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『ギ・クロニクルif』狼d~退場

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『ギ・クロニクルif』狼d~退場_001

 時間が過ぎても、
 僕はまだ悩んでいる。

 本当に、いいのか?
 たった5人の同胞を、
 自分たちで殺すなんて……

 しなければ、もっと犠牲が
 出るかもしれない。
 出ないかもしれない。
 でも、もし出たなら……

 『死体の乙女』は、
 最悪の状況でも、
 次善(じぜん)を尽くすことを尊ぶ……

 だからって……

「……もうすぐ、夜ですね。
 天気が良かったせいか、
 今日は多く進めました。
 
 皆さんの沈黙と勤労に、
 改めての感謝を。
 
 ここで足を止め、
 すべきことをしましょう」

「……ほんとうに、やるの?
 ゴニヤはやっぱり、
 えらびたくないわ……」

「気持ちは分かるぞ、ゴニヤ。
 じゃが……理不尽も、
 したくもない決断も、
 時に要るのが人生でのう。
 
 それで傷つき、磨かれた魂を、
 『死体の乙女』は選ぶ。
 
 踏ん張りどころじゃぞ」

「その通りです、ウルヴル。
 悩み、迷い、
 同胞を想うことを、
 我らは誇りましょう」

「……能書きはいらない。
 済ませよう。
 日が落ちる前に」

 ヨーズのいらだった、
 しかし真摯な声に、
 僕らは口を閉じ、
 詠唱を待った。

『ヴァルメイヤ、
  我らを導く死体の乙女よ!
  信心(しんじん)と結束をいま示します!
  ご照覧あれ!』

 
 血と肉と骨にかけて──
 
   みっつ!
 
     ふたつ!
 
       ひとつ!」

 掛け声に合わせて、
 僕らは一斉に、指さした。

 そして、言葉を失った。

 ビョルカさんが指さしたのは、
 ジジイ。

 ゴニヤが指さしたのは、
 ヨーズ。

 ジジイとヨーズが
 指さしたのは、
 ……僕だ。

「『死体の乙女』の名において、
 ワシはフレイグを指名する。
 
 言いたくもないがの……
 今のワシらの中で、バケモノと
 戦えるのは実質、小僧だけ。
 
 ヨーズも斬り合いじゃ
 小僧に敵わん。
 
 ゆえ、敵が乗りうつるなら、
 小僧じゃろう……」

 ……は?

 何を、言い出すんだ?

 別にいいんだ、
 僕が選ばれること、
 それ自体は。

 なぜそんな、
 言わなくていいことを──

「私、べつにない。確証とかは。
 ただ。
 選ばなきゃならないなら。
 
 殺せるの、
 
 この中では、フレイグだけ」

──待ってくれ、

 待ってくれ、ヨーズ、

 お前が僕を嫌ってるのは
 知ってたけど、

 本気で、
 殺していいとまで
 思ってたって?
 だから、今選んだって?

 何だよ、
 何だよ、それは……!

「ふたりとも、おかしいわ!
 どうしてそんなこというの!?」

「ゴニヤの言う通りです!
 『儀』で我らのすべきは、
 ただ、選ぶことのみ!
 それ以外の言葉は不要です!
 まして、そのような、
 言い訳のめいたこと……!
 
 これはヴァルメイヤへの
 裏切りですよ!」

「……知らない。私は以上」

 言って目を反らす、ヨーズ。

 2人の雑な言葉は、
 ノコギリのように
 心を削っていった。

 あえて口にされた、
 僕への疑念が、

 僕への嫌悪を、
 露わにしたものに思えて。

「……乙女への裏切り、じゃと?
 
 じゃあ聞くがのビョルカ。
 何の理由も聞かされず、
 ただ『犠』となるほうが、
 納得いかんとは思わんか!
 
 ワシなら思うぞ!
 剣が折れたならなぜ折れたか、
 ワシの腕か、使い方のせいか!
 知らずには死に切れん!
 
 全てを乙女の意志じゃとして、
 いったい誰が救われる!」

「……まあ、分かる。
 
 鍛冶も、猟も、
 『なぜ』を考えなきゃ
 やれない仕事。
 みんなが嫌う、
 『理(り)』ってやつ。
 
 フレイグも、分かるはず」

 ……ああ、分かるよ。
 『理』の追求は、
 『死体の乙女』の信仰では
 ある意味で避けられてる。
 それは人を、際限ない追及と
 攻撃へと駆り立てる。
 刃と同じ。
 振り回せば人を傷つける。

 だから、使うなら僕や
 レイズルさんの仕事、
 そのはずだろ……

 なぜそうやって、
 僕に向けるんだよ……!

「わからない……
 『理』はこわいものと
 おそわったわ。
 こんなやりかたで使って
 ほんとうにいいのかしら……
 
 こわいわ……ふたりとも!」

「落ち着きなさい、ゴニヤ。
 確かに『理』は、我らでなく
 ヴァルメイヤに委ねるべき。
 しかし刃と同じく、
 人を想う心があれば役に立つ
 ものでもあります。
 
 ……分かりました。
 あなたがた2人が
 あくまで良心に基づいて
 『理』を振るうと言うなら、
 信じましょう」

「私は別に、『理』なんて……」

「しかし、それを他人に強いる
 ことはできません。
 私やゴニヤが、良心に従って
 黙っておくこともまた──」

「──いや、だ、
 
 明かして下さいよ、
 ビョルカさんも、ゴニヤも、
 
 でないと、
 でないと僕は……」

「フレイグ!?」

「そうしないと!
 みんな同じにしないと!
 なんか……イヤなんだよ!
 
 分かるでしょ!?」

 苦し紛れに吐き出した言葉は
 みにくかった。

 恐ろしかったんだ。

 僕への疑いだけが、
 『理』という刃で
 ギラついてるのが。

 ゴニヤやビョルカさんの
 疑いが、刃の有無も明かさずに
 ただそこにあるのが。

 『理』を避ける『村』
 僕はそれが不思議で、何なら
 少し気に入らなかった。

 でも、自分が食らって、
 分かった。
 これが『疑』だ。
 『信』を失い、
 際限なく人を疑う、
 『理』が起こす災いだ……

 いちど『理』を手にすれば、
 こうなってしまうから、
 『乙女に返す』のも
 ひとつの知恵だったんだ。

「……皆の気持ちも分かる。
 じゃが、ここはあえて、
 『理』を手にとるべきと
 ワシはあえて繰り返す。
 
 ゆえに皆が、疑いの理由を
 述べることにも賛成じゃ。
 いずれそれを振り返って、
 分かることもあろうからの。
 
 ビョルカよ。
 どうしてワシを指さした?」

「……ふう……
 分かりました。フレイグまで
 それを望むというのなら……
 『理』で救いがあるか、
 試すこととしましょう。
 
 では、言います。
 『儀』をすると決めてすぐ、
 あなたはすぐ『理』に
 走りましたね、ウルヴル。
 
 職人としての心がそうさせた
 とも思えましたが、少し、
 奇妙に思えた。
 それ以上のことはありません」

「ムウ……なるほどのう。
 ゴニヤ、お前はどうじゃ」

「ゴニヤは……ゴニヤは……」

「……もしあなたが良心から
 言いたいのであれば、
 ヴァルメイヤへの責は
 私が負います。
 
 でも、いいのですよ、
 無理をしなくても……」

「……ううん! 言うわ!
 こどもだからって
 あまえたくないから!
 
 
 ゴニヤには、つよい理由なんて
 ありはしないの。
 
 ただ、ヨーズが……
 
 さいきん、フレイグに、
 なんだかつめたくて、
 へんだから……」

 ヨーズは顔を反らしたまま、
 ただ、肩を小さくすくめた。
 それだけ。無言だった。

「……そう。ありがとう。
 
 では、フレイグ。
 あなたの『理』を聞く番です」

「……僕は……」

 

狼(d)

「……僕が……
 
 ビョルカさんを
 指さしたのは……」

 ……なぜ、だ……

 自分でも分からない。
 ビョルカさんが怪しいワケ
 なんてないのに……

 血迷ったとしか……
 いや……思い返すと、
 あの瞬間、何か得体のしれない
 ものが頭の中で囁いて、
 勝手に指が指さした、
 というか……

 ……はは、ははは……

 ……なんてこった……

 『自分の中で何かが囁いた』

 それこそが、
 僕らを襲ってる敵、
 そのものじゃないのか。

 僕こそが、
 『狼』なんじゃないのか!

「僕は、自分のいまの行動を、
 説明できないです……
 
 ということは……」

「おい!
 下手は言うな!」

「静かに、ヨーズ!
 
 いずれにせよ、
 『儀』の結果は覆(くつがえ)りません。
 
 ただの言い訳なら
 たしなめるところですが……
 あえて伝えるべきものがある、
 その覚悟を感じます。
 
 聞きましょう」

「……
 
 もしかしたら、『狼』は、
 本人すら気付かないうちに、
 操ってしまうのかも。
 
 
 僕も知らない間に、
 僕は操られ、レイズルさんを、
 ああしたかも、しれない……
 
 だからこれは、
 奇しくも最善の結果なんです。
 
 目隠しを、いただけますか」
 

退場

「……分かりました。
 フレイグ、これを。
 
 そして、剣を我が手に」

 ……ビョルカさんは、
 その一太刀を、
 自ら下してくれるのか。

 忍びない。
 でも、こうなったら、
 僕に何か言う資格はない。

 言われた通り、
 目隠しの布を受け取りながら、
 引き換えに、剣を鞘ごと
 差し出そうとした。

 そこに無言で、
 ジジイが割って入る。

「……ワシがやる。構わんな」

「ウルヴル、しかし……」

 ふんだくるように柄(つか)を取り、
 刀身を抜き放つ。

 悪意的なまでにしかめた、
 怒りと、憎しみの表情。

 老いてなお隆々とした腕が、
 自ら鍛えた鉄の凶器を
 ゆっくりと振り上げていく。

 分かるよ、ジジイ。
 残る唯一の男で、最年長者。
 汚れ役は買わなきゃ、だろ。

 アンタはそういう人だよ。
 小難しくて口うるさいが、
 優しくて、真っ直ぐ。
 僕へのアタリがキツイのも、
 僕がろくでなしだからだろ。

 少し調子悪そうだけど、
 立とう、としてくれるのは、
 本当ありがたい。頼もしいよ。

 ……だからさ。無理するなよ。

 アンタは生まれついての
 職人だろ。

 鉄を打って、子供を撫でて、
 祈りを捧げてきただけの手と、

 そんな優しげな目で、

 人なんか殺せるかよ。

『死体の乙女』よ。
 
 血と、肉と、骨にかけて……
 
 ……
 
 許せ、フレイグ──」

「 
     ヨーズ!!
              」

 僕は叫んだ。
 その一瞬で、不愛想な幼馴染は
 意を察してくれた。

 構え
 狙い
 銃声

『ギ・クロニクルif』狼d~退場_002
『ギ・クロニクルif』狼d~退場_003

「……以上。
 
 これより、巫女の武器は私。
 荷物になる剣と盾は埋葬。
 『護符』も私が預かる。
 いいね」

「ヨーズ!!
 おまえ、おまえは……ッ!!」

「こらえなさい、ウルヴル!
 
 皆が皆を想って動いた。
 そのことを、
 私は誇りに思います。
 
 だから、
 
 呑み込んで……お願い……」

「無体(むたい)じゃな、ビョルカ!!
 百歩譲っても、
 フレイグの小僧は許さんぞ!
 
 ヨーズはまだ、人の血には
 汚れちゃおらなんだ!
 老い先短いワシで良かった!
 
 じゃのにあやつは……
 
 あいつだけは
 『死体の乙女』が許しても、
 このワシが許さん、絶対に!!」

「いや……いやよ……
 ウルじい……
 なんでそんなこというの……
 
 フレイグはもういないの……
 しんじゃったのよ……
 
 どんなひとだって、しんだら
 『死体の乙女』のもの……
 ゆるされて、いいはずだわ……」

「ゴニヤは黙っとれ!
 ワシは、ヨーズやお前のために
 怒っとるんじゃ……!!」

「なんで……?
 ゴニヤたちが、おんなだから?
 こどもで……よわいから……?
 
 よわい、せいで、
 みんな、こまら、せて、
 
 ごめん、ひっぐ、なさいッ……」

「ゴニヤ! そんなこと、
 間違っても言わないで……!
 
 ウルヴルも!
 お願いですから収めて下さい!
 ゴニヤにこんなことを
 言わせてはいけません!!」

 あー、うるさい。

 日常。なぐさめ。きれいごと。
 そっち側は、面倒だね。

 汚れ役は、
 今さら何とも思わない。
 人間の血も獣の血も変わるか。

 そうこうしてたら、
 みんな落ち着いたみたい。
 ウルヴルが2人を抱きしめたり
 してる。

 それでいい。
 大丈夫。
 私らは、まだ堅い。

 正面の、『死』に向き直る。

『ギ・クロニクルif』狼d~退場_004

 あんたの命は無駄にしない。

 『館』で待ってろ。

 馬鹿。

『ギ・クロニクルif』狼d~退場_005

【フレイグ死亡】

【1日目の日没を迎えた】

【生存】
ヨーズ、ウルヴル、ゴニヤ、ビョルカ

【死亡】
フレイグ、レイズル

 ……粘度とか臭いは違うな。
 あんた。
 以外とさらっとしてたんだ。

 味はどうだろう。

 む。
 それどころじゃないね。

『ギ・クロニクルif』狼d~退場_006

 私がさっさと片づけを終え、
 日が落ちると、
 やることはなくなった。

 昨日と同じように、
 毛皮にくるまって寝るだけ。
 『護符』さまさま。

 ホントに同じでいいの?

 昨日は、レイズルだけ死んだ。
 今日も、同じだといえるか?

「……寝る時、バラけよう。
 
 フレイグのおかげで
 解決したと、思いたいけど。
 もしかしたら、全然違う敵が
 来てないとも限らない。
 
 意味あるか分からないけど。
 『護符』が凍え死にを防ぐなら
 全滅の危険を、少し減らせる」

「……そう言われると……
 
 しかし、前のように
 クマでも襲ってきたら、
 単独のほうが
 危険ではありませんか?」

「私が警戒する。
 罠も、クマよけもする。
 『狼』以外は、心配しないで」

「ヨーズもやすまないと、
 いつかたおれてしまうわ……!」

「大丈夫。
 獣が来たら寝てても気づく」

「ムウ、なるほど……
 つまりは凍越祭(とうえつさい)の真似ごとを
 するわけじゃな。
 
 巫女さんがたよろしく、
 オスコレイアを避けて
 夜を越す、と……」

「そういえば……
 ヨーズは詳しい、ですよね?」

 そうだった。
 もちろん知ってる。

 『村』の巫女はこの時期、
 わざわざ冬山に入って、
 わざわざ1人用のテントで
 夜を越し、身を清める。

 で、何人かは死ぬ。

 凍死だったり、獣だったり。
 それはみんな、オスコレイア
 と呼ばれる、冬の化身みたいな
 バケモノがやったことになる。

 なんの意味がある?
 クマを太らせたいのか?

 馬鹿げた伝統。

「……いいでしょう。
 ちょうど凍越祭(とうえつさい)でやるように、
 各自少し離れて休みましょう。
 
 じきに吹雪きそうな空気です。
 そうなったら各々、
 決して出歩かないように。
 
 『護符』の範囲は広いですが、
 うっかり外れればすぐに
 凍死してしまうでしょうから」

 勝手に納得され、
 そういうことになった。

 みんな、ぼちぼち、
 おやすみを言って、
 それで別れていく。

 ……と思ったら、
 誰か近づいてきた。

「……昨日から思っとったが、
 寝る前にもっと皆で語ったり
 してもええと思うんじゃ。
 荒涼(こうりょう)とした場所じゃが、
 それゆえの味もある。
 
 酒でもあればよかったの」

「やだ。
 ウルヴル酔ったら誰彼構わず
 議論ふっかけて絡むじゃん。
 
 忘れたの。
 巫女のばばあ3人連続で
 論破して泣かして、
 軽く埋められた事件」

「ムウ。そうだった。
 いやでもアレは
 爽快じゃったろ?」

 否定はしない。
 ほとんどの巫女は
 ビョルカほどいい奴じゃない。

 でもほら。
 狂犬は、
 けしかける獣がいないと困る。
 扱いに。
 ……みたいな話。
 めんどいから口には出さない。

「……以上?
 おやすみ」

「……あまりケンカ腰になるな。
 あの時は、悪かったの。
 
 思えば、結局ワシは、
 自分が恰好をつけそこなって
 頭にきとっただけじゃ。
 
 ゴニヤにムチャを言われて、
 頭が冷えたわい」

「……以上?
 おやすみ」

「そう邪険にするな。
 
 ずいぶん思い詰めとる
 ようじゃの、ヨーズ。
 
 ビョルカに話せんことが
 あるなら、話してみんか」

 ……狙いは何だろ。
 とか、考えるのは悪いかな。

 ウルヴルはそもそも、
 こういう感じではある。
 まじめすぎない、子供の味方。
 荒っぽく見えて、気配りの人。

 でも、今は普通じゃない。
 相手も、普通とは限らない……

 私も普通じゃないことを
 やってみようか。
 相手の考えを探ってみる、
 とか。

「……私以外が、
 どう思ってるか気になってる。
 
 特に、ウルヴル。
 あんたこそ、
 だいぶ思い詰めてるみたい。
 
 何考えてるの」

「……フレイグのやつが死んで、
 それで収まると思うとるか?
 
 ワシにはどうも、
 そうは思えん。
 
 ヨーズもそう思ったから、
 こうやって寝床を分けた。
 違うかの?」

 そのことか。

 実際、心配は、ある。

 実をいえば、
 フレイグのやつは、
 独特のニオイを発してる。

 変な意味じゃないよ。

 勇士の訓練は、隠される。
 何やってるか知らない。
 えぐいこと、やってたと思う。

 大人になったフレイグは
 ずっと、血のニオイがしてた。

 獣ほどじゃないにしろ、
 私は鼻がきく。
 だからフレイグの場所とか、
 通ったところとかは、
 何となくわかる。

 レイズルの死体には、
 フレイグは触れてない……
 と、思った。

 なのに、私は、
 フレイグを指さした……

「……ウルヴルは。
 本気で思った?
 フレイグが怪しいって。
 『狼』かも、って」

「本気で疑っとらんかったら、
 指さすわけにいかんじゃろ。
 
 殺すんじゃぞ。同胞を。
 
 小僧は一番腕が立つ。
 ワシが『狼』でも、
 あいつを真っ先に乗っ取る。
 『儀』で言った通りじゃ」

「……フレイグが『狼』なら。
 そう信じてるなら。
 もう犠牲は出ないだろう、
 ってなるはず。
 
 ウルヴルは、何が怖いの」

「信じてるなら、か。
 信じたいが、そうもいかん。
 
 職人はな。疑い深い。
 自分の腕を疑って腕を伸ばす。
 『死体の乙女』からすりゃあ、
 目ざわりな仕事じゃろうよ。
 
 じゃから、疑ってしまう。
 小僧は『狼』じゃなかった、
 とか、『狼』は1匹ではない、
 とかの……」

 ……判断つかないな。

 ウルヴルは、
 冷静で、慎重に見える。

 でも。
 なんだろう。

 何かに怯えてて、
 必死に抑えてる、っぽくも。

 ……あー。

 分かった。

 フレイグが『狼』って以上の、
 『最悪の可能性』
 考えてるんじゃない?

 引っ掛けてみようか。

 一緒にビョルカを
 指ささないか、って。

「あのさ」

「なんじゃ?」

 ……

 言葉が出てこなくて、びびる。

 私はたぶん、『村』で一番、
 信心(しんじん)は浅いやつだと思う。

 だけどさすがに、

 共謀の禁忌をおかせるほどの
 肝っ玉はない……らしい。

 代わりに出た言葉は、
 ちょっと
 ぎこちなかったと思う。

「……ウルヴルは……
 『狼』は、もういないと思う?」

「……さあの。
 そうじゃったらいい、とは
 思っとるぞ」

「じゃあ、もしフレイグが
 『狼』じゃなかったら、
 誰だと思う」

 言って気付く。
 この質問、ギリだ。
 いや、アウトまである。
 『誰が狼か』って相談は
 『誰を指さすか』って共謀に
 直結しそうから。

 出口。出口。

「……あー。
 素直に言えば。
 
 私が怪しいって」

 考えたら、それが一番
 ありそうな答え。

 勇士の次の、汚れ役。
 強力な飛び道具も持ってる。
 距離さえあれば
 フレイグだってラクに確殺。

 あとこれなら、共謀とかには
 ならないでしょ──

「うん? 何を言うとる。
 ヨーズは違うじゃろ。
 
 『狼』じゃったら、
 きょう『儀』に積極的に
 参加せんでよかったからの」

 え。

 積極的。

 どこが?

「……言うとったじゃろ。
 『人を殺せるのは、
  殺しの覚悟があるのは
  フレイグだけ』
じゃと。
 
 ビョルカは嫌うがの。
 迷った時に、
 『理』は大事なんじゃ。
 
 おまえやゴニヤを
 守るためじゃったら、
 『理』をたどる。
 おまえもそのようじゃから、
 信用しとる」

 は?

 違う。
 そんなこと言ってない。

 『殺せるの、
 この中では、フレイグだけ』

 『私が』だ。
 『レイズルを』じゃない。

 汚れ役。剣と盾。幼馴染。
 その共感でわかる。
 この困難にもフレイグは、
 迷わず盾になってくれる。

 それが、なに。
 フレイグが唯一怪しいって
 言ったみたいに……

 待って。
 それ、もしかして、

 フレイグも、
 勘違いしたまま──

「……どうした、ヨーズ?
 
 まあ、ワシの考えなんぞ、
 そんくらいのもんじゃ。
 あまり話し過ぎてもビョルカに
 怒られるでの……
 このくらいにしとこう。の?
 
 ゆっくり休むんじゃぞ」

 そうやって帰っていく
 ウルヴルを、生返事で送った。

 フレイグと分かり合った、
 そう思ってたけど、
 勘違いだったかも。

 その考えは、重いけど、
 取り返しはつかないんだ。

 切り替えよう。

 休みながらも、警戒は怠らず。
 夜は長い。
 悩んでばかり、いられない。

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