「可能性」を見極める力は、“下手な原稿を読む”ことでこそ培われる
──先ほどから「可能性」という言葉が随所に出てきますが、そもそも「可能性」とは何なのかを具体的に話せるといいのかなと思っていて。どんな特徴を重視して、「作家の可能性」を判断しているのかなと。
鳥嶋氏:
これは編集のみなさんに聞いてみたいですね。
にし氏:
作品によって重視するポイントが変わるので、一概に「これ!」と言うのはなかなか難しいですが……完成度も大事ですが、特に「将来性があるか」「商業として通用するか」の視点は重視しています。
──「商業として通用するか」は何が分かれ道になるんですか?
にし氏:
大きく2つあって、1つは作画的な伸びしろがあるかどうか。もう1つは漫画の題材を考えるにあたり、読者を意識しているかどうか。読者に対する意識まで至っていないとしても、ターゲットとなる読者を想定したテーマの設定やネタがつくれているかを見ていますね。
たかしろ氏:
「読者に楽しんでもらう気持ち」ですよね。自分だけが楽しめれば良いなら、商業として出す必要はみじんもないんですよ。商業かそれ以外かって、「より多くの人に楽しんでもらいたい」という精神があるかどうか。新人の方はどうしてもその意識が欠けていることが多いのですが、そこは編集を上手く利用して補ってほしいなと思っています。
鳥嶋氏:
それが作家と編集者が打ち合わせをする理由だもんね。
かわかみさんといしじまさんは「作家の可能性」についてどう思う?
かわかみ氏:
comicoでの連載をイメージできる作家さんにはすごく可能性を感じます。応募してきた作品が全体的にまとまっていなくても、「この人にはこういう企画が提案できそう」「この人の描く演出やキャラクターはこういうところで活かせそう」と自分の中でピントが合えば、声をかけたいと思っていました。
ただ、今回ディスカッションをしていく中で、ピントがしっかり定まっていない作品でも、可能性を見出してあげる方法を考えることも大切だなという気づきもありました。
いしじま氏:
私は作家さんの「漫画を描きたい」「漫画を読んでほしい」という強い思いを何かしらで感じて、その思いを何とかしてあげたいという気持ちがあるんですよ。なので、現在comicoで売れているものの基準ではあまり考えていなかったかもしれません。
今回の漫画賞では、WEBTOONという制約があったので、すごく上手くなかったとしても、どこかしらのポイントで頑張って「何とかしよう」と意欲が感じ取れた作家さんには可能性を感じました。カラー漫画なので自分なりの色味やトーンを頑張って見つけてみるとか、そういうやる気をキャッチすると「この人にもっと描いてほしい」と思います。
──小手先とか表面的なものと、やる気や強い思いみたいなものって、どうやって嗅ぎ分けるんですか?
いしじま氏:
嗅ぎ分けられているかは分からないし小手先のテクニックが上手い方にはだまされると思うのですが(笑)、例えばやたら女の子の描き方に力が入っているとか、そういう作家さんのフェチみたいなものが現れることがあって。それは「小手先じゃなく、本当に女の子がすごく好きで頑張って描いているんだな」となんとなく分かるんですよ。そういう作家さんを応援したいなと思います。
鳥嶋氏:
少年ジャンプでも賞の応募を決める時に編集者がどのポイントを見るかを書くんだけど、編集部内ではそのことを“一点きらり主義”と言っていて。要するに、1つでも作家なりの武器を持っているかどうか。例えば、アクションが上手い、アップの時の目が強い、セリフがちゃんと書けている、メカのセンスがあるとか。とにかく作家なりの武器が見えるかどうかを重視していて。
プラス、いしじまさんが言っていた、漫画から読み取れる作家の頑張りどころ。その情報を編集者がキャッチできるかどうかなんだけど、もし編集部の傾向から大きく外れていたらそれは拾えないわけ。一方で、すでに掲載されている作品のコピーはあくまでもコピーでしかないから、そこを突破できる個性も見せてほしい。その辺のバランスで可能性を判断していく。
そして最後、これは身もふたもないけど、作家の描いているものが自分にとって好きなものか嫌いなものか、だね(笑)。
一同:
あははは(笑)。
鳥嶋氏:
ここにいるみんなに伝えておきたいのは、ある程度はやっぱり勘なのよ。その勘を磨く方法はたった一つしかない。とにかく数を読むこと。特に下手な原稿の数を読んでおくことはすごく大事。そうすると良いものが自然に分かる。下手な原稿をたくさん読むことは結構大変だけどね。僕はそれがすごく勉強になった。
編集者のこだわりを作品に入れ込むのはアリなのか?
──その好き・嫌いってある種の“こだわり”に繋がると思うのですが、編集者の持つこだわりを作家さんに反映してもらうこともあるんですか?
鳥嶋氏:
難しいね……。でも自分の好みは押し付けないな。ただ、作家さんと打ち合わせをしている雑談の中で「この人はこういうのに興味を持っているな」と知ったら、興味に近い映画や漫画を探して進んで見るようにする。作家さんが感じる面白いポイントを自分も面白くなれるかどうか理解する。理解しないと引き出せないから、編集者の好みどうこうではなく作家を理解して、自分の価値観をアップデートする。
でもやっぱり、こだわりは持つよね。僕が『ドラゴンボール』の編集をしていた時、何を持ってアクションシーンをチェックしていたんだろうと考えてみたんだけど「痛み」だなと思った。
──「痛み」というのは?
鳥嶋氏:
例えば、殴られたキャラクターに読者が乗っかって痛みを感じられるか。痛みを感じないアクションは意味がないからね。カタルシスがない。
加えて、その痛みを表現するために重視していたポイントは「距離感」と「表情」。まず「距離感」はキャラクター同士の位置が最初はすごく距離のあるところから、次のページで近距離になっているとスピード感が出る。それが痛みに繋がる。「痛み」は殴られたやつの表情や歪み方だよね。これが描けるかどうかで作家の表現力のあるなしが分かると思う。
鳥山(明)さんの絵を振り返った時、『ドラゴンボール』でピッコロが悟空に下からパンチを突き上げられた時の顔の歪み方が異常に上手いんだよね。殴られたやつの表情で臨場感が伝わってくる。嫌な言い方をすると、僕の打ち合わせも正しかったけど、やっぱり彼の画力はすごかったんだなと思います(笑)。
一同:
はははは!
たかしろ氏:
漫画賞の打ち合わせでも、臨場感や没入感についてよくお話しされていましたよね。
鳥嶋氏:
物語のキャラクターを立てる上でも、読者にキャラクターと自分を重ねてもらうか、どれだけ自分の物語だと感じさせるかが大切。それがリアリティに繋がるから。そういう意味で「痛み」をどう感じさせるかに繋がってくる。
──comico編集部のみなさんはいかがですか? 鳥嶋さんは「アクションシーン」を例にこだわりをお話しされていましたが、今回の漫画賞で選ばれた作品にBLが多かったのでBL作品を軸にこだわるポイントを伺いたいなと。
にし氏:
BL以外のジャンルにも言えることではあるのですが、キャラクター同士の関係性がかみ合っていて、互いの魅力がより引き立つような化学反応が起きているかが大事だと考えています。またその関係性の中でも、執着や溺愛、または強い嫌悪など、温度差が大きいほうがドラマチックで物語が面白くなります。そこに作家さんのこだわりや作家性が表れるため、作家さんにはそれをどのようにストーリーに織り込むかを意識してほしいですね。
──ここまでお話されていたことって、縦読み・横読みはあまり関係なくて。基本中の基本、読者に対するサービス精神や分かりやすさみたいなところに集約されていくのかなと思うのですが、作家自身がそれに気づくにはどうすればいいんですかね。
鳥嶋氏:
今回の漫画賞の応募ページの内容を決める時にも話したんだけど、誰でもいいから身近にいる誰かを読者に設定する。それはお父さんやお母さん、兄弟でもいいし、近所の誰かでもいい。自分以外の誰かに見てもらうこと。そこからポツっとした感想が出てくるじゃない。それがすごく大事なんだよね。
そして、それを聞けるかどうか、そこだよね。自分の声を「そこそこいい声だ」と思って、録音した音声を聞いてみると最悪じゃん。だけど、自分がどんな風に喋っているかを客観的に掴められれば、喋り方を変えられる。漫画を描く、表現することもそれと同じなんじゃないかな。客観視していくことのつらさこそが、プロのつらさだよね。
読者に選択を委ねること、作品を送り出す側は選択肢をつくること
──時代によって才能が集まる、または現れる場所って変わるじゃないですか。今回、鳥嶋さんはcomicoやWEBTOON、電子コミックスなどはそういった場所になり得ると感じましたか?
鳥嶋氏:
才能を持っている人たちにリーチさえできて、ちゃんと名前が知られるようなスターが一人でも現れて、良さが伝われば、かな。
今回の漫画賞の審査で、僕はしつこく年齢を聞いていたんですよね。それで、ほとんどが20代後半〜30代の人だった。これが少年ジャンプの賞だと、10代後半〜20代前半とちょっと年齢が若いと思う。20代後半〜30代は作家の可能性がほぼないと判断する。というのは、早いうちに才能をピックアップした方が、まだ表現が確立されていないから、より感性が柔軟。編集者との打ち合わせで変えていきやすい。そういう人の才能をできる限り早くキャッチしたい。
そういう意味でWEBTOONは、少年ジャンプで欲するような才能を持っている人たちにリーチできていない。残念ながら見開きマンガの二次的な場所になっているんじゃないかな。
──スマートフォンユーザーの割合が多いのに、若い世代にリーチできていないのには何か原因があるんですか?
鳥嶋氏:
儲かるイメージがないからじゃない?単行本にならないとかね。
──そこを変えていくとしたら、何をしていく必要があるのでしょうか。または何が足りないのか。
たかしろ氏:
1つはまだ作家さんにPRしきれていないのだと思います。comicoも含めて、業界全体的に。WEBTOONはここ数年で盛り上がってきてはいるんですけど、まだまだビジネスサイドの耳障りの良い話しか出ていなくて。「韓国のWEBTOONでヒットしている作家さんの年収は何億円だ」とか。日本の作家さんにとって自分事として考えられる話があまりなくて、「じゃあやってみよう」というモチベーションには繋がらない。
それって作家さんが身を預けてもいいと思える会社が少ないからだとも感じていて。「今、儲かるぞ!」とあらゆる企業がWEBTOONに参入しているけど、これで儲からなくて撤退して放流された時、作家さんも行く先が分からないから怖いと思うんですよ。いろんな作家さんが「ここで漫画を描いてみよう」と自分や自分の作品を託せる場がないのが現状にあると思います。
鳥嶋氏:
作家個人に興味を持つ保証がないからだよね。
僕が見ていて思うのは、WEBTOONの1つの病はデータに捉われちゃうこと。データはあくまでも今を分析するための値であって、将来を決める値ではない。データは今どんな作品が流行っているかという傾向を分析できても、データでヒットが出せるわけではない。だから、今を分析する値を基に将来起きることに賭けてほしい。WEBTOONはその姿勢が欠けている。
だから作品のバラエティがない。発見がない。それが最大のつまらなさでもある。安定して同じような作品は読めるけど、飽きた時に読む作品がないんだよ。今は自分の好みの傾向に合った作品しか表示されないこともあって余計にね。ネットの罪だよな。
たかしろ氏:
本当にそうですね……。WEBTOONの多くのサイトで、今のランキングはほぼ上位を「異世界転生ファンタジー」が占めている。読み手は読み手で「失敗したくない」という意識が潜在的にあるので、安心感のある、同じ読み味の作品を選びがちになってしまうんですよね。だから、「また同じような悪役令嬢モノだよ~!」と言いながらも読み続けている。その意識は作り手側にもあって、ヒットさせようとすると手堅いジャンル、手堅い内容になってしまう。
そういう現状があって、今のWEBTOONはなかなか幅が広がりづらいのですが、そこから一歩抜きん出るような新しいジャンル、作家さんを見出すことが我々の課題でもあります。
鳥嶋氏:
つまり、すっごく嫌味な言い方をすると、WEBTOONに関わっている資本サイドの人たちは読者をバカにしているということだよね。「こんなもんでいいでしょ?」と思っている。
本来、“表現”とは多様性がなければ“表現”にはならないのよ。だから、数を見せることに意味がある。業界的に「当たっても3割」とよく言われているけど、その3割を当てるために7割は外すわけよ。数を見せて選択を委ねることこそ、読者をバカにしていないってこと。作品を送り出す側が選択肢をきちっとつくった上で、「選択肢は読者であるあなたたちにあるんですよ」と委ねる姿勢がないと双方向の関係にはならないから。
──今のWEBTOONは、マーケティング軸で選択肢を削っているということですね。
鳥嶋氏:
そう。
たかしろ氏:
逆に言うと、大きな失敗もないんですよね。こういうキャラクター造形、世界観、展開が人気だとセオリー化されている。そこに沿っていれば大きく外れはしないけど、大当たりもない。だから、『鬼滅の刃』みたいな大ヒットする作品はまだ出てこないんです。
鳥嶋氏:
『進撃の巨人』だってジャンプに持ち込みを断られて、マガジンに行った結果、大ヒットしたでしょ。大ヒットする作品というのは、ある種、異形のものなのよ。
ところが、それを判断するような上に立つ人間は自分の経験則やある程度の数値で物事を見るわけ。そうするとそれなりの作品は捉えられるけど、はみ出した作品は捉えられない。これが漫画の難しくも面白いところだよね。
僕も昔、『Dr.スランプ』をジャンプというコテコテの熱血少年漫画の中でやる中で、ある種の反発もあった。上の人間から「これはギャグ漫画じゃない」「オチがない」と言われて、僕は「ギャグ漫画にオチって必要なんですか?」と聞いたんだよ。それですごく説教されたの。でも結局ヒットした。だから、作家や作品に一番近い編集者は経験則で判断してほしくないなと思う。
『ワンピース』をキャッチできなかったのは、現場を見ていなかったから
──経験則ではないとするなら、何で判断するのでしょう。
鳥嶋氏:
「これがフレッシュかどうか」「旬であるかどうか」「今の読者はこういうことを求めているか」かな。
──それって“勘”ですか?
鳥嶋氏:
そうだね。その勘は作家と打ち合わせしていたら働くものなのよ。現場で信じてつくっている人とやり取りしていると熱量が伝わるんだよ。僕は『ワンピース』をキャッチできなかったわけだけど、それってそういうことなんだよね。編集会議でディスカッションをしたから、「やろう」となったけど。
だから、話がグルッと一周したけど、今までジャンプがヒットを出してきた要因はディスカッションをするから。様々な意見の中で“異論”をカットしないことが大切。日本的な社会だと、異論をカットするから新しいヒットが生まれづらい。
──今回の漫画賞の審査もまさにそうでしたね。
鳥嶋氏:
今日はビックリしたよ。いろんな意見があったから。大きな方向性は統一するけど、各論では統一しない。それが大事だよね。4人編集がいるってことは、4通りの作品が出てくるのは当然のこと。
だから、作品が当たった時に感動するんだよ。「自分が世の中を動かしている」って思えるから。
一同:
思いたい……。
鳥嶋氏:
繰り返すようだけど、編集者個人の意見がなぜ大切かというと、作家さんと現場で相対しているから。表現者の熱量や感性は編集者に伝わってくる。だからこそ、作家さんとは打ち合わせ以外にも雑談をしてほしい。
そういう意味でも漫画賞のタイミングで本来は作家の情報を知りたいんだよね。comicoでは難しかったけど。例えば、年齢、性別、どういう嗜好がある人たちなのかを選考の時に見たい。原稿から読み取れる情報は限られているからこそ、それがあると作品をもっと深く読める。
たかしろ氏:
少年ジャンプの漫画賞は、そういう情報を聞くんですか?
鳥嶋氏:
少年ジャンプだと、応募原稿の最後に住所、氏名、年齢、自分の原稿に対するコメントが書いてある。僕らはそれを大事に見るようにしているね。
たかしろ氏:
そうなんですね。たしかに今後一緒に作品をつくっていく上では必要な情報ですもんね。comicoでも今後その仕組みは変えるかもしれません。
──最後に鳥嶋さんに伺いたいのですが、冒頭で今回参加した理由を「好奇心」と言っていたじゃないですか。いつまで経っても好奇心を持ち続けるために、どうすればいいのでしょうか?
鳥嶋氏:
老いていく自分をちゃんと実感すること。例えば、朝起きられなかったら目覚ましをかけるでしょ。朝起きられないと自覚するからだよね。そういうところから逃げちゃダメってこと。
たかしろ氏:
こんなに元気すぎる鳥嶋さんでも自分で「老いているな」って感じるんですか?
鳥嶋氏:
感じますよ。
たかしろ氏:
マジですか……。
鳥嶋氏:
マジですよ。
一同:
はははは(笑)。
鳥嶋氏:
だからこうやって君たちと話をすることでエキスを注入しているんですよ(笑)。新しいことにも関わったり体験したりすると面白いから。そういうことに対して「億劫だ」と思う自分の尻を自分で叩かないとダメになっていくんじゃないかな。