『後は頼むぞ、フレイグ』
ひどい夢を見て、目覚めた。
まあ、目を覚ませただけ
ありがたいと思うしかない。
でも、もっと大事なことは、
他のみんなが無事かどうか。
結局、夜起きてることは
不可能だった。
あの吹雪じゃ、誰だって
活動不能だと思うけど……
確認を急ごう。
【誰も犠牲とならなかった】
【2日目の夜明けを迎えた】
【生存】
フレイグ、ヨーズ、
ゴニヤ、ビョルカ【死亡】
ウルヴル、レイズル
「皆さん、無事で何よりです。
これは、『狼』の脅威は
去ったと見ていい……
ものでしょうか?」
ビョルカさんの口調は慎重だ。
なんせ、レイズルさんを殺した
のは本当にジジイだった、と
断定することとほぼ同じ。
いくら『死体の乙女』に全てを
委ねたとはいっても、
僕らは同胞を殺した。
心の置きどころには、しばらく
迷うことになるだろう。
「何とも言えない。
最後まで警戒したい。
必要なら、追加の『儀』も」
「……フレイグは、
どう思いますか」
「うーん……
詳しいことは、次に何か
起きてから考える。
それまで慎重に進む、かな」
「ありがとう。
つわもの2人の考えは、
ほぼ一致しているようです。
慎重に、進みましょう。
ゴニヤも、いいですね?」
「……はい」
ゴニヤの表情は暗い。
いちばん懐いていたジジイを、
僕が奪ってしまったんだ。
悲しんだり怒ったりで当然……
とも思えるけど。
ビクビクしてるというか、
何かをかばってるような……
……左手?
「ゴニヤ、大丈夫?
怪我とかしたか?」
「……! なんでもない!
なんでもないわ!」
「手を伸ばせば
露骨に避けられた。
とりもなおさず、
無理はない。
これはウルヴルジジイの
命を奪った手だ。
だけど……
やっぱり、悲しいな」
「フレイグ。しんがり行って。
中衛は私がやる。
よしよし」
ヨーズは僕を追い払い、
ゴニヤを慰めている。
ゴニヤもおとなしく撫でられて
いるみたいだ。
こればかりは、仕方ない。
僕は僕に
できることをしよう。
昼を過ぎるまで、
特に何事もなくここまで来た。
『村』の外に一番詳しいのは
ウルヴルのジジイだったので、
進み具合については
よく分からない。
太陽の向きを見ながら、
とにかく南を目指していく。
けど……
進み方は昨日までと違う。
「ヨーズ……!
もう少し固まって歩いた
ほうがよくない……?
僕が偵察で行ったり来たり
してるせいで、
全体の速度が落ちてるのが
気になるんだけど……」
「駄目。
獣の気配が強い。
たぶん、追われてる。
先に見つけて。
追い払うか、殺す。
今度はあっち行って。
その次はそっち。
ゴー。猟犬。ゴー」
そんな調子で僕が
むちゃくちゃ走らされてる。
訓練で走らされるのは
珍しくなかったけど、
雪の積もった不整地でやると
相当しんどい。
それでも、ヨーズが必要だと
言うなら、やるしかない。
死ぬほど感じの悪い奴だけど
腕は確かなんだ。
あと、犬扱いのほうが、
汚物扱いよりだいぶマシ。
──それで果たして、
効果はあった。
雪を被った岩の影に、
光るものを見たんだ。
隠れてこっちを伺う、獣の目。
──クマだ!
「いた! 見つけた!!」
事前に決めてあった通り、
大声で知らせる!
これで驚いて逃げてくれれば
いいんだけど──
やはり、逃げない!
それどころか隠れるのをやめ、
飛び出してきた!
恐ろしくでかい!
一昨日襲って来たやつよりも!
……僕は歯を食いしばって、
剣と盾を構えた!
万が一、
あいつが間に合わないなら、
こいつは僕が止める!
──そこで、銃声。
万が一は起きなかった。
うちの頼れる猟師は、
こんなバケモノみたいなクマも
眼球狙いの一発で
仕留めてしまった。
小さく息をついて、
構えを解く。
頼ってばかりは情けないけど、
ヨーズがいてくれてよかった。
僕にできるのは、至近距離での
ドロ臭い殴り合い。
しかも人間より大きい敵と
やりあう訓練はしてない。
条件さえ整えれば、
遠くからどんな強敵も
一撃で仕留められるヨーズの
やり方のほうが、
普通、圧倒的に強いんだ。
……ただ。
僕のにしろ、ヨーズのにしろ、
暴力じゃどうやったって
防げない問題ってのもあった。
「ゴニヤの姿が見えません……」
……
いなくなったゴニヤを
探し始めて、何時間経ったか。
ある林の前で、
ヨーズが足を止める。
ゴニヤを追い詰めたんだ。
息を殺す僕とビョルカさんを
尻目に、ヨーズはひそやかに
林に近づいていく。
次の瞬間、
ゴニヤが木陰から飛び出し──
組み伏せられ、悲鳴をあげた。
「──やめて! はなして!!」
「駄目。なんで逃げた?」
そう、ゴニヤは明らかに、
自らの意志で逃げ出していた。
しかも本気で必死の逃走。
でなきゃヨーズが本気で追跡
しないし、ゴニヤも拾い食いを
やめて逃走に集中しない。
「ヨーズ!
どうか手荒にせぬように!
……ウルヴルを『館』にやった
ことが、そこまであなたを
追い詰めたのですか、
ゴニヤ。
どうか話して下さい。
それ以外に、私たちには
心当たりがないのです」
「………………」
ゴニヤはかたくなに
口を閉ざしている。
けど……何だろう。
僕に強い視線を向けてくる。
何度も。
何かを訴えたいけど言えない。
そんな感じだろうか?
……話しかけようとすると、
目を反らす。何なんだよ……
結局それ以上、
ゴニヤは喋らなかった。
もうすぐ日没だ。
この件ばかりにこだわってる
わけにもいかない。
『ヴァリン・ホルンの儀』を
どうするか、
決めなきゃならない。
「……今日一日から判断して、
どう思いますか、皆さん。
私は実のところ、
もう安心してよいのでは、
とも思うのですが……」
「僕は……まだちょっと、
判断できないです。
ヨーズは?」
「……獣以外、危険は感じない。
私見。『儀』は不要」
「……ゴニヤは、
やったほうがいいって……」
「なあに?」
「…………」
またゴニヤの視線だ。
どういうことなんだ……?
ただ、ううん……
この場でとるべき態度は……
「はっきりしないことがあれば、
『死体の乙女』に聞くのが、
僕らのやり方かな、なんて……」
「……フレイグが正しいですね。
それではやはり『儀』は
執(と)り行うことにしましょう」
「……その程度で命かける?」
「なので、こうしましょう。
フレイグ、そこに盾を置いて。
これを指さすことで、
『誰も犠としない』を
選べるものとします。
皆がそれを望むならば、
ヴァルメイヤもそれを認める
というわけです」
異存は出ず、
そういう運びとなった。
……短い時間だけど、
しっかりと考えなきゃ。
【ルート分岐:不信】
初日ウルヴルを『犠』にしたら、『狼』の被害は消えた。
なのに2日目、ゴニヤの挙動が不審。何か言いたいことがありそうだけど……
この状況で行う『儀』、どうする?
『誰も犠としない』を選ぶべきなのか?