北米やヨーロッパツアーはソールドアウト。海外から高い評価を得る「春ねむり」さん入門編
──『サイバーパンク2077』を機に春ねむりさんを知る方に向けて、改めて普段の活動や経歴を教えていただけますか。
春ねむり氏:
2016年から春ねむりとして活動していて、肩書としてはシンガーソングライターです。
──それ以前はバンドで活動されていたんですよね。
春ねむり氏:
もともとバンドでシンセサイザーを弾いていて、ギターボーカルの子とユニットを組んでいました。その後バンドを辞めることになったのですが、そのギターボーカルの子が好きすぎて、他のボーカルを探せなかったんです。
一方で「歌モノもやりたい」と思っていたので、最初はポエトリーラッパーとして「春ねむり」の活動をはじめました。
──JinmenusagiさんやDAOKOさんの初期作品などで知られるレーベル・LOW HIGH WHO? から作品をリリースされていることも印象的です。
春ねむり氏:
そうですね。最初はLOW HIGH WHO?から作品を出していて、後にレーベルを抜けて地道に活動を続けていました。
2018年にリリースしたアルバム『春と修羅』から海外のお客さんが凄い増えて、海外ツアーにも行くようになっています。
今年は日本でほとんどやってないんですけど、もうちょっとやったほうが良いかなと思っています(笑)。
──春ねむりさんの活動初期はポエトリーラップを中心としていますが、近年の楽曲ではさまざまなアプローチのボーカルワークが印象的です。変化していくきっかけはありましたか。
春ねむり氏:
活動初期がポエトリーラップになったきっかけは、私が歌が下手過ぎてマジで歌えなかったので、「ラップならギリできるかも」と思ってはじめたことです。
ところが、ラップをしていくうちに声帯や腹筋が自然と鍛えられて、だんだん歌えるようになってきました(笑)。
──意外にも「結果として歌えるようになった」という切っ掛けがあるんですね(笑)。
2022年にリリースされた『春火燎原』以降、実験的な作風でありながら、ガッツのある音楽の快楽性も強まっているように感じます。
春ねむり氏:
基本的に「カッコいい音楽を作ろう」というスタンスですが、同時に「ライブで踊れる曲」にしたい、という意識を最近は強く持っていますね。
──「生きる」は週間USEN HITランキングにランクインするなど、特に幅広い層に聞かれている印象です。同作に「J-POP」らしさを取り入れた理由はどのようなものでしょうか。
春ねむり氏:
私は「他者がはいる余地がある」のがポップスだと思ってるんですけど、アルバムの曲を考えたときに、「一回ここでやっておくか」というつもりで作りました。
やはり私は、「俺のことなんて誰も分からねぇ」と思いながら教室の隅で音楽を聞いている子に向けて音楽を作りたい。しかし、そういう子たちに届けるためには届けるための「布石」のような作品もあったほうが良いように感じていて。
そういう理由もあって、「生きる」は顕著に「ポップ」な作品にしています。
──また、過去のインタビューでも言及されていますが、RIOTGRRRLなどパンクからの影響が伺えます。音楽的なルーツについて教えて頂きたいです。
春ねむり氏:
大学生の時に入ってたコピーバンドのサークルにハードコアパンクが好きな人がいて、教えてもらったFUGAZI【※】などをとても好きになったのがきっかけです。
FUGAZIのボーカルのイアン・マッケイの生き方には多大な影響を受けました。ハードコアのカルチャーや音楽から、「自分の頭で考えて生きることが、実際何なのか」っていうテーマを受け取って、今を生きていますね。
※FUGAZI
ハードコア・パンクバンド「Minor Threat」のフロントマンであり、USハードコアの名門自主レーベル「Dischord Records」の設立者であるイアン・マッケイが1986年に結成したバンド。イアン・マッケイは「ストレートエッジ」の提唱や非商業主義的な活動姿勢などでも知られている。
──ワシントンD.C.で実施された春ねむりさんのライブに来場されていましたね。
春ねむり氏:
ムチャクチャしつこくメールをしたんですけど、本当に来てくれて嬉しかったです(笑)。
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家に籠るときは『7 Days to die』で「ひたすらクラフト」。春ねむりさんのゲーム事情
──ここで一度ゲームの話に戻りたいのですが、春ねむりさんは普段どんなゲームをプレイされますか?
春ねむり氏:
プレイするのは全然少しだけなんですけど、最近は『FARCRY』をプレイしました。
──PCでプレイされるのでしょうか。
春ねむり氏:
ゲームはPCでSteamやGeforceNowを利用したり、Nintendo Switchなどでプレイしています。『サイバーパンク2077』の後に『ウィッチャー3』を買ったんですけど、ちょっとまだクリアできてないですね(笑)。
ツアーの間もプレイしていたんですけど「この値段でこんなに楽しんで良いのか?」という感じです。
一同: (笑)。
春ねむり氏:
あとは『7 Days to Die』が大好きですね。私は人と一切連絡を取りたくない時が年に3回くらいあるのですが、その時は1週間くらい家に籠ってひたすらクラフトしています。
「あ、また鉄が足りない…」っていう感じで永遠に鉄を掘ってますね。
──先ほど「ちょっとだけ」とお話を伺いましたが、かなりゲームをプレイされているほうだと感じます。
春ねむり氏:
親が厳しかったので、大人になってから解放されて好きに遊んでいるフシはあります(笑)。
──春ねむりさんにとってゲームという媒体は、さまざまなコンテンツの中でどういったポジションだと認識していらっしゃいますか。
春ねむり氏:
私はシングルプレイのゲームで遊ぶことが多いのですが、どちらかいうと小説とかに近い印象ですね。フィクションの世界に自分を連れてってくれるものというか。
──ビデオゲームって、今ほど文化的な地位がよくなかったと思っているんです。たとえば「やり過ぎるとゲーム脳になる」といった扱われ方だったり。最近の若い世代にとって、ゲーム自体の認識もやはり変わってきているんでしょうか。
春ねむり氏:
最近の若い子はかなり変わってきているんじゃないでしょうか。作品によっては物語やテーマもしっかりしているし、実際に20代前半の知り合いでもゲームをやっている人は多いです。
PCやハードを揃える参入障壁はあると思いますが、王道なアクティビティのひとつになっている印象ですね。
──なるほど。一部のトリプルAタイトルや近年のインディーゲームは特に、現行の音楽シーンに接近した作品も多いものの、未だその点に大きな注目が集まる機会は少ないんです。
春ねむり氏:
身近なミュージシャンやバンドメンバーでもゲームをプレイしている人がかなり多いので意外に思いますね。
例えば私はSt. Vincentが好きなのですが、彼女は「『ゼルダの伝説 ブレス オブ ザ ワイルド』を300時間プレイしてしまった…」とインタビューで答えていました。
──グラミー賞を受賞する経歴やリリース作品などから醸し出す高貴なイメージとのギャップが話題になっていましたね。
春ねむり氏:
例えば私も「今『7 Days to Die』やってる」とわざわざSNSに投稿しないので、オンラインに反映されていないだけで、「ゲームが好きなミュージシャン」はシーンを問わず沢山いると思います。
ジョニー・シルヴァーハンドへの愛が導いたDIYな作曲。応募のきっかけはGrimes
──お話を聞いていると、春ねむりさんが『サイバーパンク2077』のコンテストに応募したきっかけが気になります。
春ねむり氏:
私の友人でゲームライターとミュージシャンをやっているワニウエイブさんという方がいて、彼にコンテストの存在を教えてもらったことが切っ掛けです。
『サイバーパンク2077』は好きな作品だったので、「じゃあ応募してみるか」と挑戦することを決めました。
──『サイバーパンク2077』と言えば、RefusedやGrimes、ASAP Rocky、Run The Jewels、Nina Kravizといったアーティストが名を連ねる豪華なサウンドトラックが話題を呼びました。
音楽において一目置かれる作品に自身の作品が収録され、どのように感じましたか。
春ねむり氏:
私は『サイバーパンク2077』のサウンドトラックにも参加したGrimes【※】が好きで、ゲームをプレイしたきっかけもGrimesが参加していたのを知ったからなんです。好きなアーティストが収録されているサウンドトラックに収録されることは光栄ですね。
あと、グラウルFMへの収録が決定したメールは私の誕生日である1月10日に届いたので 、「今年の誕生は超最高だ」と喜びました。嬉しすぎて5度見くらいしたのを覚えています(笑)。
※Grimes
2007年に活動を開始したカナダ・バンクーバー出身のシンガーソングライター。DIYなシンセポップやゴスなどの影響が垣間見えるアルバム『Visions』が話題を呼んだ。ダンスミュージック周辺の電子音楽をベースとするポップスとして、日本のサブカルチャーやフェミニズムなどをモチーフとする作風で知られている。
──最高の誕生日プレゼントですね(笑)。
ちなみに、グラウルFMの楽曲はアーティストの知名度などを加味せず、WAVデータのリストに基づいて8000曲から選定されたと伺いました。
春ねむり氏:
やはり自分としても、アーティストの知名度やキャラクター性より音楽で勝負したいので、全部のコンペがその形式だったら良いなと思います。
──コンペの選定形式などを含めて、やはりグラウルFMへ楽曲が収録されることは本望といったところでしょうか。
春ねむり氏:
グラウルFMに応募した楽曲は『サイバーパンク2077』をプレイして、作品から受け取ったものを活かして書きました。でも、作品に対する自分の解釈に自信がなかったんです。
なので収録が決定して、自分の解釈が間違っていなかったように感じたことも嬉しいですね。
Growl (グラウル)FMミュージックコンテスト入賞者の皆さん、おめでとうございます! 🥳
— CD PROJEKT RED Japan (@CDPRJP) January 31, 2023
こちらの素晴らしい14曲を『サイバーパンク2077』「仮初めの自由」内に登場する89.7 Growl (グラウル)FMラジオ局の楽曲として採用させていただくことになりました。お届けできる日が楽しみです! #GrowlFM pic.twitter.com/39o5h6bXZU
──ということは、収録楽曲である『さまよえるままゆけ』は、コンペにあわせて制作されたんですね。
春ねむり氏:
確か応募期間は約1か月ですが、存在に気づいたのが期間の中ほどだったので、2〜3週間ほどで作品を制作し、ミックスなどの工程も自分で行いました。
──春ねむりさんの作品には共同プロデュースの楽曲もありますが、今回はあえてひとりで制作したのでしょうか。
春ねむり氏:
一回アレンジャーの方にアレンジをお願いをしたのですが、「少しクオリティが高すぎる」と感じてしまったんです。
──というと?
春ねむり氏:
私は『サイバーパンク2077』の物語が持つインディペンデントな要素が好きで、なかでもジョニー・シルヴァーハンドの反権力的な姿勢が好きなんです。
なので、あまりにも清潔な作品になり、楽曲が資本主義社会にコミットしているような印象を持つことは好ましくないと考えました。
──いわゆる“商品”のような作品にしたくなかったんですね。
春ねむり氏:
そうです。結果としてアレンジやミックスなどを自分で行いました。
誰の手も入ってないので、コンペを教えてくれた方に聴かせたところ「初期の春ねむり」みたいな感じだとコメントされました(笑)。
──原点回帰した要素もある作品になっているんですね。2〜3週間となると制作期間にしてはかなり早いように感じますが、同時に明確なこだわりを持って制作されているように思います。
春ねむり氏:
『サイバーパンク2077』というインスピレーション元がすでにあったので、制作自体はそんなに大変ではなかったと感じています。
──『サイバーパンク2077』では加速し過ぎた社会の歪さや、社会において巨大な権力を握る者による暴力がこれでもかと描かれます。
この点を踏まえると、入管法の改正や社会構造に根差した性差別、香港の民主化運動といった社会問題に対するテーマを音楽として描写する春ねむりさんとの親和性を感じます。楽曲をつくる際には意識されましたか?
春ねむり氏:
実際に生活していくなかで、反資本主義、反権力で在るべきだし在りたいけど、どうしても妥協しなくてはならない場面が多々あると思うんです。
『サイバーパンク2077』はあくまでもSFですが、作中で描かれる「どうしようも無さを感じつつ生きていくしかない」状況は、現実に起きている問題に通ずるものだと感じます。「これ、いま私たちが生きている世界と同じじゃん!」というか。
ラジオで聴いた人を驚かせたい。既存の作品の意味を書き換える『さまよえるままゆけ』
──そんな『サイバーパンク2077』にご自身の『さまよえるままゆけ』が収録されることは、アーティスト活動の一環として、どのような認識ですか。
春ねむり氏:
以前から映画やゲームの劇伴を作りたいと思っていたので、それがプレイしていた『サイバーパンク2077』ではじめて実現することが嬉しいです。
あとは、ゲームで遊んでいるときに「良くわからん音楽が流れてきた」と思って欲しいですね。海外のプレイヤーにも「何だ、この日本語の曲は?」と思って貰えれば本望です。
楽曲では「さまよえるままゆけ」を連呼しているんですけど、日本人の人でも聞き馴染みのない作品になっていると思います。
──「さまよえるままゆけ」という言葉はどのように選ばれた言葉なのでしょうか。
春ねむり氏:
ワーグナーのオペラ「さまよえるオランダ人」を元にしています。私はワーグナーが好きなんですが、19世紀の人なので、大体の作品の中で「女性が死ぬことで男性が救われる」という少し前時代的な要素があるんです。
「さまよえるオランダ人」はざっくり言うと回収され得ない魂が女の死によって回収される物語なので、『さまよえるままゆけ』は「救いが無くても生きていくしかない」というように意味を書き換えた作品になっています。
以前から取り組みたいテーマだったので、『サイバーパンク2077』のために楽曲を作る時に「これだ!」と思って楽曲に組み込みました。
──著名な題材の魅力を引用しつつ、現代の価値観にあわせて再文脈化していくという試みは素敵ですね。
春ねむり氏:
最近はそういった「意味を書き換える」ことを意識していています。
9月29日にリリースする初の全曲バンド録音によるEP『INSAINT』もハードコアパンクの魅力を継承しつつ、「ハードコア文化におけるマッチョな要素の解体」を目指して作っています。
🆕Cover Artwork🆕
— 春ねむり HARU NEMURI (She/Her) (@haru_nemuri) August 24, 2023
NEW EP
“INSAINT”
2023.09.29(金)リリース
1 ディストラクション・シスターズ
2 わたしは拒絶する
3 生存は抵抗
4 サンクチュアリを飛び出して
5 インフェルノ
6 No Pain, No Gain is Shit
09.08(金)先行シングル「わたしは拒絶する」
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──いっぽうで、先ほど『さまよえるままゆけ』は『サイバーパンク2077』をプレイして受け取ったものがモチーフになっていると仰っていました。どのようにゲームの要素が組み込まれているか教えていただきたいです。
春ねむり氏:
『サイバーパンク2077』をプレイした際に、人がサイボーグ化したり、魂が機械に記録される設定などから「肉体と魂の揺らぎ」の描写に強く感情移入したんです。
作中では技術が進んでも肉自身の肉体に翻弄されるような場面がたくさん描かれるいっぽうで、強靭な肉体があるからこそナイトシティで活き活きと生を謳歌できますよね。
そんな「自身の肉体から逃れられない」という絶対的な制約に苦悩しつつ、肉体があることの喜びもあるアンビバレンスな感覚が『さまよえるままゆけ』のインスパイア元になっています。
──春ねむりさんの楽曲では「生と死」というモチーフがさまざまな作品で扱われており、「肉体と魂の揺らぎ」というテーマも近しいキーワードであるように感じました。
春ねむり氏:
そうです。たまに「生きる、死ぬ」がテーマの作品が多すぎないかと言われることも多いのですが、私としてはさまざまな問題の延長上に生や死があると考えています。
私がロマンスのような日常のディテールにあまり関心がないこともあり、個人的に「生死の問題」そのものが重要な主題になっています。
──なるほど。言い換えれば、『さまよえるままゆけ』は、いわば個人的に考えていたテーマやモチーフと『サイバーパンク2077』をプレイしたインスパイアが融合した作品になっていると。
春ねむり氏:
そうですね。特に「揺らいでいる」というイメージを軸に作ったので、ミドルテンポでかなり暗い曲になっていると思います。あとはバリバリとした激しい音像になっていると思います(笑)。
──実際にゲーム内で楽曲を聴くとまた印象が変わりそうです。
春ねむり氏:
ゲームはやはりプレイヤーによってそれぞれ曲を聴くタイミングやロケーションが変わってくると思いますので、拡張パック「仮初めの自由」で『さまよえるままゆけ』を聴いた方の感想も楽しみです。(了)
今回のインタビューを経て気付かされるのは、ビデオゲームにおける「音楽」は決して“単なる雰囲気作りの道具”ではないということだ。春ねむりさんの音楽に内包された「意思」がナイトシティに響く時、『サイバーパンク2077』は総合芸術として更なる強度を獲得する。
そして、瞬く間に進化していく“最新の音楽”は、あらゆる芸術が快楽を提供するだけの存在ではないことを、改めて思い知らさせてくれるだろう。
『サイバーパンク2077』の拡張パック「仮初めの自由」は9月26日に発売され、対象プラットフォームはPS5、Xbox Series X|S、PCとなる。
国家にまつわるドロドロとした物語の全貌や、『さまよえるままゆけ』と作品が共鳴する様をぜひご自身の目で確かめよう。