「製作委員会方式」は悪か?【権利保有割合分析】
石塚氏:
ここまでゲーム会社とアニメ会社の構造を比較してきましたが、ところで、ゲームやアニメの売上の「本質」ってなんだと思いますか? 言い換えれば、これらの産業は何を売って稼いでいるんだと思いますか?
――本質……ですか? たしかにものを作って売る産業とは異なりますよね。
石塚氏:
ゲームもアニメも、その産業の本質は著作権のような「形を持たない権利」、知的財産権なんです。せっかくコンテンツを作っても権利を握っていなければ、せいぜい手数料や作業料のような収入しか入りません。ゲーム・アニメ業界では権利配分こそが売上の本質であり、権利を誰が持つかという構造がそのまま業界の構造を作っているんです。
冒頭でも述べましたが、ゲーム業界は「ゲームを販売する」という直接のビジネス(1次利用)だけで市場規模が1.8兆円あります。
一方でアニメ業界では「アニメを上映する」だけではゲーム業界の10分の1の市場規模しかありませんが、音楽やグッズ、パチンコといった「2次利用」市場を含めると、一気にゲームに匹敵する規模になります。知的財産権をどう確保していくかというのが、コンテンツ業界では重要になってくるんです。
――なるほど……。実際ゲーム会社やアニメ会社って、コンテンツに対してどのくらいの知的財産権を持っているものなんでしょう?
石塚氏:
ゲーム会社では、1次利用に関する権利を100%保有しているコンテンツの割合は約9割と高い水準ですが、2010年度には6割程度でした。同じように、2次利用に関する権利も、100%保有しているコンテンツの割合は約8割。2012年度には約3割だったので、ここ3~5年で一気に割合が高まっています。
――ずいぶん増えましたね。どうしてここ最近で一気に状況が変わったのでしょうか?
石塚氏:
ゲーム機専用ゲームが主流だった時代は、ハードウェアメーカーが出資者かつ著作権者であることが多かったようです。ソフトウェアメーカーに使用許諾を与えるかわりにライセンス料や販売料を受け取り、かつゲーム本体(記録メディア)をハードウェアメーカーが出荷する(下記図左参照)という構図ですね。
しかしPC・スマホゲームが増えてきた現在では、ソフトウェアメーカー自身が出資者かつ著作権者であるケースが増えています。作ったコンテンツの著作権を自社で持ち、自社サイトやアプリストアで一般消費者に向けて直接販売し、ゲームコンテンツの2次利用なども自社で工夫して行う(上記図右参照)という構図です。このような変化から、ゲーム会社の著作権の保有割合が増えてきたと考えられます。
――なるほど、権利の保有状況からゲーム業界の構造の変化が見えてくるわけですね。
石塚氏:
実はこれに似ている構造なのが、女性向けのアパレルだと思うんです。販売場所を提供してくれるデパートが勢いを失い、かわりに自社店舗やネット通販での販売が増えていますよね。そうすると自社で工夫してブランド価値を高めていかなければいけない。そんな変化の波が訪れているように思います。
――一方でアニメ会社の権利保有状況はどうなんでしょうか。
石塚氏:
アニメ会社は1次利用・2次利用ともに、権利の保有割合が50%以上のコンテンツはわずか1割程度にすぎません。ゲームと全然違いますよね。
――まったく違いますね。アニメ業界の業界構造の特徴が関係しているのでしょうか。
石塚氏:
そのとおりです。アニメは2000年頃から、製作費や広告費をより広く確保するために、「製作委員会方式」(下記図左参照)が主流になってきました。
アニメ会社だけでなく出版社やおもちゃ会社、広告代理店やインターネット配信業者などが組んで共同で権利を持ち、その出資割合に応じて収入を得るというビジネスモデルです。そのためアニメ会社は、著作権の共同保有者のひとりという位置づけであるケースが多いです。
――なるほど、製作委員会方式のせいで権利保有の割合が増えないと……。
石塚氏:
ただ、この方式も一概に悪いことばかりではないんですよ。たとえば今年刊行された『ロボットアニメビジネス進化論』という本を読むと、アニメ業界と玩具メーカーとの歴史的関係が描かれています。アニメ会社が単独で超合金やプラモデルなど関連商品をすべて作るのは大変だし、手を広げすぎるとそのぶんリスクも大きくなりますよね。
この「餅は餅屋」の発想がより多様な利用分野に広がったのが「製作委員会方式」なのではないかと思います。それぞれの分野の企業が役割分担をして、多種多様なビジネスを手がけることで、リスクを減らすことにもつながるわけです。
今後ゲームは海外、アニメは二次利用へ【アンケート分析】
石塚氏:
最後に、今後の事業展開の構想についてのアンケート結果を見てください。質問項目が異なるので単純な比較はできないですが、ここからも業界構造の違いが見えてきます。
ゲーム会社では将来「海外への事業展開」を考えているという回答が8割にもなり、最大の関心事であることがうかがえます。また「大学教育に対する協力」と、大学という社会資源を活用した技術向上への関心も高いです。
――海外企業や大学と協力してより高度なゲーム制作技術を獲得したいという業界としての目標が見えてきますね。
石塚氏:
一方、アニメ会社は「映画制作」「ゲーム、パチンコ、カラオケなどとの連携」「グッズなどの商品化」といった、二次利用に関わる事業展開への関心が非常に高いです。
アニメ業界では作品制作の直接の市場よりも、そこから各種エンターテイメントに二次利用される市場のほうが圧倒的に大きく、そこを狙っていきたい。しかしそのために必要な2次利用の権利の確保は、思うようにうまくいっていないようです。
――ゲームは海外、アニメは二次利用。同じコンテンツビジネスといっても、市場構造や産業構造が大きく違っていて、それが将来の構想の違いにも現れているわけですね。
8月に刊行した漫画版もおすすめ!
――ありがとうございます。なかなかこういった経済指標やデータを見る機会は多くないので勉強になりました。私たち一般市民がこういったデータを見ても、何が何やら……。
石塚氏:
いえいえ、このようなデータは誰でも閲覧することができ、また誰もが活用することができるんですよ。せっかくなので生活の中でデータを活用する方法を提案するために、今年8月にマンガを出版しました。『経済統計の見方 マンガで見る経済解析室の経済指標入門』という本です。
――マンガですか! 官公庁の一部署がマンガを発行するというのは珍しいですよね。
石塚氏:
このマンガは、ゲーム業界に就職を考えている就活生のストーリーとなっています。「第3次産業活動指数」というデータを活用し、友達や教授とも協力しながら就活に役立て、自分の将来について考える、という話になっています。少しでも多くの人に読んでもらえるよう、馴染み易いマンガという形にしました。
統計や指標は、実は一般の人の生活にも役立つんだよということを伝えるのが私たち経済解析室の役割だと思っています。TwitterやFacebookでも情報を発信しているので、ぜひチェックしてみてください。
――ありがとうございました。(了)
日本のコンテンツ産業を代表し、いずれも市場規模は1兆円を超えるゲーム業界とアニメ業界。共通する部分も多いが、それぞれ業界の構造やコンテンツの性質にもとづくさまざまな違いがあることが、各種指標や統計を読み解くことで見えてきた。
一番興味深いと思ったのが、将来の事業構想についてのアンケート結果だ。グローバル化が急務のゲーム業界では、海外企業へのCG技術の委託や海外市場でのローカライズなど、海外に向けた視点が上位を占めている。
一方、アニメ会社はパチンコ化やグッズの商品化、あるいは音楽ライブの展開など、IPを活用した二次利用への関心が高い。ここは工夫次第でいくらでもビジネスが拡大していくところだ。しかし歴史的経緯からアニメ作品の著作権は製作委員会にあり、アニメ作品の二次利用の売り上げはアニメ制作会社ではなく、製作委員会に属する会社に出資比率に応じて入ることになるという制約も見えてくる。
これらの指標や統計の多くは、ネットを通じて私たちも手軽に閲覧できるものだ。数字を読み解くスキルを高めて、関心ある業界の構造をひもといてみるのはいかがだろうか。
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