買い切り型と運営型のシナリオは何が違う?ディレクターこそ「演出力」を持て
──ひとつお聞きしてみたいのが「単発のタイトルと、長期運営タイトルのシナリオの書き方の違い」についてです。石川さんと奈須さんは現在『FF14』『FGO』で運営型タイトルに携わられていますが、書き方が違うところ、何を重視して書き上げているのかをお聞かせください。
石川氏:
単発のタイトルのいいところは、「ひとつの強固な雰囲気を持った作品」……つまり、ひとつの「完成された世界観」を作っていけることだと思います。
一方、運営型タイトルはある種の「バイキング」のような感じになります。定期的な運営を続けていくにはシナリオ単体でみてもどうしても複数人での作業になりますし、一度リリースしてから膨大な量の物語やキャラクターを足していく必要がある……。
すると、最初に決めた完成系を目指すのではなく、「あるものから要素を拾って繋げていく形」になるんです。ちょうど朝食のバイキングでひとつの皿にさまざまな料理を盛り付けていくように、シナリオを作り上げていきます。
アップデートを重ねていく中で「あ!あの要素とこの要素が組み合わせられるじゃん!」と思いつく。そういった既存のもの同士の組み合わせから、さらに新しい要素が生まれることがあります。バイキングの中で「この料理とこの料理を組み合わせたら美味しかった!」みたいな……。
──なるほど、ご飯にお刺身乗せて海鮮丼にする感じですね!
石川氏:
そう、ある日「海鮮丼になるじゃん~!」と気づく時があるんです(笑)。
その「これまで作り上げてきた要素がある時合体して進化する」という面白さが長期運営タイトルにはあります。多くのものをひとつに収めていくコンシューマーの作り方とは、そこが対極かもしれないですね。
制作スケジュールをきちんと納めるためにも、「バイキングであることを許容する」のが運営型タイトルのシナリオにおいては重要になってくると思います。
奈須氏:
ゲーム作りを陸上競技にたとえると、単発のコンシューマーが「短距離走の一瞬の中で凄まじい記録を出す」ようなシナリオの書き方だと思います。「この一瞬に燃え尽きてもいい」くらいの気持ちで、ひとつの作品を作り上げるのがコンシューマータイトルです。
逆にソーシャルゲームなどの運営型タイトルは、陸上競技にたとえると「長いマラソン」になります。しかも、ゴールがない。なぜなら倒れたらそこがゴールだから!
一同:
(笑)。
奈須氏:
要所要所で力をセーブしながらも、最終的に見えているゴールライン……かすかに見えているあの光に向かって走り続けるマラソンなのです。いろいろなトラブルを乗り越えながら、なんとか走り続ける長い勝負が運営型タイトルなのだと思います。
そして単発型と運営型のシナリオには、それぞれの面白さがあります。ひとつのパッケージの中の世界で、ひとつの箱庭を好きなだけ表現できる単発型タイトルは、ライターからすると本当に楽しいです。
さきほど石川さんが仰っていたように、「ひとつの世界を構築する」という点において工芸品、芸術作品と言ってもいい。いや言いたい。アートによったゲームの多くが名作として心に残り続けるのはそういう事だと信じています。
逆に、運営型タイトルは常にその時代のコンプライアンスなどを考慮しながら作っていくものなのです。 常に「自分は今、このゲームを遊んでいるプレイヤーを相手にステージに立っている」というリアルタイムの一体感は運営型でしか味わえない楽しさです。
奈須氏:
加えて、「シナリオの中に自分以外の味がある」ことが運営型タイトルのシナリオ構築の面白さですね。多くのライターの手で世界観を構築していき、最終的にひとつの大きな世界を作り上げるのが運営型なのだと思います。
最終的な完成度はちょっと想定しきれないけれど、世界観の広がりと達成感に関しては、運営型のシナリオドリブンに敵うものはないと思っています。まぁ、これは『FGO』の第2部を綺麗に終わらせてから言うべきだとは思うんですが……。
でもほら、それは石川さんもいつ『FF14』が終わるか分からないですからね。
石川氏:
第一シリーズは完結しましたが、本当の意味での終わりはまだまだ見えていないですからね!(笑)
その点で言うと、物語を作り続けていく、広げ続けていく作品において、自分ひとりじゃないというのは本当に大きいです。辛い時にも支えてくれたり分担できる人がいて、色々な人の視点や考えを反映した上で作り上げていけることが、すごく心強い……。
奈須氏:
10年くらい運営してる『FF14』であれば、もう「自分の生活から『FF14』がなくなったら、どうすればいいかわからない!」という意見を目にすることもあると思います。
自分もそういう人がいる限りは続けていきたいとも思うのですが、「もうワシの身体は限界じゃ!!」みたいな……(笑)。
──運営型タイトルを触り続けていく中で、個人的に面白いと感じる瞬間が「ひとつのゲーム内で演出が劇的に進化する」時です。たとえば「妖精円卓領域 アヴァロン・ル・フェ」【※21】や、「漆黒のヴィランズ」【※22】が劇的に進化した箇所として挙げられると思います。
そのゲーム全体の演出力の向上に比例してシナリオも面白くなっているように感じるのですが、やはりシナリオライター側も「そのゲーム内でやれることが増える」のは嬉しいものなのでしょうか。
※21「妖精円卓領域 アヴァロン・ル・フェ」
『FGO』の第2部「Cosmos in the Lostbelt」の第6章。メインシナリオにおいて、第1部 第7章以来の奈須氏書き下ろしシナリオ。妖精たちが暮らす「ブリテン異聞帯」で繰り広げられる怒涛のシナリオや魅力的なキャラクターたちが大きな話題を呼んだ。
※22「漆黒のヴィランズ」
新生『FF14』の3作目の拡張パッケージ。エオルゼアとは異なる「第一世界」を舞台に、「闇の戦士」となった主人公の戦いが描かれる。石川夏子氏がメインシナリオ制作を務め、キャラクターの心情や世界の姿が克明に描かれた物語が評価され、高い人気を誇る。
奈須氏:
運営が何年も続いているタイトルであれば、「シナリオを演出するために必要な新機能」は大抵がシナリオライター側からの要求だと思います。
通常の現場であれば、実装の1年くらい前にさまざまな要望をシナリオライター側から伝えた上で、実装班と相談しつつ新たな仕様や演出が追加されるものだと思います。
やはりどんなシナリオを書き上げたとしても、何年も同じゲームを遊び続けていると飽きてしまう。だからこそ、新規で追加されるシナリオに合わせて「ゲームとしての新しい驚き、ゲームとしての新しい面白さ」が必要になってきます。
新たなボスが「今回の敵は前より2倍強いぞ!」と言いながら登場しても、ギミックが全く同じであれば以前と何も変わりません。前回よりも強い敵と戦ってもらうためには、やはりゲームとしての新しさが必要なのです。
石川氏:
『FF14』もシナリオ側から機能の要望を出す場合がありますね。
奈須氏:
もちろんシナリオ側からの要望に対して応えてくれる場合と、技術的な面も含めて応えられない場合が存在します。余談ですが、『FGO』の第1部は「無理」との戦いだったと思います。
開発の状態はカツカツで、『FGO』というゲームのエンディングに到達するのが精一杯だった。この時の体験があったからこそ、開発チーム全体で「極力シナリオライターの要望に応えたい」と尽力してくれる体制になったのだと思います。おかげで第2部からはチーム全体で本腰を入れて、シナリオに合わせた演出を作っていくことができました。
過程はどうあれ、結果的に『FGO』は「シナリオライター側から演出の要望を出し、それに開発チームが応える」現場を作り上げることができました。
先ほど石川さんがNPCのセリフの仕様で言ってくれたように、「ゲームシナリオを面白くするためにはこういう機能が必要だ」というシナリオライターの強い意志から生まれてくる新機能は、やはりゲームと密接にリンクしているものになるのだと思います。
たとえば『FGO』の第2部開始時のようなゲーム全体で大きくギアを切り替えるタイミングがあったりする場合は、「そろそろ次のシーズンに入るから、ここで汎用BGMをまるっと変えましょう」などの大きな要望を開発チームには2年くらい前から伝えておきます。
石川氏:
『FF14』では、他セクションのスケジュールが比較的余裕のあるときに、ちょっとずつ作り進めてもらう形でお願いをしたりとか……あとはバランスを見つつ可能であれば他案件の発注数を抑えたりもします。
ただ、他セクションへの新要素の発注などは私がひとつの大きな開発チームの中にいるからこそ可能なのだと思います。もし外注のライターとしてシナリオを書いていたら、期間的にも、開発チームとのコミュニケーションの厚さとしても、要望を出すことは相当難しいはずです。
ゲームのシナリオ作りにおいては、「有名なシナリオライターに外注で頼む」方法ももちろん有用ではあると思いつつ、「チーム内部にシナリオライターを持つことの強み」もかなりあるんじゃないかと、そういった点において感じています。
新納氏:
僕は最近、シナリオに関して、全然違うアプローチでゲームを作っていまして……。
ここまで出てきた話への、別の解決法というか。
──「別の解決法」ですか?
新納氏:
どういうものかというと、「開発側でゲーム体験の流れを先に全部作っておき、シナリオは全部後でつけてもらう」というやり方です。普通はシナリオをもらって、それをゲームに落とし込むことが多いですよね? その逆です。
まずはゲーム体験をしっかり作って、シナリオライターに渡す。もらったライターはプレイしながら「ほう、こういうゲームならこういうシナリオをつけてやろう」みたいな。ある意味、シナリオライターと勝負するような作り方です。
シナリオを先に出してもらうやり方は、ゲームプランナーが怠けることがあるので……。ついついシナリオをつなぐことだけを仕事と思ってしまう。ゲームの面白さを、シナリオの面白さとカットシーンの豪華さに投げっぱなしにしてしまう事があるなあと……。
その反省を活かして、「まずはゲームを面白くする、そのあとシナリオライターにお願いする」スタイルにしました。海外のゲームでも、アーリーアクセスでまずシステムを固めて、その後シナリオを後付けするというパターンはよく見るので、実はやっている人は多いかもしれないですね。
とはいえ、ある程度シナリオを見越した作りにしないとだめですし、大がかりな演出もいれておかないといけないので、ディレクター的にはゲームだけであらすじを作っている感じです。ほしい演出もシナリオなしで先にいれてしまいます。
たとえば『ドラゴンクエストビルダーズ2』【※23】だと、主人公の帰還を祝う深夜のパーティとか、ラスボスとバトルしながら舌戦するとか。実装した後で「こういうシーン欲しいと思うから、作っておいたよ。ここのシナリオ……書きたいでしょ……?」みたいな感じで、シナリオライターを煽りながら作ったりします。
僕はどうしても、死ぬまでに奈須さんともう1本、がっつりしたシナリオメインのゲームを作りたいと思っていまして……。その時、「ゲームが先か?シナリオが先か?良いほうはどっちだ?」みたいな対等に殴り殴られる関係になれる方法を模索しています。
※23『ドラゴンクエストビルダーズ2 破壊神シドーとからっぽの島』
『ドラゴンクエストビルダーズ アレフガルドを復活せよ』に続く、シリーズ第2作。『ドラゴンクエストⅡ』のその後の世界が描かれており、そのストーリーが高く評価された。新納氏がディレクターを務めている。
奈須氏:
それは楽しそうですね。
結局、新納一哉とは殺し合う関係になるのか!(笑)
石川氏:
そういうプランナーとライターのやり取りって楽しいですよね。たとえば、バトル担当が「こういう技作るわ!」と言ってくれたら、シナリオ側は「じゃあ必殺発動時のセリフとか技の設定作るよ!」みたいな盛り上がりに発展することもあります。
先ほど新納さんがおっしゃったような「こういう演出できるようにしといたから!」なんて来たら、「じゃあ使う使う!!」とテンションが上がりまくりますね! そういう“ハネた”時の盛り上がりは、やっぱりゲーム開発の中で一番面白いんです。
新納氏:
演出は実装側から提案したほうが良いものができることがありますからねえ。近代のゲームプランナーは演出の引き出しを求められますねー……。
ちなみに、今後奈須さんともう一度戦うことも想定して、現在制作中の『Fate/EXTRA Record』【※24】ではついにコンテを描くようになりましたよ。
※24「Fate/EXTRA Record」
『Fate/EXTRA』発売10周年と同時に発表された、『Fate/EXTRA』のリメイク作品。発売日は未定だが、現時点で進化した3Dのグラフィックや新たなバトルシステムが明かされている。
奈須氏:
やっとそこに踏み込んでくれました!
元々新納さんは絵も描けるし、既に完成したカットシーンに対してすごく明確に修正を入れるから、結果的にほとんどゲーム全体の画面を自分で作っているタイプの人でしたよね。
石川氏:
元々デザイナーでいらっしゃいましたものね。
これまでコンテを描いてこなかったのはどうしてだったんですか……?
新納氏:
そもそも「コンテ」自体が、普通の人間が触れてはいけない神聖な領域だと思っていたんです。ですが「自分がコンテを描けば、最短距離で自分とライターの思うものに近づける!」と、最近気づきまして……。まだまだ初心者なんですが、開発チームへの伝達力は強いので、やり始めて良かったなと思っています。
ゲームにおけるシナリオの存在が重要になるにつれて、段々とシナリオライター全体のレベルも上がってきています。だからこそ、実装側も対抗して強くならなければなりません。
シナリオライターだけが強くなって実装側が弱いままだと、先ほど石川さんが言ったように「シナリオだけがすごくてゲームとしての表現が微妙」なものができあがってしまうんです。その事態を避けるために、実装側も色々な能力を身に付けるべきだと思っています。
ぶっちゃけ、面白いシナリオってどう組み立てるんですか?
──そろそろ本題である「シナリオの書き方」に入っていこうと思うのですが、まず設計的な「シナリオの組み立て方」をお聞きしたいです。実際、お三方はどのような流れでシナリオを組み立てていくのでしょう?
石川氏:
私はまずシンプルに「プロデューサーやディレクターが、どんなユーザーに届けたくて、どんな成果を目指す作品なのか」を確認します。その次に、「何時間くらいプレイするゲームで、どのくらいの規模の開発チームで、制作できるリソースは大まかにどれくらいなのか」といった外側の条件を集める感じです。
そして、「そのゲームのメインテーマ」を検討します。『EXTRA CCC』を例に挙げるとすれば、「桜まみれ」みたいな……あれ、企画書に書いてあったのそんな感じでしたよね!?
奈須氏:
まぁ、事実「海鮮サクラ丼」みたいなゲームですからね!
石川氏:
そして「それらの条件や素材でどのように作品のメインテーマに肉迫していくか」という流れでシナリオを作り上げていきます。私個人にとっては「テーマを目指すためのツール」として、キャラクターや世界観があるような認識ですね。
奈須氏:
自分はジャンルによって組み立て方が変わりますね……。小説の場合は、明確に「最後にこの言葉を言うために話を書く」というスタイルです。最後に書き上げるひとつの言葉を読者に味わってもらうための世界を積み上げていきます。ゲーム作りとは対極的に、完全に独りよがりのスタイルですね。
サウンドノベルの場合、キャラクターと世界観は同時に作り上げていくことが多いです。「この作品は、こういうキャラクターがいて、こういう世界観で、最終的なテーマは○○です」という看板を最初に作り、そこからお話を肉付けしていきます。
また、ゲームは多くのスタッフが何年もかけて作り上げるものだから、まず商品として売れないとどうしようもない。なので、「売れるためのこと」も考えます。
『月姫』の場合は、最初に「(色々な意味で)一番強いキャラ」を考える。初期段階でメインヒロインのアルクェイドは決まっていたのですが、そこで当時の武内【※25】が「メイドメイド!」とか言い出して……(笑)。
一同:
(笑)。
※25「武内崇氏」
TYPE-MOON代表。『月姫』や『Fate/stay night』のキャラクターデザイン、小説『空の境界』の挿絵など、数多くのTYPE-MOON作品のデザインを務める。
奈須氏:
そもそもの『月姫』のジャンルがいわゆる「ギャルゲー」だったので、重要なコンセプトは「プレイヤーには各ヒロインのルートで恋をしてもらう」ということでした。まず真っ先に、ヒロインを好きになってもらう。そこに物語全体のテーマと、各ヒロインのテーマを用意して、それぞれのルートに落とし込んでいきます。
奈須氏:
最後に「RPG」ジャンルの場合は、「世界を旅して、最後に世界の終わりを見る」ことが重要です。そのRPGの終わり……ひとつワールドエンドを見届けるために、その世界の中で物語を作らなければなりません。
『FGO』もそのゴールを目指して進んではいますが、ソシャゲなので毎月、初期プロットにはない新規キャラクターが出てきます。「今月のピックアップキャラクター」というお題がやってきて、そのPU対象のキャラでシナリオを作る事になる。
ただ、『FGO』のメインストーリーの場合は、「そのストーリーに必要なキャラクター」を半分くらいはライターのほうで決めることができます。たとえば「黄金樹海紀行 ナウイ・ミクトラン」【※26】の場合は、こちら側から「舞台が南米になるので、南米の神様のサーヴァントを2人発注したいです」という要望を出しています。
具体的には大体2年くらい前の時点で「どんなキャラクターを出すのか」が決まっています。ライター側で設定を作り、イラストレーターさんにデザインしてもらい、そしてバトルキャラを実装していく……と考えると、まるまる1年はかかりますので。
そして、「女の子、男の子、善人、悪人なキャラが欲しい」といったように、その年のバランスを考えながらラインナップを作り上げていきます。その中からライターが担当するそれぞれのサーヴァントを決めていきます。
ラインナップが揃った時点で土台となる設定は決められているので、「このキャラはこっちの章で使えそうじゃない?」などのライター同士のアイデア出しも、そこで行われたりしますね。
※26「黄金樹海紀行 ナウイ・ミクトラン」
『FGO』の第2部「Cosmos in the Lostbelt」の第7章。奈須氏がシナリオを担当している。9つの層で分かたれた地底世界「ミクトラン」を舞台に、第2部の核心に迫るストーリーが描かれた。
奈須氏:
ソシャゲのシナリオは、とにかく「臨機応変さ」が大切です。大きなメインストーリーとテーマが決まっている中で、月々のイベントなども含めて「色々あるけど、なんとか対応して初期の設計図通りに組み立てていく」ような感覚です。
新納氏:
僕はディレクター側の人間なので、「シナリオの組み立て方」というより、「みんながやりたそうなことをやる」企画の立て方を大切にしています。シナリオのあらすじみたいなものも、企画の段階で決めてしまいます。
この「みんながやりたそうなことをやる」を、できるだけ徹底しています。そのおかげか、ちょっと自慢話みたいになっちゃうんですが……僕はあんまり企画が通らないという経験がなくて……。
奈須氏:
素面で「またなんかやっちゃいました?」みたいなこと言ってますね。
この男はよ~~~!
一同:
(笑)。
石川氏:
でも、新納さんの言う「みんながやりたいこと」って、本当に「みんながやりたいこと」だからすごいんです。
奈須氏:
そこの「みんながやりたいこと」に対する嗅覚が鋭いからこそ、新納さんがつくったゲームはどれも面白い作品になるのだと思います。
新納氏:
『世界樹の迷宮』【※27】の時は「タッチペンで方眼紙に地図を書くゲームがあったら絶対買うなー」って思いましたし、『ドラクエビルダーズ』の時は「シナリオつきのサンドボックスRPG欲しい!」って感じでした。
お二方が持ち上げてくれるほど、自分の言う「みんな」はそんなに大人数ではないのかもしれませんが、少なくとも僕の思う「みんな」はやりたいだろうな、欲しいだろうなって思うものを提案してます。
自分は人の企画書に意見を求められることが多いのですが、「誰も欲しくない、別にやりたくもない。けど、良質なゲーム」みたいな企画書が結構多いなって思います。そういうゲームってやっぱり通らないですし、ちゃんと作っても喜ぶ人が少ないので、勿体ないなと思います。
※27「世界樹の迷宮」
2007年にアトラスから発売されたニンテンドーDS用RPG。『ウィザードリィ』に近いスタイルの3DダンジョンRPGとなっている。第一作目のディレクターを新納氏が務めた。
石川氏:
新納さんが以前おっしゃっていたことで印象的だったのが、「プレゼンしたその場で、相手が『この企画良いね!』と便乗してきてくれないような企画は、通すだけみんなが不幸になる」という話です。
これは企画だけでなく、普段の開発現場にも言えることだなと思っています。
たとえば、「こういう新機能が欲しいです」と要望を出した際に、相手が「それ、本当に必要な機能なんですか……?」とあまり芳しくない反応だった場合は、何かしら考えが足りていなかった可能性がある。本質的なところの同意がとれずに無理やり推し進めても、結局いい形にならないことが多いんです。
「企画や要望を提出した時点で、持っていった相手に面白いと思わせなければならない」ということは、新納さんのスタイルを見てから常に意識しています。
石川氏:
それから、新納さんの企画書って、ビジュアルもすごく良いんです。『ラストランカー』【※28】の企画書にも、一番最後のページにあらゆる漫画の熱いシーンを貼り付けて、「何歳になっても、こういうシーンが好きな大人たちへ」というメッセージが書かれているんです。
この企画書でみんなが騙されていくというか……(笑)。
※28「ラストランカー」
カプコンから2010年に発売されたPSP用のRPG。戦士がランキングによって格付けされる世界の中で、主人公が最強の戦士を目指すストーリーとなっている。新納氏がディレクターを務めている。
奈須氏:
新納さんの企画書は、「うわぁ~楽しい豪華客船だ!」と船に乗り込んで、いざ出航したら「おいこれガレー船【※29】じゃねえか!人力で行くの!?」みたいな感じです。
自分はてっきり、新納さんは自分がやりたいゲームが今のゲーム業界にないからこそ「こういうゲームを作りたい」という強い欲求を糧に作っている人なのだと思っていました。それより先に、「みんながやりたいゲーム」を大切にしている面があるんですね。
※29「ガレー船」
主に古代ローマで使用されていた、人力でオールを漕いで進む軍艦。新納氏の開発現場の凄まじさがよく伝わってきます(?)。
新納氏:
そうですね。「自分が作りたい」って言葉を強く冒頭につけると、作り手としてのポジションを気にするようになってしまうというか……「自分はこういうのを作りたい人間だ」という変な固定観念に囚われてしまうような気がするんです。
あくまで自分を含めた「みんな」という意識は大事なのかなと。
奈須きのこは、何のためにキャラクターを書いているのか
新納氏:
先ほどの奈須さんのお話を聞いてて、やっぱり奈須さんは「世界の終末を書きたい人」なのだと思いました。『FGO』で僕が一番好きなストーリーは、「神聖円卓領域 キャメロット」と「黄金樹海紀行 ナウイ・ミクトラン」なんですが……奈須さんが担当した章は、もう壮絶な世界の終わりが来るじゃないですか!
もう今まさに「奈須さんは世界の終わりを最高の演出で書きたい人なんだろうな……」と感じているので、僕もいつかの再戦に向けてその準備を始めようと思います。
奈須氏:
怖っ! 怖いよ!(笑)
新納氏:
とにかく、自分の中に「終末を書きたい」という感覚そのものがなかったので、まず奈須さんのその感覚に驚きました。あと、ちょっとそことはお話が逸れるんですが……以前、何かのきっかけで、奈須さんが自身の書いたキャラクターについて雑談していた時に印象的だった言葉がありまして……。それが、「キャラクターのテーマ」です。
たとえば、ひとりのキャラクターに対しては「このキャラクターのテーマは語り終えてしまったから、もう全然書けないし、書きたいこともない」と言う一方で、別のキャラクターには「このキャラはまだ書ける事があるから、書いてもいいよ」と続きを書き上げてくれたりするんです。
奈須さんの中で、「キャラクターのテーマ」という言葉をどういう意味で使っているのかを聞いてみたいです。
奈須氏:
大前提として、ストーリーには必ず「テーマ」が設定されています。そして私から言わせてもらうと、シナリオを書く上で「テーマ」は絶対に必要なんです。テーマなくして、シナリオを書くことはできません。言葉遊びになってしまうけど、「テーマなんてないよ」という事自体がテーマになってしまう。人体における骨格のようなもので、これなくしてストーリーは稼働できない。
その「ストーリーのテーマ」とは別に設定するのが、「キャラクターのテーマ」です。端的に言えば、「キャラクターのテーマ」とは「人生」です。このキャラクターは自分の人生を最後まで生きて、何を得たのか? このキャラクターは何をして、何を打ち立てたのか? そして最期の時、このキャラクターは一体何を言うのか?
自分にとって、「このキャラはこういう人生を送り、こういうイベントがあり、最後にこんな結末を迎えて、この辞世の句を残す」という人生を包括するものが、「キャラクターのテーマ」です。その人生が美しいものであれば、それは綺麗なキャラになります。逆に、その人生が辛いものであれば、悲しいキャラにもなります。
ストーリーという大きな流れの中でキャラクターには日々を生きてもらいたい。
そのために、「キャラクターのテーマ」は必要になる。
奈須氏:
たとえば、アルトリア【※30】は既に「キャラクターのテーマ」における「結論」を口にしているキャラです。そのキャラに対しては、「既に結論に到達しているのに、これ以上このキャラクターの日常を見ても、つまらないんじゃないか?」と、いつも思ってしまう。
プレイヤーや読者にとって「このキャラってこういうキャラだったんだね」と判明するまでの道程そのものが、「キャラクターのテーマ」と言えるものです。
※30「アルトリア・ペンドラゴン」
『Fate/stay night』にて初登場したセイバークラスのサーヴァント。アーサー王伝説に登場する「アーサー王」のサーヴァント。「Fate」シリーズの看板的キャラクターでもあり、数多くの作品に登場している。
石川氏:
一方で、そういう結論を書き切ったキャラクターにこそ、惜別の気持ちだったり、商業的なオファーだったりで続きを求められることがある。
大変ありがたく思うし、書けと言われればネタは出せるものの、どうあっても「隙間埋め」でしかなくなってしまうので機会は慎重に選んでしまいますね……。
奈須氏:
人気が出るキャラクターはそのライターが血肉を削って、魂を込めて書き切ったキャラだからこそ、人気が出るのだと思います。やはりライター側も凄まじいカロリーと体力を消費して書き上げているので、「あぁ、やっとこのキャラを書き終えたぞ!」と思っています。結果的にそれが人気のキャラになるのは当たり前ですよね。
そこに「じゃあ人気が出たこのキャラクターで続きをお願い♥」と商業的なオファーがやってきて、「だ、だからこっちも人気を出すために全身全霊で書き上げたキャラだから、もう続きを書く余地なんてないんだよ!」と……。
石川氏:
まさしくその通りで……。
奈須氏:
(笑)。一方、「Fate」シリーズに登場するマーリン【※31】のように、基本的なテーマや姿勢が「主人公や英雄の活躍を見届けた上で、それぞれの人間が辿り着く最終的なオチが見たい」という目的のキャラは、何度でもストーリーに登場させることはできます。
極論になってしまいますが……たとえば、「俺の人生は『エルデンリング』をクリアするためにあるんだ!」と言っているキャラが『エルデンリング』を遊び終えてしまったら、別にもうそのキャラは出てくる必要はないんですよ(笑)。
正直「お前、『エルデンリング』のない世界で生きてていいの?いや、ダメだよな!」と言い切ってしまうくらい、「結論を口にしたかどうか」は重要なことです。
『FGO』で、あまり最初のアルトリアを出したくないのはそこが大きいです。逆に、「アルトリア・キャスター」【※32】のような、既に書き切ったキャラクターと同一人物に見えても別のテーマを背負ったキャラクターであれば、変わらず新たなキャラクターとして書き上げることができます。
第2部 第6章においてアルトリア・キャスターにすごく力を入れて書き上げることができたのも、「別のキャラだからテーマも違う」ところが大きいですね。
※31「マーリン」
「Fate」シリーズに登場するキャスタークラスのサーヴァント。アーサー王伝説に登場する、魔術師「マーリン」のサーヴァント。『FGO』のストーリーにも重要なポジションとして登場する。
※32「アルトリア・キャスター」
『FGO』に登場するキャスタークラスのサーヴァント。「妖精円卓領域 アヴァロン・ル・フェ」の最重要キャラクターとして登場する。セイバークラスの「アルトリア・ペンドラゴン」とは別人。