ゲーム内ロケで特に大変だったのは『FF14』。ゲームなのに“天気待ち”もした執念の産物
──「ゲームゲノム」でいうロケというのは、ゲームをプレイするということですよね。
平元氏:
そうですね、キャプチャーデバイスを使ってゲーム内でロケをします。『It Takes Two』や『風ノ旅ビト』といった海外産タイトルでは国外に実写ロケに行きましたし、タイトルによっては特別なロケを行うこともあります。
──ゲームによっては、ロケにとてつもない時間がかかるものもあるのではないでしょうか? たとえば『FF14』とか……。
平元氏:
そうですね。4人パーティを集め、そこにカメラ役としてもうひとり入ってもらってロケを行いました。こういうカットをもうワンテイク、テイク2って言いながら、リモートで撮ったりしましたね。ゲームによってロケの期間は結構差があるかもしれません。
──たとえば、60時間プレイしないと欲しいシーンにたどり着かないゲームがあったとしても、そこまでプレイされているわけですよね。
平元氏:
当然です。
──そう即答できるのが、「ゲームゲノム」という番組、平元さんのすごさだと思います(笑)。
平元氏:
たとえば『ニーア オートマタ』に関しては周回が重要な要素だったので、かなりの時間を費やしました。怖くて本人には聞いていないですけど、担当ディレクターはいったい何十時間やったのか……。
──ほかのゲーム番組では、メーカーからもらった既存の映像を使うことが多いですよね。「ゲームゲノム」ではそのような方法は考えていないということでしょうか?
平元氏:
そうですね。象徴的な部分に関しては、いわゆるPV映像を使わせていただくんですが、「こんな場面が撮りたい」とか、「こんな画角で撮りたい」というのが当然テレビマンの中にはあるわけです。なので、メーカーさんも気を遣って「ご用意しましょうか?」と言ってくださるんですが、基本的には「大丈夫です」とお答えしています。全部自分たちで撮るのが当然だと思っていますから。
たとえば、番組がPV映像だけで構成できる内容だったらいいと思うんですけど、具体的なプレイ画面が欲しいとなったら、メーカーさん側も用意するのは難しいじゃないですか。たとえ、それが売り上げや宣伝につながるとしてもです。
──確かに、特定のプレイ画面を用意するのはかなり大変でしょうね。
平元氏:
本当にそうですよ。『FF14』のときも、雨待ち、晴れ待ちのときは大変でしたからね。あのゲーム、天候がランダムで切り替わるので……(笑)。
──ゲームなのに天気待ちが発生すると(笑)。
平元氏:
ようやくいい感じの画角やアングルがわかってきたのに、日が沈んでしまって「太陽待ちです」となり……。いま話していてロケのことを思い出してきましたけど、本当に大変でしたね(笑)。
──執念を感じます。いい意味で常軌を逸しているというか。僕がゲーム編集の仕事を始めたころ、野球ゲームの画面写真をプレイして用意する必要があったときに、「1回表、0対0」の写真を用意する編集者がいる一方、「7回裏、5対6」の写真を用意する編集者もいて。そういうところの差って、読者・視聴者・ゲーム制作者にダイレクトに伝わりますよね。
平元氏:
「すごくゲーム好きなディレクターさんとスタッフさんが作っているんだね」ということをよく言われるんです。
ただ、テレビ屋としては、「愛があるかないか」は視聴者には関係なくて、アウトプットされたものがすべてだと思うんです。究極的に言えば、愛はなくてもいい。たとえプレイしてなくても、内容それ自体が面白ければいいわけですし、いろいろな人が満足できればそれでいいと思うんです。
──視聴者はでき上がったものしか見れませんからね。
平元氏:
でもやっぱり、愛がないと乗り越えられない場面もあったと思います(笑)。これはゲームに限ったことではなく、ヒューマンドキュメンタリーでも、珍しい動物を追いかけているときでも同じです。
それを好きかどうか、多くの人に伝えたいという気持ちがあるかが、そういうときの頑張りに力をくれるのかなと思います。「ゲームゲノム」だけで言えば、“ゲーム好き”な人間の集まりなのかもしれないですね。
──ちなみに、シーズン2で完成までにもっとも時間がかかった回はどのタイトルなんでしょうか?
平元氏:
僕の『FF14』ですね。
──やはりそうでしたか(笑)。
平元氏:
シーズン1の放送が終わった12月には「天地創造」というテーマをすでに決めていたんです。だけど、僕は総合演出もやっているので、番組全体のプロデュースもしなきゃいけなくなってきて、物理的に時間が本当に足りなかったんですね。
結局『FF14』は収録から編集までに3ヵ月も空いてしまったことになります。そういった意味で言うと『FF14』にかけた時間がいちばん長かったですね。
──収録と言えば、番組1回にかける収録時間はだいたいどれくらいのものなんですか?
平元氏:
1回の収録でカメラを回しているのは80分ほどです。
──……30分番組ですよね?
平元氏:
しかも半分はVTRですからね。実際には使う尺は15分くらいに凝縮しています。スタジオトークがずーっと盛り上がっているので、止めるタイミングも難しいんですよ(笑)。
「三浦さんとゲームの話をしたら絶対に面白い話になる」と思わせるMC・三浦大知さんのすごさ
──クリエイターやゲストの方を迎えた、実際の収録の環境はどのようなものになっているんですか?
平元氏:
すごくシンプルですよ。3人がそれぞれの目線から見えるモニターがあり、VTRを見てもらい、終わったらVTRを受けてトークを撮ります。十分撮れたなという判断ができたら、次のテーマのVTR見て……という流れのくり返しです。ただ、そのトークの部分がどんどん盛り上がるので、実際には演者さんがプレイする部分の尺を削っていくことになります。
──トークの内容を細かく台本に書くようなことはしないのでしょうか?
平元氏:
一応、ゲストの方に一度だけ取材をさせていただいています。この作品を遊んでどんな感想を持ったとか、自分の仕事や生き方に通じる何かがあったかとか、「その話はぜひしてください」とお伝えするぐらいですね。台本にも一応記載しているのですが、ゲストやクリエイターの方は台本をお持ちにならないようにしているので。
──「台本通りに喋ってください」というわけではないと。
平元氏:
自然な流れでお願いしています。あとはMCの三浦大知さんに、回収されてない話題をカンペで出したりするぐらいですね。「これ、取材で言ってたやつだから!」と。
スタジオトークは、基本的には絶対に止めないんです。止めてしまうと、どうしてもスタジオの空気が「スタッフに止められた」という雰囲気に包まれてしまうので……。
止めることがあるとしたらいちばん最後ですね。どうしても聞きたい、取材でうかがったことをお話されてなかったときに三浦さんに振ってもらう場合はあります。
とはいえ、やはり基本的にトークは止めないです。カンペも基本的には三浦さんにしか出しません。ゲストへの取材内容は事前に三浦さんにもお伝えしているし、三浦さんもそのことに気づいてくれるので。
──シーズン2を拝聴したときに驚いたのが、三浦さんのMC力の高さだったんですよね。
平元氏:
すごいですよね? 何というか、三浦さんのMC力は言葉では表現できないです。僕もテレビ番組を10年以上作って、いろいろな芸人さんやタレントさんにMCをお願いしてお仕事をさせてもらいましたが、ちょっと「MCという概念のイメージを覆された」と感じるくらいにすごいと思います。
実は三浦さんは、別に「場を回している」わけではないんですよ。もちろんゲストさんへの質問は振っているんですけど。
──というと?
平元氏:
三浦大知さん自身がすごいアーティストであるにもかかわらず、リスペクトの精神をすごく大事にしている方なんです。それは僕らスタッフに対してもそうだし、番組に対してもそうだし、クリエイターの皆さん、ゲストの皆さん、そしてゲームというカルチャーや、エンターテインメントというものすべてに対してリスペクトがあるんです。
そんな三浦さんが場の真ん中にいるとすごく安心するというか、「三浦さんとゲームの話をしたら絶対に面白い話になる」と、みんなが思える収録になるんです。
これまでの人生やアーティストとして表現されてきたこと、いろいろな苦労や努力もされてきた過去が、いまの三浦大知さんを形作っているんですよね。「幼少期からゲームが大好きだった」といろいろなインタビューで答えていますが、そこで「ゲームは究極のエンターテインメントで総合芸術だ」と、ことあるごとに言ってるんですね。
それが「ゲームゲノム」という形で邂逅を果たしたときに、こんなにも存在感として大きいものなんだと感じました。こういう結果で三浦さんとエンカウントできたことは我々としてもエポックメイキングなことですし、シーズン2を通してやっていただくうえで、すごく助けられました。
三浦さんだったら、どんなゲームでも、どんなゲストでも、どんなクリエイターさんが来ても、そして僕らがどんな演出をして、どんなに重いテーマやネタバレに踏み込んでも絶対大丈夫だという安心感がある。「僕らの想像を上回ってください」と言うと、「えー(笑)」と言いながらやっちゃうというか(笑)。本当にすごい方と一緒にお仕事をさせてもらっているなと感じますね。
必要だと思ったシーンはネタバレを気にせず、必ず構成に入れ込む
──いま、ちょうどネタバレという言葉が出ましたが、ゲームを扱ううえでネタバレは避けては通れないと思っていて。どちらかというと「ゲームゲノム」ではネタバレを意識せず自由に制作されていると感じたのですが、そのあたりの線引きはどう考えていらっしゃるのですか?
平元氏:
これに関してはシーズン1から基本的にスタンスはまったく変えていません。必要だと思ったシーンに関して、テーマ、メッセージ、作品の魅力、そこから紐解ける「ゲームゲノム」のために必要だと思ったシーンは、必ず構成に入れ込む前提で考えています。
──伝えたいことの前ではネタバレは気にしない、と。
平元氏:
「ネタバレがすぎるから、このシーンはやめよう」という議論は番組側で一切しません。ただ、メーカーさんやクリエイターさんの「ここはプレイ体験として残しておいてほしい」というものについては、当然それを尊重したいとは思っています。
また、ネタバレの塩梅や表現の仕方は丁寧に相談させてもらっています。たとえば『ニーア オートマタ』に関しては、「「ネタバレにご注意ください」という注意書きを番組の冒頭で入れていただければかまわない」ということを丁寧に協議しました。
──ネタバレは難しいですよね。どこまでがネタバレに該当するのかの線引きもそうですし、ネタバレ込みだからこそ伝わるものがあるわけですし。
平元氏:
僕は番組上で「ネタバレがあります」と注意喚起するのは野暮だと思っているんですね。番組制作でも、ゲームという文化を語るうえでテレビやメディアがどこまで踏み込んで伝えるのかについて、すごく考えさせられます。
これがたとえば宮崎駿監督のドキュメンタリーだった場合、絵コンテが写っていても、誰も何も言わないじゃないですか。それは「ジブリ作品を皆が見てるから」というのももちろんありますが、それよりも、ネタバレを気にする以上に「宮崎駿さんの思想信条や哲学を知りたい」と思う気持ちが先にあるからだと思うんです。
──ネタバレを気にする以上の価値を視聴者は見出していると。
平元氏:
きっと、作品を見てからそのキモを知りたいという人は、録画して後で見られるように取っておくと思うんですよ。これがゲームの文脈においてはまだ通用してないんだ、というのは改めて思い知らされますね。つまり、宮崎駿さんの番組とは違って「「ゲームゲノム」が『ニーア オートマタ』の展開をネタバレしてるらしいぞ」という話になる。だとしたら「録画して、プレイしてから見る」でいいんじゃないかなと思いますし、それをわざわざアナウンスする必要もないと思ってます。
いちテレビ屋のスタンスとして、ネタバレを過度に忌避することこそ野暮なことなんじゃないかなと。だって、有名な映画作品のあらすじをテレビで紹介しても誰も「ネタバレだ!」とは言わないでしょう。僕を含め、ゲームというエンターテインメントを紹介するときの踏み込みかたはみんなまだ探っている状態なんだと思いますね。
──SNSの発達で、ネタバレに対するメーカーの風当たりはだいぶ柔らかくなっているのは感じます。むしろメーカーより、ユーザーのほうがネタバレを気にする時代になってきたのかなと。
平元氏:
リテラシーが問われる時代になったな、と実感します。スポーツの結果なんかはSNSですぐに入ってきちゃったりするじゃないですか。だけどそれを楽しみにしている人にとってはすごくセンシティブな情報であり、そういう人はスマホを見ないようにする必要があるわけで……。
そういう時代のなかで、僕らはちょっと踏み込んでいるし、そういう自覚がもちろんあります。それをどう評価するかは視聴者の皆さんの判断だと思うので、どんな意見が集まったとしても、いったん真摯に受け止めたいなとは思います。