作品をプレイしてくれたユーザーに一番伝えたいのは「個性は出したほういいんだよ」ということ
──『レナティス』はプロデューサーを兼任しての初タイトルですが、どのように作品を作り上げていったんでしょうか。
礒部氏:
基本的にキャラクター、物語に関しては同時進行で作っていきました。最初は野島一成【※】(『レナティス』でシナリオを担当)さんにメッセージ性やコンセプトと一緒に、「現実世界、東京の渋谷が舞台」、「主人公が男性と女性の2人で対立関係にある」など、絶対にやりたいことをお伝えしました。
たとえば、作中に登場する渋谷の治安を守る組織「M.E.A.(メア)」に関しては、原型(1年目に作った)の企画の時点から名称を付けていたり、魔法使いを取り締まる組織という設定を決めていたんです。
それをどういう風に料理されるかについては野島さんにお願いしました。そこから主人公の年齢や方向性がわかってきたら、シナリオ執筆とキャラクターデザインを同時に進めていったという流れです。
※シナリオライター。代表作は『ファイナルファンタジーVII』、『キングダム ハーツ』、『ドラゴンズドグマ オンライン』など多数。
──礒部さんの頭の中にあったものが理想通りの形になっている、ということですね。
礒部氏:
渋谷が舞台で、3Dアクションで……という基本的な部分は、最初に思い描いていた通りの形になっています。
ただ、うちはほかの会社さんに比べると予算が圧倒的に少ないので、どこに予算を割くかがすごく重要になってくるんです。ですので、「同調圧力に屈しない」という伝えたいテーマが、よりユーザーに感じていただけるように注力しました。
──そのテーマを届けるために注力した部分というのは?
礒部氏:
たとばそのひとつは、現実世界の街(渋谷)を作り上げることです。その現実の延長線上にある世界だからこそ、『レナティス』が掲げているテーマ、伝えたい部分をより真っすぐに伝えられるだろうとの思いがありましたので、可能な限り「現実の街」を再現しました。
大手の会社さんに比べると規模は違いますが、テーマの部分は他タイトルに引けを取らないくらい作り上げられていると思うので、戦闘やストーリーといった体験を通して感じていただきたいですね。
──『レナティス』をプレイされたユーザーさんに「どのような気持ちになってほしい」と考えられているのですか。
礒部氏:
一番伝えたいのは「個性は出したほういいんだよ」ってことです。たとえば、身なりを例に挙げると自分は本当はこういう格好をしたい、こういう鞄を使いたい。でも、周りと違うし、自分の年齢でそれは……と思っている方々って結構いると思うんです。
その方々が『レナティス』を遊んでくれたことで、周りの目とか気にせずに「自分らしさ全開でいいんだ」、「自分が好きな格好をしていいんだ」と、自分の気持ちに素直に生きるきっかけになれたらと思っています。
──自分の気持ちを隠さなくていいんだよ、と。
礒部氏:
はい。自分がやりたいことをやっていいんだよ。やってくれ、と。
同調圧力に屈せず、堂々と好きなものを「好き」と言えるように
──『レナティス』にはさきほどお話のあった野島一成さんのほか、下村陽子さんがコンポーザーを担当するなど、『キングダム ハーツ』好きがニヤリとするクリエイターが制作に参加されています。野島さんと下村さんのおふたりにお願いするというのは最初から決めていたんですか?
礒部氏:
『レナティス』の企画を社内で提案する際に、「野島さんと下村さんに引き受けていただけなかったら、この企画はやりません」と伝えていました。『レナティス』に関しては別のクリエイターさんと作ることは一切考えていませんでしたね。
──野島さん、下村さんにお願いしたいという、それほどの思いはどこから来ていたんでしょう。
礒部氏:
そもそも僕がお二方が関わったゲームで育ってきたのもあるのですが、『レナティス』で表現したい、かっこいい世界観とシナリオを作れるのは野島さんしかいないだろうと思ったんです。
加えて、重厚で神々しさのある音楽を作れて、野島さんのシナリオと世界観にもマッチする方と言ったら下村さんだろう、と。最初から本当に決め打ちだったんです。ですから、社内の稟議が通る前にお二方にはお声かけだけはしていて……。
──えっ?
礒部氏:
お二方ともお忙しいのは把握していたので、一番最初にお話させていただいたんです。
お引き受けいただけたのは、もちろん企画やテーマに共感いただけたのもあると思うのですが、結果的に早い段階にお声がけしたのは良かったのかなと思っています。
──おふたりにはどのように連絡されたのですか?
礒部氏:
フリューが『エクステトラ』【※】というゲームで下村さんとやりとりがあったので、まず下村さんにご連絡して、野島さんとのアポイントをお願いして、おふたりに同時にご相談……という流れでしたね。
※2013年11月7日PlayStation Vita、ニンテンドウ3DS向けにフリューより発売されたRPG。公式ジャンル名は「世界を支える運命のRPG」。仲間にキスをし、守護騎士として覚醒させるというシステムが特徴。下村氏はメインテーマ『ピアノと弦楽のためのワルツ風幻想曲 「エクステトラ」』の作・編曲を担当した。
──作品を作り上げていくなかでのやりとりで印象に残っていることはありますか?
礒部氏:
『レナティス』を野島さんと作り上げていく中で「中二病」という単語が出てきたんですが、ひと口に「中二病」と言っても、定義が幅広くて明確に定まっていないじゃないですか。
ですので、まずは僕が思っている「中二病」とは何なのかと定義化して伝え、理解してもらうところから始めたんです。
僕が思う「中二病」って、めちゃくちゃ強い力を持っていて、それを出せれば勝てるのだけど出さない、あるいは出せない状況下にある設定がかっこいいと感じるんです。
「中二病」のそういうかっこよさが僕は好きなんですが……それって恐らく言わないだけでみなさん好きだと思うんですよね(笑)。
──(笑)。
礒部氏:
それを言ってしまうと「中二病じゃん」って言われるのが恥ずかしいので、同調圧力もあって好きだけど言えないんですよ。
そんな同調圧力に屈せず、堂々と好きなものを「好き」と言えるのが、今回の『レナティス』のテーマ性にも繋がってくるんです。
マンガ『NARUTO』のサスケが嫌いな男はいないはずなんですよ(笑)。『スター・ウォーズ』のジェダイの騎士だってそうじゃないですか。ライトセーバーをギリギリまで使わず、余裕な感じで歩いていたりして。かっこいいんですよ。
「中二病」を素直に「かっこいい」と言いにくい人たちをターゲットに
──『レナティス』発表後の反響や手応えはいかがですか?
礒部氏:
海外での反響が想像以上に大きくて驚きました。世界観、スタッフィング、渋谷の再現など、僕がターゲットとしていた層にしっかり刺さっているとの手応えはあります。あと、とくにフランスでの反響がすごいとお聞きしています。
──フランスですか。それはなにか理由が?
礒部氏:
「1st Trailer」の視聴数が段違いに高いと任天堂さんから教えていただいたんですが、類似タイトルのような世界観が好きなユーザーが多いからなのかも……? と推測しています。
──とはいえ、狙っていた以上に海外での反響があるというのは、発売に向けて喜ばしいことですね。
礒部氏:
「日本のRPG(JRPG)」として海外のみなさんに見ていただきたい思いがあり、極端に「海外受けを狙う」ことはしていなかったのですが、結果としてよい反応をいただけて本当にありがたいです。
──礒部さんの中で、いわゆるJRPGの定義ってどのように捉えられているんですか?
礒部氏:
物語が右往左往する、複雑なゲームという印象です。敵が誰かわからない、どんでん返しがあるなど、キャラクターが複雑に絡み合いながら紡がれていくのがJRPGの”らしさ”かなと思っています。
あとはリアル調ではなく、少しアニメに寄ったかわいくてかっこいいキャラクターがたくさん登場することでしょうか。
──ということは、『レナティス』もそうしたJRPGらしい物語になっていると?
礒部氏:
はい、もちろんです! 魔法使いの霧積真凛と、それを取り締まる元警察官で「M.E.A.」に所属する西島佐理というシンプルなふたりのキャラクターが対立する構図が最初にあります。
ゲームを進めていくにつれて「ギルド」と呼ばれる第三勢力が現れたり、さらに魔法使いの運命を変えるような出来事に巻き込まれ、事態が混迷を深めていきます。
ほかにも組織内での裏切りとか、渋谷全体を巻き込む事態が起きたりなど、怒涛の展開が後半にかけて展開されていきますので、キャラクターたちの関係性も含めて注目いただければと思います。
──ちなみに『レナティス』のメインターゲットとして、どの年代に響かせたいと考えているのですか。
礒部氏:
みなさんに遊んでいただきたいのですが、一番響くのは、20代後半から30代まで、『FF』シリーズや『KH』シリーズをリアルタイムで遊んでいて、あのダークで幻想的な世界観が好きな方や、社会に出て大人になり、かっこいいをかっこいいと言えない、同調圧力の社会にもがいている私たちのような人をターゲットにしています。
──礒部さんの世代から見て、その上の年代のゲーマーってどのように思われていますか? ゲームは歴史を重ね、年齢層が幅広くなっている時代です。いわゆる「昔はよかった」的な意見が多くなってきたと思うのですが……。
礒部氏:
いやぁ……それを言うと、僕も上の世代になっているんですよね(笑)。
──いやいやいや! 礒部さんはまだ十分に若いです(笑)。
礒部氏:
でも、「想像の10年前と現実の10年前が違う」という話題をよく見かけるじゃないですか。
僕自身も「2、3年前のゲームだと思っていたのが10年前だった」という経験があって、懐かしがる側に属していると思うんです。ですので、上の世代以上に「下の世代が入りやすいように」するため、自分がこれからどうしていくか、と考えることがいまは大きいですね。
昔と違い、いまはスマホで無料のゲームが遊べますし、低価格のインディーゲームもたくさん出ています。その中で、フリューのような中小企業がどうしたら若い世代のユーザーに興味を持ってもらい、ゲームを手に取ってもらえるのか。そこをしっかり考えていきたい……と、会社員っぽいことを言っておきます。僕自身、プロダクトアウト志向なのでなんともですが(笑)。
──ゲーム開発側もなかなか若い世代が出てこないですよね。でも、そんな中でフリューは山中さん、林さん、そして礒部さんと、若い世代が新規タイトルを手がけられているのは異例だと思います。
礒部氏:
そこは本当にフリューにとって一番の強みだと自分も感じています。個人的にはもっと前面に押しだしてもいいんじゃないかと思っているんです。
より多くの方にフリューのチャレンジする姿勢を知っていただければうれしいですね。
フルプライスで買ったのならしっかり遊びたい。だから毎月新しいシナリオを追加していく
──最後に、7月25日に発売が迫る『レナティス』の内容や見どころについて教えてください。
礒部氏:
『レナティス』のストーリーは章仕立てになっていまして、真凛が主人公の章と、佐理が主人公となる章を交互にプレイしていく形になっています。
発売前に公開されている体験版では、真凛と佐理、それぞれの1章と2章が遊べまして、サクサク進められれば1時間半か2時間ほどでクリアできるボリュームです。
また、109のスクランブル交差点、道玄坂、センター街のフィールドが探索可能になっています。一部、ロックがかかっている部分もあるのですが、基本的なシステムに関しては製品版と変わりません。
セーブの引き継ぎはないのですが、体験版を遊んでおくことで特別なアイテムがもらえるおまけがありますので、ぜひ興味があればダウンロードして遊んでみていただきたいですね。
──体験版特有のやり込み要素とかってあるんでしょうか?
礒部氏:
特別なモードがあるというわけではないのですが、2章の真凛編に強敵が現れる仕掛けがあります。
じつはがんばれば勝てるようになっていますので、腕に自信がある方はチャレンジしていただきたいですね。そこから製品版も買っていただければ幸いです。
また、体験版配信後から、遊ばれた方の声を可能な限りゲームに反映したいと思い、Xなどをチェックしておりました。回避の扱いやすさを上げたり、テンポの改善や視認性の向上、チューュートリアルの追加などかなり多くのブラッシュアップを行っております。発売当日にDay1パッチの配信で、それらを追加いたします。
──それはなかなかハードなスケジュールだったのでは……?
礒部氏:
それによって『レナティス』がよりよいものになるのならと……がんばりました!
──なるほど(笑)。Day1パッチが予定されているとのことですが、発売後のアップデートとかも考えられているんでしょうか。
礒部氏:
先日お知らせをしたのですが、全9回の定期的な無料アップデートを行います。
──買い切り型のゲームで、それほどの期間、アップデートを継続するのは相当珍しい気がします。
礒部氏:
そもそも僕自身、いちユーザーとして、フルプライスで買いながら、あとからお金を出してシナリオを遊ぶことに良い印象を持っていないんです。自分がプロデューサーになったら、それはやりたくないなと。
それだけ高いお金を出して買ったのなら、ユーザーとしてはしっかり遊びたいじゃないですか。なので、毎月新しいシナリオを追加していくことを予定しています。
まずは、8月と9月に「佐理と真凛のエピソードの配信」、10月に「シークレットエピソードの配信」を行います。もちろん野島さんが執筆しています。
シークレットエピソードでは新規のボスも実装しています。わかる人にはわかると思いますが、例にもれず、半端ない強さの裏ボスです。ですので、それまでに、ぜひレベル上げなどを行い、万全の体制に……! もちろんシナリオも、シークレットエピソードに相応しい内容になっていますので、楽しみにお待ちください。
──それを無料で配信するとは……。もうすでに発表されている『新すばらしきこのせかい』とのコラボも無料で体験できるんですよね?
礒部氏:
『新すばらしきこのせかい』のコラボエピソードは、アップデートではなく、最初からゲーム内に組み込んでいます。物語が少し進んだ段階で、とある場所からエピソードをスタートすることができます。
こちらもダウンロードコンテンツとして出すのはちょっと違う気がしましたので、なんとか本編に組み込みまして、皆さんに遊んでもらえるようにしました。
──太っ腹ですね……。追加のシナリオも含め、配信を楽しみにしております。最後になりますが、『レナティス』に興味がある方、購入を考えられている方へ向けひと言お願いします。
礒部氏:
『レナティス』は最初にお伝えした通り、同調圧力にネガティブな思いを抱いている人、もっと自分をさらけ出したいのに出せない人たちに寄り添うストーリーを描いた作品になっています。
アクションに関しても静と動がすごくハッキリしていまして、回避のときはかっこよく、決めるときは激しく決めるという、ほかとは少し違う手触りになっています。体験版を遊んでいただいたユーザーからは、ストーリーの続きが気になる、アクションが気持ちいい、といったポジティブな意見を非常に多くいただいております。
物語に関しても、登場キャラクターごとの関係や世界観、設定などが入り組んでいて、一見、入りにくいと感じるかもしれませんが、構図は魔法使いとそれを取り締まる元警察官の対立というシンプルなものです。
「出すぎた杭になれば誰にも文句を言われないだろう」との信念から強さを求める真凛、魔法使いという理由だけで個性を抑圧しようとする佐理という対立から始まって、色んなキャラクターたちの思惑などが絡んでくる濃厚な内容になっていますので、注目いただければと思います。
いわゆる続編などの関連作がない、オリジナルの1作目なのでいまがチャンスです、古参を名乗れちゃいます(笑)。ゲームを持って実際の渋谷に行けば聖地巡礼もできますので、いろんな方向から『レナティス』を楽しんでいただきたいです。
──本日はありがとうございました。今後のさらなるご活躍を期待しています!(了)
「自分がやりたいことをやればいいんだ。だから思いっきりやってみようよ」。
学生時代、自分がやりたいとは心から思っていない習い事を周り、親の目などを気にしながらやってきた人間には、重く響きわたる言葉だった。
「自分はこれをやりたくない!こっちがやりたい!」と言える強さをあのころに持っていれば、いまごろどうなっていたのか。いろいろと後悔の念が出るほど考えてしまった。同時に礒部氏は本当に心の底から自分のやりたいことを楽しみ、周りのことを気にせず、容姿も含めて自らの表現を追い求めて続ける生粋のクリエイターとしての素顔が見えたように思う。
礒部氏の話を聞いていると、『レナティス』の真凛は、そんな氏の経験の一部が投影されたキャラクターでもあり、彼と対立する抑圧側である佐理とその所属組織「M.E.A」、は「出る杭は打たれる」「同調圧力」という風潮が具現化された存在と、ある意味では言えるのかもしれない。
そんな真凛と佐理の対立は、序盤のシンプルな構図から、徐々に複雑な様相を見せると同時に、その題材特有の「待ってました」な展開も用意された作りになっているとのことで、期待に応える仕上がりになっていそうだ。
ディレクターとしてのみならず、企画原案からプロデュースも担当し、文字通り”突き抜ける”形で完成された『レナティス』。このような突き抜けた作品を作り上げた礒部氏が今後、どんな新作を出してくるのか。月並みな締め言葉にはなるが、さらなる活躍に注目したい。
そして、これからも自分の個性、表現を突き詰め続けていって欲しい限りだ。