『学マス』のリリースは1、2年遅れていたかもしれない? コンセプトを作ること、守ることの大事さを実感した開発裏話
──3ヵ月間はボコボコにされたとのお話ですが、そのやりとりを経て、『学マス』のコンセプトが決まっていったわけですよね。完成したコンセプトを見た際、坂上さんはどう感じましたか?
坂上氏:
『アイマス』として重要なところや、お客さんのことを考えていることが伝わってくるコンセプトに、しっかりまとまっていました。
それに、小美野が持つカードゲームに対する情熱も盛り込まれていて、「これはおもしろくなりそうだ」と感じました。加えて、QualiArtsさんの開発力も踏まえると、しっかりとしたものに完成するだろうと。
ただ、コンセプトが完成した際に「これは絵に描いた餅だから」と注意はしましたね。
小美野氏:
はい、そうですね。覚えています。
──ほう……その注意というのは具体的にどのような?
坂上氏:
資料を作ってまとめると、満足度が高いんです。そして「あとはこれを投げればバッチリだ」と勘違いしてしまうんです。
でも、実際にゲーム開発のなかで、コンセプトに沿ったものを作っていかないと、結局はお客さんに刺さらない作品になってしまう。コンセプトを作ったら、そのコンセプトを守る。これができていないと、どんなにしっかり作ろうと、ほとんど失敗しますから。
小美野氏:
まさにおっしゃる通りで、当時の僕は、坂上さんという関門を乗り越えて「よっしゃー」と腕をぶんぶん回しながら、開発を進めようと意気込んでいたのを覚えています。
──小美野さんとしては、上司の許可が下りて、これからは自分の好きなようにゲームが作れると思うわけですよね。
小美野氏:
ええ。でも、実際にQualiArtsさんと動き始めたタイミングで、このコンセプトの重要性を感じる出来事があったんです。
学園が舞台ということで、学園生活を楽しめるように3D空間で学校を探索したり、アイドルたちと会話できるような案がQualiArtsさんからあったんです。しかも実際に動くモックまで作ってくださったんですよ。
──す、すごい……。
小美野氏:
ですよね。僕もいいと思って、それを坂上さんに持っていきました。
そうしたら「(最初にまとめた)コンセプトをもう一度見せなさい」と。そのアイデアはコンセプトに記載したどのニーズにも当てはまらないことを指摘されて、怒られました。
坂上氏:
あったね。でも気持ちはすごくわかるんですよ。開発の方々がすごいものを作ってくれたら「なんかいいかも!」となるのは。
小美野氏:
でもこれは明確に正しい判断でした。というのも、QualiArtsの岩本(航輝)さん【※】と当時の件について話す機会があったんです。
その際に「あの機能(3Dマップでの探索)を入れようとしていたら、リリースまであと1、2年かかっていた」と、当時のことを振り返っていました。もしあのまま入れていたら、2024年のリリースには絶対に間に合っていませんでしたね。
※岩本航輝氏……QualiArts側にて開発のディレクターを務める。
坂上氏:
どれだけ出来がいいものでも、切り捨てないといけないことはあるんです。
3Dマップの件もそうで、すごく出来がいいけど、制作期間のことを考えたら絶対に作り続けるべきじゃない。でも、その判断を下すのはとても大変なので、そこは僕があえて切りました。
小美野氏:
それからしばらく後に、僕もまったく同じことを(佐藤)大地【※】にしましたから、今ならその気持ちがわかります。
※佐藤大地氏……『学マス』アシスタントプロデューサーを務める。
──まったく同じこととは?
小美野氏:
(篠澤)広の前身となるキャラクターを作っているとき、そのコンセプトがすごく曖昧な言葉でまとめられていたんです。その影響で、キャラクターデザインやシナリオが、思い描いているイメージと噛み合っていなかったんです。
ですから「このキャラは1回諦めて、新しく考え直そう」と伝えたのを覚えています。担当の大地としては苦しい判断だったとは思いますが、結果的にそれが今の広に繋がっているので、この考えは大事だと実感しています。
小美野氏のプロデューサーとしての立ち振る舞いは、坂上さんの背中を見て学んだ
──ここからは、坂上さんと小美野さんの関係性についてお聞きしていきたいと思います。まず、おふたりの出会いについて教えていただけますか。
小美野氏:
僕が坂上さんの部下になったのは2019年なのですが、お会いしたのはその4、5年前でした。
まだ家庭用ゲームのチームにいたころ、当時の上司と飲んでいた際に、その上司が急に「友だちを呼ぶから」と言って、坂上さんを呼び出したんですよ。
しかも、夜の12時過ぎですよ? 当時から坂上さんはめちゃくちゃ有名なプロデューサーでしたので、そんな雑に呼び出していい存在なのだと驚いたのを覚えています。そこでご挨拶させていただいたのが初めてでした。
坂上氏:
そのあとも東京ゲームショウ後のお疲れさま飲み会で一緒になったよね。
小美野氏:
そうですそうです。坂上さんとは別ルートで参加することになって、ご一緒させていただきました。
そこからだったと思います。坂上さんと少しずつお話する機会が増えて、仕事の相談もさせていただくようになっていきました。
自分のプロデューサーとしての仕事の仕方に関しては、坂上さんから勉強させていただいたところが大きいです。
──個人的な印象ですが、ユーザーからの質問にその場で回答した「ひとり小美野の部屋」での小美野さんの姿からは、坂上さんの立ち振る舞いを思い出しました。
坂上氏:
僕はもっとスマートですけどね。あと、ちゃんと滑らない話をします。小美野は自分ではおもしろいと思ってるかもしれないけど……(笑)。
小美野氏:
ちょっと待ってください。穏やかじゃなくなってきましたね(笑)。
一同:
(笑)。
小美野氏:
でも、坂上さんがいまおっしゃったことはその通りです。坂上さんはそういう場面でも淀みなくコメントをされていて、本当にすごいんです。
僕がすごく覚えているのが、徳島での「マチ★アソビ」に坂上さんと初めて一緒に出張に行ったときのことです。坂上さんの前にプロデューサーのみなさんが集まって、その場で坂上さんに質問をして、それに対して坂上さんが回答していくコーナーがあったんですよ。
──その場で質問、その場で回答ですか!? 口を滑らせてしまわないか、間違ったことを言ってしまわないか、普通ならすごく怖くて避けたいことですよね。
小美野氏:
おっしゃる通りです。実際にけっこう答えにくい質問がバンバン飛んできていたんですが、坂上さんは数秒考えて即答されていて、その姿が強烈に記憶に残っています。
──ええ……信じられないですね。
小美野氏:
当時の自分はあんなの絶対できないと思いました。でも、そんな坂上さんの背中を見ていて、自分としても「プロデューサーのみなさんの疑問」に対して、答えられないことがあるのはあまりよくないと考えるようになりました。
「まだ言えない」にしろ「今検討している」にしろ、どんな形であっても、質問に対して回答をして、プロデューサーのみなさんとキャッチボールすることはすごく大切だと思っています。
ただ、坂上さんのスピード感にはとてもじゃないけど届かないなと感じているので、まだまだ精進していきたいです。
素直で、ユーザーの視点に立ち返って判断できる稀な人材。坂上氏から見た部下としての“小美野日出文”
──お話を聞いていると、やはり小美野さんにとっての坂上さんの存在は非常に大きいものに感じます。逆に、坂上さんから見た小美野さんはどのような部下だったんですか?
坂上氏:
意見や助言に対して素直に受け止めるし、ユーザー視点に立って物事を考えることができる人材であると思っています。
多くの人が「ユーザーの気持ちになって考える」と言いつつも、実際には考えられていないことは非常に多いですよね。なぜかというと、ゲーム開発にはさまざまな事情が絡んでくるからです。
その状況下でも、ユーザーの視点に立ち返って判断を下していくというのは難易度が高い。それができる人間は稀ですし、小美野はそれができる人間のひとりです。
──おお、ベタ褒めじゃないですか……!!
坂上氏:
ただね……たまに「おとぼける」ところはあるよね(笑)。
小美野氏:
おとぼけるってどういうことですか(笑)。
坂上氏:
恐らくですが、僕が反対するであろう提案のときは、ものすごく遠回しな表現をするんですよ。
小美野氏:
気づいてたんですね(笑)。
坂上氏:
それは気づくよ。先ほど話にも出た「ファンタジーRPG」案のとき、どんな話の切り出しかただったと思います? ストレートに「今回はRPGを作りたいんです!」じゃないですからね。
──ちょっと待ってください。そのお話、すごく気になるので詳細を教えていただけないでしょうか。
坂上氏:
ちょっと変化球気味に入ってくるんですよ。「坂上さん、いつもプロデューサーのビジュアルは出してこなかったですけど、今回は出してもいいですか?」みたいな感じです。
僕としては、これまで出してこなかった理由があることを説明しつつ、「意図があってそれが必要かつおもしろいなら考慮してもいい」という返答をするわけです。そこでさっき話にでてきたモックをいきなり持ってくるわけです。
小美野氏:
僕としても、坂上さんを通せなかったものはダメなアイデアである感覚はあるので、自分がおもしろそうだと思ったものは、いろんなアプローチで坂上さんにぶつけてみていました。
坂上さんの考えかたって本当にフラットかつロジカルなんです。それが通れば、自分の中でも自信を持って先に進めることができますし、逆にダメなら余計な僕の趣味趣向が混じっているんだと。
──判断するときの基準だったんですね。
小美野氏:
そうですね。開発の2、3年目くらいまでは毎週定例会議を入れさせてもらっていたので、そこでいろいろアイデアをぶつけてみたり、考えをお聞きして勉強させてもらっていました。