「人生」と称されることもある『CLANNAD』、いまだ新規ファンを獲得し続けている『Fate/stay night』、同人発ながら熱狂的な支持を得た『ひぐらしのなく頃に』など、いわゆるギャルゲーやノベルゲームといったジャンルの作品たちは、ゲームのみに留まらず、昨今の日本のエンターテイメント業界に多大な影響を与えてきた。
「原作ゲームは未プレイだけど、アニメ化されたものやコミカライズなどで知っている」という人も多いだろう。
だがこのジャンルも、ここ最近は大きなヒット作に恵まれていなかったのが現実だ。そんななか、なんとインディーの美少女ゲーム(ギャルゲー)シリーズが累積150万本の大ヒットを成し遂げたというニュースが流れ、一時期話題となった。
件のシリーズは、美少女になったネコたちとのハートフルライフを描いたギャルゲー、『ネコぱら(NEKOPARA)』という。これらはもともと「NEKO WORKs」というグループによって、2014年にリリースされた成人向けの美少女ゲーム(エロゲー)で、2017年5月には最新作、『ネコぱら Vol.3』がリリースされている。
ここまで大きなヒットとなった『ネコぱら』が他の美少女ゲームと決定的に違ったのは、多言語対応した本作の全年齢版を製作し、Steamで販売したところにある。
もともとSteamではギャルゲーやノベルゲームを販売することが難しかったが、2014年に海外で制作・発売された『SAKURA SPIRIT』を皮切りに、『CLANNAD』、『グリザイアの果実』なども登場し、数多くの作品が海外向けに翻訳され、販売されるようになっていった。これにより、ギャルゲー・ノベルゲームは海外でも「HENTAI」ジャンルの一種として、OTAKUたちのあいだで認知されていったのだ。
そんな背景を踏まえても、「ネコぱら」シリーズの“累計販売本数150万本突破”という数字は、かなり異例なセールス記録だ。
過去に類を見ない記録を打ち立てた秘密を解き明かすため、編集部は「NEKO WORKs」の代表であるイラストレーター・さより氏(@sayori_nw)、シリーズのシナリオを一手に引き受けているシナリオライター・雪仁氏(@yu_ki_hi_to)にインタビューを実施。
同社の社長・アンコウ氏を交え、シリーズに込められた想い、ユーザー目線で生まれた「救済」という仕掛け、そしてあまり語られることのないセールスの内訳など……そのヒットの実態に迫り、さらにギャルゲーの未来について訊ねた。
取材/クリモトコウダイ、春山優花里@haruYasy.
文/春山優花里@haruYasy.
売れた理由はネコだから? ネコが可愛いは世界共通
――「ネコぱら」シリーズ150万本突破のニュースを聞いたとき、正直に言って「まさか美少女ゲームで、そんな数字を叩き出せるなんて」と、めちゃくちゃビックリしました。今日はその数字についてだけでなく、開発の裏側なども伺いたいと思っています。早速ですが、そもそも販売本数はどれくらいを目標にしていたんでしょうか。
さより氏:
最初は3000本でした。商業作品じゃないし、自分が納得できるものにしようと始めたものだったので、そのくらいを目標にしようと。
ところが予約を始めたら、すぐに3000本を突破したので、慌てて6000本に増やして「これで大丈夫だろう」と考えたんですが……それもすぐに埋まっちゃいました(笑)。ちなみに、いまは170万本を突破しています(取材当時)。
――凄い! シリーズ累計の本数とは言え、このジャンルの大ヒットってだいたい10万本と言われているじゃないですか。この数字ってSteam【※】で売ったからこそ実現した結果だと思いますが、そもそもなぜSteamで売ろうと思ったのでしょうか。
※Steam
アメリカのゲームメーカーValveが、2003年にサービス開始した、PCゲーム、PCソフトウェアおよびストリーミングビデオのダウンロード販売とハードウェアの通信販売、デジタル著作権管理、マルチプレイヤーゲームのサポート、ユーザの交流補助を目的としたプラットフォーム。
アンコウ氏:
理由があるとすれば、それはもともと私がSteamユーザーだったのがきっかけですね。Steamがゲーマーにとっていいプラットフォームであることは知っていたので、「いつか自分たちもSteamで何か出したいな」と思っていたんですよ。
ですが当時のSteamでは、ノベルゲームが冷遇されていたんです。運営のValve【※】も否定的でしたし。そんな中、『SAKURA SPIRIT』が登場して世界的に大きな注目を集めているのを知り、僕らもいけるんじゃないかと思ったわけです。
※Valve
米ワシントン州に本社を置く大手ゲーム企業。1996年設立。代表作として『ハーフライフ』『カウンターストライク』『Left 4 Dead』などのゲーム開発に携わったほか、2010年より世界最大のインディーゲーム配信プラットフォーム「Steam」を運営している。
――『SAKURA SPIRIT』の登場は衝撃的でしたね。それまでSteamには、いわゆるギャルゲーが全然ない状況で登場したので、「Steamでこんなのが売れるんだ!」、「ギャルゲーも需要があるんだ!」と大きな話題になっていました。前例ができたこともあって、試みに開発者支援プログラムのグリーンライト【※】に登録してみた、という感じだったんですね。
※グリーンライト
「Steam Greenlight」のこと。Steamサービス開始直後に実装されたシステムで、新規でSteam上のゲーム販売を希望する開発者はゲーム情報やデモ映像を投稿し、それを受けたユーザーの投票の結果により、販売可否が決定する。1日10タイトル以上が登録されることもあり、リリース過剰になったことから、2017年6月にサービス終了し、代替となる「Steam Direct」へと移行した。
アンコウ氏:
そのころ、ちょうどSekai Projectさん【※】とSteamでの多言語対応について話をしていまして、ユーザーの反応を見るためにグリーンライトに出してみようとしたんですね。
するとすぐに支持が集まり、正式にリリースすることになったんです。当初、英語のみでのリリース予定でしたが、やっぱり「Steamに出すなら多言語に対応しなきゃ」と。そのほうがファンにも喜んでもらえるでしょうしと。
※Sekai Project
米カリフォルニアに本社を構えるゲーム販売会社。日本のメディアコンテンツの版権管理を主な事業としており、特に海外では紹介が進んでいないビジュアルノベルに力をいれて取り扱う。もとは非公式に『School Days』を翻訳するファングループを母体とし、会社設立後は『CLANNAD』の英語版販売などを手掛けた。『ねこぱら』の海外展開も務めている。
雪仁:
さよりさんも「中国にファンが沢山いるのに中国語に対応されないのは寂しい」って言っていましたね。
さより氏:
うん、寂しい。自分の母国語が対応していないと、なんかハブられてる感があるよね。
アンコウ氏:
それをプレイヤーとして体験している身でもあったので、「これはやるしかないな」と。ただ、スケジュールはめちゃくちゃタイトになりましたけどね……ははは(笑)。
さより氏:
でも「やるしかないじゃん」と。英訳はSekai Projectさんに、中国語訳は台湾の昔からお世話になっている友人たちのチームにお願いしました。
――今回のヒットの要因は、まさにその多言語対応にあると思います。とくにギャルゲーが中国語に対応するのはめずらしいのですが……そこを狙ったという訳ではないんですね(笑)。
アンコウ氏:
とくに狙ってはいませんでしたね。ただ結果的に、売上の内の9割が海外で、さらに地域別でみると中国が圧倒的に多いので、ビジネスの視点から見ても「対応してよかった」と思っています。
1作目のときは北米がいちばん多かったのですが、『2』、『3』と進むにつれて中国の割合が増えていきましたね。
ちなみに北米のユーザー数は減っていないので、単純に中国のユーザーが増えているんです。ユーザー動向の違いとしては、アジア圏は発売日に買いたい方が多く、北米などはセール待ちの方が多いです。
――多言語対応で売れたとしても、ギャルゲーで170万本という数字は……説明しきれない気もします。
さより氏:
980円という価格帯で新作のギャルゲーを出したこと、それが多言語対応していたこと、そしてアニメーションツール「E-mote」【※】の採用が大きな要因でしょうね。とくに「E-mote」の衝撃は大きかったと思います。海外の多くの人たちは、『ネコぱら』で、初めて動く2Dイラストに触れたんです。
※E-mote
日本のゲーム会社・M2開発のモーション技術/開発ツール。2Dイラストの立ち絵が、3Dのようにアニメーションとなって動くという、画期的な「動く立ち絵」を作成することができる。「Emotional Motion Technology」の略で、「エモート」と読む。
面白いのが、裏ワザとして「胸を揺らす機能」を実装して、それをSteamの隠し実績にしたんですが、海外YouTuberがその機能の動画を公開して話題になっていたことですね。中には、ボタンを押して胸を揺らすだけで満足しちゃう人もいたりして(笑)。
雪仁氏:
なんでこんなにヒットしたのかは、自分たちでもいまだによくわかりませんが、そういった話題になったことが、さらに売れるきっかけになったかもしれませんね。
――胸を揺らすギミックを搭載したのには、深い狙いがあったのでしょうか?
さより氏:
ゲームのシナリオって、人によって好みがありますよね。「絵がダメでも、シナリオが面白い」、「シナリオはつまらないけど、イラストがかわいい」――いろいろな人がいて、いろいろな楽しみかたがあるわけです。
一方、制作側のライターもイラストレーターもその仕事で勝負しているので、「保険」を用意しないというか……「ユーザーが気に入らないっていうなら買わなくていい」くらいの気持ちと覚悟を持っているんですね。
でも、私はユーザーとしての時間が長かったので、「どの要素もつまらないってのは悲しいな」と思い、「細かな部分にも、何かしら楽しめるもの、なんというか『救い』になるものがあったほうがいいな」と思ったんです。
「このシナリオは自分に合わなかったけど、乳揺れは面白い」みたいな。なんでもいいから何かしら楽しんでもらえたらいいなと思っていました。
――ご自身のユーザー時代の体験も『ネコぱら』の開発に活かされているんですね。そのユーザー層ですが、どんな人が中心なんでしょう?
さより氏:
Twitterでアンケートを取ったら30歳以上が14%しかおらず、18~25歳がかなり多かったですね。かなり若い人たちが遊んでくれています。
アンコウ氏:
世界的に見れば、『ネコぱら』が初めてのギャルゲーだという方が沢山いらっしゃって、新しい層を開拓できたなとも感じています。
――かなり若年層を中心に人気を得ているんですね。
雪仁氏:
あと、これは後付になりますけど、ネコを可愛いく思うのは日本人だけの感性じゃありませんよね。
ネコは世界中にいて、愛猫家も世界中にいるわけです。そして「ネコぱら」が描いているのは家族のストーリーなんですね。この“ネコ”と“家族”というふたつの要素は世界で共通して、どこでも通用するテーマなんですね。だから海外の人たちにもすんなりと受け入れられたのかなって思います。
――なるほど!『SAKURA SPIRIT』のときも「“ネコ耳キャラ”って海外でも受け入れられるんだ」と思いましたが……そう言われると納得しますね。
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さより氏:
なんせオタクはネコが好きですからね!
雪仁氏:
「なんでウチのネコは擬人化しないんだ」って言っている人たちもいたね(笑)。
さより氏:
「見た目はネコだけど、俺にはバニラに見えている」と言うファンの方もいらっしゃいますね(笑)。
――大きくヒットした要因となった仕掛けの話を伺いましたが、そもそも『ネコぱら』という作品世界に魅力がなければここまで広まらなかったように思えます。いま「ネコだから」という話がありましたが、そもそもなぜネコ耳キャラだったのでしょうか。
さより氏:
なんで? なんで……なんで? ん~、なんとなく?(笑)。ネコ耳キャラって定番じゃないですか。
雪仁氏:
描いた本人もあまりわかってない(笑)。
さより氏:
自分の描いたイラストをまとめた同人誌を出すときに過去の作品を見返していたら、半分以上がネコ耳キャラだったんですね。そのときに初めて「自分はネコ耳が好きなんだな」とわかったんです。
――「好きに理由はない、理屈じゃないんだよ!」って感じですね(笑)。ネコ耳に限った話で言えば、耳の中の毛を描く・描かないなど派閥めいたものもありますが、そういう描きかたのこだわりなどありますか?
さより氏:
『ネコぱら』の子たちの耳は感情に合わせて動くようになっているので、形として何かこだわりがあるわけじゃないかも。位置は、長年オタクをやっていて「これがいちばんメジャーかな?」ってイメージで決めていますね。
――そこも感覚的なんですね。ちなみに宗教戦争が起こることもある「人間の耳」の有無【※】についてはどう考えてますか?
※ネコ耳、イヌ耳など、いわゆる「獣耳」が好きな人の間でわかれるこだわり・好みの違い。主に人間の耳の有無が争点になる。「ネコ耳があるのに人間の耳もあるのはおかしい」という主張もあれば、人間なんだから耳と獣耳は共存していて当然という主張もある。筆者は「髪などで隠れてあるかないか判別できない方が良い」派である。
さより氏:
私は描かない。『ネコぱら』の子たちには、人間の耳はありません。今後も絶対に描きませんね。……以前、雪仁さんからイヤフォンをつけたり電話をしたりする描写のあるシナリオが上がってきて、「どこに受話器を当てるか」というひと悶着がありましたよ。
でもネコ耳は耳ですから! 飾りじゃない、機能してもらわないと困ります!
――(笑)。そうした熱いこだわりが、『ネコぱら』の絶対的な人気を作っていったんでしょうね……。ちなみに『ネコぱら』の設定やストーリーは、おふたりのあいだで、どのようなバランスでご担当されているんでしょうか。
さより氏:
私は基本的に横暴なんですよ。だから「同人誌からある設定のベースは変えないで!」と言って、あとは雪仁さんに任せる感じですね。
雪仁氏:
横暴って(笑)。やっぱりこうしたゲームって絵が花形ですよね。
『ネコぱら』の場合、ショコラとバニラが可愛くあるのが大前提なので、そこは外せませんよね。設定を確認してから、「じゃあ、そこからどうしたいか」と僕のほうからさよりさんに相談して、シナリオを作っています。
愛らしい絵ありきで、この子たちの「可愛い」をどう表現するかが私の仕事と思っています。ですので、重苦しい話などのシナリオがきっかけで、「このゲームは嫌いだ」という人が出ないように、キャラクターの可愛いところに集中できるように気をつけています。
――確かに重苦しい『ネコぱら』は面白くなさそうですね。たくさん可愛い可愛いしたい(断言)。
さより氏:
可愛いと言えば、ショコラやバニラたちに可愛い服をいっぱい着せたいので、「お金がいっぱいないと困ります」という、お金持ちの設定にしています。
パジャマ姿では頭にリボンをいっぱい着けていますが、それもお金持ちという設定の現れのひとつです。お金持ちって、寝る前にもいろいろしそうじゃないですか(笑)。
――可愛らしさ最優先ですね。
さより氏:
「E-mote」というアニメーションツールを使って、ネコ耳をキャラクターの感情に合わせて動かす、ということになったときも、開発会社に問い合わせて、可愛い動かしかたをいっしょに考えてもらったりしましたね。
雪仁氏:
開発されたエムツーさん【※】にはいろいろとお世話になりました。商業作品ではなく趣味のインディーだったので「やれることはやってみよう」という感じで、初めての試みになる部分も多かったと思いますが、とても好意的にご協力いただきました。
※エムツー
千葉県に本社を置く日本のゲーム制作会社M2(1991年設立)。『ガントレット』(1993年)をはじめとするレトロゲームの移植を数多く手がけ、『魂斗羅ReBirth』『グラディウス リバース』といったシリーズ関連作を製作した。本文中で紹介されているアニメーション技術「E-mote(エモート)」の開発元でもある。