……舐めてた。
深夜の吹雪が厚すぎる。
一歩も動けないうえ、
気配も全然つかめなかった。
大口叩いたくせに、
みんながどうなったか、
把握できてない。
良くない。端的(たんてき)に。
夜明け前、
ようやく天気が回復。
見てるだけで凍死しそうな
群青の空が、
赤紫に染まっていく。
『護符』は守ってくれるけど、
雪に埋もれることまでは
防げない。
雪を払って、起き上がる。
みんなを探さなきゃ。
無事ならいいけど。
【2日目の夜明けを迎えた】
【誰も犠牲とならなかった】
【生存】
ヨーズ、ウルヴル、ゴニヤ、ビョルカ【死亡】
フレイグ、レイズル
「皆さん……!
ご無事で何よりです!
これでもう、
心配はありませんね!」
「よかったわ!
『狼』なんていなかった……
いえ、もう心配しなくて
いいってことね!」
思わず、ウルヴルを見た。
目が合った。
険(けわ)しい目。
すぐ逸らされた。
まあ、そうだよね。
こうなっても、ウルヴルは
別に安心しないし、
共謀になりそうなことは
さっと避ける。
私は、どうかな。
「とにかく、進もう。
『護符』が切れたら死ぬ。
『狼』がいようが、いまいが」
「む……それはそうですね。
では早々に、出発しましょう。
ただ、その前に……
最後に、フレイグにお別れを」
胸の中に、暗いもやが立つ。
あんたにとって
フレイグはその程度だよな。
私は、もういい。
通じ合えた。
あの一瞬だけは素直になれた。
そして、もう、フレイグは
誰のものにもならない。
そう思うことにする。
……最悪だな。私。
だけど、口に出さなきゃ、
『死体の乙女』は
許してくれる。
このことさえなきゃ、
ビョルカも別に、
嫌いじゃないし。
黙って、役目を果たそう。
剣と盾はもうない。
銃だけで、危険を退ける。
朝のうちには、
目立った危険はなかった。
道も視界も悪くない。
警戒しつつも、平穏。
少しだけ、思考に割く。
一晩経った私には、
フレイグが『狼』だとは、
思えなくなりつつある。
あの時、通じ合った。
そう考えるなら、自然だ。
だって『狼』なんかと、
通じ合えるハズがない。
『狼』なら、
誰に殺されようが同じハズだ。
そうなると、なぜ、
今朝誰も死ななかった。
誰が『狼』なの。
ゴニヤは……
私を指さしはしたけど、
別に怪しい感じはない。
ウルヴルは……
『狼』探しに積極的だし、
よく話を聞けば、怪しくない。
ビョルカは……
どこを切っても、
怪しさのカケラも出てこない。
……考え方がダメ、なのかも。
逆に、この3人の誰かが
『狼』だとしてみる。
小さい子。老人。巫女。
全部やだな。考えたくもない。
『狼』なんていないのかな。
レイズルは、私の知らない獣に
やられたとか。
それこそ『黒の軍勢』とかに。
だったらなんで
犠牲者が1人で済んだんだよ。
……堂々巡りで、
午前は終わった。
「さあ、お昼からも頑張って
歩きましょう、皆さん!」
にこにこにこにこ、
何がそんなに楽しいんだ。
もう2人死んでるぞ。
頭わるいのか。
たぬきみたいな顔しやがって。
言わないけど。
どうせ死ぬほど辛くて
毎晩泣いてるのに
隠してる系だろ。
美人で誠実な人はいいね。
言わないけど。
……
一応、それでも、
警戒はちゃんとしてた。
全力でしてた。
偵察をしてくれる、
レイズルやフレイグの不在。
そして、相手の──
敵の、狡猾(こうかつ)さ。
油断は無かったと誓える。
言っても仕方ないけど。
至近距離でクマに襲われた。
すごいデカい奴に。
岩や木に、巧妙に隠れて
接近された。
気配はあれど、
捉えきれなかった。
あまりに距離が近いと、
私の長銃は取り回しが悪い。
フレイグが生きてたら──
思いながら、それでも、
なんとか仕留めた時には、
【ゴニヤが致命傷を負った】
「ビョルカぁ! 布じゃ!
布をくれ、ありったけくれ!!」
「──! すぐ用意します!」
「──へいき、よ、
いたく、ないもの──」
……私は、
立ち尽くすしかない、
役に立ちそびれた汚れ役。
『役立たず』と責める、
みんなの無言の声を
体中で浴びながら。
言わないけどさ。
しかたなくない?
「──ヨーズ!
なんじゃその顔は!!」
何も言わないでいたら、
顔で怒られる。
掴みかかるな。
理不尽ジジイ。エッチマン。
私だってあちこち打って、
最後は獣の正面に立って、
命危険に晒して急所狙ったぞ。
それでもだめか。
だめなんだよな。
分かるよ。
神妙な顔で、沈痛な声で、
私のせいだ、ごめん、
とか言って、震えて泣いときゃ
合格のやつでしょ、これ。
悪いけど、
精一杯やったし、
あとは死んでも仕方ないね、
としか思えない。
「……なんでそんな目ができる!
ゴニヤじゃぞ!?
同胞の、子供なんじゃぞ!?」
それは、ウルヴルがゴニヤを
好きなだけじゃん。
私わりと子供きらいだよ。
ゴニヤはマシなほうだけど。
私が好きっていったら、
みんなで決めて殺した
あいつだよ。
諦めて、覚悟してやった。
これと何が違う?
不公平じゃん。
そっちのもやめろよ。
クズを見る目をさあ。
思うべきことを思えるか、
痛むべき真心を持てるか、
結局、そこで弾かれる。
人間のクズとして見られる。
まあいいよ。
クズなんでしょ、実際。
思うべきことをやって、
痛むべき真心を持って、
やるべきことは何もやらない。
そういう奴はなぜか、
クズ扱いされない、世界。
言わないよ。
頭の中にあるものは、
口にしたとたん、糞になる。
それがもう、何よりも、
糞ほどめんどくさい。
だから、言わない。
あー。
早く終わんないかな。説教。
いっそ殴ればいいのに。
女子供は殴らないウルヴル。
それがいいと思ってるのも、
あーあ、勝手な話──
「──おこら、ないで──
ねえ、ふたりとも──
ゴニヤがしんだら、
おこるの やめて
くれる かしら──」
「────……」
は?
消えそうなゴニヤの声を、
間違いなく、全員が聞いた。
最悪を通り越して、
気分が凍り付いた。
自分の命を代償とした解決。
私らには、相容れない……
と見せて、実は、相容れる。
だって、同胞を殺して、
全てを水に流してきた。
その責任を、
乙女に押し付けてきただけだ。
「……ゴニヤは眠ったようです。
できるだけのことはした。
あとは彼女次第です。
双方思うところはあるはず。
でも今は時間がありません。
ウルヴル。
弱き者への絶えぬ思いやり、
本当に助けられています。
荷物は私が。
ゴニヤを負って下さい。
さあ、今すぐ」
「……
承知した。
頭冷やすわい」
小さく言って、
ウルヴルはゴニヤを負うため
離れていった。
「……ヨーズ。
何も言わなくていいです。
あなたが何を思おうが、
『死体の乙女』は許します。
ただ、一つだけ、
分かってほしい。
あなたの献身に、
私は深く感謝しています。
我らを生かしたあなたに、
私は報いたい。
教えて下さい。
どうすればいいか」
……
あー。
そうやってさ。
いつもさ。
何なんだよ。
糞みたいな、
全部分かったような、
そんな、
糞。
ちょろすぎだろ。
出てくんな。
涙。
「……もういっかい、
ありがとうって、言って」
「……もちろん。
ありがとう、ヨーズ」
そんな感じで、
全部なし崩しになって、
私らはまた、歩き出した。
それで、
何時間かあと、
どうなったと思う?
正解。
ゴニヤが、
全快した。
「……ええ、大丈夫……
ありがとう、ウルじい……
なんだか、もう、
痛くもなんともないわ……」
全快は言い過ぎた。
大きすぎる傷痕は、
今も生々しく刻まれてる。
痛くないわけがない。
ただ、血は止まってるし、
血の気も戻ってきてる。
致命傷の見た目以外は、
健康体のゴニヤ。
「……お、おお、ゴニヤ~!!
良かった、良かったのう!
あああ何よりじゃあ……!!」
めでたしめでたし。
となったのはウルヴルだけで、
ビョルカは目を剥いてるし、
ゴニヤ本人すら、
明らかに……不気味がってる。
私は、考えてる。
「魔法の力でもなきゃ、
起きえない現象。
ということは……
『雪渡りの護符』の効果、
しか無くない?」
「ムウ……そんなこと、
説明書きにあったかの」
「ないけど。
『極寒の危険から一行を守り、
軽装での雪渡りを可能とする』
とかなんとか。
あいまいだったよね。
『極寒の危険』に、
クマに襲われること、
その傷を治すことが、
含まれたかもしれない」
「魔術とは、
そんなに便利なもの、
なのでしょうか……」
「知らないけど。
進もうよ。
他に考えようもないことだし」
ビョルカの耳元で、
あえてはっきり言った。
ビョルカは一瞬動きを止め、
その後小さく頷いて、
また先頭に立ち、歩き始める。
……考えてるんだろうな。
もう一つの可能性。
つまり、
魔法の力が、
ゴニヤ自身にある、
……人間じゃない、かも。
そんな疑い、口に出せば
即共謀の禁忌。
だから黙ったね。
つまり、
ビョルカの指さす先は……
……待てよ。
じゃあ、ウルヴルは?
ウルヴルは絶対ゴニヤを
疑わないだろう。
加えて、
今日の私とのごたごた、
『強い奴から狙われる』という
ウルヴルの『理』じみた考え。
普通に考えたら、
私のことを恨んでるはず。
でも、
もしかしたら、
あいつの真意って、
ゴニヤは、読めないか……
いや、でも。
ゴニヤもやっぱり、
ウルヴルを指ささないだろう。
そしてさっき、
私とウルヴルの争いを
水に流すように言った。
それは、要するに……
……最悪。
これ、言わないだけで、
共謀成立しかけてる、かも。
じゃあきっと、やっぱり、
今日の『儀』は避けられない。
誰を指さすか。
今のうち、考えておかなきゃ。
【ルート分岐:混迷】
なぜか、まだ『狼』は生きてる気がする。
そんな心配中、ゴニヤが致命傷から不自然に息を吹き返した。
水面下で、思惑が、疑念が渦巻いてる。
今日もきっと『儀』はやるだろう。
私は誰を指さすべき?