「……黄昏時となりました。
フレイグ、あなたの盾を
そこに置きなさい。
これを指さすことで、
『誰も犠としない』を
選んだものとみなします」
僕は従った。
それ以外の選択などない。
僕は剣で、巫女に従う力。
それ以外の意志はいらない。
意味不明な記憶も、
狂気とかも、
いらない。
「何か、疑問などはありますか?
念を押しますが、この段で
何者かへの疑いを誘うことは
重大な禁忌で、許されません。
何も、ないようですね。
それでは、始めます」
この手続きに、
ほとんど意味なんてない。
僕を選ぶだけの手続きだ。
それは、そうだろう。
僕でさえ、思い始めてる。
僕が『犠』となるべきだと。
それでも、巫女の剣としての
使命を果たすべく、
疑わしい誰かを指さすか。
それとも、『狼』はもういない
と信じ、『誰も犠としない』を
選び取るか。
よく考えて、決意した。
「『ヴァルメイヤよ、
我らを導く死体の乙女よ!
信心と結束をいま示します!
ご照覧あれ!』
血と肉と骨にかけて──
みっつ!
ふたつ!
ひとつ!」
そして、
みんながそれぞれ、
意志を示した。
ジジイが指さしたのが、僕。
ゴニヤが指さしたのが、盾。
そして、
ビョルカさんが指さしたのが、
ジジイだ。
「──なぜじゃ、ビョルカ!
なぜワシを指さした!!
分かっとるはずじゃろう!!
怪しいのはただ一人!
フレイグの小僧じゃと!!」
「やめて、ウルじい!
ゴニヤは、ゴニヤは……
もうだれにも、
しんでほしくないわ!
でもビョルカも、なぜ!?
なぜ『だれもえらばない』を
ささなかったの!?」
「……ゴニヤ。
あなたの気持ちは分かります。
いやなことを直視したくない、
という気持ちは。
しかし、この状況下で
最も変わってしまったのは、
やはりウルヴルだと、
私は考えます」
「勇士とは、我ら皆のために
剣を執(と)る役目です。
我らの先頭で身を危険に晒し、
血を浴びる役目です。
『村』では難しい立場ですが、
この苦境にあって、
誰よりも敬意を受けるに
値すると私は思いますし、
先程の苛烈(かれつ)な戦いの中でも、
フレイグは気高い役目を
わきまえていると、
私は見ました」
「翻って、今のウルヴルには、
勇士への敬意も、感謝も、
感じられません。
むしろ屁理屈で、立場の弱い
勇士をおとしいれよう……
そんな魂胆さえ見えます。
だから私は思ったのです……
今日の『儀』の選択は、
フレイグに委ねるべきだと」
「僕に……委ねる……?」
「はい。
ウルヴルがフレイグを、
ゴニヤが盾を指さすことは、
およそ想像できました。
むろん私の選択は、
私の良心に沿ったものですが、
これで指名は、奇しくも均等に
分かれます。
あとは勇士フレイグが
誰を指さすかにかかる。
最も我らに尽くす彼が、
誰を選ぶかにかかるのです。
これが私の考えた、最善です」
そんな
そんなビョルカさんの
大それた発想なんて
知るよしもない僕は
選んでしまった
もう 選んでしまった
その結果は──
別離(a)
「こたび各々が指さされた数は、
ウルヴル、2人。
フレイグ、1人。
誰も犠としない、1人。
『儀』は決しました──」
ビョルカさんが
言い終わらないうちに、
ひきつった声で割り込んだのは
ジジイだった。
「──そんなことがあるか!!
仮にも!
『死体の乙女』の巫女がっ、
勇士のなりそこないに
肩入れするような真似を!!
認めんぞ!
こんな結果認められるかァ!!」
「フレイグ、
彼を取り押さえなさい」
氷のようなビョルカさんの声。
弾かれたように、
僕は飛び出し、
ジジイの腕をひねって
組み伏せる。
筋骨隆々だったはずの
ジジイの腕は、
驚くほど弱々しく感じられた。
「痛だだ、痛いっ、いだいっ!!
放せ! 放してくれェっ!!」
「なんで……どうして……?
わからないわ……
どうしてウルじいが
死ななければならないの……?
ゴニヤが……フレイグを……
指さなかったから……?」
「ゴニヤ、いい加減になさい!
あなたは今、謀略(ぼうりゃく)じみたことを
した方がよかったと
言っているのですよ!
あなたは己が良心に基づいて
動いた、それでよいのです!」
「ウルヴルも、フレイグも、
私も、それぞれ最善を尽くし、
ヴァルメイヤはその結果を
選び取った。
それだけです。
拒絶する方がおかしいのです!」
「ウルヴル、さあ、
目隠しをしますよ。
もう分かったでしょう。
あなたが最善を尽くそうと
したのは確かでしょうが、
その方法はやはり、
誤っていたのです。
奪った『理』を手放しなさい。
ヴァルメイヤに委ねる時です」
「────……」
絶句するゴニヤ。
僕だってそうだ。
『儀』がこんな形で
めちゃくちゃになるなんて、
考えたこともなかったし、
今だって、信じられない。
「やめっ、やめんか!!
ワシに触れるな!!
ワシは、ワシは──
死にたくない!!
死にたくないんじゃ!!!」
シークレットを見る(Tap)
(ウルじいが、『犠』にされる。
ウルじいが、それをおそれて
わめきちらしている。
すべて、とおくにきこえる。
これが信仰の末路なら
これがビョルカの
みちびくさきなら
そんなものは
ほろぼしてしまいましょう。
まずはその、剣と盾を奪って。)
僕も、ビョルカさんも、
何なら呆然(ぼうぜん)と見守るゴニヤも、
少し怯え始めていたと思う。
暴れ、悶え、
泣いて命乞いをするウルヴル。
その姿は、僕らの知っている
ジジイの姿とは、
かけ離れて見えたから。
「フレイグ!
役目を果たしなさい!
でなければ、私が……!」
だから、
震えながら、
僕はことを為(な)した。
「『死体の乙女』よ!
血と肉と骨にかけて──!」
【ウルヴル死亡】
【2日目の日没を迎えた】
【生存】
フレイグ、ゴニヤ、ビョルカ【死亡】
ヨーズ、ウルヴル、レイズル
無残
ウルヴルは、
ヨーズと同じように葬られた。
『犠』となったってことは、
血と肉と骨が『死体の乙女』に
捧げられ、『死体の館』にて
永遠に彼女に仕える栄誉が
与えられたことを意味する。
だからこれは、
名誉で、喜ぶべき死なんだ。
そういうことになっている。
……本気で言ってるのか?
昨日の晩、ジジイは心から
死を恐れていた。
いや、本当は、
誰だって死は恐ろしいものだ。
僕らがやっていることは、
もうとっくに、
どうしようもなく、
一線を越えていないか?
辺境での生き様は
死と隣り合わせだ。
死を恐れ、避けることは、
僕らの信仰でも、大前提だ。
それでも、いくら恐れても、
死はやってくる。
確実に、頻繁に。誰にでも。
だから僕らは、
死に『死体の乙女』という
人格を与え、
不可避にして歓迎すべきもの、
と考えるようにした。
死は悪いものじゃない。
ただし、
生に対する『次善』として。
あたりまえだ。
死が『最善』なら、
みんなを自殺するだけだろう。
だから、どんな時も、
僕らは自ら死ぬことはない。
死は与えられ、そして、
快く受け入れるもの。
それが僕らの考え方、
だったはずだ。なのに。
『……すまん、フレイグ……
ワシは……その……
恐ろしいんじゃ……
死ぬのが……』
……死を恐れている、
受け入れていない同胞を、
殺した。
その時点で、
僕らの信仰も、絆も、
どうしようもなく、
壊れてしまったんじゃないか。
いまとなっては、
すべて後出しだけど。
いま直面してる、
恐ろしい事件を解決するのに、
信仰に頼るのは、
そもそも正しかったのか。
ジジイが試みたように。
『理』に頼るべきだった
んじゃないのか。
だとすれば、
それは僕の役目だったはず……
……くそ、悩みがやまないな。
他の2人は、既に昨晩みたいに
バラけている。
止めるビョルカさんを無視して
まずゴニヤが離れていった。
ビョルカさんも結局、
ジジイの遺志を尊重するとかで
それにならってしまった。
『狼』の疑いでもって排除した
ジジイの方針を辿ることに、
『理』はない……
このモヤモヤを抱いたまま、
休める気がしない。
ちょっと情けないけど、
ビョルカさんに少し話を
聞いてもらおうかな……
僕は立ち上がった。
ビョルカさんが消えたほうに
アタリをつけて進んでいく。
魔術のランタンを
揺らしながら、
「ビョルカさん」と
呼びかけながら。
昨晩と同じく、
雪はちらほら程度なのに、
足跡は既に消えつつある。
夜の雪山は人の場所じゃなく、
オスコレイアの狩場だという。
人が出歩くもんじゃない。
「……フレイグ、ですか?」
ふいに、意外そうな、
でもそれほど警戒してる
わけでもない声がした。
足を止め、
それ以上近づかないので、
少しだけ話がしたいと伝えた。
そのくらいが適当だ。
勇士。巫女の剣。
僕は自分をわきまえる。
ジジイとは違う。
「……いいですよ。
私も少し、
話したかったところです。
これまですみませんでした、
フレイグ。
私はあなたに、
甘えていたのかもしれません」
「……え……なぜ謝られてるか、
分かりません……
ビョルカさんに
甘えてもらえるとか、
恐れ多くもご褒美、
いやその、違うな……
とにかく使ってほしいんです。
どんなに厳しい用途にも。
それこそが、僕の喜び。
僕はあなたの剣であり、
盾なんですから」
「いえ……
さっき私は、
あなたに言いました。
今日の『儀』の選択を、
あなたに委ねようとしたと。
一番苦労しているあなたが
報われるべき、という考えで
言ったことでしたが、」
「後から思ったのです。
もしや私は、
あなたに不当な決断を強い、
不当な責任を負わせたのでは
ないかと……
自分がそれから、
逃れたいばかりに。
あるいは私は、
苛立っていたのかも、とも。
ここしばらくの、ウルヴルの
理解しがたい言動に……」
「そんなことありません!
巫女の導きは、あくまで皆が、
各々の命を磨くための道を
選べるよう導くこと!
何かを決断するのも、
責任を負うのも、
導かれた者自身ですし!
加えるならさっき言った通り、
巫女の剣としては『不当な』
負担なんてありません!」
「ジジ……ウルヴルさんの
ことだって!
その……
し、仕方ないです。
僕らの道を離れたのも、
死をあえて拒んだのも、
彼自身の決断、
だったんですから……!」
勢いで突っ切ろうとして、
思わず口ごもってしまった。
いくら死が恐ろしいからって、
全ての言動はジジイの決断、
ジジイの責任だと思う。
でも、死への恐怖から
ジジイが『理』を選んだことは
本当に間違いだったのか?
ジジイの心を、言動を、
理解できないものと片付けて
本当にいいのか?
つまり……
僕らはこのまま、
ウルヴルを排除した心のまま、
『理』を手放して、
教えに忠実に、乙女の手を
受け入れ続けるべきなのか?
これだ。
聞きたかったのはこれだ。
言葉はまとまった。
僕は口を開こうとして──
「──そう、ですね。
あなたの言う通りです、
フレイグ。
ウルヴルのことは、
忘れましょう」
……え?
「膿を切り捨て、
凍傷を切り落とし、
砕けた骨を切り出しましょう。
全て、ヴァルメイヤの
おぼしめすままに。
残りたった3人では
ありますが、
我らの道は清められた。
また新たに、
歩んでいきましょう」
え……
それで、いいんだっけ?
「……あと3人、か。
男が1人、女が2人。
村の血を
継いでいくとしたら……
フレイグの子を産むのは、
私とゴニヤ、
どちらでしょうね?」
「ぶごふっ!!
ななな何言ってんですか、
ビョルカさん!?」
「あら、
当然考えるべきことでしょう?」
「いや違うでしょう!
だいいちゴニヤは小さいし、
巫女でもないし!
ビョルカさんは、そそその、
僕なんかがとてもその……」
「あら、ゴニヤだって、これから
巫女になる修行はできますし、
私はもちろん、役目を果たす
覚悟をもってやっていますし!
あっ、ただその、フレイグは
私のようなお堅い女、
嫌でしたら、いえ嫌ですよね!
大丈夫、ゴニヤはあと
5年ほどでいい歳です!」
「いや、その、
ええっと、なんていうか……」
頭の中が真っ白になって、
思考が、うまくまとまらない。
僕は、
しどろもどろのまま、
平謝りして、その場を辞した、
と思う、
さっき抱いた疑問は
何だったろう
死の恐怖を引き受けて
くれない信仰に
価値はあるのかとか
そんなつまらない問いを
めちゃめちゃに
塗りつぶしてくる
つかみどころのない
強烈な『生』の幻に
のどをふさがれて
いきが