元KADOKAWA社長・ライトノベル市場の立役者である佐藤辰男氏は、なぜ“70歳の処女作(ラノベ)”を書いてみたの? 『ロードス島戦記』水野良氏との対談からその真意を探る

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『怠惰な俺が』は現状に閉塞感を持っている社会人に向けたエール

工藤氏:
 『もしドラ』も『ビリギャル』もそうなんですが、自己啓発系小説って他人事じゃなくて「読者自身の話」だとアピールできると売れるんですよね。それで『KADOKAWAのメディアミックス全史』が日本書紀なら、『怠惰な俺が謎のJCと出会って副業を株式上場させちゃった話』は古事記だと思っているんですね。

 この小説はもちろんKADOKAWAの歴史を語るものではないフィクションなんですが、裏ストーリーとしてKADOKAWAがどういう思想で今の状態にいたったのか、という物語が見えてくる話でもあるんです。分かりやすく言うと「今は君の理解者は少ないかもしれないけど、その熱は将来のビッグビジネスになるかもよ」というメッセージが込められているんじゃないかなと。

 水野さんが書かれた『ロードス島戦記』も元をたどれば『ダンジョンズ&ドラゴンズ』(D&D)という(当時の日本では)すごくマニアックな遊びのリプレイから始まったものですが、そこから派生していく形でラノベやアニメが生まれ、今のKADOKAWAの成長につながったわけですよね。そうしたことを今度は、今この本を読んでいる君がやるんだぞって。

水野氏:
 おっしゃる通りだと思うんですが、僕はこの作品を企画書としても読めると思うんですよ。ちょっとうがった見方になるんですけど。

 佐藤さんご自身が「俺がもし若かったらこんな新しい出版社を作りたいんだ」というようにも読める。その夢の設計図とでも言えばいいのですかね。だから、ご自分では70歳だからなんて何度もおっしゃっていますけど、まだまだ仕事する気があるのだろうなという(笑)。

KADOKAWA元社長・佐藤辰男、『ロードス島戦記』水野良:対談_007

佐藤氏:
 やっぱり小説を書くとき、どこか自分を投影してしまう部分が出てくるんですね。さっきもメディアワークスを作ったときには上場する計画があった、みたいな話をしましたが、やっぱり上場したかったです。
 結果的にはKADOKAWAと合流してよかったと思っているんですけど、それもまたひとつの選択肢として、ね。本の中で書いた起業や上場、M&A、IPOというのは僕自身がやりたかったことと、やったことが混在しているんです。

水野氏:
 あとこの小説は後半部分、6章以降からいきなり謎のフェイズに突入するのですよね。ちょっとネタバレになるので細かいことはお話しできないのですが、ここからがめちゃくちゃ面白いです鳥嶋さん【※】とお会いする機会があり、この作品についての話を伺ったのですが、同じような感想でした。

※鳥嶋和彦氏(元 白泉社顧問・元 集英社専務)
かつて「少年ジャンプ」にて『Dr.スランプ』や『ドラゴンボール』などの名作を鳥山明氏とのタッグで送り出してきた伝説的な編集者のひとり。『怠惰な俺が謎のJCと出会って副業を株式上場させちゃった話』には推薦文を寄せている

佐藤氏:
 ありがとう(笑)。

水野氏:
 もしかしてこの作品はミステリだったのか? と思ったくらいです。『そして誰もいなくなった』(早川書房)の巻末にある謎解きパートがいきなり展開されたような、そんな衝撃がありました。

 面白いし、ぐいぐい読めてしまう。それまでどちらかといえば記号的に書かれていた女子中学生(JC)の「五虎退」(ごこたい)ちゃんが人間としてしっかり描きだされてゆく。どうしてああいった内容になったのでしょうか?

──そもそも、誰向けに書かれたイメージなんでしょう?

佐藤氏:
 これは現状にすごく閉塞感を覚えているようなサラリーマンとか、社会人に読んでもらえるといいなって思っています。僕の周囲にいる30代や40代の方でもそうですが、多くの方にとって、生活を維持するのはかなり厳しい時代じゃないですか。満足できる収入を得て、結婚して、子どもと家をもって、という1960年代に始まり90年代半ばまでなら当たり前にできたことがなかなかできなくなってしまった。

 そんな中でも、自分で一歩勇気をもって踏み出すと、実は誰かが支えてくれたり、共感して手伝ってくれたりすることが起こり得る。特に好きなこと、ゲームでもプログラムでも何でもいいんだけど、デジタルの恩恵を受けて楽しみながらやっている人は、それを貫くと周囲を巻き込んでの面白い変化が起こるかもしれないよ、と。今を生きる人が一歩踏み出すきっかけになるような小説を書きたかったんです。

水野氏:
 3章までは小説ふうとはいいながら、キャラクターの内面描写は抑えられていますよね。一人称なので主人公はまあ書かれていますが、ところが6章以降でごこたいちゃんをはじめ、各キャラの内面にグッと踏み込んでゆくじゃないですか。

 それで勝手に妄想して、これはビジネス書というスタイルに見せかけ、実はミステリとしての新しいスタイルを狙ったんじゃないかと(笑)。妄想はさておき、6章以降は純粋に小説として楽しませていただきました。

佐藤氏:
 嬉しいですね、今のコメントで読者に最後まで読んでもらえそう(笑)。

水野氏:
 あと、ごこたいちゃんは佐藤さんがお好きそうなキャラクターかなと思いました(笑)。

佐藤氏:
 僕は高校生のつもりだったんですけど、三木さんが中学生にしろと。

三木氏:
 中学生が大の大人に「お前ぜんぜん会社運営分かってねえな」とキレていたら面白いかなと思いまして(笑)。エンタメとして、「こんな子が教えられるわけないじゃん!」と思わせるキャラクターに仕上げた方が良いと考えたんです。それを意図するのであれば高校生だと少し中途半端かなと。

水野氏:
 カバーイラストにいとうのいぢさんを起用されたのはさすがだなと思いましたよ。ごこたいちゃんには「涼宮ハルヒ」のイメージを感じたので。指を突きつけて、ビシッと言ってくるみたいな。すごく失礼な言い方になってしまいますが、これだけ魅力的なキャラクターを書けるのですから、佐藤さんは作家に向いていますよ。

佐藤氏:
 本当ですか?(笑)。実は次回作も書き始めていまして、60歳の女性を主人公にした物語を書こうと思っています。だから読者層とかはまったく変わってしまうんですけど、やっぱり同世代の人に読んでもらえるような小説も書いてみたいなと思ったので。

KADOKAWA元社長・佐藤辰男、『ロードス島戦記』水野良:対談_008

水野氏:
 佐藤さんが刺激を受けたという『終わった人』のようなお話も読んでみたいと思いましたが。

佐藤氏:
 ただ『終わった人』で描かれた人物像って僕では無いかなと。元エリートなのでプライドが高くて、その地位を失ったことに虚無感を覚えている主人公なんですよね。そういう要素はどうも僕には無さそうかなと。

水野氏:
 確かに、佐藤さんにそういうイメージはまったくないですね(笑)。新作の狙いとしてはエンタメ的なものなんですか? それとも文学より?

佐藤氏:
 エンタメですね、ある種のファンタジーかな。メインとなるキャラクターは主人公と近所に住む母子家庭の親子と、それから山岳救助隊の青年。それぞれ別の人生を歩んでいるキャラクターたちが、ちょっとした超自然的な存在によって結び付けられていくようなイメージです。本来であれば彼らは不幸に陥る運命だったのが、その存在によって少しずつ捻じ曲げられて違う人生を歩んでいくような……。

水野氏:
 ……すみません、今の話だけではイメージを共有できませんでした。やはり、小説というものは書いてこそですよね。ぜひ読んでみたいと思います。どちらかといえば文学よりのほうで(笑)。

 僕も自分のキャリアは終盤に入っていると感じていて、今持っている仕事はもちろん片付けるつもりですが、それが終わったら仕事に関係なく好きな話を書こうかなと考えています。今はどこでも作品を発表できる時代ですしね。

佐藤氏:
 水野さんは作家になられて40年ほどでしたよね。大きな壁にぶち当たって……みたいな経験もされてきたんじゃないでしょうか。

水野氏:
 それは何度もありました。『ロードス島戦記』だって当時は時代の波に乗ってミリオンセラーも達成しましたが、僕としては『ロードス島伝説』を書いたあたりからシリーズの人気というか、時代が変わりつつあるのは感じていたんですね。

 そのころ富士見ファンタジア文庫さんの方でライトファンタジーが全盛期だったので、それに『魔法戦士リウイ』という作品で乗っかって。その後にも『スターシップ・オペレーターズ』『グランクレスト戦記』をアニメ化していただいたりと、それなりのヒットみたいなものを続けることができましたが、やはりロードス島戦記を超える作品は生み出せなかった。

佐藤氏:
 『ロードス』から『リウイ』への転換は今おっしゃったようにライトファンタジーのブームが背景にあったと思うんですけど。『スターシップ』に関してはSFだったじゃないですか。あの時代には『銀河英雄伝説』とかありましたが、そういう流れに乗っていこうという意図だったんでしょうか?

水野氏:
 あの作品は『銀英伝』の逆張りですね。大艦隊のぶつかりあいではなく1対1の駆け引きを書いてみたかった。それからも『ブレイドライン』とか自分としては挑戦的な作品を書きつつ、王道も継続していくというスタイルで仕事を続けてきました。おかげさまで優しい読者さんと編集者さんに支えられて、なんとかかんとかやってこれました。

佐藤氏:
 冒頭で「作家の苦しみ」みたいなお話が出ましたけど、水野さんはやっぱりさんざんそういう思いをなさってきたんじゃないでしょうか。

水野氏:
 ないわけではありませんが、僕は「幸せな作家」なので(笑)。『ロードス島戦記』というデビュー作が大ヒットになって、KADOKAWAグループが常にバックアップしてくれて、これで苦労とか言っちゃダメですよね(笑)。
 そもそも、本当の作家の苦しみって実は贅沢なものだと思っています。

佐藤氏:
 贅沢、ですか。

水野氏:
 「俺、もっと書けるんじゃね?」みたいなどこか欲張りな気持ちがあって、ところが目の前にある自分の原稿はぜんぜん理想に足りていない。どう書けば理想に近づくかでいつも苦しみます。苦しいけれど、それはとても贅沢なことだと。
 完璧な作品なんて書けないって分かっているんですけどね……。特に年を取ってくるとどんどん手離れが悪くなってしまって、いろいろな方にご迷惑をおかけしています。

KADOKAWA元社長・佐藤辰男、『ロードス島戦記』水野良:対談_009

作品を読み、作家へのリスペクトを持つことが編集者としての成長の第1歩

三木氏:
 僕もいろいろなライトノベル作家さんとお付き合いをさせていただくなかで、どこか衝動的なものに動かされて書いている作家さんが多いなと思っていて。小説を書くということが自分の生命活動みたいな。佐藤さんとして今回執筆されている2作品はどのようなモチベーションで書かれているんでしょうか?

佐藤氏:
 やっぱり僕はずっと本が好きだったから。30代や40代、50代でも書いてみようと思ったことは何度もあったんですよ。途中まで書いたものもあったんですが、最後まで書き終えた経験はなくて、それで『KADOKAWAのメディアミックス全史』を書き終わったときにものすごいカタルシスを得られたんです。

水野氏:
 なるほど、成功体験ですね。作品って書き上げるまでものすごくしんどいんですけど、一度書き切る成功体験を得たら次も書けそうな気になりますよね。
 ちなみに、本を書き切ったときの喜びと、できあがった本を見たときの喜びとどちらが大きかったですか?

佐藤氏:
 それはやっぱり書いた後です。できあがったものも嬉しくなかったと言えばうそになりますが、書いた直後に比べればそんなにですね。

水野氏:
 それはすごく作家的なものを感じますね。

佐藤氏:
 そう、書き上げたときの達成感で、本として完成する前に今書いているものが案として浮かび上がってきて書き始めたので。自分で本を書けた! というのが嬉しくて今書いている次のものも進めている感じですね。

──KADOKAWAの社長という立場で出版社を引っ張る中、自分が本を書き切れないことにコンプレックスのようなものを持たれていたんでしょうか。

佐藤氏:
 持っていましたね。「書籍の編集をやったことがない」というのも、コンプレックスでした。なので、水野さんも三木さんも輝いて見えますよ。

水野氏:
 少し巻き込んでしまって申し訳ないんですが、三木さんってたしか小説を書かれていましたよね。あれはなぜなんでしょうか?

三木氏:
 よくご存じで(汗)、恐縮です。あれは、僕自身が本当に疑り深い人間なので、作家さんと打ち合わせしているときに「じゃあお前が書けよ」って心の中でムカつかれているんだろうな……とか常に考えてしまう人間でして……。
 実際、自分が考えた作品なのにどうして他人に手を入れられなくちゃいけないんだ、って感じる作家さんもいると思うんですね。「じゃあお前が書けよ」は編集と作家の永遠の対立テーマだと思ったんです。ですので、ならば、作家さんがそういう感覚を抱かれるのであれば、僕自身も一度書いてみようかなと思って、書いたという。

水野氏:
 作品を書いていて、「これ、自分以外の誰かが書いた方がぜったいに面白くなるな」と思ったことはありますが(笑) 作家のムカつきを共有するために書いたわけではないですよね?

三木氏:
 ひとつはバッターボックスに立たないと空振りもできない、みたいなところがあってトライしたんですけど、書いてみると水野さんのおっしゃる通り「これ鎌池和馬だったら絶対めちゃくちゃ面白くなる」「川原礫だったら俺の100倍うまく書く」という思考が襲いかかって来て、すごい重圧を感じました(笑)。

 そういう経験を経て僕の中では勝手に勉強になっていて、作家さんとの打ち合わせの時も「あ、このとき作家さんは恐らくこう思うだろうな」みたいな部分をいっそう判断できるようになったかなと思います。

水野氏:
 それで実際に書かれてみて……すみません、僕はその作品は読んでいないのですが、それまでに三木さんが担当された作家さんからはどのようなリアクションがありましたか?

三木氏:
 みなさん、どちらかというと好意的な反応だったと思いますね。

水野氏:
 それはあまり良くないというか、恐らく「勝ったな」と思われているんじゃないかなと……(笑)。

三木氏:
 それは絶対にありますね(笑)。ただ、これは僕の研究論なのですが、作家さんって「他の作家さんに対して編集者として立つことは難しい」と思ったケースがいくつかありまして。それは作家同士だから、生みの苦しみを知ってるから、悪い意味で尊重しあってきつく指摘できないというか……。今回も、僕が自ら書いたとなったときに、作家さんが僕のことを「作家のひとり」としてちょっとゾーンの中に入れてくれたのかな、と図々しくも考えています。

 やはりほかの人が頑張って書いた作品をけなすって、自分にも返ってくることじゃないですか。だから作家さん同士は悪く言えないのかなと、そういうことを思いました。

佐藤氏:
 僕はね、勝手なイメージなんだけど小説の編集者って小説をたくさん読んでいないといけないと思うんだよね。でも作家の側は別に読んでいなくても良いんじゃないかな、と思うんだよ。例えばジャン・ジュネ【※】みたいな作家の読書体験って想像しにくい。

※ジャン・ジュネ(1910~1986)
『花のノートルダム』『泥棒日記』などの作品で知られるフランスの小説家、詩人、劇作家。

KADOKAWA元社長・佐藤辰男、『ロードス島戦記』水野良:対談_010

水野氏:
 僕自身もあまり読みませんね。特にデビューしてからは読まなくなりました。引っ張られてしまうのも怖いので。

佐藤氏:
 編集者として成長するための流れとして、作品をいっぱい読んで、それで自分にはこんな作品は書けないと感じる。それ故に作家にリスペクトを持つ、というプロセスがある気がするんですね。

 その昔、吉行淳之介【※】という作家が「麻雀やってるのが作家で、それを見てるのが批評家だ」っていったんですね。要するにプレイヤーと見ている人という構図を表現したかったんだと思うけど、これが直感的にすごく分かる。それでいうと編集者ってやっぱり、”寄り添う人”ってことになるんでしょうね。

※吉行淳之介(1924~1994)
『驟雨』『砂の上の植物群』『夕暮まで』などの作品で知られる日本の小説家。

水野氏:
 佐藤さんは以前に「作家を諦めた人が良い編集者になるかもしれない」と話されていて、同じようなことを鳥嶋さんもおっしゃっていた気がするので印象に残っていますね。

 昔はたしかに作家になりたくてもなれなくて、それで編集者になったような人って多かったと思うんですよ。そうすると編集者の中にも若干ルサンチマン的な部分もあって、そのあたりが作家との関係を築くうえで良くも悪くも作用していたんじゃないかなとちょっと思ったりもしたんですけども。

佐藤氏:
 実は僕は自分がそんなことを言ったのをあんまり覚えてないんだけどね(笑)。まあ、とにかく編集者は絶対に本を読まなきゃいけない。

水野氏:
 最近の編集者ってどうなんでしょう? 本を読むことによって感性が平均化されていって、感性よりも知識の方が増していくというパターンもあるじゃないですか。
 自分の言葉より借りてきた言葉を使う方が楽なのは当然として、すでに最適化された言葉を引っ張ってきて文章を作ったとき、それは果たして自分の文章なのかな? って思う部分もあるんですよね。

佐藤氏:
 今の編集者とか古い編集者とかというレベルではちょっと分からないけど、僕は小説を書いてみて、編集をしてくださったふたりの存在はものすごくありがたかったですよ。

水野氏:
 それはもちろんです。判断に迷ったときジャッジを下してくれたり、アイデアに詰まっているときに新しい発想をくれたり、ロジックのよじれを整理してくれたり、校正をやってくださるのもそうですね。

佐藤氏:
 作家さんにもいろんなタイプがいるだろうから、中にはアイデアを出してくる編集者はいらない、という人もいるのかもしれないね。

水野氏:
 そのあたりは個人の感覚によるところが大きいですからね。佐藤さんは作家の立場になってみて、三木さんあたりに腹立ったりしたことはありませんでしたか?

佐藤氏:
 なかったね。人の言うことを聞くのが好きだから(笑)。

三木氏:
 ちなみに佐藤さんは、僕が新卒のときの最終選考の面接官ですからね? そんな人が僕の指摘を「はい!」って従順に直す。こんなに気持ちのいいことはありませんよ(笑)。

KADOKAWA元社長・佐藤辰男、『ロードス島戦記』水野良:対談_011

──ちなみに佐藤さんを作家として見た場合、どのような印象を持たれましたか?

三木氏:
 僕はここは担当編集としてシビアになるので、先に褒める方からお願いします(笑)。

工藤氏:
 ひとつは若い編集者がついても直せる柔軟さがあるというところで、作家さん的な資質がおありだと感じました。新人賞とかの選考をしたとき、「この人は結構書けるからこう直したらもっといいのに」みたいなことを思ってリテイクを出します。

 でもその時点で止まっちゃって、一歩も進めなくなる方もいるんですよ。そういう人はやっぱりプロの作家、エンタメ系の職業作家には向いていないと思うんですが、佐藤さんは主人公のアオヤマ君そのものなので、言ったことをちゃんと考えて書き直してくださる。
 編集者としてはやはり、リテイクを要求したときに見違えるように良くなって返ってくる著者さんこそがエンタメの世界では伸びるし、作家としてやっていけるんじゃないかなという感じがしますね。

三木氏:
 では僕からは厳しい方を。佐藤さんのお話を聞くと、記念出版のようなイメージでは無くて、将来的にずっと書いていきたいという方向なんですね。だとすると、それを前提で考えなければならない。これは佐藤さんご自身にもお伝えしているんですが、佐藤さんは当然、文章力がむちゃくちゃに高い新人作家ではないです。新人賞を潜り抜けてきた猛者でもないですので。なので、「文章力で売ろう、胸を張ろうとは思わないでください」と言ってきました。「文章下手で上等、ただ想いに嘘はつかないでください」でお願いします、と。

 その前提で、あとは元KADOKAWA社長の佐藤さんが書いた、というバリューがあれば、市場からは絶対にリアクションがあり、感想があり、KADOKAWAさんに赤字を噛ませないで済むくらいは本は売れるんじゃないかな、と思ってます。そして、出してダメージが無ければ新刊も出せるわけです。これが記念出版だったり、1冊にすべてを込めるのであれば、また別のアプローチかもしれませんが、そういうわけではない。

 僕はこのプロジェクトをペナントレースだと思っているので、今の佐藤さんが今の筆力でベストを尽くされたこのタイミングで本書を出して、頂いた感想やフィードバックの反省材料を活かしていければという判断です。あとから「この1作目もまあまあよかったね」「頑張れてたね」と過去を思い返すことができれば成功だと思います。
 なので1冊目としては普通の作家さんに比べると構成が稚拙だったりとか、文章力が弱い部分もあるかもしれません。でも僕はそういう「頑張って書いた」個性的な本があってもいいんじゃないかな、と考えています。

水野氏:
 でも長期的な展開を考えるのであれば、佐藤さんというネームバリュー以外の何か強力な魅力が必要になるじゃないですか。文章力や構成力が足りないというならば、僕がさきほど妄想したビジネス書とミステリの融合のような新しいスタイルを確立するとか。もちろん空論ですし、過去にまったく類を見ないスタイルかと言われると自信はありませんが。

三木氏:
 分かります。ベストは絶対にそれで、今回は僕がそこまで作品の内容にうまく介入できてはいません。ただ、これから確実に必要になってくることだと思います。それがいわゆる、作家さんの個性、となるのかなと。

水野氏:
 そうですね。ここまで書けるのなら、佐藤さんならではの作品というものが読みたいです。『怠惰な俺が……』にはいろいろな可能性を感じましたから。佐藤さんが送られてきたご自分の人生の中から生まれた物語、佐藤さんからしか生まれないオンリーワンの小説が読みたい、と高望みをしたくなります(笑)。

佐藤氏:
 なんだかすごくプレッシャーですね(笑)。

水野氏:
 せっかくセカンドキャリアで作家業を選ばれたのですから、大きな花火を打ち上げていただきたいですね。

KADOKAWA元社長・佐藤辰男、『ロードス島戦記』水野良:対談_012

現在の安定を守ること自体が将来的なリスクになってしまう時代

工藤氏:
 もうひとつ軽くご質問をさせていただくと、佐藤さんをよくご存じの方が本書を読むと、各キャラクターにモデルがいて、実際の知り合いを想起させるなど、いろいろなオマージュに気づかれると思うんですね。それで水野さんにうかがいたいのが、『ロードス島戦記』でも『D&D』で遊んだプレイヤーのキャラクターが、ある意味で作中のキャラクターに乗り移っているわけじゃないですか。
 こうした作り方でベストセラーを出した後に、まったく架空のキャラクターを造形する方向に転換されていった――その際、何か心境やテクニック面での変化はおありだったのでしょうか?

水野氏:
 あまり変わっていない気がします。僕はまず世界設定から作り、次にストーリーを考え、キャラクターを配置しますから。ただ、そのあとキャラクターをどう魅力的に見せるかは徹底的に考えますね。
 キャラクターに魅力が無かったら売れませんから。努力はしているんですが、それでも「パーン」【※】「ナシェル」【※】を超えるキャラクターを書いたかと言われると……。

※それぞれ『ロードス島戦記』『ロードス島伝説』の主人公

工藤氏:
 創作クラスタの人にはそういった葛藤やアプローチの違いというのは少し面白いかなと思います。

水野氏:
 確かに小説投稿サイトが生まれたことで作家になるハードル自体はものすごく低くなったと思いますけど、同時に作品作りのスタイルというのは非常に特化してきている気もしますね。

佐藤氏:
 ちょっと話はズレてしまいますけど、ウェブトゥーン(縦スクロールコミック)みたいなものももっと大きな波が来るのかな? と思いますね。

水野氏:
 ウェブトゥーンは重々しくないところが秘訣なんじゃないかなとも思いますね。あそこから重厚な作品が出てきたら、それはウェブトゥーンではないんじゃないかとも思ったり。

三木氏:
 読者層が紙のマンガを読む人たちとは明確に違って、スマホでムダ時間を解消したいというユーザーさんが対象ですからね。

水野氏:
 僕はここ数年間YouTubeのコミックを追っていたんですけど、だいたいは短くてシナリオのパターンがどれも似ていたりで。でもこれが求められているのかな? と思いました。
 とあるチャンネルで僕がすごくハマった作品があって、その作者の方はすごくオリジナリティのある作品を書かれているんですよ。それで登録者数も再生数も伸びたんですけど、その路線を続けていたら数字がどんどん下がっていったらしく、最近、軌道修正されました。
 ウェブトゥーンもおそらく求められているものが普通のコミックとはまったく違うのだろうな、と。

工藤氏:
 それこそ『怠惰な俺が謎のJCと出会って副業を株式上場させちゃった話』を読んだ人が次に成功するとなると、そのあたりの世代を捉えた存在になると思いますね。水野さんはそうした方向で何か考えられていることはあるんですか?

水野氏:
 僕はしませんね。一応研究はして、向いてるか向いていないか、できるかできないかと自分に問いかけた結論が「できないし、俺がやらなくてもいい」だったので。もちろん時代がどう変化していくかという流れは見ますよ。ただ、同時にもう新しい若い子たちが己の感性でやっていけばいいんじゃないのかなって。

 『怠惰な俺が……』でもVRを使った小説のアイデアみたいなものがあって、これも割りとみんな考えそうで意外とないんですよね。小説とVRって明らかに相性が悪いというか接点がないメディアで。可能性自体は感じるのですが……。

佐藤氏:
 最初はVR小説をやろうという話をしていたんだけど、TAITAIさんの話とかを聞いていて「このままじゃダメかな?」と思ったんだよね。それで途中からゲームを開発する流れに変えました。

KADOKAWA元社長・佐藤辰男、『ロードス島戦記』水野良:対談_013

──はじめにVR会社をテーマにしたというお話を聞いて、なぜVR会社なんだろうな? と思ったんです。VR会社が上場するのってリアリティあると思う? とそういう相談をいただいていて。あまりないんじゃないかなと。

 ただ今日のお話を聞いていて「ニッチかもしれないけど熱量があるもの」の象徴として現れてきたのがVRだったのではないかと感じましたね。

水野氏:
 VRって現状はなかなかうまくいっていないんですよね。SFではひとつ理想の未来みたいに描かれているのに、現実では意外と普及しないなと感じています。

工藤氏:
 そういう理解者が少ない“オタクの熱”みたいなものをKADOKAWAはプッシュして大きくなってきたと思うんですよね……それはまだこれからも有効だぞ、というのが本作のメッセージでもあります。

水野氏:
 皆さんね、日常の業務に追われてそういう野心とか夢とかを失っていかれるんですよ。目の光を失った企業戦士の目になっていく(笑)

佐藤氏:
 加えて、今社会人をやっている子の多くは、このまま会社人生を続けていいものかと、思っていますよね。個人の金融資産を増やすという観点に立てば、リスクをとる必要も出てくる。

水野氏:
 とはいえ、成功している方も失敗した大量の人の上に立っているわけで。起業に向いている人と向いていない人がいるわけだから、万人にすすめるのはいかがなものかなと思いますよ。

佐藤氏:
 確かに。であれば、起業やIPOに限らず個人の金融資産をどう増やすか、しかも自分の好きな道で、という観点はあっていいと思います。ぼくは、そのあたりは橘玲さんの『幸福の「資本」論』という本が大いに役に立った。お勧めします。

今は日が当たらない場所で頑張っている「オタク」が新時代を担うかもしれない

──書籍の話に戻りますが、佐藤さんとしてラノベ的なものを書くことに抵抗はなかったんでしょうか? ビジネス書として企画して、届けるための文脈としてエンタメにするというところまでは分かるんですが、そこで70歳の佐藤さんにラノベを書かせるというのはちょっと乖離しているんじゃないかなと。

佐藤氏:
 いや、最初から僕はラノベ的に書きたかったんですよ。だから最初から「いとうのいぢさんをお願いね」って図々しく持ちかけたんだけど(笑)。

工藤氏:
 編集者からお願いした企画というわけではなく、佐藤さんが最初に書いて、三木さんに持ち込まれたという流れでした。

──佐藤さんはなぜラノベで行こうと思ったのでしょう?

佐藤氏:
 『もしドラ』をやりたかったんだよね。ああいった類のものなら、自分の経験を活かして新しくてオリジナリティのあるものを書けると思ったので。あとやっぱり売れ線をやってみたかった(笑)。

水野氏:
 閉塞感を持っている人がごこたいちゃんのような女子中学生に叱られ、その閉塞感を打破する……という流れはサラリーマンにとってひとつのファンタジーなのですごく魅力的だと思います。ただ、主人公のアオヤマ君ってそこまで閉塞感はないですよね(笑)?

三木氏:
 僕も20代や30代のメディアワークス時代にはだんだん経理部さんの体制が整ってきて、書類申請が厳しくなっていくのを肌で感じていました。当時はできるだけリソースを編集業に注ぎ込んでいきたかったんですが、今となっては佐藤さんの気持ちが分かりますね。編集者と経営者、両方の視点を持たないとダメだなと。

水野氏:
 あとは、作品を作家と一緒に作る編集者と、すでに「小説家になろう」とかで成功して読者を持っている作品を引っ張ってくる場合とで、求められる編集の質も変わるんじゃないかな。でもやっぱり、僕も割と初期のころから危惧していたんですが、編集部が自分たちの作品、要するに新人を育成できない、売り出せないような状況にどんどんなっていったじゃないですか。

 だから「このライトノベルがすごい!」とかドラゴンマガジンさんの「龍皇杯」で取り上げられた作品を押すとかになってしまっている。ああいった手法が編集者や編集部としてのプロダクション能力を落としていった遠因じゃないのかなと。そう思うと同時に、やはり時代の変化として仕方が無かった面もあるとは思うんですけどね。

 ライトノベルは苦しい時期もありましたが、うまい具合にパラダイムを変えるような作品がポンポンと出た印象はありますね。まずスニーカーが出て、富士見が出て、電撃がまたひとつ時代を作って。それらがちょっと影響力を失ってきたころに「小説家になろう」みたいなウェブ発のものが出てきた。僕はそう捉えています。

KADOKAWA元社長・佐藤辰男、『ロードス島戦記』水野良:対談_014

三木氏:
 もしかしたら、今編集者として一番求められているスキルは、優秀なプログラマーと組んで、「小説家になろう」に掲載された作品のポイントを全部スキミングして、もしくは大きい波が発生したと同時に自動的にスカウトメールを送れるようなプログラムを作って……。

水野氏:
 株のトレードみたい(笑)。

三木氏:
 で、発売した書籍の書誌データって全部とれるじゃないですか。それをビッグデータとして、もっとも相関関係があるワードを抽出する。たとえば「貴族」とか「悪役令嬢」とか「奴隷」とか。その中から3つ選んで、これで話を作ってください、って作家に頼む……。そんな未来は嫌ですね!!(笑)

水野氏:
 僕は作家の創作活動を補助してくれる「AI」にひとつイノベーションを予感していますね。それによってAIをうまく使いこなせる作家という新しい才能の形が出てくるんじゃないかなと。たぶん最初はAIが全部作るというよりも、自分がアイデアを入れたらAIが出力してくれるというフェーズがあると思うんです。それが向いている人というのは必ず出てくるんじゃないでしょうか。

三木氏:
 イラストの分野に今そういう流れが来ていますよね。

水野氏:
 現状、AIイラストをそのまま商品に用いるのは危険だと思いますよ。おそらくインターネット上に出回っている画像データを取り込んでいるはずで、それを無断転用した場合の著作権侵害というのが非常に怖い。

 なので安易に飛びつかず、僕らが使うのであれば作家たちが自分の作品のイメージボードを企画書として提出するときにはかなり使い勝手が良いと思います。
 こんな主人公で、こんなヒロインで、みたいなのを入力したらAIが自動的に作ってくれるという。日本だとイメージボードを使って作品を作ること自体が珍しいですが、海外だとそっちの方が一般的なんですよね。

佐藤氏:
 なるほどね。最終的に使うのは著作権とかのリスクが生じるけど、内々での相談だったら有効活用できるわけだ。

水野氏:
 はい。著作権侵害の危険性があるので商品にはできませんが、その前段階においてはツールとして割り切って使えるんじゃないかと思います。皆さんもパワポを使って発表したりするときに既存の絵を貼り付けるじゃないですか。
 あれをAIが生成した自分のイメージに近い絵にすることで、また説得力が違ってきますよね。そういった方向で新しい可能性になり得るんじゃないでしょうか。

三木氏:
 公開しないプリプロダクションの段階では役立ちますね。オリジナルのアニメを作るときでも「なんか黒い物体が攻めてくるんですよ」って話している時に、こういうのです、とAI画像でサンプルを作れれば、お金を発生させずに用意できる。

──ゲーム会社でもそういった使い方をされているみたいですね。一方でデザイナー側からすると、これまではディレクターと「こういうのですか」みたいなやり取りがあったのが失われてしまい、AIの素材をベースに起こしていくだけの作業になってしまっているところに危機感を持っているそうで。自分がクリエイティビティを発揮する場面が減ってしまうことを危惧される方は何人かいらっしゃいました。

佐藤氏:
 でも、やっぱりある種のマニアというか、オタクのような存在には実は可能性がありますよ、と。それを伝えていきたいと思います。そういう視点で『怠惰な俺が謎のJCと出会って副業を株式上場させちゃった話』を楽しんでいただけると嬉しいですね(笑)。

水野氏:
 高評価を得られるといいですね。そして佐藤さんの次回作の方も楽しみにしております。

佐藤氏:
 がんばります(笑)。皆さん、本日はどうもありがとうございました。

水野氏三木氏工藤氏
 ありがとうございました。(了)

KADOKAWA元社長・佐藤辰男、『ロードス島戦記』水野良:対談_015

 4人のお話からは、長きにわたって出版業界という世界で活躍されてきた方ならではの歴史的な重みを感じた。それと同時に現代の作品に求められているもの、そしてこれからの編集者に求められるものなど、出版業界における過去・現在・未来を通じた深い洞察をうかがうことができる。

 中でも「閉塞感を抱えている社会人に読んでもらいたい」と語る佐藤氏の言葉には、ご自身よりも後の世代を生きる人に向けた優しさのようなものを感じずにはいられない。時代の変化を敏感に察知しつつ、それでも一歩前に踏み出す価値を説くことで、新時代を担う作り手の卵に向かってエールを送ろうとしているのではないだろうか。

 また、そういった意図で執筆された『怠惰な俺が謎のJCと出会って副業を株式上場させちゃった話』が、ベテランの作家である水野氏により、新たな作品の形として可能性を見出されている点も興味深い。水野氏がおっしゃっている通り、佐藤氏がすでに書き始めているという新作にも注目していきたいところだ。

 『怠惰な俺が謎のJCと出会って副業を株式上場させちゃった話』は12月21日(水)より発売を開始する。佐藤氏の送るエールを受け取ることはもちろん、水野氏や鳥嶋氏も褒め称える後半の展開にも注目すべきだろう。この対談から何かを感じ取られた方は、ぜひ実際に書籍を手に取ってみていただきたい。

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編集長
電ファミニコゲーマー編集長、およびニコニコニュース編集長。 元々は、ゲーム情報サイト「4Gamer.net」の副編集長として、ゲーム業界を中心にした記事の執筆や、同サイトの設計、企画立案などサイトの運営全般に携わる。4Gamer時代は、対談企画「ゲーマーはもっと経営者を目指すべき!」などの人気コーナーを担当。本サイトの方でも、主に「ゲームの企画書」など、いわゆる読み物系やインタビューものを担当している。
Twitter:@TAITAI999
ライター
1998年生まれ。静岡大学情報学部にてプログラマーの道を志すも、FPSゲーム「Overwatch」に熱中するあまり中途退学。少年期に「アーマード・コア」「ドラッグ オン ドラグーン」などから受けた刺激を忘れられず、プログラミング言語から日本語にシフト。自分の言葉で真実の愛を語るべく奮闘中。「おもしろき こともなき世を おもしろく」するコンピューターゲームの力を信じている。道端のスズメに恋をする乙女。
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集計期間:2023年2月2日19時~2023年2月2日20時

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