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NHKのゲーム教養番組「ゲームゲノム」の28分45秒は、少なくとも3ヵ月以上かけて作られる。『ニーア』を何十時間もかけて周回したり、『FF14』で晴れが来るのを待ち続けたり……総合演出兼ディレクター・平元慎一郎氏にその理念を聞いてみた

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こだわり抜いた『ニーア オートマタ』回のシューティング風エンドロール。でもNHKロゴは壊せない

──ところで、『ニーア オートマタ』回ではエンディングにすごく力を入れていましたよね。ゲームのラストをオマージュした演出になっていて。

平元氏:
スタッフロールを撃っていくというものですね。ただ、NHKのロゴはバリアで守られていて壊せないんですよね(笑)。

「ゲームゲノム」ディレクター・平元慎一郎氏インタビュー_011

──遊び心があるなと思いました。エンドロールにひと工夫を加えるのは、視聴者からすると「作り手が楽しんでいるな」と感じられる部分ですので、番組制作者のゲームへの愛が伝わるというか……。

平元氏:
シーズン1での経験を踏まえて、「シーズン2でもっとできることがあるんじゃないか」というのを、各ディレクターや僕で一生懸命考えたんですね。

「ゲームゲノム」だけではなくて、テレビに関わるすべての人が同じように考えていると思うのですが、番組というものは1秒も無駄にできないんですよ。28分45秒で伝えたいことがたくさんあり、もちろんエンドロールもその中のひとつであるわけです。

──シーズン2のエンドロールでは、どのようなことを意識されたのですか?

平元氏:
ふたつあります。まず、責任者の名前を出すこと。この番組で僕はそれをすごく大事にしています。ちゃんと視認できる形で誰が責任者かをしっかり明示しました。

そして、これは個人的なテレビ屋としてのスタンスですが、絶対に単純な「ロール」にしたくないんですよ。縦横にスクロールするだけのロールってよくあるじゃないですか。あれって「読ませる気がないな」と思っちゃうんですよね。

──確かに、あまりテレビ番組のエンドロールを意識して観ることはないですね。どれも「ふつう」と言いますか。

平元氏:
テレビのエンドロールは映画のエンドロールとはニュアンスが異なります。エンドロールがあると視聴者はそれに目がいくと思うのですが、背景の16:9の絵にもちゃんと意味があるし、最後の1秒まで僕は見てほしい。

エンドロールでは最後に「制作・著作 NHK」と絶対に載せなければいけないので、責任者をしっかり表示することも含めればエンドロールのカットが20秒は必要なんです。そうなったときに、「その20秒をどうやって見てもらうか」と一生懸命考えなきゃいけないんですよ。

──最後の1秒にまでこだわりたいというわけですね。『FF14』の回もエンディングが凝っていたのが印象的でした。

平元氏:
『FF14』回のエンディングでは、何パターンかのアイデアを考えました。冒険に集まったスタッフ4人パーティが、クリスタルタワーに向かって行く。その画をパーンアップしてクリスタルタワーがキラン、みたいなカットを、すごく時間をかけて撮ったんですよ。

だけど、編集の段階で「なんか違うな」となりまして。『FF14』回のテーマからしても、吉田直樹さんが作ったのは、どちらかと言うともっと公園的なものだったんじゃないかと。じゃあ、最後は「公園=エーテライト(冒険の拠点になるワープ地点のようなもの)に集まって思い思いに遊んでいるプレイヤーの皆さんをたくさん見せて終わるのが一番だ」となり、あの形になりました。やっぱり、凝れる回はできるだけ凝りたいですね。

──そういったところも他の番組と異なるところだなと。エンディングは、言ってしまえばそこまで凝らなくてもいいものじゃないですか。

平元氏:
だから、その画はプロデューサーにも見せなかったんですよね。編集マンと僕で、「4人パーティだけの話じゃなくて、世界の豊かさの話をいままでしてきたんだから、そのまま最後の1秒まで見せようよ」と言って。

──ちなみに『ニーア オートマタ』回ではNHKのロゴを撃つ演出があったわけですが、あれはNHKという組織としてはOKだったんでしょうか? 壊すのは絶対にNGだと思いますが……。

平元氏:
おっしゃるとおりで、放送表示委員会の規定の中に「NHKのロゴには何も被せてはいけない」というルールがちゃんとあります(笑)。だから今回はバリアで守らせてもらいました。でも、あの回ではなんとしても『ニーア オートマタ』制作陣が持つ精神を自分たちも発揮したかったんですよね。

「自分たちの名前やスクウェア・エニックスという社名をマトにして壊す」という体験をプレイヤーに選んでもらうことで、「罪と罰」というテーマをゲームプレイそのものに落とし込んでいる。そういう気概を我々も持たないわけにはいかないな、と思ったんです。

──まさに作品へのリスペクトですよね。

平元氏:
じゃあ、どこを撃とうとなったときに、ナレーターの悠木碧さんやテーマ曲を手掛けた下村陽子さんの名前は撃てません。技術陣も足を向けて寝られないので、もちろんダメ。だったらもう制作の3枚目からは撃とうと。

そして、NHKロゴは……壊せないんだけど、死ぬほど撃ってやろうと。

──(笑)。

平元氏:
NHKロゴがバリアで守られているのは皮肉さというか、これから僕らが背負っていく「罪と罰」というものが表現できているんじゃないかと(笑)。

遊び心ももちろんあります。だけどそれ以上に、「罪と罰」というテーマや、僕らも撃たれてしかるべき「ネタバレ」の話題も含め、『ニーア オートマタ』というゲームを28分45秒という形で最後の1秒までちゃんと表現したかった。その結果がああいう演出になったんです。

「ゲームゲノム」ディレクター・平元慎一郎氏インタビュー_012

──オープニングやエンディングに遊び心を入れているゲームも最近は増えてきましたが、そういうことをやっているゲームって、やっぱりおもしろいんですよね。人を楽しませようというエンターテインメントの本質が作り手側にあるのがわかるというか。その精神を「ゲームゲノム」に感じた部分でした。

平元氏:
まさに「遊び心」かも知れないですね。ちょうどいま思い出したんですが、『塊魂』でミッションに失敗したときに、ビリヤード台の上に放り込まれて親である王様からひたすら突かれるパートがありましたよね。

ボタンを押せば終わる演出なんですけど、「ミッションをクリアできなかったことをビリヤードの球にされるお仕置きで再現ってどういう発想?」と、高橋慶太さん【※】の遊び心にはいつも驚かされます。

※元バンダイナムコゲームス所属の『塊魂』ゲームデザイナー。現在は新作『to a T』を開発中。

──いい意味で狂っていますよね(笑)。

平元氏:
すごい発想だなと思います。

「2BRO.」による副音声はテレビ番組としてもちょっとした“革命”かもしれない

──番組の外側部分についてもお聞きできればと思います。シーズン2を始められて、反響や手応えはどう感じていますか?

平元氏:
そうですね。SNSの反響を見ると、良いスタートを切れたと思います。一方で、赤裸々に言うと視聴率はガツンと数字を叩き出せてないのが事実です。平日の23時台にテレビの前に30分座ってもらってNHK総合というチャンネルをつけてもらうことの大変さを改めて感じているというか。もちろん内容自体も数字の良しあしという結果に結びついていることも間違いないので、手応えはありつつももっとたくさんの人に見てもらうためにはどうしたらいいかというテレビ論・編成論について今ものすごく考えているところです。ただ、やはり皆さん、遊んだことのあるタイトルの回を見にきてくださっているらしく、タイトルごとに視聴者層はバラバラで……そこは毎回ちょっとドキドキしながら見ていますね。ただ、圧倒的に好調なのは「NHKプラス」での見逃し視聴の数字ですね。シーズン1では苦戦したのですが、シーズン2では目標を大きく上回っています。

──好調な部分の要因はなんだと分析されていますか?

平元氏:
シーズン2ということもあって、「ゲームゲノム」という単語や番組が浸透してきたというのがまずありますね。あとシーズン2では、副音声で「2BRO.」【※】の皆さんにフル実況をしていただいていまして。NHKプラスでも副音声のチャンネルを選べるようになっています。この「副音声で実況してもらう」のは僕としても初の試みです。

これによって、1周目は大きなテレビで見ていただき、2周目は弟者さん、兄者さん、おついちさんの実況を楽しんでもらうという構図ができました。「NHKプラス」の数字につながった理由としてはこれが大きいかなと。

※2BRO.
兄者、弟者、おついちの3人で活動するゲーム実況YouTuber。「ゲームゲノム」シーズン2では副音声で実況を務めている。

──なるほど。テレビ番組を2回楽しめるというのは確かに珍しいですよね。

平元氏:
他局さんがどうなのかは全部調べ切れてないんですが、ちょっと大げさに言うと、この副音声システムはけっこうな革命だと思っています。

これまでの副音声と言えば、たとえば朝ドラにおける「誰々が入ってきた」「悲しそうにたたずむ誰々」みたいな解説のイメージがあると思います。それ以外のところでは、紅白歌合戦の副音声で芸人さんやタレントさんがその感想を喋るというものですね。

こうした従来の副音声も、「一緒に見ている感」という部分では我々のやっていることと一緒なんですけど、せっかくNHKプラスで1週間の見逃し視聴ができるのであれば、もう一度楽しめるような副音声にしたいなと。そう考えて「この番組をいろいろな角度から楽しんでもらえる方法は」と考えついたのが2BRO.さんの実況でした。

──映画のコメンタリー的な楽しみ方ですね。

平元氏:
もっと言うと、2BRO.さんの副音声実況を聞いたうえで、もう一度主音声を聴くと「弟者さんが言っていたのはこういうことだったんだ」という発見があったりと、いろいろな角度から何回でも番組を楽しんでいただける点は、「ゲームゲノム」という番組の価値をさらに高めてくれているなと感じます。僕らとしても、本当に副音声実況というものを取り入れて満足しています。

あまり声を大にしては言えませんが、副音声の存在でNHKプラスでの見逃し視聴に誘導する、という戦略を取っている番組はそんなに多くはないんですよ。紅白ではすでにやっていることではあるんですけど。

「ゲームゲノム」ディレクター・平元慎一郎氏インタビュー_013

──「ゲーム実況者」をNHKが取り入れるというのは、「時代」を感じました。2BRO.さんという人選も「うまいな」と感じた部分だったのですが、数多くいらっしゃるゲーム実況者の中から2BRO.さんをチョイスされたのは、明確な理由があったのでしょうか。

平元氏:
これにはいくつか理由がありまして。まず、個人的に僕が2BRO.さんの大ファンだったというのが前提としてあります。

──(笑)。

平元氏:
もうひとつは実況のスタイルです。ひとくちにゲーム実況といっても、とても多くのスタイルがあるじゃないですか。寡黙にやる方もいれば、視聴者とトークを楽しみながら遊ぶ方もいますし、ちょっと過激な見せ方をする方もいたりと千差万別です。

そんな中で、2BRO.のお三方のゲーム実況スタイルというのが、本当にやさしくて……。
「ゲームのことが本当に好きなんだろうな」ということが伝わりますし、リスナーと「共有する」ということを実践し続けてきた方たちだなと。それが登録者数だったり、再生数という実績にもつながっていると思います。

──確かに、「ゲームゲノム」の番組コンセプト的にもピッタリだと思います。

平元氏:
ここ数年で、テレビ番組というものの視聴スタイルは本当に変わってきていると思うんです。スマホやPCで見逃した番組も見られるようになったので、テレビの前にいる必要もだんだんとなくなってきていますよね。どこで見てもいいし、いつ見てもいい。

そういった視聴スタイルの多様化の中でも残されているテレビの強みというのは、やはり「その時間、その放送波でこの番組をやっているということ」なのかなと。自分はひとりで見ているんだけど、同じ時間に日本中にこれを見てる人がいるという、言葉にならない無意識のつながりだと思うんです。

家族や友人と同じテレビ画面を見る時代ではなくなった今、別の方法でもっとつながっている感触……「同じ番組をいま見ている」という感覚を無意識に共有できる方法がないかなと思いました。そこで選んだのが、2BRO.さんによる副音声実況というわけです。

──なるほど。

平元氏:
彼らが視聴者の代表というか、「視聴者の横に座って一緒に見ている3人」として存在してくださっているようなイメージです。

だからやっぱり3人全員が必要なんです。それぞれキャラクターが違って、ゲームの知識や好きなジャンルも違って。なんとなくの役割分担がある3人だからこそ、視聴者さんも人によって誰に感情移入するかが変わってくると思います。

お三方の誰かに感情移入することで、他のふたりと一緒に同じ番組を見ているという感覚が生まれるんじゃないかな、と思っているんですね。だからこそ「グループである」こと自体もすごく重要な点でした。

「教養番組」という枠だからこそ、“人間”という壮大な切り口からゲームの魅力を伝えられる

──「ゲームゲノム」は「教養番組」であるという点において、他のゲームを扱ったテレビ番組とは根本的に番組の趣旨が異なりますよね。あえておうかがいしますが、「教養番組」という枠組みが、時として足かせになることもあるのではないでしょうか?

平元氏:
実は、教養番組という枠にはめたからこそ、「ゲームの魅力や奥深さを伝えられている部分があるな」というのは、シーズン2の制作が終わってもなお強く思っているところなんです。

僕らテレビ屋の仕事って、情報を持ってきて横に流すだけじゃなくて、そこに角度をつけたりストーリーテリングをすることだと思っているんです。そして「これはゲーム教養番組です」と言い切るのは、仕事をするうえでひとつ大きな柱になる大切なことだなと。

足枷という視点で捉えると、確かにそう感じられる部分もあると思います。一方で「教養番組」という決まった角度づけがあるからこそ、腹をくくれる部分もあるなと思っています。

たとえば、ゲームのワクワクドキドキする部分、キャッチーな部分を説明するだけでは、そもそもこの企画は通っていないし、視聴者の皆さんから「NHKがゲームの宣伝みたいな番組作っていいの?」と言われるのは想像に難くありません。僕もそういう番組にはしたくないですしね。それをやるならメーカーさんのプロモーションのほうが絶対にクオリティーが高いですから。

──ゲームの面白さはみんな認識しているし、あえてテレビで、しかもNHKでそれをやる必要はないというお話ですね。

平元氏:
僕らはディレクターであり、同時にプレイヤーでもあります。テレビ屋であるというスタンスの中で、最初に「ゲームと人間の話をします」と宣言する……これが重要なんです。

番組の中でゲーム中のグラフィックがすごい、音楽がすごいという話はメインにしません。あくまで「人間」という壮大な切り口から出発すること、教養番組であるということを、作るうえで大事にしています。こと「ゲームゲノム」においては、このアプローチはうまくいっているんじゃないかという感覚があります。

「ゲームゲノム」ディレクター・平元慎一郎氏インタビュー_014

──「ゲームを扱っているのにゲーム番組ではない」というのが、まさに「ゲームゲノム」の唯一無二なところだと改めて思います。

平元氏:
尺に関しても同様のことが言えます。もしこれが45分の番組だったら、45分の番組としてたぶん同じクオリティを目指しますし、60分なら60分で同じことをやろうとするでしょう。だけど尺に際限がないと、自由がいちばん不自由なように、それこそ腹が決められなくなってしまうと思うんです。

各ディレクターには伝えたいことが本当にたくさんあって、その中から尺に合わせて取捨選択するうえでは大いに葛藤していると思います。しかし、この「28分45秒」というテレビの枠の中でやっているからこそ、それぞれが覚悟を持って臨めている部分はあるのかなと。

──覚悟という点では、大テーマ(ゲノム)を決めるのはすごく怖いことだと思うんですね。「本当にこれでいいのかな? 合っているのかな?」という疑念が常に消えないというか……。

平元氏:
いま質問されて、意外と大テーマは視聴者に届いていないのでは……と思い始めちゃいました(笑)。

──(笑)。それはどういう理由からでしょうか?

平元氏:
番組を見ていく中で、最初に「天地創造」だの「ライバル」だの「人生という旅」だのと言われても、読後感としてそれが残っているのかは微妙なところですよね。

たとえば『FF14』だったら、「世界が豊かになる、そして自分はその世界の一員である」という自覚の話、「どうすれば人々が互いに歩み寄れる豊かな世界が生まれるんだろう」という問いの話、このふたつの話ができたらと考えてテーマを設定しました。僕は『FF14』をそういうゲームだと思ったので。

──聞いている限り、マッチしたテーマだと思いますが……。

平元氏:
でもそこが……あまり自分で言いたくないんですけど、「天地創造」というワードはちょっと固くしすぎたかもしれない(笑)。

──(笑)。

平元氏:
たしかに、テーマを決めることへの難しさと怖さは常に付きまといます。それでも、「ゲームゲノム」という番組、そしてその総合演出である僕がちゃんと名前を出して、「僕らが思っているこの作品の“ゲームゲノム”はこれです」と打ち出していかなければいけないところではあると考えていますね。

さきほど話したことと同様、やはり覚悟の問題なのかなと思います。時間をかけてテーマを決めているからこそ、その怖さや不安も背負ったうえで打ち出している……というところですかね。

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副編集長
電ファミニコゲーマー副編集長。

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