうなんですか! 1作あたりの制作単価で見ると、ゲームはアニメに比べてかなり大きくなるんですね。
石塚氏:
ゲーム会社はアニメ会社よりも規模が大きく、開発本数が絞られていて、大作志向という構造です。逆にアニメ会社は中堅規模の企業が多く、その中で作品数を増加させて、1社あたりの売上を伸ばしているということが言えます。
しかもゲーム業界では、平均自社開発コンテンツ数はどんどん減少し、2015年度は2011年度の約半分にまで減っているんです。それなのに1社あたりの平均売上高は増えている。つまりこのデータからははっきりと、ゲーム業界の大作志向が見えてきます。一方でアニメの作品あたり平均単価はほぼ横ばいです。
――それは面白いですね。ゲーム業界ではここ数年で大作志向がどんどん進んでいるのが数字からも見えてくるんですね。
アニメ制作は「一蓮托生」【外部委託数分析】
石塚氏:
ゲームとアニメの共通点として、どちらの会社も外部委託をすることが多いのが特徴です。2015年度に外部委託をした企業の割合は、ゲーム会社もアニメ会社も約9割です。
――自社だけではコンテンツができず、外部委託をしながら制作するのが当たり前ということですね。
石塚氏:
ただ、ここでも2点、両者の違いがくっきり現れてくるところがあります。
まず1つ目は、外部委託の規模です。ゲーム会社は自社開発コンテンツ数の約4倍の本数を委託しているのに対して、金額ベースでは売上高の3割程度にすぎません。ところが、アニメ会社では、本数では自社開発コンテンツ数のほぼ1倍であるのに対して、金額ベースでは売上高の5割程度と、非常に高いんです。
――アニメ会社のほうが外部委託1件あたりの規模がかなり大きいんですね。
石塚氏:
ゲーム会社の外部委託は、スポット的な1回限りのものが多いのではないかと推測できます。他方、アニメ会社は長期的に付き合いのある企業にまとまった額の外部委託をしていることが分かります。
言ってみれば、アニメ産業は国内の関連会社どうしが持ちつ持たれつ、「一蓮托生」で作品を制作しているという業界構造が浮かび上がってきます。
――なるほど、「一蓮托生」ですか。
石塚氏:
そして実は私が個人的に一番驚いたところなんですが、2つ目は海外への委託状況です。
アニメ会社の委託先の9割以上を国内が占めていますが、ゲーム会社ではおよそ3割が海外。しかも2012年を境に以降急激に海外への委託が増えています。さらに、安定した外部委託では、もっと違いが鮮明で、実はゲーム会社の関係会社への委託の場合、その大部分が海外の関係会社となっており、長期取引の大部分が国内となっているアニメ会社と大きな違いがあったのです。
――たしかにゲーム制作のほうが海外企業への委託は多そうですが、その理由は何なんでしょうか。
石塚氏:
ゲームはアニメに比べて3DCG化が進んでおり、より高度なCGレンダリング技術を取り入れるためには海外委託をしたほうがいいということかもしれませんね。また、昨今のゲームのエンドクレジットを見ると、アメリカチームやフランスチームといった文字が入っていることも多いです。大作ゲームになると特に、最初から海外展開することを前提に、グローバルな制作体制をとっていることがうかがえます。