重視したいのは「ゲーム体験を通じてどう思ったか」という“エモさの部分”
────さきほど「教養番組だからこそ」というお話がありましたが、もっとアカデミックな内容にしようという考えはなかったのでしょうか? たとえば、ビデオゲームの研究者や専門家、ジャーナリストを呼んで深い議論をしてみようとか。
平元氏:
そういったアプローチも可能ですが、有識者然とした人が何度も何度も出てくると、すごく引いた目線になってしまう恐れがあると思ったんです。ゲームって遊ぶものですし、「遊んだプレイ体験から何を思ったか」というのが重要じゃないですか。僕らは制作上、分析を行っていますが、視聴者の方はわざわざゲームを分析する必要もないわけですから。
そのうえで、視聴者と同じ立ち位置を担っているのがゲストの皆さんだと僕は思っているんです。だからこそ番組では、ゲストの皆さんの職業や過去の経験をもとに、独自の視座で語っていただくことを考えたキャスティングでやってきました。
──知識ではなく、その人の人生経験的な部分を考慮されているわけですね。
平元氏:
はい。ですのでゲームに超詳しい人じゃないとダメかというと、全然そんなことはありません。ゲームから得た体験を、自らの人生経験というフィルターを通じて言葉として出力していただく……そういった様子が見られるかどうかを大事にしています。
もし、ゲストに求める知識量を有識者レベルまで引き上げてしまうと、トークの面白みがなくなってしまうのかなと。「答えが用意されたものを話して終わってしまうんじゃないか」という危惧があり、そこの線引きは大切にしてきました。
──「視聴者目線」をすごく大事にされているということですね。テーマ決めの話でも仰っていましたが、「それ知ってる、だからこの結論でしょ?」という話ではなく、その過程を抽出して伝えたいという思いが感じられます。ゲームの面白さ以上に、それを面白いと感じる人のほうに焦点が当たっているというか。
平元氏:
そうです、そうです。何万本売れたとか、このシステムが画期的だとか、そういった情報は誰でもすぐ拾えてしまう時代ですよね。それはそれとしてお伝えはするんですけど、重視したいのは「それを体験してどう思ったか?」という感情の部分……いうなれば、“エモさの部分”です。
ゲストの方が、どれだけ自分のゲーム体験をポエミーに表現されるかという、その人にしか出せない部分を大事にしていきたい。それこそが視聴者にも響くことだと信じていますので。
もちろん、視聴者さんが「どう観るか」ということについてはずっと考えています。本当に最初から最後まで、「視聴者がどう思うか」を考えていますね。変な話、メーカーさんやクリエイターの方がこの番組を見てどう思うか……というのは、ほとんど考えていないかもしれない(笑)。
──ある種、ゲームメディアの考えかたと真逆のものかもしれません。ゲームメディアは記事でゲームを知ってもらって「この楽しさを味わってほしい」というのが根本にあります。だけど、「ゲームゲノム」ではゲームの客観的な価値を伝えることは重視していないわけですよね。
平元氏:
そうですね。僕は「ゲームゲノム」じゃなくても「視聴者がどう思ったかが、すべてである」という精神を忘れたくなくて。
新人で若いころ、「取材先が喜んでくれたからよかったよね」と、ふと思ったことがあったんです。でも、これって言い訳で、テレビマンとして絶対に言っちゃいけないことで、視聴者が面白いと思ってくれたかどうかがいちばん重要なんです。番組の中身やプロデュースの在り方まで含めて、視聴者ファーストを徹底しなくてはいけないと考えています。
──その考えに至る何かしらのきっかけがあったのでしょうか?
平元氏:
うーん、どうなんでしょう……。これまで視聴者の反応に触れてきた中で「視聴者にとって面白い、面白くないというのがすべてなんだ」という実感があるんですよね。
正直なところ、「おもしろくない形で番組が完成しちゃったな」と思ったときに、ポロッと出る言い訳のひと言が「でも取材先は喜んでくれた」というものなんですよ。思い返せばよく言っていたな……と。
でも今は、そんな慰めは捨て去って覚悟を持たなければと思っています。「ゲームゲノム」においては総合演出として「視聴者の反応がすべてだよ」と、先輩であろうが、外部のディレクターさんであろうが、後輩であろうが、必ずどのフェーズでも言うようにしていますね。
「視聴者がどう受け取るか? 本当に伝わるのか?」という。これはクリエイターの皆さんや広報の皆さん、ゲストの皆さんにも口酸っぱく言い続けています。
──チーム全体で覚悟を持っているわけですね。
平元氏:
はい。たとえば『風ノ旅ビト』回の収録では、僕はゲストの清塚さん【※】に「このゲームが主役だとしたら、清塚さんは脇役です」とはっきり言いました。そうしたら清塚さんはすごく目をキラキラさせながら「その通りだね、この番組はそうあるべきですよ」と言ってくださったんですよ。
こういうありがたい経験もあり、制作にあたっての僕の考え方はゲストの皆さん、クリエイターの皆さんにきっと伝わっているんじゃないかなと思っています。
※ピアニストの清塚信也氏。『風ノ旅ビト』回にゲストとして出演している。
制作チームの合言葉は「とにかく全部マスターピースにする」
──インタビューの趣旨とは少し離れますが、平元さんご自身のこともうかがえればと思います。シーズン1でのインタビューから思っていたことなんですけども、平元さんはディレクターとしてはもちろん、プロデューサーとしての素養も有しているなと。服装もあえて奇抜な服を着ていると言ってたじゃないですか。
平元氏:
はい、わざとやってますね(笑)。
──そういう露出の仕方も含めて、プロデューサー気質も持ち合わせていると感じたんですね。
平元氏:
シーズン1を経て、「総合演出」という立ち位置が自分の中でよりはっきりしたような気がします。シーズン2ではそれを貫こうと考えていて。ちなみに、NHKに「総合演出」という肩書は元来存在しません。業務上のスタッフリストにはCP(チーフプロデューサー)、PD(プログラムディレクター)、FD(フロアディレクター)などといった役割がありますが、総合演出という肩書は一般的に使われないんです。これは僕が勝手に名乗っています(笑)。
──(笑)。
平元氏:
一応プロデューサー陣には「そう名乗っていい」という許可をもらっているのですが、これが実に面白くて。この肩書によって、ディレクターとプロデューサーを兼任するという動きができるんですよ。僕にプロデューサーの素養があるかどうか、自分ではわからないですが、最近では「プロデュースする」という行為がとてもおもしろいと感じているんです。
いままではどちらかというとプロデュースしてもらう側で、いろいろなプロデューサーと仕事をやってきました。その時はたいていのプロデューサーに対して「ムカつくなぁ……」と思っていましたし(笑)。プロデュースの正解なんて何もわからなかったんです。
でも、いざプロデュースをやってみると、これが本当に面白いんですよ。自分がディレクターとして優れてるとはまったく思っていませんが、プロデュースの面白さもいいなと感じていますね。
──繰り返しますが、それはプロデューサーとして素養があるからではないでしょうか(笑)。
平元氏:
(笑)。僕としては、ブランディングとかマーケティングの要素を多く含んだ仕事をする人間が必要だなと思っていたんです。とくに毎週放送するようなレギュラー番組では欠かせないなと。
もちろんそれがプロデューサーの仕事のすべてではありませんが、そういった仕事を僕はいま専属でやらせてもらっていて、一生懸命やっているつもりです。この「一生懸命できる」役割を与えてもらっているというのはすごく大きなことじゃないかなと。
──平元さんとしては、それは「ゲームゲノム」とは別に、何か特別な意味があることなのでしょうか。テレビ業界でこういう動きをされる方はあまりいないですし、あえてこれだけ露出されているのは、平元さん自身のキャリアで実現したい何かがあるとか?
平元氏:
ありませんよ(笑)。まったくない。確かに承認欲求とか、自己尊厳みたいな感情がないと言えば嘘になります。番組を作り、それが多くの人にウケて……というのは理想のシナリオですし、それを目指すべきだとは思います。
ただ、「『番組を作りたい』という気持ちにさせてくれるのって何だろう?」と考えたとき、それはやっぱりゲームだったり、ゲームクリエイターさんだったり、ゲームメーカーさんなんですよね。
僕はいま、そのゲームやゲームクリエイターさんの魅力を伝えたいと思って、一生懸命メディアにこうやってお話をさせてもらったりしているわけです。「ゲームゲノム」を多くの人に知ってほしい、それ以上でもそれ以下でもないですね。
──なるほど。今はあくまで「ゲームゲノム」の宣伝がすべてなんですね。
平元氏:
そうでないと、テレビ番組は多くの人のもとへ届かないと思うんです。NHKという看板だけでは通用しなくなった今、どうやって自分の番組をひとりでも多くの人へ届けるかというのは、我々テレビ局の人間がひとりひとり、一生懸命に考えなくてはいけない問題なんです。
──公式のnoteもまさにそうした活動のひとつ、ということなんですね。
平元氏:
そうですね。極端な話をすると、note記事がなくても、番組が面白ければ別にいいじゃないですか。それでも書くんです(笑)。ディレクター側は「何であれを書かされているんだろう……」と思っているかもしれないですが(笑)。
本音のところは聞いたことがないからわからないですけど、僕のやり口としては自分自身が初回を担当して、トップバッターで「noteにこう書きました」と全員に共有したんですね。文字数制限10000字で、僕は9985文字書きましたって。
──それはプレッシャーをかけ過ぎです(笑)。
平元氏:
だけど、どのディレクターも28分45秒の尺に収まりきらなかったものを持っているわけなんですよ。だから書き出すと彼らも止まらなくて、完成した原稿を見るとすごく面白いんですよね。
テレビディレクターは文章を書くことが少なく、テキストだけでストーリーテリングして完結させるという経験はあまりないし、彼らにとって新鮮な体験でもあると思っています。だから大変ではあるだろうけど、毎回すごく楽しい……んじゃないかな? 本音を聞くのは怖いところですが(笑)。
──(笑)。おそらく、平元さんはディレクターの皆さんから信頼を勝ち得ているのだと思いますよ。そうじゃなければ、あの文量、あの濃さのテキストは書けないと思います。
平元氏:
僕がワーワー言っているのにみんなが気持ちよく乗っていただけているなら、それはすごく嬉しいことですし、そうありたいなと思っています。チームを支えるうえで僕が意識しているのは、まずディレクターの伝えたいメッセージをものすごく尊重すること。あと、絶対に怒らないことです。
これはものすごく計算してやってます。ギリギリのスケジュールになると、人間って怒っちゃうじゃないですか。だけどそこで冷静に議論すれば、より生産的にチームが動ける場合も多いはずです。もともとあまり怒る性格ではないんですけど、ここはプロデュース面ですごく気を付けていますね。
𠮟咤激励によって良い番組が作られることがあることも知っていますが、その前段階で「もっと面白くなるんじゃない?」とか「もっと頑張ればもっといいものが待っているよね」とフラットに言い合えるチームのほうが、僕は番組がおもしろくなると考えています。
──そういう平元さんが総合演出だからこそ、「ゲームゲノム」は多くの方の支持を集めているのだと思います。最後に、残りの放送を控えていますが、視聴者の方に期待してほしい部分や見どころをお伝えください。
平元氏:
制作チーム内の合言葉でよく言っているのが、「とにかく全部マスターピースにする」というものです。唯一無二、傑作の28分45秒にするぞとみんなで約束して、不安になったときや弱気になったときは、みんなでその合言葉を確認するんです。
同じ作品をふたたび「ゲームゲノム」で扱うことは、何か相当な角度を変えない限りは二度とできないでしょう。すなわち、他のディレクターがやりたかったかもしれない作品をやってしまうことへの責任をきっちりと果たし、クリエイターの皆さんやゲームファンの方、そして視聴者の皆さんに少しでも良い形で届けるためには、「絶対にマスターピースにするんだ」というつもりで作らなければなりません。
だから「どの回もオール神回です」と僕は自信を持って言えます。残りの放送回も、本当に発見と驚きと共感が詰まった、感動できるものに仕上がっていると思います。
『零』、『MOTHER2』がこれから予定されていますが、これらはどれも「ゲーム」という枠組みを越えて、非常に面白く深いテーマを抱えた作品です。『零』では怖さというものに正面から向き合い、最終回の『MOTHER2』では糸井重里さんとバカリズムさんをゲストにお呼びし、伝説的なRPGについて語り合います。
──ちなみに、『MOTHER2』を選んだ理由はどういったものなんでしょうか?
平元氏:
それはもうディレクターが、「『MOTHER2』なんです」と。
──『MOTHER』ではなく『MOTHER』シリーズでもなく、『MOTHER2』と仰ったわけですか。
平元氏:
「『MOTHER2』なんです」と言われました。『MOTHER』シリーズは冒険とか、愛とか、家族とかいろいろなテーマを内包しているんですけど、そういったテーマを語るうえでは「『MOTHER2』がいちばん視聴者に伝わるんだ」と。
僕も具体的な説明を聞いて納得したので、「じゃあ『MOTHER2』1本でいこう」という話をしました。『MOTHER』というシリーズは、やはり糸井さんの人生観がすごくゲームの中に反映されているゲームだと思います。そうした人生観をご本人から聞ける貴重な機会であると同時に、さらに芸人であり脚本も執筆されているバカリズムさんも加わっていただいて。
ゲストのおふたりは、その生き方自体がすごく『MOTHER』的なんです。そんなおふたりに『MOTHER2』からもらったもの、学んだものを語っていただくという。僕自身も、この回はすごくジンワリきた回だったので……ぜひご覧になっていただければと思います(了)。
熱い情熱とともに「ゲームゲノム」に携わる平元氏は、テレビマンであると同時に生粋のゲーマーでもある。ほとんど狂気的なまでの番組への献身、とにかく視聴者を第一に考えるその姿勢は、彼がそれほどまでにゲームというカルチャーを愛していることの裏返しと言えるだろう。
「ゲームゲノム」が多くの“ゲーム番組”と異なる魅力を手にしている大きな理由が、平元氏の理念に基づいているのは間違いない。客観的な価値基準を情報として扱うだけではなく、常にゲームを遊ぶプレイヤーの心の動きにフォーカスしているからこそ、「ゲームゲノム」という番組ならではの深みが醸し出されているのではないだろうか。
「ゲームゲノム」シーズン2の放送は残り2本。ホラーゲーム『零』と伝説的RPGの『MOTHER2』というが取り扱われる。これらのタイトルがゲストにどんな感情を与えたのか、そして彼らの言葉はわれわれ視聴者にどんな感情を与えてくれるのか。引き続き、放送を楽しみに待ちたい。