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『聖剣伝説』亀岡慎一氏が率いる「ブラウニーズ」を「MUTAN」へ譲渡。亀岡氏は亀岡氏は会長兼フェローとして開発の第一線へ──18年来の親交がもたらしたM&Aの経緯をお聞きした

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経営者とクリエイター、二足のわらじを履き続けてきた亀岡氏が振り返る経営のこと、ゲーム制作のこと

──ちなみに、亀岡さんがゲーム業界に入ってゲームを作るようになってから、今年で何年になるのでしょうか。

亀岡氏:
僕は今年62歳になるんですが、そもそもデビューが遅いんですよ。28歳のときに当時のスクウェアに入社してゲーム業界に足を踏み入れたので、歴としては34年くらいになります。

じつは野村哲也と同期なんです。でも、彼らは新卒だったから歳も離れていました。当時のスクウェアで、僕より年上なのは植松伸夫さんと、青木和彦さんくらいなはず。

業界自体がそれくらいの歴史でもあるんですよね。ここからどんどん定年を迎える人が増えてきて、今後どうなっていくのかは気になるところです。

亀岡慎一氏×渡邊弘之氏インタビュー:『聖剣伝説』亀岡氏が率いる「ブラウニーズ」を「MUTAN」へ譲渡。M&Aの経緯をお聞きした_006

──亀岡さんは本当に長い間ゲームを作ってきたと思うのですが、これまでを振り返ってみて「ご自身がゲームを作るうえで大事にしている」、クリエイティブの核のようなものってあるんでしょうか?

亀岡氏:
レベルファイブの日野さんともよく話すんだけど、やっぱり少年時代に興味を持ったこと、楽しかったことがベースにあります。あのときの体験をこの時代にもってきて、いまの子どもたちに同じような体験をしてほしい。それが僕らの根本にあるんですよね。

日野さんの場合は『プラレス3四郎』や『ゲゲゲの鬼太郎』を現代に持ってきて、いろいろな作品を作っていますよね(笑)。そういう部分は僕も同じです。

──亀岡さんが得意とするドット絵だったり、温かみのある絵というかその絵力というのは、いまの若い人たちにもマッチすると思うんです。

亀岡氏:
ドット絵の話もね、ちょくちょくお話をいただくんですけど、いまのドット絵って僕らのときのものとちょっと違うんですよ。

──違うというのは、ブラウン管テレビと現在のモニターでの見え方の違いなどですか?

亀岡氏:
それが一番大きいですけど、昔のドット絵は「ドット絵なんだけどドットに見えない絵」だったんです。ハレーション(ぼかし)を使って、なるべくドット特有のジグザグを消そうとしていました。

要は、制限があるなかで、制限外のことを見せる手段としてのドット絵でした。いまは逆にドット絵らしさをアピールして作っているところもあるので、思想からして少し異なっています。

ノウハウとしても異なるものがあると思うので、(昔のままというのは)ちょっと難しいかもしれません。いまって色数の制限はないよね?

渡邊氏:
そういう制限はないですね。

亀岡氏:
好きなところに好きな色を作れるとなると、ちょっと難しいというか、逆に困っちゃうわけです。スーファミみたいに色数の制限があったほうが作りやすい(笑)。

──ブラウニーズ設立の経緯もそうですが、亀岡さんは2Dならではの魅力をとても大切にしている、ご自身のクリエイティブを貫いてきたクリエイターだと思っているのですが……。

亀岡氏:
貫きたかったんですけどね(笑)。ブラウニーズを立ち上げたときは、すべて自分でやろうと思って、実際に給料の振り込みまですべて僕がしていたのもあって、なかなかオリジナルを作る機会がなかった。

せめて1本は作りたいと思って手がけた『EGGLIA~最期のたまご~』では、シナリオから世界観からシステムまですべて作ってみました。ただ、年齢的に同じことをするだけのパワーがいまの僕に残っているかというと、ちょっと自信はないです。

経営がMUTANに移ることで、かつての情熱が復活するのかは未知数なところがありますが、それでも挑戦してみたい気持ちはあります。

──亀岡さんがゲーム作りに集中するというのは、渡邊さんにとっても大歓迎なわけですよね。

渡邊氏:
そうですね。亀岡さんのスタイルでゲームを作ってもらうのが、一番いいものができると思っています。

でも、隅から隅まですべてを担当するというのも負担が大きいので、そこはうまく相談しつつ進めていきたいですね。

亀岡氏:
「(自分が)経営者じゃない」と考えると、本当に気が楽になるんです。

これまでずっとひとりで経営していましたからね。慎重にもなります。性格としては石橋を叩いて渡るタイプなので、堅実な仕事を選んできましたし、新しい会社さんと仕事をする際には事前調査は徹底していました。正直、大変なことも多かったです。

ブラウニーズのアートと、MUTANのものづくり。双方の社員が互いの強みを取り入れていく

──MUTANとブラウニーズは正反対の性質だからこそ、強み弱みを補い合えるというお話がありましたが、ものづくり以外の部分で近しいものはあるのでしょうか?

亀岡氏:
就業規則的なとこで言うと、うちはちょっと勤務開始時間が早めです。僕がそれなりお年になって早起きになったこともあって、ちょっと早めに出社するみたいな幅はありますけど、基本的にはしっかりルールを決めていますね。

渡邊氏:
MUTANは12時から6時間のコアタイムフレックス制です。

私個人の考えとして、年齢や家族構成によって都合のいい時間の使いかたが変わってくると思っています。ですので、みんなが共有する時間として6時間取りつつ、子どもの送り迎えがある人は早めに出勤と退勤をしてもいいし、夜遅くまでゲームしていたという人でも起きれる時間帯にしています。

MUTANはブラウニーズと違って、なにもバックボーンがないところから始まっています。どの世代にもマッチするよう工夫するなど、定着率を高めるためにできるためにいろいろ工夫してはいますね。

亀岡慎一氏×渡邊弘之氏インタビュー:『聖剣伝説』亀岡氏が率いる「ブラウニーズ」を「MUTAN」へ譲渡。M&Aの経緯をお聞きした_007

──社員の平均年齢としてはMUTANさんはどれくらいですか?

渡邊氏:
平均であれば、多分30歳にいってるかいってないかくらいだと思います。

──若いですね。ちなみにブラウニーズ側はどうですか?

亀岡氏:
38歳くらいですかね。ベテランと中間層があまりいないんです。

──なるほど。両社において、ディレクターやプロデューサーといった人材の育成についてはどのような状況なんですか?

亀岡氏:
ブラウニーズは開発のほうに力を入れていますから、MUTANのほうがそういう方面は強いんじゃないかな。

渡邊氏:
そうですね。MUTANはオリジナルゲームを作って発売まで持っていくフローができてるので、カジュアルゲームで若手にチャレンジする機会を設けています。

7月3日に発売される新作『ソフィアは嘘と引き換えに』のプロデューサーも、今作が初チャレンジのスタッフなのですが、このようにオリジナルタイトルを手がけることによって成長してほしいと思っています。

ディレクターについても同じです。クライアントのいるゲーム制作でいきなり若手がディレクターを、というのはなかなかできないので、基本的にはオリジナルタイトルで若手にチャレンジの場を与えています。

──オリジナルタイトルについては、自社内で開発が完結しているのでしょうか?

渡邊氏:
オリジナルは基本的には自社開発です。連携や意思疎通もしやすいので、最後まで自社で一貫できるところは強みだと思います。

──両社で技術交流会などをしていく予定はあるのでしょうか?

渡邊氏:
そうですね。そういったことも計画中でいろいろやっていければいいなと思っています。

とはいえ急ぎすぎてもいけないので、まずは社内イベントを通して交流を深めるところから様子を見ていきたいと考えています。しばらくはオフィスもそのままですしね。

亀岡氏:
うちのは個人技なのもあって、相伝できるような技術体系はあまりないんですよね。個人個人がそれぞれ築き上げてきた技術みたいなものだから、できるとしてもコツを伝えるくらいじゃないかな。

渡邊氏:
なかなか簡単ではないとは思います。

でも、亀岡さんやブラウニーズのみなさんの技術を間近で観察して、そこからアート系が上手くなっていく人もいるかもしれませんし、逆にブラウニーズの中でもMUTAN側から技術を取り入れて育っていく可能性もあるということは期待していますね。

「会社を買う」という人生最大の買い物を決意した理由は亀岡氏への「恩返し」

──亀岡さんの後継者問題から、長年親交があった渡邊さんにブラウニーズをお任せすることになったという流れはわかったのですが、それでもやはり規模からして簡単な決断ではないと思うんです。最終的にどういうことが渡邊さんの背中を押すことになったのでしょうか?

渡邊氏:
率直に言うと……恩返しですね。

昔、亀岡さんもおっしゃっていたんですが、社長って孤独なんです。私がMUTANを立ち上げたときも、創立メンバーもゲーム制作についてはともかく、経営については相談できる人がいませんでした。

そういうときに相談相手として支えてくれた亀岡さんが、自分の会社を納得がいく形で誰かに譲りたい状況だと。だったら、私でよければ……という気持ちでした。

亀岡慎一氏×渡邊弘之氏インタビュー:『聖剣伝説』亀岡氏が率いる「ブラウニーズ」を「MUTAN」へ譲渡。M&Aの経緯をお聞きした_008

──MUTAN社内での反応はどうだったんでしょう?

渡邊氏:
反対意見もまったくなく「いいんじゃないですか。社長に一任します」という反応でした。社内も、ブラウニーズも、スムーズに話がまとまっていきましたね。

そもそも、亀岡さんが苦しい思いをしてまで無理に売ってもらうのも、逆に私が苦しい条件を無理に受けるのもよくないよね、と話し合っていたんです。双方が納得できる状態というのを第一に、それを率直にお伝えして話し合った結果だと思います。

──今回の譲渡にあたって、亀岡さんからなにかしら条件は提示されたんでしょうか?

亀岡氏:
先ほどもお話しましたが、強いて言うなら、雇われ社長ではなく会社ごと買ってもらうことくらいですね。

じつは、某大手さんに買っていただくことも検討したんですが、それだと僕が社長業を続けることになりそうだったんです。経営は任せて、開発に専念したい気持ちがあったので、社長を任せられる形での譲渡が、ある意味での条件でした。

──社長をお任せするにあたっての希望、要望はあったのですか?

亀岡氏:
いえ、それについてはまったくありません。もちろん、相談には乗りますけど、あれこれと指図されて嬉しい人はいないと思うので、譲渡する以上はお任せしたいと思っています。

ブラウニー・ブラウン時代は、社長といいつつも親会社があって、あんまり好き勝手にしていると、すぐに電話がかかってきちゃいましたから(笑)。

それに、僕も渡邊も、社長になりたくて社長になったわけではないと思うんですよ。僕も必要に迫られて会社を作って、ならざるを得なくて社長に就いたので。

渡邊氏:
僕はわりと……。

亀岡氏:
えっ! 経営者を目指してたの?

渡邊氏:
はい。中学生のころから夢というか、イメージはしていましたね。中学生のころに遊んだ『ダービースタリオン』が大好きだったので、会社で一発当てて牧場経営することを思い描いていました。

亀岡氏:
マジか。「社長をやることになっちゃったので教えてください」と連絡がきた記憶があったから、僕と同じで、流れで社長に就くことになったと思ってた(笑)。

渡邊氏:
突然と言えば突然でした。経営者になりたいと思っていつつも、準備をしてたいわけではないので。

──MUTANはどのような経緯で立ち上がった会社なのでしょうか。

渡邊氏:
フリーランスで働いていた時期に、同世代のメンバーでチームを組むことが多かったんですね。ただ、フリーランスの集まりなので、プロジェクト限りで解散となるのが当然の流れでした。でも、私はそれがちょっともったいないと思ったんです。

そこで、「このチームで別の案件でも仕事をいっしょにしないか」と提案したところ、そのチームが会社になったという流れでした。

当時は本当に若かったのもあって、謎の自信が溢れていて……。あまり深くは考えていなかったというのが正直なところですね。

新生MUTAN×ブラウニーズの今後について

──最後に、今回のM&AによってMUTANとブラウニーズが現在のゲーム市場に対し、どのような勝ち筋を見出していこうと考えているのかを教えてください。

亀岡氏:
僕は「自分の作りたいものを作る」ということを念頭にブラウニーズを立ち上げましたが、それでも時代や世の中に流されざるを得ない面もあって、悔いが残っているというのが正直なところなんです。

3Dのクオリティが上がり続けているなか、2Dでのものづくりを貫き通しているヴァニラウェアという会社があります。うちは、まだあそこほどの結果を出せていないし、それについて悔しい思いもあるので、あらためて周りに流されずにやっていきたいなと。

──いま名前があがったヴァニラウェアさんとは、親交が深いのでしょうか?

亀岡氏:
ヴァニラウェア代表の神谷(盛治)さんとは仲がいいというか、僕としてはライバルのような存在だと思っています。

いまあそこは調子がいいみたいだし、うちの会社と比べても爪痕を残していますから。僕もブラウニーズの強みを活かして、流行に流されず貫き通してみたいなという気持ちですね。

亀岡慎一氏×渡邊弘之氏インタビュー:『聖剣伝説』亀岡氏が率いる「ブラウニーズ」を「MUTAN」へ譲渡。M&Aの経緯をお聞きした_009

──渡邊さんはいかがでしょうか?

渡邊氏:
私はいまのゲーム業界に対して、MUTAN創業時に感じた、家庭用ゲームのソフトがなかなか売れない状況のときと近い、少し元気がない、動きにくい雰囲気を感じています。そして、この苦しい時代が2、3年続くかもしれないと捉えています。

そういうタイミングで、自分が抱えるものが大きくなるのは、正直ちょっとビビってます。

亀岡氏:
社長なんだから、ビビらないでよ(笑)。

一同:
(笑)。

渡邊氏:
流行に敏感になりすぎると、どうしてもビビらざるを得ないというのもあります。ただ、まは18年間MUTANを経営を続けて積み上げてきた自信や信頼関係もあります。

亀岡さんもおっしゃっていましたがそういう強みを活かして、業界を盛り上げる一助になりたいですし、そうして業界全体がまた盛り上がっているときに、しっかりとゲームを作れるようにやっていきたいと考えています。

──家庭用ゲームに集中するという方針は変わらずに貫かれるのでしょうか?

渡邊氏:
そうですね、Steamと家庭用機をメインにやっていくつもりですし、いまはスマートフォンもプラットフォームのひとつとしてありだと思っています。

僕がゲームクリエイターを目指した理由の一つに「自分が作った面白いゲームを友だちに遊んでもらい、人気者になりたい」というのがありました(笑)。

友人にゲームを進めてもそもそもゲーム機を持っていない人もいますので、そういった人達にもアプローチする手段としてスマートフォンはありだなと。

亀岡慎一氏×渡邊弘之氏インタビュー:『聖剣伝説』亀岡氏が率いる「ブラウニーズ」を「MUTAN」へ譲渡。M&Aの経緯をお聞きした_010

──ありがとうございます。最後に、MUTAN、ブラウニーズの今後を楽しみにしている読者へ、ひと言ずつお願いします。

亀岡氏:
M&Aという形式ではありますが、ブラウニーズの文化はそのまま変わりませんし、むしろ僕も開発に集中してプラスの方向に向かいながら新しいものを作り続けていくつもりです。

僕らの作品を待ってくださるみなさんにはお待たせしてしまいましたが、近い内に何かしら発表をできると思いますので楽しみにお待ちください。

渡邊氏:
MUTANはブラウニーズもこれから一緒に歩んでいくことになります。

ブラウニーズのファンのみなさんからすると、ブラウニーズらしさが無くなってしまうのではないかという心配があるかもしれませんが、私自身亀岡さんの作品のファンで一緒に仕事をしていた経緯がありますし、MUTANを立ち上げてからもゲームの話を熱く語り合っていた仲です。

ですので、MUTANはもちろんですが、ブラウニーズファンのみなさんの期待も応え続けられるようにやっていきたいと思いますので、これからも応援をよろしくお願いします。

亀岡慎一氏×渡邊弘之氏インタビュー:『聖剣伝説』亀岡氏が率いる「ブラウニーズ」を「MUTAN」へ譲渡。M&Aの経緯をお聞きした_011


会社組織に属する以上、いかに優れたクリエイターであっても勤務年数や能力、結果に応じて立場が変わっていく。

だが、ゲーム制作の才能と管理者、経営者の才能はまた別物であるし、後者の才能があってもそちらに注力することで、自分の作りたいものを作れなくなってしまうこともある。

亀岡氏は作り手と経営者という二足のわらじを履きながら、そのジレンマに向き合い続けたクリエイターのひとりであり、そんな亀岡氏が信頼できる後進のクリエイターへ経営を委ねるという決断を下すのは、決して容易ではなかったはずだ。

そんな亀岡氏が開発の第一線に戻り、MUTANの渡邊社長が舵を取る、新生MUTAN×ブラウニーズがこれからどんな結果を生み出していくか注目していきたい。

また、両社ともに人員増強を検討し、MUTANとしては7月3日に新作アドベンチャーゲーム『ソフィアは嘘と引き換えに』を発売するなど、話題に事欠かない両社の動向にもご注目いただければ幸いだ。

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副編集長
電ファミニコゲーマー副編集長。
編集者
美少女ゲームとアニメが好きです。「課金額は食費以下」が人生の目標。 本サイトではおもにインタビュー記事や特集記事の編集を担当。
Twitter:@takepresident

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