私は常日頃から、ゲームには「面白いシナリオ」が欲しいと思っています。
もちろん、ゲームはシナリオだけで成立するものではありません。音楽、ビジュアル、バトルシステム……どれを優先して作り上げるかは、そのゲームによって千差万別です。というか、千差万別であるべきです。
ただ、それでも……やっぱりゲームには面白いシナリオが欲しいのです。心から楽しめる物語が欲しい。その世界の人間を愛せる物語が欲しい。その世界がエンディングを迎えた時、「あぁ、このゲームが終わらなければいいのに」と惜別の念を抱けるような、そんな物語が欲しいのです。
そして、そう感じたタイトルのひとつが『FINAL FANTASY XlV』(以下、『FF14』)でした。MMORPGだから、明確なエンディングがあるわけではありません。でも、『FF14』のシナリオを読み終わった時、私は「このゲームが終わらなければいいのに」と思ってしまったのです。もちろん、『FF14』はユーザーからもそのシナリオが高く評価されています。
ここで、もうひとつ紹介したいタイトルがあります。それが『Fate』シリーズ。『Fate/stay night』や『Fate/Grand Order』など、過去の英雄をサーヴァントとして召喚して戦う「聖杯戦争」を描いたゲーム。やはりこちらも同様に多くのユーザーに愛され、そのシナリオが高く評価されています
……もしかしたら、読者の方の中には「えっ、FF14とFateって関係あるの?」と首をかしげている人も多いかもしれません。
溺れる夜が、始まる。「Fate」シリーズの外伝的タイトルでもある『Fate/EXTRA』の続編、『Fate/EXTRA CCC』。少女の情念を徹底的に、かつ強烈に描いた作品として今もなお語り継がれる名作です。そして今回の対談に登場するのが、今作に携わっていた「奈須きのこ氏・新納一哉氏・石川夏子氏」のお三方。
『Fate』シリーズや『月姫』『空の境界』などの数多くのTYPE-MOON作品を生み出してきた奈須きのこ氏。『Fate/EXTRA』シリーズや『世界樹の迷宮』『ドラゴンクエストビルダーズ』に加え、『FF14』初期の開発コアメンバーだった新納一哉氏。『FF14』の特に評価の高い「漆黒のヴィランズ」「暁月のフィナーレ」のメインシナリオを担当した石川夏子氏。
このお三方をお呼びし、「奈須きのこ×新納一哉×石川夏子」の鼎談が実現してしまったのです。ええっ、本当に!? ……すいません、一瞬素が出ました。とにかく『FF14』と『Fate』シリーズを通して、「面白いシナリオ」の秘密に迫っていきます。
石川氏が『FF14』のシナリオを書くにあたって、『Fate/EXTRA CCC』での新納氏や奈須氏との仕事の経験が活かされている点とは? 『FF14』と『FGO』の歴史から辿る、「ゲーム開発におけるシナリオライターの権限の変遷」とは? そしてお三方に直接聞く、「面白いシナリオの書き方」とは……?
当日は大いに盛り上がり……なんと計3時間の超ロング対談として完成してしまった今回のインタビュー。筆者としては、本気で「シナリオが面白いゲームが好きな人全員に読んで欲しい」と考えているインタビューです。「読み応えがある」などというレベルではない「ゲームシナリオ」を語り尽くす今回の対談を、ぜひお楽しみください。
※この記事には『FF14』と『FGO』の最新コンテンツのネタバレが含まれています。お気をつけください。
最初にちょっと聞きたい、お三方が最近ハマったゲーム
──本日はよろしくお願いします。いきなり本題に入ってしまうのもアレなので、最初は雑談的に「最近ハマったゲーム」などについてお聞きしてみたいです。
新納氏:
奈須さん、僕が勧めた『地球防衛軍6』【※1】はどうでした?
奈須氏:
最高でしたね!
年末にプライベートで新納さんとお会いした際、「今年どんなゲームやった?」という話題になったんです。私は「もうエルデンリングがNo.1!」と言ったんですが、新納さんは「地球防衛軍6です!」と言っていて、正直「逆張りか~?」とか思ってたんですが、それでも激推ししていました。
『地球防衛軍』シリーズ自体は、中々多くは触れていなかったんですが……ちょっと仕事の合間に『6』を触ってみたら、もうめちゃくちゃに面白い!
あの作品は『地球防衛軍』の「とにかく敵と戦い続ける=同じことを繰り返す」という楽しさに、シナリオ側で意義を持たせていて、すごくシナリオに引き込まれるんです。
※1「地球防衛軍6」
「地球防衛軍」シリーズのナンバリング第6作目。前作『地球防衛軍5』の戦いで荒廃した地球が舞台であり、「タイムスリップ」がゲームの核に組み込まれている。
奈須氏:
触り始めは「そういう話なんだ。こういうネタで来たか」と思うんですが、ストーリーを進めていくとどんどんひっくり返しが起きる。
そうしていく内に、プレイしている側は「なんでコイツらはこんな戦いを繰り返しているんだろう?」と疑問が浮かんでくるのですが、そのタイミングで作中のキャラクターたちも「この戦いには、何か理由があるはずだ……」と考察をはじめる。
プレイヤーの思考とゲーム内の問題定義がバッチリ嵌まる事により生まれる一体感、没入感はハンパない。そうなるともうこっちも「真実を知るまでやめられない!!」と覚悟を決めるしかないのですが……恐ろしいことに、このゲームって150ミッションもあるんですよ。
一同:
(笑)。
奈須氏:
そこからもう嬉しい悲鳴をあげながら更新されていく地獄を生き延び、130ミッション辺りまで進めたら予想を上回るシナリオが展開されました。もうそれ以上はない、というくらいの冴えた解答というか……。
その勢いのまま最後の決戦に突入した時の「俺が、いや俺たちが、今まで無念の涙を流した人類たちが、おまえたちと決着をつける!」感が凄まじい。あれはゲームでしかできない体験で、ゲームシナリオとして文句なしの満点でした。
漫画や小説では得られない「ゲームをやる」という能動的な娯楽として完成されているんです。「すさまじく絶望的な状況で、未来を取り戻すためにみんなで戦う」という切り口でのシナリオの描き方も、自分がここ最近遊んだゲームの中では最高得点です。
──お恥ずかしながら、私はまだプレイできていないんですが……そんなに面白いんですね。
奈須氏:
騙されたと思ってやってみてほしいですね。
もう「ありがとう新納一哉、いや本当にありがとうサンドロット、ギガンティックドライヴから好きでした」って感じです。
新納氏:
良かったです(笑)。
奈須氏:
シナリオの描き方としては、「短いセンテンスの言葉だったとしても、その言葉を入れるタイミングが上手い」という点も素晴らしいですね。
繰り返しのステージ攻略というゲーム性の短所をシナリオで補強しているし、逆にシナリオで描けないような部分をシステムで補強しています。まさに理想的な相互関係を築けているゲームだと思います。
──石川さんが最近面白かったゲームはありますか?
石川氏:
リリースされたのは最近じゃないんですが……『Eastward(イーストワード)』【※2】というインディーゲームですね。
とにかくグラフィックが良いゲームです。繊細なドット絵にプログラミングが合わさって、光の加減だったり、全体の空気感だったりを作り上げている。ゲーム全体がとにかく美しいんですよね。もう1歩歩くごとにスクショを撮りまくっていました。
だからこそ、プレイ中いつも以上に「この絵で話を書いてみたい」「自分だったらここにどんな話をつけるだろう」「どんな話がこの絵を映えさせるだろう」というのをめちゃくちゃ考えてしまいました。そういう点も含めて、『Eastward』は印象深い作品です。
あとは、シンプルに『DELTARUNE』【※3】の続きを待っています(笑)。
※2「Eastward」
Pixpilによって開発されたアクションRPG。美麗なドット表現が魅力。Nintendo Switch、PC、Xbox Oneでプレイできる。
※3「DELTARUNE」
トビー・フォックス氏によって制作されているRPG。『UNDERTALE』の続編的タイトルであり、現在はチャプター1・2が配信されている。
奈須氏:
『DELTARUNE』は完成するまで待ってます。
ちょっと数年前の話になるんですが、ちょうど『UNDERTALE』【※4】が話題になっていた頃、私は『FGO』の第一部の制作が忙しくて触る時間が全くなかったんです。そこから長期的な休みをもらってようやく『UNDERTALE』を遊んだら……モロハマりしました。
ピクセルアートも良いんですけど、とにかく曲が最高に良く、その曲を活かすエモーショナルな演出、気配りが素晴らしい。
※4「UNDERTALE」
トビー・フォックス氏が制作したRPG。シナリオ・キャラクター・音楽・グラフィックなど数多くの要素が高く評価され、「インディーゲーム」を代表する1作として今もなお大人気である。
石川氏:
もちろん『DELTARUNE』は完成したらまた通しで楽しむと思うんですけど……チャプターが1章更新されるたびに遊んで、「あぁ、またこのキャラと数年別れるのか……」という切なさを都度味わうのも中々オツな感じです。
制作の進捗が書かれたトビー氏からのメールマガジンを見ては、ゆっくり作ってくださいの気持ちと早く遊びたいの気持ちの間で揺れています(笑)。
奈須氏:
『DELTARUNE』ばっかりはトビーさんひとりのセンスに全てが委ねられているようなものだから、進行が遅れてしまうのも仕方ないですよね。
奈須氏:
最近遊んだタイトルを他に挙げるとすれば、やっぱり『パラノマサイト FILE23 本所七不思議』【※5】ですね。ちょっと話は逸れるんですが、『月姫 -A piece of blue glass moon-』【※6】を作る時に、「現代のノベルゲームで、どのくらいのお金をかけて画面をリッチにするか」という部分ですごく迷ったんです。
そこで、2000円くらいの規模感の『パラノマサイト』はどのくらいのスケールで画面を作っているのかが気になっていました。まず、キャラの立ち絵を横向きや正面などのさまざまな方向から撮ることによって臨場感を演出するのも上手いんですけど……何よりシナリオが面白いんです。
シナリオに引っ張られてクリアまで徹夜でぶっ通し遊んだのは『レイジングループ』以来だと思います。最後はもう眼がパチパチしながら遊んでいたんですけど……それでもめちゃくちゃ面白かったです。昭和を舞台にしているから、自分にとっては懐かしいんですよ(笑)。
「あぁ、昭和の頃ってこうだった!」と懐かしみながら遊べました。
※5「パラノマサイト FILE23 本所七不思議」
スクウェア・エニックスより発売された、群像ホラーミステリーADV。昭和後期の東京都墨田区を舞台に、呪いの力を得た9人の男女が七不思議に隠された《蘇りの秘術》を巡る物語を展開する。
※6「月姫 -A piece of blue glass moon-」
2021年にPS4・Nintendo Switchで発売された長編伝奇ビジュアルノベル。2000年に発売された同人版の『月姫』から約20年越しのリメイクであり、ファン待望のタイトルとなった。
そもそも石川さんと奈須さんってどんな接点があるんですか?
──ではそろそろ本題に入って行こうと思うのですが……それより先に、『Fate/EXTRA CCC』(以下、『EXTRA CCC』)発売10周年おめでとうございます!
奈須氏:
そうか……もう10周年なんですね……。
石川氏:
今年の3月28日でちょうど10周年を迎えました!
──光の戦士の方も、TYPE-MOONファンの方も、奈須さんと石川さんが『EXTRA CCC』でご一緒されていたことを意外と知らない方も多いと思います。そこでまず、お二人にどういった接点があるのかをお聞かせください。
奈須氏:
元々『Fate/EXTRA』【※7】シリーズは、TYPE-MOONはあまり関わらずに新納さんとイメージエポック【※8】だけで進めていく予定の企画でした。
ただ、『Fate/EXTRA』(以下、EXTRA)の開発中に上がってきたロムがあまりよくなかったので、TYPE-MOONとしてできる事はなにかと考え、最終的にシナリオはこちら側に任せてほしい、と途中参加する形になった経緯があります。
『EXTRA』の開発の頃から、新納さんの中には「『EXTRA』の続編を作る!桜【※9】ばっかり出したい!」という野望があったんです。ただ、当時のTYPE-MOONには『EXTRA CCC』に割けるほどの時間とリソースはありませんでした。
ですが、新納さんが作り上げてきた『EXTRA CCC』の企画書が面白かったんですよね。その思いに打たれて、『CCC』からは本格的にメインシナリオとして自分が参加する形になりました。
ただやっぱり、実際に開発が始まると厳しいスケジュールでした。そこで、全7章で構成されているストーリーの内、4章と5章のプロットをこちらで作って、最初のライティングは別のライターさんにお任せして、執筆していただいたシナリオを奈須がリライトする、という形にしました。
その5章をお願いしたのが石川さんです。お願いした時は4、5章以外は上がっていたので、石川さんの勘の良さなら1、2章をサンプルにしてもらえば問題なくいけるだろう、と。
※7「Fate/EXTRA」
『Fate/stay night』を原作にした対戦型ダンジョンRPG。月を舞台にした聖杯戦争が描かれる。『Fate/EXTRA CCC』は本作の続編。
※8「イメージエポック」
『Fate/EXTRA』『セブンスドラゴン』などを開発したゲーム会社。過去に新納氏と石川氏が所属していた。さまざまな経緯があり、現在は無くなっている。
※9「間桐桜」
『Fate/stay night』に登場するヒロインのひとり。『Fate/EXTRA CCC』には新納氏の構想通り、間桐桜をモデルにしたキャラクターが多数登場している。
奈須氏:
石川さんのシナリオライターとしてのお仕事は、『EXTRA』の頃から拝見させていただいていたので、すぐに「石川さんであれば任せられるだろう」と決めました。
──石川さんは『EXTRA』の時点で開発に参加されていたのですね。
石川氏:
そうですね。『EXTRA』ではチュートリアルの部分などを少しお手伝いさせていただきました。当時、私は別のプロジェクトに所属していたのですが、『EXTRA』側の開発状況がとにかくカツカツだったので一時的なヘルプという形でした。
始まりはシナリオの作業じゃなくて、ある日新納さんに会議室に呼ばれて「議事録を取ってくれ!」と言われたんです。
そのまま私は会議の議事録を取ったんですが……そもそも『EXTRA』の情報を何も知らないまま会議に参加していたので、キャラ名の正しい表記すらわからなかったんです。ランルーくん? ラン・ルー・クン? 君主の「くん」でランルー君? みたいな。【※10】
一同:
(笑)。
※10「ランルーくん」
『Fate/EXTRA』に登場するキャラクター。ピエロのような恰好をしており、ゲーム内では「ランサー」のマスターとしてプレイヤーに立ちはだかる。
石川氏:
そして『EXTRA CCC』から、本格的に開発に参加しました。ただ、こちらも最初からシナリオを書くつもりで参加したのではなく、「イベントをどう配置して、どういう素材を発注するか」というイベント回りのプランニングをするのが主な仕事だったんです。
その仕事をしている最中に、奈須さんの方から「本文書いてもええんやで……?」と声をかけていただいた形でしたね。
──石川さんと奈須さんが『EXTRA』シリーズで初めてお仕事でご一緒された時に、特に印象深かったことなどはありますでしょうか?
奈須氏:
『EXTRA CCC』の開発はスケジュールに余裕がなかったので、とにかくスピード勝負でした。本来であればシナリオライター側でキャラの表情・場所・BGMなどの細かい指定を入れていくんですが、『EXTRA CCC』の場合は表情指定や大まかなCGの指定のみだったくらい、スピード勝負でしたね。
そこで「いくつかのパートを丸々お願いできるようなライターさんが欲しい」と新納さんに相談してみたら、石川さんを紹介してくれました。
ただ、当時の石川さんは「Fate」シリーズのような大きな看板を背負ってシナリオを書くのは初めての体験だったと思うので、そういった意味で新納さんのほうから「荷が重くて潰れちゃうかもしれない」ということは心配されていたんですよね。
ですが、私の方でも石川さんの書いたテキストをいくつか拝見して、「これだけの地力があれば全然行ける!」と判断し、「こちら側でいくらでもフォローするから、あまり気負わずにやって大丈夫」とお伝えしていました。
石川氏:
ありがたいことです。『EXTRA CCC』の開発は本当に印象的なことばっかりなんですが、特に思い出深いのは「奈須さんの原稿」ですね。セリフの間に、キャラの心情や後の伏線を記したト書き【※11】がめちゃくちゃ入っているんですよ。
時には、ご自身の誤字をそのまま活かして、注釈に「━━こうして、奈須節ができるのであった。」みたいな小ボケが入っていたりもして。それがすごく好きでした。
中でも特に印象的だったのが、カルナとジナコ【※12】の会話の原稿が上がってきた時に、セリフとセリフの間に大きな空欄があって、「昨日の夜にカルナとジナコの良い掛け合いが書けていたんですが、保存せずに消していました。もうちょっと良いのができるまでお待ちください。」と空欄の下に書かれていたことです(笑)。
一同:
(笑)。
※11「ト書き」
台本に書かれた、セリフ以外の、上演するために必要な登場人物の動作や行動、心情などを指示した文章。
※12「カルナとジナコ」
インドの英雄のサーヴァント「カルナ」と、そのマスターである「ジナコ=カリギリ」。『Fate/EXTRA CCC』から新たに登場したコンビで、ファンからの人気も根強い。
奈須氏:
そのカルナとジナコのかけ合いは、本当にすごく良いものが書けていたんですよ……。
なのでウキウキで家に帰っていたんですけど……何度かファイルのやり取りをしている内に、うっかりそこの会話のスクリプトを消してしまっていたんです。担当の人と「奈須さん、カルナのとこだけ無いんですけど」「え、あの一番出来が良いところがない!?アレがーーー!?」と話していました(笑)。
──新納さんは『月姫』【※13】の頃からTYPE-MOON作品が好きだったと他のインタビューでもおっしゃられていたと思うのですが、新納さんが石川さん奈須さんとお仕事でご一緒された時に印象深かったことなどはありますでしょうか?
新納氏:
石川さんは僕がイメージエポックの面接で採用したのでよく覚えています。「テキストを書ける人が欲しい」と考えて採用しました。
最初の仕事は『セブンスドラゴン』のNPCの会話とか、サブクエストだったかな。それで結構書けるなとなって、だんだん「おまかせ」で書いてもらう量がふえていきました。
前職を退職したという話を聞いた時「これは吉田さん【※14】に紹介しなくては」と、FF14に誘ったんです。そしたら……いつの間にかバリバリのメインシナリオライターに……。
石川氏:
やめてくださいよ、そんな(笑)。
※13「月姫」
TYPE-MOON制作の伝奇ビジュアルノベル。同人ゲームでありながら、その高い完成度が話題を呼び、多くの商業作品として展開・派生していった。2021年にはリメイク版の『月姫 -A piece of blue glass moon-』が発売。
※14「吉田直樹氏」
『ファイナルファンタジー XIV』のプロデューサー兼ディレクター、『ファイナルファンタジーXVl』のプロデューサーを務めている吉田直樹氏。肩書がとにかく長いことでもお馴染み(?)。
新納氏:
奈須さんについては、やっぱり『EXTRA』をご一緒して単純にすごい人だなあと。自分の力が足りず色々よくない状態のロムの時、ご自身で開発室に乗り込んできて、朝から晩までずっとシナリオを書かれていて……。
出来上がったものを見て、自分はなんというか、その技量はもちろんなのですが、シナリオに対する熱量にあてられました。これは僕だけではなく、開発室のメンバー全員が感じたと思います。
お恥ずかしい話、それまでの自分はゲームにおけるシナリオというものを、そこまで重要視していなくて。ゲームの進行をテキストでつないで「こういう設定とドラマで進行しているんだよ」とユーザーに伝わればいいのかな、というくらいでした。その中で、テキストの良い悪いがあるくらいなんだろうと。
自分がプレイした奈須さんの『月姫』に関しても、プレイした頃は単純に「わー!このお話が好きだー!設定が好きだー!」でしかなく、それだけで完結していたんです。あくまでプレイヤー視点というか。
奈須さんのおかげでシナリオと向き合う、という意識は確実に芽生えました。シナリオライターという専門家を開発チームにいれて、どう向き合うか、という話でもあると思います。
「オルシュファン」が生み出された舞台裏。「NPCのセリフを変えられるようになった」のは、FF14にとって大きな一歩だった
──新納さんは『EXTRA』シリーズ、『FF14:新生エオルゼア』【※15】に『ドラゴンクエストビルダーズ』【※16】と、それぞれ方向性が違うのに面白い作品を作り続けているのがすごいと思います。逆に、奈須さんと石川さんから見た新納さんのプロデューサー/ディレクターとしての手腕のすごさをお聞きしてみたいです。
※14「新生エオルゼア」
2013年に発売された『FF14』のベースゲームで、いわばストーリーの第一章。「第七霊災」という大きな災害を乗り越えた「エオルゼア」を舞台にした冒険が繰り広げられる。新納氏はこの「新生エオルゼア」の開発に携わっていた。
※15「ドラゴンクエストビルダーズ アレフガルドを復活せよ」
『ドラゴンクエスト』シリーズの外伝的作品であり、素材を集めて街やお城を作る「ブロックメイクRPG」という新たなジャンルに挑戦したタイトル。新納氏がディレクターを務めている。
奈須氏:
おそらく、新納さんは自分の中にある「前と同じものは作らない、今回はこういうゲームにする」という目標が極めて高い人なんだと思います。
基本的に「プレイヤーが遊んだ時に、このゲームをどういう風に感じるのか。どうすれば面白く感じてもらえるのか」を大事にしていて、作り手として手触りやプレイフィールをどう高めていくかに注力している人です。
それは今も変わっていないですし、新納さんが作った作品でコンテンツの方向性が変わっても面白いのは、その信念が共通しているからだと思います。
その理想とビジョンがしっかりしているからこそ、そこに到達していない成果物に対してはものすごく厳しい。『EXTRA CCC』の開発中のスタッフに向けた各シーンのリテイク集があったと思うんですけど……あの新納ファイルは地獄ですね。
一同:
(笑)。
奈須氏:
あのリテイクファイルは本当にためになる……というか、漫然として作られたシーンを容赦なく追及する内容で、たとえば「この構図では緊張感が伝わってきません。キャラAとキャラBに精神的立ち位置を理解した上で表現するように。その上で、ちゃんと面白いカットシーンを作ってください(意訳)」と書かれていたりする。
容赦のない厳しいメッセージなので受け止めるスタッフのダメージも強いのですが、その後に「カメラの配置を変えて、上から見下ろすカットにして緊張感を出す。このキャラの表情はあえて見せない方がよい。具体的にいうとカメラこのあたり」という具体的なアドバイスが書かれている。問題追及をするだけでなく、その解決策を提示している。
その他、多岐に亘るアドバイスがとにかく細かく書かれている。ディレクターとして作品全体に責任を持っていなければここまでの事はできない。あのリテイクファイルを見た時に自分も頑張ろうと決心しました。
実際、『EXTRA CCC』は開発のスケールも予算も前作のファンディスクくらいの規模しかなかったので、ゲームとしての新しい遊びなどはあまり盛り込めませんでした。それでも、新納さんの「予算がなくてもディレクターとして面白いゲームに仕上げよう」という強い意思があったからこそ、自分も『EXTRA』本編に負けないようなシナリオを全力で書き上げることができました。
奈須氏:
『EXTRA CCC』の完成以降、新納さんとはちょっと離れてしまいました。そんな中でスクエニに入社したことを聞いて、少しだけ残念に思ったんですよね。新納一哉にはもっと町工場で巨大企業に立ち向かうレジスタンスで居てほしかったというか……「ついに大きなうねりに呑み込まれたか!」というか……。
さらにそこから『ドラゴンクエストビルダーズ』(以下、DQビルダーズ)のディレクターを新納さんが務めると聞いて、「ドラクエビルダーズだぁ~~~???」と(笑)。
一同:
(笑)。
奈須氏:
「ヤツもついに牙が折れたか!」とか思ってプレイしてみたら、ゲーム開始5分で新納さんのすごさを思い知らされました。『ドラクエビルダーズ』はアンチドラクエであるかのように見えて、ドラクエ愛が詰まっているゲームなんです。
サンドボックスゲームとしても十分に楽しいし、シナリオもめちゃくちゃ面白い。作り上げる、というビルダーズのゲーム性、テーマを活かしたシナリオでした。
『ドラクエビルダーズ』も含め、繰り返しになりますが、新納さんが多くのジャンルでしっかり面白いものを作れているのは、最初から「明確なビジョンと理想」があるからだと思いますね。とにかく面白いものに対して厳しい人です。
石川氏:
新納さんに鍛えられた人がたくさんいますしね……(笑)。
奈須氏:
ゲーム開発においてトップに立つ者は、50人~100人規模の数年の成果を背負いますから、クオリティには厳しくなくてはいけません。最終的に完成したのがつまらないものだったら、それこそスタッフさんたちに申し訳がないですからね。
石川氏:
新納さんとはイメージエポックの時にずっとお仕事をさせていただいていて、一緒に開発をするのはもちろんですが、『EXTRA』シリーズ以外のタイトルでも会議に同席させてもらって議事録を取っていたんです。
開発の一員では普通なかなか知ることができない、プロデューサーとディレクターの打ち合わせや、立ち上げ初期の方針決定なんかの会議も。
そういった企画段階の会議でも「このゲームでやりたいこと」のコンセプトがすごく明確でしたし、そこからビジョン通りのゲームに持っていく流れもスムーズでした。そんな過去の経験も含めて、私の中で「プランナー・ゲームデザイナーとしてすごい人」と言えば、やっぱり新納さんだなと思っています。
──新納さんと石川さんは『新生エオルゼア』の最初でもご一緒されていましたよね。
石川氏:
そうですね。私がイベントチームに合流したのは『新生エオルゼア』を作っている最中だったのですが、期日が迫っているのにまだお話の形が全然なくて……。
新納氏:
「クルザス【※17】空いてるから、このエリアは任せる!」みたいなノリでしたね……。
石川氏:
「ここもここも、まだまるっと空いてんじゃん!!」とか言ってましたね……。
『新生エオルゼア』の開発終盤に向けてひたすら追い上げる形で色々なものを作っていきました。
※17「クルザス」
『FF14』に登場する地域のひとつ。イシュガルドという国が統べている地域。『新生エオルゼア』においてはその一角である『クルザス中央高地』がリリースされた。後述のオルシュファンが登場する場所でもある。
──以前、別のインタビューで石川さんが「オルシュファン【※18】は新納さんと一緒に作りあげていった」といったお話をされていたと思うのですが、そのオルシュファンというキャラクターが生まれていった経緯をもう少し詳しくお聞きしてみたいです。
石川氏:
当時の私はスクエニのような大企業でお仕事をするのが初めてだったので、正直何をどこまでやっていいのかわからなかったんです。しかも、天下の『FF』シリーズで。
キャラクターもどういうノリで作ったらいいのかわからなかった。当時はいわゆる「洋ゲー風」がもてはやされていましたし、世界規模で展開されるタイトルでもあったので、そっち方面の味付けがいいんだろうかとか……。
そんな中で新納さんが「もう好きにやっちゃいなよ!これぐらい振り切っていいから!」と背中を押してくれて、「じゃあやっちゃうけど!?」くらいの勢いで作り上げていったのがオルシュファンだったと記憶しています。
※18「オルシュファン」
「新生エオルゼア」の後半から登場し、「蒼天のイシュガルド」で活躍するNPC。イイ意味で個性的なキャラクター像と、作中の印象的な活躍により今もなおトップクラスの人気を誇るキャラクター。
──正直私もプレイしてる最中、オルシュファンには「これ(良い意味で)やりすぎじゃない!?」と思っていました。
新納氏:
自分が『FF14』の開発に参加した時、各国を別々のライターが書く編成にしたんです。ただイシュガルドは担当者がおらず、困ったなあと思っていたところ、ちょうど良く石川さんが来てくれて。まさにナイスタイミングでした。外様の人間だからこそ、イシュガルドは新しいテイストが出せるかなと期待しました。
『EXTRA CCC』などで一緒に仕事をしていた時から、石川さんは「キャラクターへの萌えとこだわりが強いライターだな」という認識がありました。サブクエストに出てくる石川さんの書いたキャラが、妙にプレイヤーの皆さんに人気だったりしてましたし……。
なので、オルシュファンの時は「全開でやっていいよ」と伝えました。一部のキャラは結構長く愛してもらえていたようで、良かったなあと思っています。
石川氏:
オルシュファンも含めてクルザス中央高地のストーリーを作っていく中で、「あ、このゲームってこういうことやってもいいんだ!」と、『FF14』のキャラクターの立て方における明確な指針を作っていくことができたと思います。
奈須氏:
おふたりがスクエニに入ってからまたお会いする機会があったんですが、そこで石川さんが「NPCのセリフを進行状況によって変えることができない。だからストーリーに関わることは一切言えない。でも短いラベルで何かおもしろいこと言わなきゃいけない。延々とそれが続いて……」といったことを言っていたのが印象的でした。
同時に、それを続けられるならこの先、たいていの壁は乗り越えられるんじゃないかって。
石川さんは「ストーリーをドリブンする責任を持った上で、キャラクターを動かしたい」という強い思いを持っていたことは過去のお仕事でよくわかっていました。なので「スクエニでも新納さんが上手く仕事を振っていけば、きっと本懐を遂げられるだろう……」と思っていました。
特に運営型タイトルは買い切り型のタイトルと違って、毎月毎月ユーザーさんの声を聞くものです。それは、シナリオライターからしたら毎回が100人組手のようなものです。
苦しいし吐きそうにもなるんですけど、同時にライターとして入ってくる経験値は段違いです。運営型タイトルのシナリオライターを何年も続けていく中で石川さん自身のレベルが上がり、今ではもう『FF14』にとってなくてはならない存在になったのは……なんだか感慨深いですね。
石川氏:
『新生エオルゼア』の当時は、クエストをクリアしても対象のNPCのセリフを変えることができなかったんです。つまり、「今日はいい天気だな!」といったようにクエストのクリア前とクリア後で違和感がないようなセリフをNPCには用意しなければならなかったんです。
──そうだったんですか!?今だとセリフはちゃんと変わっていますよね。
石川氏:
しかも、後からNPCの配置を変更することもできませんでした。MMOだから、NPCの配置やセリフに関しても「永遠に変わらない状況」を作っておかなければならなかったんです!
その状態から一生懸命「こういうシステムが必要です!」と実装班の人にお願いしていって、「蒼天のイシュガルド」を作る前にはクエストをクリアしたらNPCのセリフが変わるようになりました。
奈須氏:
NPCのセリフが変わるのは当たり前だと思うかもしれないんですが、ゲーム開発において「そのゲームを立てるために必要がないもの」は、たとえ半日で終わる仕事だとしても絶対に作らないんです。
システム構築時に作った大前提……仕様は、大小にかかわらず変えてはならないから。大きな会社であればあるほど、開発途中で仕様を変えないことは鉄則です。
ただやっぱり……頑張ってクリアしたイベントの後に、その反応がゲーム中の世界に用意されていないのはソーシャルではないですよね。NPCが同じセリフを繰り返しているのはソーシャルではないのだから、「世界の変化」に対応したセリフは用意されているべきです。
新納氏:
石川さんは本当に新人の頃から「絶対に時系列ごとにセリフを用意したい人」なんですよね……。
当時は好きなだけ自由に書いてもらっていましたし、ゲームによっては物量がありすぎて、自分がチェックしきれていない時系列もあったくらいです。だから、『FF14』の現場に入ってそのシステムがなかったのはすごくショックだったと思います。
MMOは長く運営して、どんどんデータが追加されていくものですから、軽い気持ちでNPCのセリフのフラグを増やすのは難しいです。一度やったが最後、未来永劫その台詞が正しく動いているかチェックし続けなければならない。そう簡単に「やっていいよ」とは言えないですし、そのシステムがなかったのは普通かなと思います。
でも、その石川さんの要望を許可して実装してくれたのは、『FF14』の開発チームがシナリオに対して理解のあるチームだったからだと思います。特に吉田さんがストーリーに対してすごくこだわりのある人ですので。
奈須氏:
やはり、今お話に出たような要望に対して「じゃあやりましょう!」と言ってくれるスタッフさんは、そのゲームを愛しているのだと思います。本来であれば、その仕様変更は作業量が増えるだけで、自分たちの評価に直接響くものではない。
それに対して「苦しいことだけど、その方がきっとゲームとして良くなるよね!」と開発チーム全体で押し進めてくれたのだとしたら……それは『FF14』がいつまでも愛されるゲームになるわけですよ。
石川氏:
クエストの前と後でキャラクターの状況が変えられるようになったことが、結果的にクエスト自体の物語のバリエーションを増やすことにも繋がっています。『FF14』のシナリオにとっては本当に大きな1歩だったと思います。あの仕様変更を形にしてくれたスタッフには本当に感謝しています。
奈須氏:
ここは本当に大事なことで、ゲームであったとしても、その世界の中にはやっぱり「リアル」が欲しいんです。
どんなに虚構であったとしても、その虚構の中にリアルが欲しい。そしてゲームにおいては、その世界で起きた大きな事件に対して、その世界の人間(NPC)が反応をしてくれるのがプレイヤーにとって最もリアルで、最も身近なことですからね。
FF14とFGOの歴史から迫る、「シナリオライターの権限の変遷」
──ちょっとその流れでお聞きしてみたいんですが、石川さんが現在『FF14』のシナリオを書くにあたって、『EXTRA CCC』での新納さんや奈須さんとのお仕事の経験が活かされているところなどはありますでしょうか?
石川氏:
先ほどお話した、奈須さんのト書きの書き方は、自分の書くものにも大きく影響しています。
書いている側は当然キャラの心情や意図などを把握できているのですが、そのシーンの実装や演出を担当するスタッフにその意図が伝わらなければ意味がないので、「このシーンはこういう意図です」「このセリフは後に繋がる伏線です」などをしっかりト書きで文章の中にいれた上で、スタッフに共有しています。
奈須氏:
そうですね。演出や実装担当のスタッフの方も、テキストを一度読んだだけでは完全にキャラの心情や意図を把握しきれません。その時のために、しっかりト書きを細かく入れておくことはゲーム全体の完成度の向上に繋がると思います。
それに関して、自分が数年前にコンシューマーの現場に入って驚いたのが「ライターに権限がない」ということでした。TYPE-MOONと違い、ゲーム内の細かい仕様にシナリオライター側が意見できる体制ではなかったのです。
ああいった状況では、ライターがどんなに力を入れて書き上げたとしても、開発側にシナリオに理解を示してくれる人がいなければ物語の強度は下がっていく。
「本当はこうしてほしいけれど、システム的に難しいのでカットするしかない」という経験は、過去多くのシナリオライターさんが体験した事ではないでしょうか。
納期を守るための第一の鉄則として「仕様は変えない」がありますが、同時に「ライター側に開発全体を動かす権限がなかった」のだと思います。ただ、『EXTRA CCC』においては新納さんがシナリオの重要性を理解してくれていたので、ライター側の意見を通していただけました。
石川氏:
確かに、ゲーム開発はそういう側面があるかもしれません。
『FF14』の開発チームを例にしても、ひとつのチームの中がたくさんの部門に分かれていて、ひとつのことをするのに色々な部門を介さなければならないんです。
そんな状況に対して「シナリオ側でいろいろ指定を書いちゃうと、かえって妨げになってしまうかもしれない」と感じていた時期もありました。
ですが、大きな話を書くようになっていくにつれ「シナリオ側の意図や演出を開発チーム全体に伝えた上で、みんなと作っていきたい」と改めて思い、奈須さんのようなト書きを入れていくようになりました。
新納氏:
自分から見ても、少し前の現場におけるシナリオライターと開発の関係は、奈須さんがおっしゃっていた状況と大体近いのではないかと思います。基本的に上がってきたシナリオに対する開発のスタンスは、「シナリオの原案になるものを上げてくれたら、あとはこちらがなんとかする」という感じが多かったです。
そのスタンスには2つの意味があって、まずひとつめは「ライターのやりたいことが、そもそもこのゲームでは表現できない」というパターン。そもそもゲームのシステム上やりたいことが実現できないので「ライターの意図通りにいかないのは諦めてください」とバッサリやってしまう。
そしてふたつめは「開発側にシナリオや演出に対しての理解がある人が少なく、ライターの要求にどう答えればいいかわからない」パターンです。その結果として「シナリオやストーリーを自分たちが表現可能なショボくて安易なものに丸めていく」という形が、よくあるスタイルだったと思います。開発期間も短いし、仕方ない、みたいに逃げていました。
あともうひとつ、シナリオはカットシーンで見せる、というのが常識になったのも拍車をかけたと思います。「ゲームでシナリオをどう表現するか?シナリオとどう向き合うか?」に気が向かなくなっていた時代が確実にあったと思います。
新納氏:
ただ、時代も流れ、シナリオありきのゲームに関しては、やはり「ゲームとしてシナリオをどう表現するか」を極めなければならない、と強く感じるようになってきました。
そうしないと、良いゲームが作れない。カットシーンだけ流してりゃいいわけじゃない、ということが骨身にしみてわかってきました。そして、それができているゲームは圧倒的に評価されていると思います。
シナリオの表現も多彩で、ハリウッド映画的なものから、アート的なものまで、沢山研究されていると思います。シナリオライターにとっては前より良い時代になったんではないかなと思います。
実際、『Fate/Grand Order』(以下、『FGO』)【※19】がその時代の変遷の最たる例だと思っていまして……。当初はシナリオテキストをゲームに流し込んで、実装可能な演出や今やれることだけで作っていたと思いますし、それが普通だったと思います。
が、先に進むにつれてシナリオの重要度がじわじわあがり、シナリオをより良く表現するために、新しい演出や、その場限りの新しい仕様でもどんどん入れているのがわかりました。
しかも、依頼されて無理矢理やっているというより、自主的に「もっとこうであるべきでは、このほうがゲームとしてシナリオが活かせるのでは」という気持ちで作っているなーというのが伝わってきたんです。
それによって、『FGO』の「シナリオを楽しむゲーム」としてのレベルは、だいぶ上がったと感じました。だから、僕としては「FGOの序章から最新章までの進化」こそが、「開発側がゲームシナリオをどう扱っていくのか」の進化の変遷を象徴していると思います。
※19「Fate/Grand Order」
「Fate」シリーズのひとつとして制作された、スマートフォン向けRPG。2015年から運営が開始された長寿タイトルでありながら、現在もトップクラスの人気タイトル。
奈須氏:
『FGO』の第1部 第4章「死界魔霧都市 ロンドン」までは、ライター側が書き上げたシナリオをプランナーさんに渡して、実装する形で進めていました。そしてライター側も、プランナーさんからいただいた「ここの節からここまでは20会話まで」「こことここに戦闘を挟んでください」などの発注に従って書き上げていました。
その水面下で、第1部の1章から4章までの担当ライターチームから「このままの作り方では正直厳しい」と相談を受けました。とはいえ、急にゲーム全体の作り方をガラッと変えるわけにも行かないので、これまでのやり方に沿いつつもなんとかシナリオの重みを出していく方針で作っていきました。
そこからユーザーさんのさまざまな反応を参考にしていく中で「ゲーム全体でシナリオの比重を大きくしよう」とプロジェクト全体で判断し、第1部 第5章「北米神話大戦 イ・プルーリバス・ウナム」からシナリオの書き方やゲームの作り方が大きく変わりました。
第1部の前半は「ゲームのために、シナリオが作られる」だったのに対し、第1部の後半からは「シナリオのために、ゲームが作られる」ものにシフトしていったんです。
今語られる、「シナリオがゲームの中でどう扱われていたのか」歴史
石川氏:
シナリオと実装の連携においては、「ゲームのためのシナリオを書きたいライターか否か」というのも重要だと思います。たとえば、「別にゲームじゃなくてもいいから、お話を書きたい」「ゲームシステムはどうでもいい」と思っているライターがゲームシナリオを担当すると……遊んで楽しい形に仕上げるのがすごく難しくなります。
先ほど奈須さんがおっしゃった、ライターに権限がなかったという話。あれには「ゲームの内容にそぐわないシナリオを書くライター」と、「シナリオをどうにかゲームに落としこまなければならないプランナー」との戦いの歴史があるのだと思います。
その戦いを繰り返してきて、ちょうどプランナー側が有利になっていた頃が、先ほどおふたりのおっしゃっていた時期だったのかなと。
そこから今度はライター側が有利になってきた。となると、「物語を優先するあまりゲーム性を歪めてしまい、ゲームとして遊んだ時に微妙なものができあがってしまう」状況が起きがちなので、それを是正しようとまたプランナー側が強くなるかもしれない……。
この「ゲーム開発におけるライターとプランナーの力のバランス」を上手く取っていくのはすごく難しくて、おそらくこれからも永遠に螺旋していく戦いなのだと思います。もちろん、奈須さんのように「まずゲームとして成立するようにシナリオを書く」という非常に頼もしいライターさんもいらっしゃいますが!
とにかく、ライターだけでなくプランナーもやっている身としては、「何の根拠や理由もなく、ライターとプランナーの力のバランスが悪い時代があったわけではない」とは言っておきたいです。双方良かれと思った戦いの果てに、そういう時代になっていたのだと思います。
新納氏:
今まさに、石川さんと奈須さんがおっしゃっていた「ライターとプランナーの力のバランス」のお話を、「あぁ、確かに当時はそうだったなぁ」と反芻しているところです。
──『FGO』や『EXTRA CCC』もまさにそうですが、もしかしたら私はちょうどその時代の転換期を学生時代に通っているのかもしれないです。高校の頃プレイして、特に印象に残っているゲームも『ペルソナ5』『ゼノブレイド2』『十三機兵防衛圏』などです。
奈須氏:
そんなにご馳走ばっかり食べてると舌が肥えちゃうからもっと変なのも遊んだ方がいいですよ!
一同:
(笑)。
奈須氏:
とはいえ、レベルの高いものを味わわなければ自分の中のハードルも段々と下がっていきますし、それはそれで良くないですよね。
20年くらい前、虚淵さん【※20】に言われたことがひとつあって……。
当時の私は「週に1本クリアするペースで、色々なゲームをやるぞ!」と思っていて、もちろんその中でつまらないゲームを遊ぶこともありました。それを横で見ていた虚淵さんから「貴方の貴重な時間をあまり無駄に使わないように」みたいな事を言われて、「え!?」と(笑)。
「あなたはつまんないゲームで遊んじゃダメでしょ!」「でも、つまらないゲームで遊ばないと何がつまらないかが分からないでしょう?」みたいなことを2人で言い合ってました。
ただこれは、どちらの意見も間違っていないと思います。なにかを反面教師にするのも大切ですが、そればかりでは段々「どうすれば面白いものが作れるのか」が分からなくなってきます。だから、ちゃんと面白いゲームで遊ぶことも大切ですよね。
※20「虚淵玄氏」
『沙耶の唄』『魔法少女まどか☆マギカ』『仮面ライダー鎧武』などでお馴染みの脚本家・小説家の虚淵玄氏。TYPE-MOON作品においても『Fate/Zero』の原作、『FGO』第2部 第3章「人智統合真国 シン 紅の月下美人」などを担当。