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郷土映画を背景にミニチュアで量子物理学を描いたら。『Trüberbrook』は戦後ドイツのアイデンティティを蘇らせた

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 冷戦時代のドイツ映画といえば、どんな作品を挙げるだろう。量子物理学という言葉を聞いたら、何を思い描くだろう。

 それでは、ミニチュアモデルはどうだろう。戦後ドイツの郷土映画を背景に、量子物理学というテーマを、ミニチュアモデルによるストップモーションアニメーションで描いた奇想天外なゲームがある。それが、PlayStation 4とNintendo Switch向けに10月24日発売のアドベンチャーゲーム『Trüberbrook』だ。歴史と科学、芸術を同時に体験できる本作の見どころを紹介する。

郷土映画を背景にミニチュアで量子物理学を描いたら。『Trüberbrook』は戦後ドイツのアイデンティティを蘇らせた_001

ライター/Ritsuko Kawai


歴代のSFサスペンスとレトロアドベンチャーが融合

 『Trüberbrook』は、1967年の西ドイツを舞台にSFミステリーを描いたポイント・アンド・クリック形式のアドベンチャーゲーム。プレイヤーは、ひょんなことからトルバーブルックという村を訪問することになったアメリカ人の物理学者ハンス・タンハウザーとなって、冷戦の混沌にあった世界の片隅で巻き起こっていた、もう一つの大事件に巻き込まれていく。

 創立998年を迎えるトルバーブルックは、トルーベ・ランケ湖とクランペン山に囲まれ、外界から隔絶された片田舎の小さな村。そこは湖畔に潜む怪獣トルービの伝説や、山頂に佇むサナトリウム・パラダイスという名の隔離施設、廃坑の奥深くに古代文字と共に封印された巨大なゲートといった、数多くの謎に包まれている。

 身に覚えのないツアー当選でこの地を訪れたタンハウザーは、就寝中に原始ゲルマン人の幽霊に書きかけの博士論文を盗まれるという超常現象に出くわす。一方、同じく外界からトルバーブルックを訪れていた古人類学の研究者グレッチェンは、ゲルマン人の祖先の聖域を探していた。一見、テクノロジーとは無縁の世界で巻き起こる超常現象の謎を、量子物理学の知見で解き明かしていくタンハウザーは、やがて世界の命運を左右する真相にたどり着く。

 こうした舞台設定やテーマから読み取れるように、本作は『ツイン・ピークス』『X-ファイル』『ストレンジャー・シングス』といったサスペンスドラマに強くインスパイアされている。同時に、『The Secret of Monkey Island』『Day of the Tentacle』『Grim Fandango』といったレトロゲームを、現代的なアプローチでオマージュしている。

すべてをミニチュアモデルで再現した仮想世界

 特筆すべきは、本作の独特な世界観を演出するために使われている表現技法だ。プレイヤーがゲーム内で目にする背景やオブジェクトはすべて、舞台デザイナーが手作業で制作したミニチュアモデルを、写真測量法でデジタル化してゲームエンジンへ取り込むことで構築されている。

 これに照明や装飾によるさまざまな視覚効果を施すことで、シナリオにおける時間や気候の変化を演出している。アニメーションで生命を吹き込まれたキャラクターたちは、実物の模型から生まれた仮想世界の中を、自由に動き回っているのだ。

 『Trüberbrook』のディレクターを務めるFlorian Köhne氏と、テクニカルアーティストのHans Böhme氏は、学生時代から小さな世界を構築するアートに傾倒していたとのことで、これまでにもミニチュアスケールモデルやストップモーションアニメーションを活用した作品を手がけてきたという。

 彼らが2011年に手がけた短編映画「Armadingen」では、一部のシーンが鉄道模型を使って撮影されている。また、Köhne氏が2012年に撮影した卒業制作映画『Concerning Dinosaurs』では、先史時代の模型をストップモーション技法でアニメーション化している。また、2015年にリリースされたSizarrの楽曲『Baggage Man』のミュージックビデオにも、同様の表現技法が使われている。

デジタル時代に蘇る戦後ドイツのアイデンティティ

 本作がミニチュアモデルを通して再現しているのは、なにも西ドイツ辺境の地域文化や気風だけには留まらない。独特なビジュアルスタイルの内側に込められている真の姿は、1940年代後半から1970年代前半にかけてドイツやスイス、オーストリアで愛された『Heimatfilm』という郷土映画そのものである。

 第二次世界大戦後、東西に二分されたドイツの国家競争や、民衆の信用を失ったナショナリズムに代わるアイデンティティの構築に一役買ったのが、郷土という非政治的な概念だった。中でも、ハンス・デッペの『黒い森の娘』『緑の原野』をきっかけに確立された郷土映画というジャンルは、世代間の葛藤や異邦人に対するステレオタイプを通して国家の敗北を甘受し、新たな祖国を形成するための想像上の空間を作り上げてきた。

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 ザビーネ・ハーケは著書『ドイツ映画』の中で、郷土映画を「退行的であると同時に進歩的な帰属のファンタジー」と表現している。続けて、「それは郷土という馴れ親しんだ図像を動員して、都市対田舎といった古い対立よりも、全西ドイツ市民の社会的安寧と経済的繁栄の前提条件としての近代性への共通の信仰に基礎をおく、新しい共同体のアイデンティティを構築しようとするものであった」と説明している。

 かつてHeimatfilmがバイエルンアルプスやシュヴァルツヴァルト、リューネブルガーハイデといったドイツを象徴する風景の中で再生の物語を描いてきたように、『Trüberbrook』もまたトルバーブルックという田舎町とアメリカ人物理学者タンハウザーという異邦人を舞台装置に、戦後ドイツの礎を築いた共同体のアイデンティティを再構築しているのだ。

ライター
郷土映画を背景にミニチュアで量子物理学を描いたら。『Trüberbrook』は戦後ドイツのアイデンティティを蘇らせた_009
Ritsuko Kawai
ライター・ジャーナリスト。カナダで青春時代を過ごし、現地の大学で応用数学を専攻。帰国後は塾講師やホステスなど様々な職業を経て、ゲームメディアの編集者を経験。その後、独立して業界やジャンルを問わずフリーランスとして活動。趣味は料理とPCゲーム。ストラテジーゲームとコーヒーが大好き。
 
Twitter: @alice2501

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