ここ1年、日本で「WEBTOON」に参入する企業、作家が大きく増えている。韓国では、『梨泰院クラス(邦題:六本木クラス)』『女神降臨』など実写映画やTVドラマとして制作される作品が多数あり、2022年11月にはNetflixオリジナルアニメとして『外見至上主義』の配信もスタートした。
しかし、こと日本において、大ヒット作品はまだまだ数が少ないのが実状だ。特にスタジオ制を取らず、作家個人で制作している場合はなおのことハードルが高い。
そんなWEBTOONを担う次世代の作家を真剣に発掘、サポートしようとしている編集部がある。国内有数のマンガアプリ「comico」編集部だ。「作家第一主義」を掲げ、作家と編集者が二人三脚で作品づくりを行っているcomico編集部。2022年8月から約3ヵ月にわたり「comicoタテカラー®漫画賞」を開催した。対象となる作品は漫画賞の名前にある通り、「縦スクロール」「フルカラー」形式、いわゆるタテカラー®(WEBTOON)作品のみ。
さらに、本漫画賞には『週刊少年ジャンプ』の編集者として『Dr.スランプ』『ドラゴンボール』などを担当し、現在は白泉社顧問を務める鳥嶋和彦氏を特別審査員に迎えている。「グランプリ」「準グランプリ」「鳥嶋賞」の受賞者には賞金だけでなく、comicoの担当編集者が商業デビューまでを徹底サポートしてくれるという。
今回、電ファミニコゲーマーでも漫画編集者との対談企画を連載いただいている鳥嶋氏からお声がけいただき、最終審査へ同席することに。鳥嶋氏とcomico編集部4名、計5名によるディスカッション形式で「グランプリ」「準グランプリ」「鳥嶋賞」「期待賞」を決めるため、約3時間にも及ぶ白熱の討論が繰り広げられた。その最終審査会から、受賞作品の論評をレポートでお届けしていく。
また、最終審査終了後すぐ、熱が冷めやらぬうちに座談会を実施。ディスカッション時に度々「可能性」という言葉が挙がっていたが、漫画編集者は漫画賞で作家のどんな点に着目して「可能性」を感じるのか。様々な媒体に存在するが、実はあまり知られていなかった「漫画賞」の全貌が、この座談会から見えてくるはずだ。
そして、今回の漫画賞を踏まえ、鳥嶋氏は改めてWEBTOONに何を感じたのか。ヒット作品が生まれる可能性、才能の生まれる場所としてのWEBTOONの可能性など、作家個人の「可能性」だけではなく、WEBTOONというコンテンツそのものの「可能性」を示唆する内容となっている。
聞き手/TAITAI
文/阿部裕華
編集/ishigenn
カメラマン/松本祐亮
審査会で見えてきた絵柄・着色のトレンド
今回、「グランプリ」「準グランプリ」「鳥嶋賞」1作品ずつ、「期待賞」3作品、計6作品が賞を獲得。「グランプリ」の『ブラックヒーロー』は王道のアクション作品。「準グランプリ」の『西条さんと東雲くん』、「鳥嶋賞」の『君だけに言える内緒の恋』、「期待賞」の『永遠の痕跡を残す∞』はそれぞれ毛色の異なるボーイズラブ(以下、BL)作品。また、「期待賞」の『推しに殺されるモブ令嬢に転生しちゃいました』は流行りの転生+令嬢のファンタジー作品、『ヒーローは遅れてやってきた』はヒーロー作品と思いきや少し不気味なミステリー作品と、ジャンルは様々だった。
BL作品は3つも受賞していたが、編集長のたかしろ氏は最終審査時に「全部毛色が違って三者三様の楽しみ方が異なる作品が残った」と語った。たしかに、「準グランプリ」の『西条さんと東雲くん』は、現代のサラリーマンの上司と部下との物語。一方「鳥嶋賞」の『君だけに言える内緒の恋』は、1980年代が舞台。同性愛者であることに悩む学生のお話。「期待賞」の『永遠の痕跡を残す∞』は恋人が小さくなってしまうファンタジー作品だった。
また、テイストやテーマ性が大きく異なる3作品だが、同時に絵柄も大きく異なった。例えば『西条さんと東雲くん』の絵柄について、comico編集部員は「今っぽい絵柄」と評した。それに対し、鳥嶋氏からは「今っぽい絵柄、ウケる絵柄とは?」という質問が。comico編集部員からは「線の太さ」「ディテールの余白」「色の塗り方」などが挙がった。
主線を太くさせ過ぎず、肌と髪の境界や光の当たる箇所などは線の色を変える色トレスを取り入れている。顔のパーツなどは情報を詰め込まず、シンプルに描く。それは色の塗り方も同じだ。影をつけすぎるのではなく、あっさりとした色使いの方が古く見えない。シンプル過ぎると淡白な印象を持たれる可能性もあるが、『西条さんと東雲くん』はそれらのポイントを押さえながらも照れ顔などの決めの表情は感情がしっかりと分かる。編集一同「そこに上手さを感じます」と話した。
「『君だけに言える内緒の恋』も80年代という設定でありながら絵柄が古く見えないのは、これらのポイントをしっかり押さえているから」と編集者のにし氏。
反対に『永遠の痕跡を残す∞』は多少主線が太く、ほか2作品と比較するとベタ塗りではなくグラデーション塗りや厚塗りのような塗り方が印象的だ。それに対して、たかしろ氏は「ジャンルによって合う絵柄や塗り方がある。今のBLはあまり盛りすぎないシンプルな方が読者にウケる印象がある。しかしファンタジーの場合は華やかな世界観も魅力の一つなので、塗りや効果があっさりしていると物足りなさを感じる」とのこと。世界観を演出するための一つの手法として色やエフェクトを盛った方がいいのだそう。
これに対し「勉強になった」と鳥嶋氏。続けて「ストーリーやコマ割りは編集者の意見を反映させることができても、絵柄は作家のセンスによるものだから指導してどうにかなるものではない。活かすしかないんだよね」と話す。たかしろ氏もそれに同意しつつ、「自分の個性は大事にしつつ、たくさんの作品を読みながら、流行りの絵柄、ジャンルに合った絵柄の研究もしてみてほしい」と言った。
「点で弱ければ線にする。線で弱ければ面にする」
comicoは女性向け作品がランキングの上位を占めている。「comicoタテカラー®漫画賞」に受賞した作品も、前述したBL作品と『推しに殺されるモブ令嬢に転生しちゃいました』『ヒーローは遅れてやってきた』は女性主人公の作品だった。そんな中、「グランプリ」を獲得した『ブラックヒーロー』は、男性主人公の王道アクションファンタジー作品だ。
『ドラゴンボール』の編集を担当してきた鳥嶋氏は本作について、「comicoに応募してきた異色さ。可能性を感じる」と一言。主人公の印象やモンスターの造形、アクションの構図など粗削りであることを念頭に置きながらも「アングル取りが上手い」と話した。編集長のたかしろ氏は読者に伝えるべき情報とその順序に指摘を入れながらも「当たり前のようにヒーローがいる世界で、市民からいろいろ言われるヒーローの辛さを描く作風は今時でもあり、下位ヒーローである主人公の葛藤に共感する部分もある」と評価ポイントを語った。
その一方、女性向け作品が中心のcomico編集部に対して「comico的にはどういう風に育てるつもり?」と鳥嶋氏。前述した通り、「グランプリ」受賞者にはcomicoの担当編集者が商業デビューまでを徹底サポートすることになっているからだ。今まで女性向け作品をメインに手掛けてきた編集部員からは「これまでとは違う育成を考えていかないといけない」という言葉が。それに対し、鳥嶋氏は次のように話した。「今ウケている狭いジャンルから打開を図りたいなら、活かす方向で頑張ってみるしかないんだよね」「この人をどう起用するかはcomicoの今の在り方に刃を突きつけることになる」と辛辣ながら真理な言葉を伝えた。
するとたかしろ氏は「この作品が今回最終審査に残っていることがすごく大きい。ジャンルではなく、作品を評価した結果なので」と明かした。それは「comicoタテカラー®漫画賞」の根幹にも関わってくるからだ。「今comicoで女性向けが売れ筋だからといって男性向け作品を排除するなら、最初から“女性向け漫画賞”にしなければいけない。だけど、新たなヒットの芽が出そうな作家を見つけるために立ち上げた賞だから、幅広いことが重要なんです」とたかしろ氏。
その言葉に鳥嶋氏は納得の表情を浮かべながら、『Dr.スランプ』を週刊少年ジャンプに掲載した時のことを振り返った。「当時、ギャグマンガの風が吹き始めたというのもあったけど、ジャンプに少年熱血マンガしかないことが嫌だった。だから『Dr.スランプ』を推したわけ。媒体のコンセプトばかりを気にして新しい作品を出しても読者は飽きてしまう。だから冒険かもしれないけど、新しい作品を推し出していく。それは編集者が腹を括るしかないよ」と。
加えて、鳥嶋氏は「点で弱ければ線にする。線で弱ければ面にする」と話した。女性向け作品ばかりなら、男性向け作品を描く作家を何名かピックアップしていくこと。男性向け作品のラインをちゃんとつくること。それが重要なのだという。
作品をただ評価するだけではなく、受賞後に編集者が作家とどう向き合っていくかを含め、ディスカッションが繰り広げられた最終審査会。受賞作品は納得の結果だったと言えるだろう。
そしてここからは、そんな最終審査会終了後に実施した鳥嶋氏とcomico編集部による座談会の模様をお届けしていく。
漫画賞の最大の目的は「才能の発見」
──そもそも鳥嶋さんはなぜ「comicoタテカラー漫画賞」の特別審査員を受けたのでしょう?
鳥嶋和彦氏(以下、鳥嶋氏):
僕が縦スクロール漫画を知らないから。好奇心だね。あと、基本的に僕は「手伝ってくれ」と言われれば、よっぽどじゃなければ手伝いますから。
comico編集長・たかしろ氏(以下、たかしろ氏):
鳥嶋さんは何でも興味を持って、面白がってくださるんですよ。我々がどんな意見を言っても「なるほど、それはどういうこと?」と聞いてもらえて、フラットに話をさせていただいているのがありがたいですね。
鳥嶋氏:
僕にしてみれば、作品づくりをする才能・漫画家に対する気持ちはみんな一緒なんですよ。作品に興味を持てるかどうか。興味というのは、作品を好きになれるかどうか。そうすればいろんなことを考えられるし、見るべきポイントも研ぎ澄まされていくから。comico編集部と作品作りの話をするようになって2年くらいだけど、編集部4人の名前を覚えて、4人がどういうキャラクターかも分かって、何を言いそうか予測できるようになったら自然と会話が成立するようになったよ(笑)。
一同:
(笑)。
──鳥嶋さんは少年ジャンプでも多数の漫画賞の審査を経験していますけど、そもそも漫画賞って何のためにやるんでしょうか。
鳥嶋氏:
漫画賞の最大の目的は「才能の発見」。どこにどんな才能を持った人がいるかを見つけるためにやる。
とはいえ、「作品の完成度」「潜在的な可能性」など人によって何を基準に見るかが違うので審査は難しいんですよ。漫画家が審査員につくと「自分の原稿料と比較して、この原稿にこの賞金を与えるのはどうなんだろう」という見方が必ず出てくるんだよね。もちろん同業者と捉えて優しい時もあるけど、辛い時もある。
ただ、編集は「この人が連載作家になれるかどうか」という見方をする。あくまでも完成度じゃなくて可能性を見る。そこで漫画家と編集者がぶつかるわけよ。完成度が低くても「可能性がある」となれば点数が跳ね上がる場合もある。だから、作家サイドと編集サイドで結構揉める。それが漫画賞の審査の面白いところであり、難しいところでもある。
──今回の漫画賞はディスカッション形式で審査が行われていましたが、ほかの漫画賞も基本的にはディスカッション形式で審査を実施するんですか?
鳥嶋氏:
少年ジャンプの漫画賞はディスカッション形式だったけど、ほかは知らない。ただ、以前小学館の週刊少年サンデーで編集長をやっていた人は「最後は自分が決めていた」と言っていたね。それを聞いて僕は「へえ」と思った。
少年ジャンプでは、編集長もあくまで1票なんだよ。編集部のみんなが一つの作品に対して点数をつけて、上位から本当にその点数なのかをディスカッションして、最後にもう一度みんなの決を採って、その総評から編集長が最終的に締める。
今日もだけど、まずは編集者一人ひとりが作品に評点をつけた後、みんなでディスカッションをすると違う視点が入ってきて、最後の最後に評点が動くんだよね。そこが面白い。それは、ディスカッションでそれぞれの作品に対する見方を一度確認すると同時に、広い意味で編集部や作品に関わっている人間の感覚を統一していくという狙いもある。意見を強制するんじゃなくて、編集の方向性を決めることにおいて大きな意味になる。だから、編集部内でも戦わせることが意外と大事なんだよ。
──たしかに今日見ていて、図らずも媒体の特性やなすべき方向性がみなさんで持ち込まれて決まっていく感じがしました。
鳥嶋氏:
comicoのようなIT系の企業で漫画を出している場って、なぜスターの作家をつくらないのかと思っていたんだけど。つくらないんじゃなくて、つくれないんじゃないかって予感もあって。それは今回の漫画賞の応募ページをつくっている時に確信したんだよね。
漫画賞の応募ページの原案がすごく定型パターンでつまらなかったのよ。縦スクロール漫画の賞なのに、応募ページに縦スクロールの要素がない。だから「なんで縦スクロールにしないの?」というところから始まったわけよ。もっと縦スクロールを宣伝して、打ち出しなよって。自分たち編集が頑張っているなら、「こういう人がほしい」ってリクルートすべきじゃないの?って。僕はこれをやり続けていってほしい。そうしないとスターのような才能は来ないから。
たかしろ氏:
comicoの漫画賞で編集者一人ひとりが「どんな人を担当したいか」とステートメントを出したのは、今回が初めてでした。漫画賞のページをどうつくっていくかと議論する中、鳥嶋さんから「編集者から発信をしていかなければいけない」と問題提起があったからです。
今、WEBTOONは業界で盛り上がっていますが、実際に作っている編集者、現場からの発信がまだ少ないのは一つの課題だと思っています。実際に賞をもらったとしても、その後どういう編集と組むか分からないまま進むのは応募する側も怖いですよね。だから、まずは我々から「こういう人に来てほしい。こういう人がWEBTOONに向いている」と発信しました。結果、それを読んだ上で応募してきてくれる方が多くいらっしゃいました。
──それでいうと、これまでcomicoではどんな漫画賞をやってきたんですか?
たかしろ氏:
2014年からいろいろと形を変えて、毎年何かしら漫画賞をやっていました。学生向けの漫画賞、毎年定例で開催していた漫画賞、あとは去年まで月間賞もやっていましたね。とはいえ、今まではあまりコンセプトらしいコンセプトを打ち立てていませんでした。
例えば月間賞の場合、comicoにある「チャレンジ」という投稿サイトに投稿してくれた人の中から見込みのある人を見つけるという形式でした。あくまで趣味で投稿してくださる方や「賞金がもらえたら嬉しいな」くらいの方も多く、連載やデビューの意欲のある方はまだ少ない状況でした。
今年、私が編集長になって、いろいろ変えていこうとしている中で、今回は「プロを目指す人を募集します」と明確なコンセプトを打ち立てて始めた漫画賞だったので、これまでとは大きく異なると思います。
──鳥嶋さんが審査に入ったことによる応募者の傾向の変化はありましたか?
たかしろ氏:
鳥嶋さんに参加いただくことで実質応募のハードルが上がった形になるので、これまでやってきた漫画賞とは応募してくる方たちの毛色に少し変化がありました。以前は「何かしらの漫画賞に引っかかればいいや」と軽い気持ちの方もいたと思いますが、今回はしっかり考えて応募してくれた方が増えた印象を受けます。
鳥嶋氏:
僕が入ることによって一番気になっていたのは、今までにない視点で才能を発見できるかどうか。それができれば僕が入った意味があるなと。逆にそれができなければ入った意味がない。そういう意味で、今までのcomicoにはないような作品をグランプリに出せたのは、僕が入った意味があったと思っていて。非常に良かった。ホッとしています。
──実際、comico編集部的に鳥嶋さんが審査に入ってディスカッションをしたことで、ハッとしたことはあったのか気になります。
たかしろ氏:
そもそもcomicoの漫画賞審査でディスカッション形式をとること自体が初の試みだったのですが、作家さん一人ひとりの可能性や将来性を議論していく中で、編集者ごとに何を一番重視するかがバラバラだということに改めて気づきました。私にとっての審査とは“いいとこ探し”だと思っていて。応募作があら削りなのは当たり前だから、欠点を見るよりも「この表情好きだな」「このコマかっこいいじゃん」と自分が良いと感じるポイントがあれば、2次審査に通していたんですよ。
だけど、当然ながらその好きだと感じるポイントは人によって異なるんですよね。鳥嶋さん含めて5人いたら5者5様で。中には、自分にないポイントで評価をする人もいるから、「ここにもいいところがあった」と“いいとこ”がどんどん増えていく。それがたくさん出てくる作家さんほど、可能性や将来性の話に繋がりやすいと思いました。