「映像で残す」という新しいオーラル・ヒストリーの取り組み。表情や身振り手振り、目線の動きなど、ノンバーバル(非言語)的な語りをも記録し、後世に残していく
──オーラル・ヒストリーの取材は、通常のインタビューに比べて、事前の調査や準備を徹底するということでした。具体的な手順であったり、その効果について解説していただけますでしょうか。
細井氏:
さきほどから話してきたことに尽きるんですが、インタビューをして「こういう話を聞きたいんだ」という、「こういう話」がどこから出てくるかということなんですね。通常のインタビューであればそれがインタビュアー個人の問題意識であったり、設定されているテーマについて純粋にその人に聞いてみたいと思っていること、というケースが多いと思います。
我々の研究所のやり方でいくと、まず大前提として、ゲームだったらゲームの産業の歴史がどうなっているか、という流れを整理します。他にも、デジタル産業という点では、ZEN大学にはいろいろなコンテンツ関係の産業科目がありますから。
そういった科目の中で整理されている流れを踏まえた上で、その産業の歴史における契機や転機をまず流れ(歴史)として整理するんです。これを「大テーマ」の設定と呼んでいます。
これは、成功につながるような契機もあれば、失敗につながるような転機もあると思います。これを「エポック」とか「ターニングポイント」というような呼び方をします。
そのエポックの中には、例えばヒット商品や新しいサービスの開発などが含まれていますし、ターニングポイントで言えば、ライバルとの競争関係やビジネスモデルの転換などがこれにあたります。「アーケードゲームの隆盛」というエポックもあれば、「アーケードゲームから家庭用ゲームへの転換」のようなターニングポイントもある。そういうポイントを設定するんです。
この作業は大テーマから「中テーマ」に落とすということでもありますが、このあたりで、「じゃあ、この人に話を聞く必要があるよね」という人物が浮かび上がってくるんです。
──産業の歴史といった大きな流れから、その転機、それに関わった人物というように、徐々に絞り込んでいくわけですね。
細井氏:
人物の設定がされると、過去にどういうことを語っているかとか、それに関して書かれたものがあるとか、関連するレポートがあるかなどを専門研究員がリサーチして資料化します。多くの方は設定された「中テーマ」に関して、過去にも語ったり書いたりしておられますから、質問項目を設定するための周辺情報がたくさんあります。
それも、今までのインタビューであれば、ある程度インタビュアー自身の知識の範囲内でやっていたと思うんですが、我々は分野別の研究者や専門研究員で構成するチームで組織的に情報を収集して、その人物とトピックにまつわる過去のものを可能な限り整理した上で、研究所としてそれを検討するミーティングである「コンセプト会議」を行います。
会議では「過去にはこんなことを聞かれているから、まだ聞かれていないことを聞いてみよう」とか、「何回も聞かれていることだけど、本当のところを確認したいから別の角度でもう一度聞いてみよう」とか、オーラル・ヒストリーのための質問項目の整理がされていくんですね。これを「小テーマ」の設定と呼んでいます。
そうして、大テーマから中テーマ、小テーマという形でどんどん絞り込んでいって、その人に聞くべきことを整えてからインタビューを行います。
その上で、予め設定した質問だけではなくて、可能なら幼少期の話など、その仕事を成し遂げられた背景となる「人となり」などもわかるようなお話も頂いて、ようやくインタビューというよりは、オーラル・ヒストリーのような形に出来上がっていく、と思っています。
──いまさらの質問になってしまいますが、他の産業分野においては、オーラル・ヒストリーの活用事例はあるのでしょうか。
細井氏:
そうですね、いろいろありますよ。機械工業や自動車など、大きな産業分野では、オーラル・ヒストリーはかなり重要な研究の素材です。さきほど、一橋大学と共同で研究を行ったという話をしましたが、一橋大学のイノベーション研究センターは、オーラル・ヒストリーをずっと産業研究としてやっているんです。
当時、一橋大学の教授から「ゲームのような非常に新しくて重要なものに、全く手がついていない。なんとかできないでしょうか」という相談が立命館大学にあったことで、合同でトライアルすることになったんです。
──コンテンツ産業以外の分野では、実際に活用されている手法になっているんですね。
細井氏:
ただ、既存のオーラル・ヒストリーはインタビュー音源を書き起こした文章が大半で、映像で記録を残すというのはあまりありません。今回のプロジェクトでは、映像でオーラル・ヒストリーを残すんですが、「やっぱり映像と文字の違いは大きい」と思います。
語り口であるとか、表情だとか、手振りだとか。強調しているアクセントとか、目線とか。いろいろなところに、その人が重要だと考えているポイントや経験したことの真実のようなものが表れますから。
そういう意味では、コンテンツという分野としてもほとんど手がつけられていないことに加えて、映像という手法のオーラル・ヒストリーも、日本ではあまり事例がありませんから、それも非常に面白いトライだと思っています。
──映像で残るオーラル・ヒストリーは、まだ珍しい事例なんですね。それって他の産業でもそうなんでしょうか。
細井氏:
あまり見たことがないですね。オーラル・ヒストリーはかなり長い時間をかけて行いますから、撮影をする方々のスケジュール的にも難しいでしょうし。
川上氏:
無理のない範囲なら、撮影すること自体は構わないんですよね。
細井氏:
そうですね、おそらく構わないと思います。たぶん、そういうトライ自体がされていない。「映像のオーラル・ヒストリー」というテーマが設定されたのは、本当に最近の話で、今までのインタビュー調査の際にそもそもそういった前提の発想がなかったんだと思います。
──さきほど、研究資金のお話もありましたが、シンプルに機材や予算の問題もあったのでしょうか。
細井氏:
ありますね。最近は、簡易なセットで良質な映像を撮るのもそんなに難しくないですけど、ちょっと前までは結構大きなカメラが必要でしたしね。そういうような物々しい環境でインタビューすること自体が、内容にもいろいろな影響が及んでしまうと考えてもおかしくはありません。
目的は、オーラル・ヒストリー収集の先にある。川上氏の目指す最終ゴールは「記録をもとに、新しい産業の担い手を輩出すること」
──一連のお話を伺っていて、当時のことを知る方が少なくなってきている今このタイミングで、コンテンツ分野のオーラル・ヒストリーという、海外を含めても例のない事業に、各分野のエキスパートの方が挑まれていて。「今しかない」という意気込みのようなものを感じました。
浜村氏:
さきほども言いましたが、刻一刻と資料が散逸し、語れる方が語れなくなっていく。探してもわからなくなるし、場合によってはお亡くなりになっていることもあります。個人的にも、先日『ワニワニパニック』の石川祝男さんが亡くなられたのはすごい衝撃でした。

40年の歴史とは、当時20代で業界に入った方がご退職なさるほどの時間です。定年退職されて、全然違うところに行ってしまって、連絡がとれなくなるといったことも起きています。だから、「本当に早く手がけていかなければいけない」という責任感みたいなものがあります。
──最後に、本プロジェクトにかける皆さんの思いをお聞かせ願えますでしょうか。
川上氏:
ひとつあるとすれば、「大学に入ることで、もっと産業のことを理解できる」というのは大事だと思うんですよね。
例えば今、「少年ジャンプ」の編集者というのは、作品がヒットすると海外ビジネスまでやれる可能性がある。もしくは、「やらなくちゃいけない」立場にあると思うんです。
コンテンツの海外ビジネスって、やっぱり相当知見が必要なんだけれども、それって実際に経験してみないとほとんどわからないものなんですよね。そういったものに関しても、少なくとも概観くらいは大学で教えるような環境があった方がいいと思いますし。
オーラル・ヒストリーを起点として、ZEN大学でそうした踏み込んだものもできるようになればいいなと思っていますね。ケーススタディのような形でもいいですし。
──アメリカの映画産業の例がありましたが、大学での映画に対する研究や教育を経て、ジョージ・ルーカスやスティーブン・スピルバーグのような監督が輩出されたということがあると思います。アニメやマンガも含めて、その「日本版」のようなものになればいいということですね。
川上氏:
これによって人材を生み出すということですね。オーラル・ヒストリーを記録するだけじゃなくて、「その記録に触れた人たちから派生して、新しい産業の担い手が現れる」というのが最終ゴールです。
細井氏:
ケーススタディは、私もかなり重要だと思います。
なぜかというと、産業のケーススタディは国内外でもすごく良質なものがあるのですが、まずはコンテンツ産業に関わるものがほとんどない。立志伝的なものは多々あるのですが、客観的な資料やオーラル・ヒストリーのレベルで整えられた口述資料などを体系的に活用してつくられたものは散見しません。
コンテンツ産業史アーカイブ研究センターの場合は、オーラル・ヒストリーという一次資料を大量に構築していきますので、それをベースにしたケーススタディのトライアルが可能です。まだ公開されていないような貴重な関連資料も発掘、組織化しながら、ヒトの証言をベースにしたケーススタディをコレクションしていくという方向性は、非常に面白いと思いました。
──浜村さんはいかがでしょうか。
浜村氏:
今日は、わりとゲームの話に終始しましたけど。このプロジェクトには、マンガやアニメに井上さんがいるし、IT分野では遠藤(諭)さん【※1】がいます。ネット文化担当でも伴(龍一郎)くん【※2】がいるじゃないですか。本当に「よく揃ったな」というくらいの、ツボを押さえた方々がたくさんいるので。「普通じゃ聞けない人に聞きに行ける」「本音をしっかり映像として残せる」というところは、実現できると思うんですね。
おそらくこういった布陣ってなかなか取れないと思いますし、その分みんな「これ、やらなきゃね」と責任感を持っています。この事業が高いモチベーションを維持して進んでいくんじゃないかと、ゲーム以外のジャンルにも期待しています。
※1 遠藤諭
「コンテンツ産業史アーカイブ研究センター」研究員。元「月刊アスキー」編集長。
──ありがとうございます。最後に細井先生、お願いいたします。
細井氏:
「産業の歴史を知る」ということで言うと、マンガやアニメ、ゲームもそうですし、ITやネット文化もそうですけど。「作り出された作品をどう集めて、どう保存していくか」ということがずっと先行していました。
その結果、収集段階でかなり疲弊してしまうんですよね。なかなかうまくいかないし、お金もかかります。ようやく国も少し動き出すという話になっているけど、やっぱり本当に難しいです。場所も取りますし、相当に疲弊しているんですね。それで、その疲弊している間に大事なことが抜けてきている。
それはなにかというと、「形あるものだけではわからない」ということですよね。「どうしてそれがそういう風になったのか」というのを示すのは、出来上がったものだけではなくて、その中間にある過程で残されたものであったり、あるいは人の思いも含めた証言も重要なんです。
こういうものがあって初めて「なんでそうなったのか」ということがわかるわけです。「モノの収集」にかなりの労力を傾けて疲弊していることが、むしろそういった中間生成物や証言に対する取り組みを遅らせている側面すらあります。
そこで「ネジを巻き返す」ではないですが、こういった形で研究所を立ち上げて、人の証言に焦点を当ててアーカイブを作っていく。これは非常に大事なことだと思っています。
最初に「アーカイブ」の語源の話をしましたが、その元々の言葉の「ねじれ」に惑わされないようにしないといけないですからね。
「本物」だとか「最初のもの」というのは永遠ではなくて、「これが最初だ」と言い張れる人間が永遠にするという、この落とし穴は本当に怖いですから。そこをしっかりと肝に銘じて取り組んでいく、そういう事業だと思っています。(了)
「歴史」とは不変不朽のものではなく、ふとした拍子に変化し、失われてしまうものだ。それをよく知る川上氏、細井氏、浜村氏がたぎらせる「コンテンツ産業の歴史を残さねばならない」という強い責任感を、読者の皆様にも感じていただければ幸いである。
最後に、「オーラル・ヒストリー」の意義についてもおさらいしておこう。一般的なインタビューには商業的なPRを始めとしたさまざまな目的があり、その目的を果たすための質問と回答がおこなわれている。つまり、複数のインタビューを並べた時に相互を比較することが困難だ。
そういったインタビューと一線を画すのがオーラル・ヒストリーである。「同じやり方、同じ考え方、同じルール」を構築し、体系的に語りを収集・組織化していく。
そのためには、大学をはじめとした研究機関や、博物館などの文化組織で展開されている情報プラットフォームに掲載し、将来に渡ってその情報を保護し閲覧可能な状態にし続けなければならない。
では、そのように集積されたオーラル・ヒストリーは、実際にどのように活用されるのか?
そのひとつの使用例が、本記事と同タイミングで公開された、コーエーテクモホールディングス社長にして、「シブサワ・コウ」名義で『信長の野望』など数々のゲームを世に送り出した襟川陽一(えりかわ よういち)氏へのインタビュー記事である。
1981年に『川中島の合戦』を発売して以来、40年以上に渡ってゲームと向き合い続けてきた襟川氏の語るオーラル・ヒストリーは、まさに内部の人間にしかわからない生きた言葉であり、単に事実を列挙した年表を用意した程度では到底知り得ない情報に溢れていた。
このような貴重な情報を集積し、後世に残していくのが、コンテンツ産業史アーカイブ研究センターの使命である。いつかその情報に触れ、利用し、未来を切り開いていく存在が現れることを、我々は切に願っている。
ちなみに。ゲーム業界分野でのオーラル・ヒストリーについては、本プロジェクトの意義や目的に共感した弊誌・電ファミニコゲーマーがプロジェクトに参画している。上記の襟川陽一氏へのインタビューを含め、これからもゲーム業界やゲーム産業を形作ってきた数々の偉人たちの証言と語られなかった歴史をひもといていくつもりだ。
そのうちのいくつかのオーラル・ヒストリーについては、弊誌でも記事として掲載していく予定なので、ぜひ楽しみにしていただきたい。