『アイドルマスター』チームってすごい仕事をしているんだな……と、小美野氏が感じた瞬間
──それまで相談してもらっていた坂上さんも、2023年3月末には『アイマス』総合プロデューサーを退任されて、それまでと同様に相談できる環境ではなくなったと思います。その際、小美野さんとして不安な気持ちになったり、考えかたに変化があったりはしなかったんでしょうか。
小美野氏:
そのあたりはとくにありませんでした。というのも、不思議なことに坂上さんは、相談すればアドバイスはくださるし、坂上さん自身がどう考えているかは教えてくれるんですが、基本的に「答え」を提示することはないんです。
絶対にダメなことは「ダメ」と言ってくれるんですが、それ以外は坂上さんの反応を見ながら、自分なりに解釈して考えていく必要があるんです。
坂上氏:
ものを作ったり、考えたりしていくうえで、最終的には「自分で判断」することが大事なんです。それに、指示をしてしまうと、大抵の場合は守りに入ってしまうんですよ。
僕の場合は、本人が自分で考えて、判断できるように、自分の考えを整理できるように導いていく。上司として部下への教育というより、コーチングに近いですね。
小美野氏:
そのおかげで、坂上さんが異動されて定期的に相談する機会がなくなったあとも、僕の中で判断基準が変わったことはないですね。
自分の中に坂上さんがいるんですよ。判断をする際にも自然と「もし坂上さんに持っていったらこんな反応があるだろうな」というのを想像しながら、考えているんです。
──小美野さんの中に坂上さんがいる、ですか(笑)。
坂上氏:
だから僕が『学マス』にこんな要素を入れてほしいと言っても、コンセプトから外れているなら、それは入らないんです。
小美野氏:
そうですね。僕の中(の坂上さん)で坂上さんの趣味だと判断したら、坂上さんには「あ、いいですね。おもしろいっすね」と伝えて、その案は処分します(笑)。
坂上氏:
だからもう言わない。絶対におもしろいのに(笑)。
一同:
(笑)。
──お話をお聞きしていくごとに、小美野さんにとって坂上さんという存在の大きさが伝わってきます。
小美野氏:
とくに、登場するアイドルへの向き合いかたは、間違いなく坂上さんから影響を受けた部分です。
すごく印象に残っている出来事があって、僕がまだチームに合流する前に、坂上さんが『アイマス』チームの方と打ち合わせをしているところを見かけたんですが、まるで本当のアイドル事務所のような会話をしていたんですよ。
「このアイドルの路線はどうしますか?」や「こういう出しかたはよくない」など、ゲームの打ち合わせの会話とは思えない内容でした。それを聞いて、『アイドルマスター』チームってすごい仕事をしているんだな……と感じたのを覚えています。
──ゲームの登場キャラクターとしてではなく、本物のアイドルとして向き合っているということですよね。
小美野氏:
そのときのやりとりは、『学マス』においてもお手本にさせていただいています。
企業さんとのコラボを実施する際は、コラボ先との相性を考えてどのアイドルを送り出すのか。映像を作る際は、どうすればそのアイドルの魅力を表現できるのか。
ひとりひとり考えていくのは、坂上さんの打ち合わせを見て、大事にすべきだと思ったところだからですね。
「『アイマス』とはこうだ」と、言ってしまうとそれがルールになってしまう
──ふたりがやりとりするなかで「『アイドルマスター』とはなにか」、IPとしてどのように捉えているのか、など『アイマス』シリーズ全体についての考えを議論することはあるのでしょうか。
坂上氏:
じつのところ、そういう話はしないんですよ。というのも、あまり「『アイマス』とはこうだ」と言ってしまうと、それがルールになってしまうので、それは避けたいんです。
ですので、企画の初期段階では、逆に『アイドルマスター』という冠を外して考えたほうがいいとすら伝えています。
──『アイドルマスター』という冠を外す、ですか……。つまり、坂上さんとしては、『アイマス』であることを頭に入れずに考えたほうがいいということですよね。
坂上氏:
『アイドルマスター』という冠が、企画を考えるうえでの重荷になってしまう可能性もあると思っています。
『アイマス』だからキャラクターを何人以上出さないといけない、キャラクターの設定はこうするべきなど、『アイマス』のイメージに押しつぶされて、アイデアが狭まってしまう場合ですね。
小美野氏:
僕が『学マス』のコンセプトを考えたときに「学園もの」に限らずアイデアを出すようにたびたび言われたのも、先入観に縛られないための助言だったと思ってます。
坂上氏:
そうそう。登場するアイドルを見ても、初代では天海春香という清純でがんばり屋な女の子がセンターを務めていましたが、『学マス』では勝ち気で負けず嫌いなの花海咲季がセンターを務めている。
これは今の時代であればこういう女の子が、ゲームのアイコンやセンターポジションにいてもいいという小美野の判断ですよね。
これは「『アイマス』とはこうだ」というルールがないからこそ、できたことなわけで、そういうところも含めて、自由でいいと思うんです。
──なるほど。歴史が長く、大きいIPがゆえに、そこを意識しすぎると、自然とアイデアに縛りが発生してしまうわけですね。そこを避けるために、あえてそういう話はしないようにしていると。
坂上氏:
たとえば、脚本を書いていただいたストレートエッジさんからは「『アイマス』とはこうだ」というオーダーがなかったのが、脚本を書くうえでやりやすかったというお言葉をいただきました。
音楽を制作するクリエイターの方々も、制作にあたって他の楽曲も聞いて、その方が感じた『アイマス』らしさを入れつつ、表現したいことを盛り込んでくださる。
クリエイターさんも含めて、『アイマス』らしさなんでしょうね。みなさんの力を信用してお任せしているのも、昔から変わらないところだと思います。
小美野氏:
僕が思う『アイマス』らしさって、プロデューサーさんたちの存在なんです。僕らとしてはゲームのコンセプトをしっかりまとめたうえで、プロデューサーさんたちと一緒に作り上げていくのが大事だと思っています。
僕はもともと『アイマス』の外からやってきた人間なんですが、『アイマス』はプロデューサーの方々の熱量が尋常じゃないんですよ。
──熱量というのはアイドルたちへの思いの強さという意味でしょうか?
小美野氏:
ちょっとベクトルが違っていて、お客さんではあるんですけど同時に僕ら開発者に近い存在というか……距離感が独特なんです。
僕としても、プロデューサーさんたちの反応を想像しながら、考えをチューニングしているところがあります。このあたりは、『学マス』の前に『ミリシタ』(『アイドルマスター ミリオンライブ! シアターデイズ』)を担当させてもらった経験がいきている気がしますね。
リリース前から「心配するな」と言ってくれた坂上氏。それでも食事中も手が震え続けるほど、小美野氏は重圧を感じていた
──最後に、坂上さんから見てリリース1周年を迎える『学園アイドルマスター』がどのように見えているか教えていただけますか。
坂上氏:
さきほどお話した通り、僕が「学園もの」から最初に想像していたのは、漫画や小説のような外伝作品でした。そこからスタートしつつも、『アイドルマスター』の大事な要素をひとつひとつ拾っていて、正統派のゲームに仕上がっていますよね。
さらに言うと、アプリゲームとしての気持ちよさ、テンポのよさがあるし、小美野がこだわったカードゲームの要素もとてもマッチしていました。そういう意味でも、次の世代に向けた『アイドルマスター』として作られていて、とてもよかったと思います。
──もう、大絶賛ですね。
坂上氏:
はい、大絶賛ですね。
──今の坂上さんのお話を聞いて、小美野さんとしては、やはり嬉しい思いはありますか?
小美野氏:
嬉しいと言うよりも、ホッとしたという気持ちが強いのが本音です。
『アイドルマスター』という歴史の長いIPの新ブランドというのはもちろん、坂上さんが最後に関わっている『アイドルマスター』なわけですから。正直、プレッシャーは相当ありました。
坂上氏:
ほんとかな〜(笑)。
小美野氏:
いや、これは冗談抜きで本当ですよ。
とくに『学マス』の情報を初めて公開する生配信が緊張のピークで、直前に関わってくださったクリエイターの方々とご飯に行ったんですが、僕の手がずっと震えていて「小美野さん、手震えてますよ」と、つっこまれるくらいには不安な気持ちはありました。
坂上氏:
ああ、そうだよね。発表をしてどんな反応があるのかは、実際に発表してみないとわからないもんね。
小美野氏:
僕らとしても『学マス』は正統路線として生み出したつもりはありました。けれど、時代に合わせて変化する部分もあります。当時も、坂上さんからは「心配するな」と言っていただいてはいましたが、それでも不安でした。
ですから、今こうやってお褒めいただけてもちろん嬉しいです。でも、それ以上にホッとしています。本当によかったな……と。
──本日はありがとうございます!『学マス』誕生前の貴重なお話から、小美野さんの意外な一面も見れて新鮮でした。ちなみに最近お会いする機会はあったんでしょうか。
坂上氏:
それが、最近はぜんぜん誘ってくれなくて……。
小美野氏:
いやいや! 送別会関連も含めて、今年の2月、3月だけで4回くらいはいっしょに飲みに行ったじゃないですか(笑)。
──(笑)。坂上さんと小美野さんがここまで仲がいいのは、やはりお互いに波長があうからなんでしょうね。
坂上氏:
僕たちふたりともゲームが好きというところでは、似ている部分はあると思います。
小美野はカードゲームが好きなのはもちろん、スマートフォン向けの新作タイトルもリリースされるたびに遊んでいますからね。バンダイナムコエンターテインメントでも、ここまでゲームが好きな子は珍しいんじゃないでしょうか。
小美野氏:
趣味趣向が少し子どもっぽいところはあるかもしれません。カードゲームもそうですし、「ベイブレード」にもハマっています。
坂上氏:
そうね。意外と子どもっぽいところはあるかもね。
小美野氏:
自分自身がそういう性分だからこそ、坂上さんに教えてもらったことがすごく役立っているんですよ。
僕が『学マス』の開発、運営においての判断をするときは、自分の趣味趣向とは切り離して、プロデューサーとしての判断をしています。そういう考えかたを教えてくれたのは坂上さんなので、本当に感謝しています。
(了)
『アイマス』シリーズの新ブランド(のちの『学マス』)が、もともとはゲームではなく、小説や漫画などで展開予定だったと聞いたときは、率直に意外な気持ちだった。
しかし、それに加えて「学園もの」が採用された流れがわかると、少し視点が変わってくる。
というのも、坂上氏の話によると、これまでの『アイマス』シリーズにおいても「学園もの」案は話に挙がっていたという。
ただ、「登場するアイドルたちの年齢層が狭まってしまうこと」という坂上氏の気がかりが一因としてあったのか、結果として学園が舞台の『アイマス』はこれまで生まれてこなかった。
しかし、『学マス』はもともと小規模展開を考えていた。だからこそ「わかりやすいテーマはあり」という判断もあり、シリーズ初の学園を舞台とした『アイマス』として作られることになっていく。不思議な因果だ。
そこからはじまった『学マス』開発だが、小美野氏の作った初期案がまさかの「魔法学園アイドルマスター」で、それが坂上氏に怒られ、3ヵ月にも及ぶコンセプトづくりのための案出し1000本ノックに繋がる流れは、ある意味きれいすぎて笑ってしまった。
そんなエピソード含めて、小美野氏自身が「プロデューサーとしての仕事の仕方は坂上さんから勉強させていただいた」と語るように、ふたりの関係は、上司と部下の垣根を超えた師弟のように見えた。

最後になるが、筆者が『学園アイドルマスター』に関するインタビューに関わらせていただいたのは、今回で3回目だった。
1回目はゲームのリリースタイミング。2回目は「N.I.A編」実装時。そのどちらも、本作のメインプロデューサーを務める小美野氏と、QualiArts側にて開発のディレクターを務める岩本氏のおふたりにお話をお聞きした。
そこでは、アイドルの立ち絵を全ボツにした話や、じつは主人公とラスボスが逆だった花海姉妹の話、勝手に作られていたチャイルドスモックの話、極月学園の制作秘話など、数々の開発裏話が語られている。
そして、記念すべき『学マス』1周年のタイミングで、再びお話をうかがう機会に恵まれたのが、今回の取材であった。しかも、出演者は坂上陽三氏。
小美野氏が、『学マス』のプロジェクトに合流する前から、『アイマス』新ブランドの立ち上げを進めていたのが、何を隠そう坂上氏。つまり、本作のルーツを知る人間のうちのひとりなのだ。
加えて、じつはこれまでの取材において、小美野氏の口から坂上氏との名前が出ることはたびたびあった。
小美野氏と岩本氏には、二人三脚で開発に臨む「夫婦」のような印象を受けたのに対して、坂上氏と小美野氏はまるで「師弟」のような関係があるように思えてしょうがなかった。
そんな経緯もあって、今回の対談では、
・『学園アイドルマスター』が生まれる前の話
・坂上氏と小美野氏ふたりの関係性
上記ふたつのテーマに焦点を当てて、お話をお聞きしたい。そう思って取材に臨ませていただいた。
もし、そのどちらもがしっかり読者のみなさんに届いているようなら、うれしい限りだ。
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