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『聖剣伝説』亀岡慎一氏が率いる「ブラウニーズ」を「MUTAN」へ譲渡。亀岡氏は亀岡氏は会長兼フェローとして開発の第一線へ──18年来の親交がもたらしたM&Aの経緯をお聞きした

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2025年5月15日、株式会社MUTANは、株式会社ブラウニーズの全株式を取得することを発表した。

ブラウニーズといえば、『聖剣伝説』シリーズや『マジカルバケーション』『MOTHER3』で知られる亀岡慎一氏が率いる会社。一方のMUTANは、『アトリエ』シリーズや『ファイナルファンタジー』シリーズへも制作協力を行うなど、さまざまな開発経験を持つ実力派のゲーム制作会社だ。

一見すると、繋がりの見えない両社。「なぜこの両社の間でM&Aが成立したのか」と、不思議に思う方もいるかもしれない。また、「株式取得」「M&A」という言葉を目にすると、どうしても「買った」「買われた」ときな臭いことをイメージしてしまいがちだが、今回の株式取得はそうではないのだ。

じつは、MUTANの代表取締役を務める渡邊弘之氏は、過去に亀岡氏の元でプログラマーとして働いており、退社後も亀岡氏と長い親交があったのだという。

そして、今回のM&Aについても、ブラウニーズの後継者を探していた亀岡氏と、「(亀岡氏へ)恩返しをしたい」と思う渡邊氏との積み重ねてきた信頼関係によるものであった。

亀岡慎一氏×渡邊弘之氏インタビュー:『聖剣伝説』亀岡氏が率いる「ブラウニーズ」を「MUTAN」へ譲渡。M&Aの経緯をお聞きした_001
渡邊弘之氏(左)と亀岡慎一氏(右)。

さらにお話を聞くと、どうやら今回のMUTANによる株式取得は「一緒にゲーム業界に攻勢に出る」という意思表示でもあるとのこと。おふたりの間では「攻勢的買収」や「魂のM&A」などとも呼んでいるそうだ。

今回のインタビューでは、今回のM&Aに至った経緯や「新生MUTAN×ブラウニーズ」が目指すものづくりについて、ふたりの熱い思いをうかがった。

聞き手/豊田恵吾
編集/竹中プレジデント
カメラマン/増田雄介


亀岡氏は会長兼フェローとして開発の第一線に戻り、渡邊社長がブラウニーズの経営を担う

──気になる人も多いと思うので、まず単刀直入におうかがいさせてください。MUTANがブラウニーズの株式を取得後、ブラウニーズはどうなるのでしょうか?

渡邊氏:
会社としてのブラウニーズは存続しますし、亀岡さんも現役を引退されるというお話ではないんです。

今回のM&Aは、亀岡さんが持っているブラウニーズの株式をMUTANのほうでお預かりして私が社長となり、一緒に経営していくという性質のものです。

──そうなんですね、それは安心しました。それでは亀岡さんは株式譲渡後はどのような立場になるのでしょう?

亀岡氏:
一応、「会長」という役職ではあるんですけれど、僕としては「フェロー」【※】でいきたいなと。

※高い専門性を持つ技術者、研究者に与えられる最高位の専門職、役職のひとつ。技術戦略への提言、後進の指導や育成などの役割を担うことも多い。

亀岡慎一氏×渡邊弘之氏インタビュー:『聖剣伝説』亀岡氏が率いる「ブラウニーズ」を「MUTAN」へ譲渡。M&Aの経緯をお聞きした_002
亀岡氏。

──M&Aに至った経緯を教えていただけますか?

亀岡氏:
発端となっているのは、ブラウニーズの後継者問題です。渡邊から「売ってほしい」と言われたわけではないですね。

僕はいま60歳を過ぎているので、数年前から後継者を育てないといけないなと考えていました。ただ、うちは開発者は多いものの、事務的業務に携わっているのは僕と総務のふたりだけなんです。

──本当にゲームを作ることに特化された集団なんですね。

亀岡氏:
そうですね。一度、クリエイターのトップ連中にも打診して任せてみたんですが、ゲーム制作と経営では勝手が違いますから、やっぱり難しそうだと。

そこで、社外の誰かに株を売ることを検討し始めました。ちょうど同じ時期に、ブラウニー・ブラウンや、ブラウニーズをやめて独立したスタッフと同窓会のようなものをしまして、そのときに誰か「うちの社長やらない?」と話をしたんです。

──その際にはどのような反応が?

亀岡氏:
みんなから前向きな反応があって、自分としても「どうぞどうぞ」と簡単に考えていました。とはいえ、雇われ社長だと、僕が亡くなった後にどうなるのかな……と、不安な気持ちもありました。

赤字経営ではないですし、他に株を持っている役員がいるわけでもないんですが、そのあたりの事務処理をどうしようかと。結果、社長として雇うのではなく、会社を買ってもらう方向にシフトしました。

そこで渡邊に相談したら「わかりました。いろいろ動いてみます」と言ってくれて、その後にしっかりとまとまってきたので、頼んだというのが今回の流れですね。

──なるほど。逆に会社を買うことになった渡邊さんにおうかがいしたいのですが、M&A後の構想についてはすでにお持ちなのでしょうか。

渡邊氏:
ブラウニーズは、アートやそれがベースになったクリエイティビティのある会社ですし、私たちMUTANはオペレーションが強い会社だと思っています。

だから、ここの噛み合わせがすごく良いだろうなというのは、ずっとイメージしています。パブリックイメージとしてのブラウニーズやMUTANはもちろん、潜在的な強みや弱みについても補い合うことができると思っています。

亀岡慎一氏×渡邊弘之氏インタビュー:『聖剣伝説』亀岡氏が率いる「ブラウニーズ」を「MUTAN」へ譲渡。M&Aの経緯をお聞きした_003
渡邊氏。

──渡邊さんとして、ブラウニーズをこうしていきたいというビジョンはお持ちなのでしょうか?

渡邊氏:
現時点で最優先することは、私の存在がブラウニーズのみなさんの創作の邪魔にならないようにすることです。

私はブラウニーズや亀岡さんの「自分たちが作りたいものを作る」という職人魂のようなものがすごくいいと思っているので、僕やMUTANのやりかたに付き合わせてしまうことは避けなければいけません。

亀岡氏:
「攻勢的買収」や「魂のM&A」なんて言ってますね。この「攻勢」というのは、攻撃を仕掛けて敵対的に買い取ったわけではなく、MUTANがブラウニーズの全株式を取得したことによって「一緒にゲーム業界に攻勢に出るぜ」という意思表示なんです。

──亀岡さんもクリエイティブに専念するわけですもんね。

亀岡氏:
フェローとして、ですけどね(笑)。どちらかというと、そういう気持ちも大きかったんですよ。

もともと、社長として人の面倒を見るのは好きでした。でも、コロナ禍あたりから自分の中でそういう余裕がなくなってしまって、急に残り時間のことを意識するようになりました。

残り少ない時間を、もっと好きなことのために、有効に使っていく。そのほうが自分のためにもいいんじゃないかと。

親交を深めるようになったきっかけはMUTANの発足。社長業の相談から18年の親交に

──今回の譲渡にあたっての発端は、ブラウニーズの後継者を探すところからとのことですが、そういった考えはいつごろから生まれたんでしょうか。

亀岡氏:
60歳になったくらいか……もう少し前かな。それまでは、まだまだ現役で……と思っていたんですが、突然、そう考えるようになったんですよね。

──なにかきっかけになる出来事があったんですか?

亀岡氏:
体力的な衰えであったり、コロナ禍により友人が突然亡くなったり、そういうのを経て考え方が変わっていった気がします。

僕自身も突然亡くなる可能性はゼロじゃない。そのとき会社はどうなるのか。畳むとしてもどうやって……みたいな不安が出てきて、早めに後継者を作ったほうがいいんじゃないかと考えるようになったんです。動き出すなら、元気ないまのうちだと。そこからですね。

──そうして白羽の矢が立ったのが渡邊さんだったと。渡邊さんはもともとブラウニー・ブラウンに在籍されていたということですが、そのときはおふたりに親交はあったのですか?

渡邊氏:
間柄としては、社長といち社員でした。

当時の亀岡さんは開発にバリバリ携わられていましたし、僕もプログラマーでしたので同じチームではあったんですが、亀岡さんは当時の私の上司の、上司の、そのまた上のような存在でした。兄貴というか親分、親方みたいな存在です。

──そんな亀岡さんと親交が深まったのは、なにがきっかけだったんですか?

渡邊氏:
MUTANの設立がきっかけですね。僕は2007年にMUTANを立ち上げたんですが、当時はインターネットが今ほど発達してなくて、報告する先がなかったんです。

とりあえず、ゲーム業界で過去にお世話になってメールアドレスを知っている人に報告をしていたら、亀岡さんがすぐに返事をくれました。いまでも覚えているのですが、最初に言われたのが「お前、調子に乗ってんな」でした(笑)。

一同:
(笑)。

渡邊氏:
同時に、激励の言葉をいただいて「何かあったら連絡してこいよ」ともおっしゃってくれて。そこから定期的にやりとりをさせていただくようになりました。

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──そこから18年間のお付き合いになるわけですね。亀岡さんはブラウニー・ブラウン時代の渡邊さんのことは覚えていたんですか?

亀岡氏:
覚えてはいますけど、期間としては半年くらいしかいなかったんですよ。しかもずっと寝てばかりで、ある日、突然やめてしまった。だから、あんまりいい思い出がない(笑)。だからブラウニー・ブラウンにいたときのことは忘れたいくらいです(笑)。

僕に連絡がきたのは、うちをやめたあと、どれくらいだったかな?

渡邊氏:
1年くらいですね。

亀岡氏:
そうそう。突然「会社を作ることになりました」と連絡がきて。なかなかいい根性してるな、とは思いはしたんですが、経営者の立場になっていると僕の気持ちもわかってくれる部分があるじゃないですか。

それに、彼に限らず、うちから出て会社を立ち上げた人には手助けをしていたので、彼に関しても相談に乗るようになりました。

さまざまな問題が起きつつも、それを乗り越えてどんどん会社を大きくしていって、いまではブラウニーズの倍は社員がいる会社になっている。なんだか不思議な感じですよね。

ブラウニーズとは性質が異なるMUTANに亀岡氏が衝撃を受けたことが、渡邊氏に任せるきっかけに

──MUTANは規模の大小、そしてジャンル問わずさまざまなゲームを扱っていて、幅広くいろいろできる会社という印象です。渡邊さん自身はMUTANの在りかたについてどう捉えていらっしゃいますか?

渡邊氏:
ゲームの仕事については、あまり選り好みしない社内文化になっていると思います。

MUTAN設立の2007年以降、家庭用ゲームのソフトがなかなか売れない時期だったと分析しているんです。だからアーケードだったりスマホゲームにいく人が多かった。

でも、うちはそのジャンルに注力することはせず、ひたすら家庭用ゲームの移植やローカライズなど、さまざまなお手伝いをしつつ、苦しい中で食いつないできました。その結果、ジャンルに捉われずゲームの仕事ができるメンバーが揃ったのかなと。

──そういう意味では、ブラウニーズとは真逆の性質とも言えそうですね。

渡邊氏:
私たちとしてもブラウニーズのやりかたは憧れです。同時に、私の考えにみんなを付き合わせて「お金のため」だけの仕事というのも、会社としておもしろくないと考えています。ですから、オリジナルのゲームでチャレンジするという機会も設けています。

現時点で、クリエイティビティを持つスタッフはブラウニーズのほうが多いと思いますが、MUTANにもそのようなスタッフは少なからずいます。

スタッフ同士でお互いに刺激を受けつつ、MUTANとしても「作りたいものを作る」という部分を強くしていければいきたいと考えています。

──文化や考えかたが異なるからこそ、お互いにとってメリットがあるということですね。

亀岡氏:
そうですね。それも僕がMUTANにお願いしようと決めた理由のひとつです。

じつは、去年ひさしぶりに東京ゲームショウに行ったんですが、MUTANを始めとして僕が相談に乗ったスタッフの設立した会社が、オリジナルのインディーゲームを作って出展していたんです。

見てみると、まさに「好きなものを作る」という意志のもと生まれたゲームでした。それを見て衝撃を受けたというか、これこそ僕たちが目指していたものだったんじゃないかと。そう思いました。

──会社規模は関係なく、極論を言えばひとりでもゲームを作って売ることができる時代ですからね。

亀岡氏:
ブラウニーズも「本当に作りたいものを作ろう」と立ち上げた会社ではあるんだけど、やっぱりクライアントがいて、開発費をいただいてゲームを作る会社、という側面があるわけです。

オリジナルのゲームも作れたけど、IPとしては残っていないし、彼らほど「自分たちの好き」を追求してのゲーム作りはできていない。そんなこともあって「すごいな……」と、驚かされましたね。

亀岡慎一氏×渡邊弘之氏インタビュー:『聖剣伝説』亀岡氏が率いる「ブラウニーズ」を「MUTAN」へ譲渡。M&Aの経緯をお聞きした_005

──最近は作家性、ボリューム、価格含めて、さまざまなゲームが世に出て、しかも受け入れられる時代になっています。そういった意味では、MUTANは近い動きができる会社というイメージがあります。

渡邊氏:
そうですね。うちは年に1本はオリジナルのゲームを出せるようにしていきたいと思っています。

会社設立当時よりは露出も増えていると思いますが、知名度としてはまだまだこれからです。MUTANという会社を知ってもらうこと、そしてMUTANがパブリッシュするタイトルに期待をしてもらえることを目標にしています。

情報発信もそうなんですけど、作ったゲームがいいものじゃないと逆効果になってしまいますから、そこのバランスも含めて攻めていきたいですね。

──ゆくゆくは2社が連携してのオリジナル作品が作られることも期待されますが、すでにそのような話はされているんでしょうか。

亀岡氏:
渡邊も言ってましたけど、MUTANはすでにコツコツと自社IPの制作を進めているんでね。そこにうまく合流しようとしているところです。

ただ、いままで開発に何年もかかる規模のゲームしか作ってこなかったので、小規模、中規模のゲームをこれまでのやりかたで作れるかはちょっと心配です。

年齢的にもう大作は作れないと思っていても、作っているうちにどんどんいじりたくなるし、新しい発想や要素を組み込みたくなってしまう。どうブレーキをかけるかが難しいんですよね。

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副編集長
電ファミニコゲーマー副編集長。
編集者
美少女ゲームとアニメが好きです。「課金額は食費以下」が人生の目標。 本サイトではおもにインタビュー記事や特集記事の編集を担当。
Twitter:@takepresident

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