目覚めは白く濁っていた
すぐに理由は分かった
僕はほとんど
雪に埋もれている
護符のおかげか寒くはない
けど 嫌なことを思い出して
心は重くなった
きのう幼なじみを殺した
けさも誰か死んだかもしれない
……やめだ。
剣に感情は要らない。
目を覚まし、
やるべきことをやろう。
ベッドロールを片付けて、
バラバラに隠れているはずの
みんなを探し始めた。
【誰も犠牲とならなかった】
【2日目の夜明けを迎えた】
【生存】
フレイグ、ウルヴル、ゴニヤ、
ビョルカ【死亡】
ヨーズ、レイズル
「……ああ……
良かった、本当に……!
これではっきりしましたね。
もう『狼』の脅威はない、
ということが!」
僕は曖昧に笑って応じた。
確かに、誰も死ななかったのは
うれしいニュースだ。
でも、
それはつまり、
レイズルさんを殺した
『狼』はヨーズだった、
という結論を
受け入れるってことだ。
……本当に?
あの、最後に一筋の涙を
流したヨーズが、
僕の知らない、
『黒の軍勢』の怪物だったと?
「さあ、
今日も進みましょう!
『護符』に頼れるのは
今日いっぱい。
今日どれだけ進めるかが、
我らの命運を分けることに
なります!
ヴァルメイヤにかけて!
いまひとたびの全力を!」
初日、敵は僕らを皆殺しに
できたのにしなかった。
そこから1晩に1人しか
殺せないと憶測した。
でもそれだと、残りの5人を
殺すには5日かかる……
今日は3日目で、
今日明日には脱出か全滅かの
運命が決まる。
1晩1人じゃ、僕らを
止めることはできない。
そもそも無意味な戦略なんだ。
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(ん~……
フレイグ氏ってば、
本来はこういう小難しいことを
延々考えてるタイプ
なんですよねえ……
その結果、ふつうの人が
辿り着かないような考えに
至っちゃうような怖さも
持ってたりして……
だからこそ無意識に、
限りない善意のひとに
すがっちゃうんだろうな……)
じゃあなぜそんな手を選んだ?
敵の狙いは何だったんだ……?
頭を振って、考えを追い出す。
もうレイズルさんはいない。
ヨーズもいない。
みんなを守れるのは、僕だけ。
丸盾の取っ手を、強く握りしめた。
「……」
「……」
手を繋ぐジジイとゴニヤの
顔は見ない。
『理』を尽くして死への恐怖を
逃れようとするジジイと、
足手まといを嫌って背伸びする
ゴニヤが、いま何を考え、
どこへ向かう気なのか。
……考えるな。
考えなくたって、守れる。
昼を過ぎ、晴天は続いている。
短い休憩を経て、
僕らは行軍(こうぐん)を再開していた。
太陽は明るいけど、
刺すような寒さ。
『護符』がなかったら、
こんなボロ着では
かなり辛いのかもしれない。
夜は言うに及ばない。
ジジイの見立てでは、
既に雪原の半分以上を
渡り終えたはず、らしい。
とはいえ、このペースでは、
最寄りの人里に辿り着くのは
明日のことだ。
『護符』がまる3日持つなら、
今晩いっぱいは大丈夫な
はずだけど……
明日はかなり辛いかもな。
とはいえ、昨日の道中よりは
ずっと気は楽。
なにせ、もう『狼』はいない。
そのはずだ。
そう考えるべきはず、なのに、
しっかりしろ、フレイグ。
お前の役目は剣と盾。
いま目を向けるべきは
内ではなく、外だろ。
そう、気を引き締めた
矢先だった。
「──よけろ、ゴニヤ!!」
言ってはみるが間に合わない!
僕はほとんど跳躍するように
駆け寄り──
呆然としているゴニヤを
思い切り蹴飛ばした!
直後、斜め頭上から
強烈な衝撃が襲った──!
構えた盾への痛烈な一撃!
それに続き、二度、三度と
加えられる攻撃は、
凶暴な悪意に満ちている。
敵は獣だ。
巨大なクマだ。
初日にヨーズが仕留めたのより
更に大きい。
身の丈は……僕の三倍ほどにも
感じられる。
盾を持つ手の感覚がない。
急所を狙える手段がない。
勝ち目など全く見えない。
悠長な観察を
敵はこれ以上許さない。
更なる攻撃を
僕はこれ以上受けられない。
しかし、関係ない。
こいつは通さない。
否定だ。
不思議なことに、
否定の言葉が、力をくれる。
理屈はいらない。
信頼もいらない。
知性もいらない。
──本当は、信仰だって。
『×××は、いらない』
何かの光景を、
思い出しそうになったとき。
僕の中で、なにかがはじけた。
「う゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛
あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛
あ゛あ゛あ゛あ゛! ! !」
奇妙な心持ちだった。
戦っている感覚がない。
ひたすら作業的に、
敵の生き物の身体を見て、
その継ぎ目に鉄を
ねじ込もうとしている。
敵は当然、反撃する。
無能で無防備な『作業』を
獣の暴力と反射神経で
止めようとする。
手酷い一撃を正面から
何発も食らった。
そのたび転倒し、
吹き飛ばされた。
そこから起き上がって、
『作業』を再開する。
その挙動も含めて『作業』だ。
何の迷いもよどみもない。
喉からはずっと、
獣でも出さないような
叫び声が出続けている。
どこかの時点で、
敵がひるんだのが分かった。
こちらは何も変わらない
『作業』を続ける。
防戦が抗戦となり、
攻勢が追撃となっても
変わらない。
『作業』が終わるのは、
『作業』の対象が
無くなった時だけ。
「フレイグ!
もういいです!
もうやめて!!」
──その声を聞いたから
止まれたわけじゃない。
ビョルカさんの声は
枯れていた。
全てに気付いたとき、
目の前には解体された
獣の身体が整然と並んでいた。
日は既に、傾きかけている。
ビョルカさんは心配そうに
見ている。そうだろうな。
こんなの、まともじゃない。
ウルヴルのジジイは
険(けわ)しい目で見ている。
何だ? 何が不満だ?
ああ、分かった。
ジジイの前には、ゴニヤ。
あおむけに横たわり、
頭に巻いた布に血をにじませた
ゴニヤだ。
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(何も信じられん。
自分すら、
『狼』でないとは限らん。
どうすれば、助かる?
その答えだけは、簡単だ。
最も怪しい者を
『犠』に仕立て上げれば……
……駄目だ。そんな非道は。
しかし思いついてしまった。
である以上、その発想は
常に付きまとうだろう。
……表には出すな。)
「イカレとるのか、
小僧きさま……!
ゴニヤは崖から落ちたぞ!
頭も打っとるし、
指も1本折れとる!
きさまのせいで──」
「だいじょうぶ……ウルじい、
だいじょうぶだから……
たぶん……フレイグは……
ゴニヤを
たすけてくれたのよ……」
当たり前だ、
僕はゴニヤをクマの爪から
逃すために
蹴飛ばしたんだ。
……それを、誰が見た?
結果として残ったのは、
クマの死体と重症のゴニヤ。
僕から見れば次善の結果でも、
他から見たらどうだ?
「フレイグが守っていなければ、
ゴニヤは死んでいたかも
しれません」
「守った!
守ってガケに蹴落とすか!
しかもなんじゃ、
あの無茶苦茶な戦い方は!
猟師とも、『村』の勇士の
戦い方とも違う!
小僧、はっきり言え!
きさまは何者じゃ!!」
言われて、
改めて自分の体を見た。
全身血みどろで、ボロボロだ。
奇妙なのは、
あれだけ打たれたのに、
大怪我のひとつもない。
血はすべて、返り血らしい。
僕は、どうしたんだ?
「やめましょう!
フレイグは全身全霊で
我らを守ってくれました!
それでいいではありませんか!
今日はもう、
ここで野営(やえい)をしましょう!」
「ビョルカ。それは違うぞ。
『ヴァリン・ホルンの儀』は、
今日もやらねばならん!」
「なぜです!
ヨーズの尊い犠牲によって、
我らは既に清められたはず!」
「そうとは限らん!
ええかビョルカ、
考えてもみろ!
『狼』が1人とも限らんし、
あれが毎晩殺しをするとも
限らんのじゃ!」
「あなたこそ、
考えてみなさい!
もしも『狼』がまだいて、
我らが雪原にいる間に
我らを葬りきるつもりなら、
昨晩に誰も殺さない手が
ないでしょう!?」
……ああ、
それは僕も考えたことだ。
しかし、
もしかすると、ジジイは……
「しっかりせい、ビョルカ!
そうとは限らんじゃろ!
『狼』は1晩に1人しか
殺せん、ゆえに晩が安全なら
『狼』はもうおらん……
ワシらがそう考えるように
仕向けたうえで、
『昼間に殺せばいい』!
事故にでも見せかけての!」
──ああ。
3つの視線が、
突き刺さるみたいに
こっちを向いた。
『×××は、いらない』
それは、
何かを、
本当に、
思い出させそうに、
「ありえない……!
身を挺してゴニヤを、我らを、
守ってくれたフレイグに、
よくもそんな言い草を……!」
「見えとることに惑わされるな!
魔法の敵が相手じゃぞ!
何が本当かは計り知れん!
もしかしたらフレイグは、
自分でも知らんうちに
怪物になったのかもしれん!
もしかしたらそのクマも、
むしろ『狼』を除くために
『死体の乙女』が遣(つか)わした
聖獣だったかもしれん!
全部を疑わねば、全部を……!」
「──
言葉もありません。
それがあなたの『理』の
行く末ですか、ウルヴル。
いいでしょう。
そこまで言うなら、
『ヴァリン・ホルンの儀』を
本日もやりましょう。
但し……
『誰も犠としない』選択も
可とします!」
ウルヴルジジイが目を剥き、
ゴニヤは身を縮ませる。
ビョルカさんは
それきり背を向け、
僕には発言の資格がない。
それ以上誰も口を挟まず、
結局、そういうことに
なったらしい。
【ルート分岐:疑心】
クマ襲撃の影響は深刻だ。
今や僕らは同胞や自分自身すら疑い始めている。
そんな中、『誰も犠としない』選択を加えて『儀』が行われる。
誰も殺さない選択は正しいのか、それとも……僕はなにを指さすべき?