魂の切り替えで別人になる少女と、繊細な表現へのこだわり
──主人公の少女ですが、Unreal Engine専門スタジオであるヒストリアさんが開発を手がけているということで、とても魅力的に描かれていますよね。この手のゲームでフォトリアルの3Dグラフィックスというのもチャレンジしているなと感じました。
佐々木氏:
ありがとうございます。実際のゲームプレイ中は、魂が切り替わるとまったく別の人物のように見えるので、それも含めてミステリアスかつ興味を惹かれる主人公になっていると思います。この魅力をうまく伝えることができれば“勝ち筋”があるなと思っていて、人物表現にはかなり力を入れています。
──モデルはいらっしゃるのですか?
河合氏:
実在の方のフェイスをキャプチャーを行うなどはおらず、ゼロから作り出したキャラクターになります。
たとえば特定の魂だと座るときにちょっと足をひらくなど、魂によって表情や立ち振る舞いなどが変化するんですね。そういったこともあり、ひとりの役者さんではすべてを演技するのが難しいと判断し、特定のモデルは起用していません。
山中氏:
これがもし、少女を2Dイラストで描くのであれば、髪の色や身にまとうオーラなどを変えることで、魂の変化をわかりやすく誇張して表現するという選択肢もあると思います。でも、そういった表現手法をフォトリアルの3Dグラフィックスで行うのは、あまり似合わないんです。一気にリアリティが失われてしまう。
パッと見だと違いがわかりづらいけど、じっくり見るとたしかに違う。そこはすごく大事な部分だと考えていて、かなりこだわっています。公開されたトレーラーを見て、その違いに気づく人は半分未満かもしれないけど、気づく人も必ずいるはず。そういった機敏な変化を察知するような人にとっては、きっと忘れられないゲーム体験になると考えています。
──カメラワークが三人称ですが、これも主人公の姿を見せる狙いがあるのでしょうか?
佐々木氏:
そのとおりです。魂によって異なるキャラクター性、少女の姿や反応を見せるなら、三人称視点のほうがより伝えられる部分が多くなるんですね。
ただ、少女ではなく、プレイヤーに不安や恐怖体験を与えるという目的においては、一人称視点の方が効果的なんですよ。ですが『UN:Me』ではあえて三人称視点にしている。そこも開発中に議論を重ねた部分です。
──魂やゲーム内の状況によって変化する、少女のリアクションや見た目などが非常に楽しみです。
河合氏:
ヒストリアさんが主人公のモデルをとても魅力的に作ってくださったので、いろいろな見せ方ができればいいなと考えています。このあたりは開発現場の皆さんがノリノリで進められていて、「やりすぎ」ってツッコんだりもしていますが(笑)。
山中氏:
三人称のゲームは後ろ姿をずっと見続けることになりますから、プレイヤーが飽きない仕掛けをいろいろと入れ込んでいます。
──ちなみに彼女の名前って決まっているんですか?
山中氏:
そこなんですが、どういう風に伝えれば良いのか悩んでいる部分です。というのも、魂が少女に乗り移ったときは過去の記憶を失っていて、みずからの名前すらわからない。けれども同時に、どの魂も「この体は自分のもの」だと自認しているんです。
だから、どの魂が本当の自分なのか、名前すらわからない状態でスタートする部分も含めて、「不安さ」を楽しんでいただければと思っています。ですから、皆さんの好きなように呼んでくださってかまいません。
不安さを表現する「フォビア」と「リミナルスペース」
──本作のテーマである「不安さ」を表現するためのアート的なアプローチについても、詳しく聞かせてください。
山中氏:
僕も含め、本作の開発スタッフは美術方面が好きな人が多いんです。いろいろな画家さんを分析し、どういう手法を採ればプレイヤーに不安を与えられるかを考えていきました。
わかりやすく一例を挙げるなら、画家のルネ・マグリットです。マグリットは、わかりやすく怖いものを描いているんじゃなくて、たとえば一見ふつうの人物画に思えても、じつは本来あるべき影がないとか、立体感がないという手法なんですね。見ている人がそれに気づいたときにゾワっとさせる体験が得意な画家なんです。こういった表現手法を、ゲーム内に多数盛り込んでいます。
河合氏:
あまり詳しく話すとネタバレになってしまうのですが、なんの変哲のないモノでも、それがトラウマの人もいる。そういった人にとっては、まったく違った見え方になるわけです。
山中氏:
つまり、誰にとっても怖い要素で演出しているのではありません。そこが本作の大きなポイントで、一般的なホラーゲームともっとも違う部分です。
佐々木氏:
もし、誰にとっても怖い要素で攻めたいなら、とにかくショッキングな映像にすればいい、となってしまいます。でも、そうやって「絵としての強さ」を追い求めてしまうと、本来のメインテーマである「不安さ」とはベクトルがズレてしまう。
開発中は何度も「『UN:Me』で表現したいのは、そこではないよね?」と、議論を重ねてきました。画面を暗くして、突然大きな音や怖い映像を出すなど、いわゆるジャンプスケアとは違った怖さを『UN:Me』では追い求めています。
──画家以外に影響を受けたエンタメや表現技法などはありますか?
山中氏:
開発中によく話題に挙がるのは、『ミッドサマー』に代表される北欧ホラー映画です。絵作りは明るく、パッと見では何も怖くない。というか、むしろ楽しそうにすら見えるんだけど、そこはかとなく「この先に行ってはいけない」といった感覚がある。この雰囲気をゲームで表現するのって、なかなか難しいんですよ。
佐々木氏:
リミナルスペース【※】系のゲームからも影響を受けています。不気味な雰囲気というものを、従来のゲームよりも大きな規模感で表現したいですね。
※リミナルスペース:ふだんは賑わうはずの場所が誰もいなくなり、奇妙な静寂に包まれた空間を指す。ゲームでは、その不気味な無人感を利用し、不安や郷愁を誘う独特な雰囲気やホラー要素を生み出すために使われることが多い
また、画面の色使いにはかなり気を使っています。トレーラーでもお見せしている病院のシーンもそうですね。一見、ふつうの明るい壁なんだけど、色を微妙にズラしています。
佐々木氏:
うまく言い表せないけど、なんか嫌な感じがして足早に過ぎ去りたいとか、早くここから出てきたいとか。どことなく感じる、不安さや気持ち悪さを大事にしています。
このフィルター表現にたどり着いたことが、自分的には本作の絵作りを決める、ブレイクスルーだと感じています。
河合氏:
リミナルスペースにおける、歩いているだけで嫌な気分になるといった、悪夢のときの不安さなどをビジュアル表現として落とし込みたい。もし、その表現技法を確立できれば、画面そのものは明るくても構わないんですね。
──なるほど。明るいけど怖い、というのはこれまでのゲームでもなかなかありませんね。
佐々木氏:
この部分に関しては、開発初期のころはかなり悩みました。でも、映像を暗くしてしまったら、たぶんほかのホラーゲームと同じになってしまう。私たちが目指している『ミッドサマー』的な不気味さからは離れてしまうんです。
河合氏:
その不気味さを実現できたことで、暗いシーンと明るいシーンの両方を盛り込めているのが、『UN:Me』の特徴のひとつだと思っています。この両方があることで、たとえば明るいシーンから暗いシーンへ移動すると、強さがいっそう際立つんです。
──現在公開されているシーンは室内が多いですが、それ以外にも期待できそうですね。
河合氏:
病院のシーンは、ゲーム全体からすると一部です。それぞれの魂にとって縁のある場所など、さまざまなシチュエーションが登場しますし、その環境を利用していかに不安さを感じてもらえるのかを考えています。もちろん画面全体の絵作りも大きく変わりますし、ここはとくに力を入れている部分のひとつなので、ぜひ期待してください。
──ビデオゲーム以外で企画を進めるという選択もあったと思うのですが、最終的に媒体をゲームとしたのは、どのような判断からだったのですか?
山中氏:
インタラクティブ性のある「ビデオゲーム」上で表現することに、自分の中では強いこだわりがあります。
だから、ヒストリアさんや集英社ゲームズさんが、本作の根っこにあるテーマを理解してくださったことに感謝していますし、いまこうしていっしょにゲーム制作に取り組めていることに感謝しています。
体験性を重視する開発体制と技術的な挑戦
──技術面でとくにこだわっていることがあればお聞かせください。
佐々木氏:
弊社はUnreal Engineの話題が先に出ることが多いのですが、物作りの考え方としては、どちらかというと技術を使った先にある、プレイヤーの体験性を重視しています。
これには、弊社が業務を拡大するきっかけになった、VR系の開発作業に携わった経験が大きく影響しています。たとえばVRのゲーム内で高所から落ちると、ものすごく怖いじゃないですか。このように人間の感情に直接訴え、感情曲線において高い勾配を作ることができれば、エンタメとしてベストといっていい。エンタメって感情を動かすことなんですよね。
ですので、感情曲線の勾配が作りづらい「不安さ」をテーマに据えている本作は、自分にとって非常にチャレンジングな試みで、同時にやりがいも感じています。
──「不安」の追求について、印象的なエピソードはありますか?
佐々木氏:
世の中の恐怖症について、ありとあらゆるトラウマのテストマップを制作し、なにが感情を動かすのかを片っ端からテストしていきました。
でも悩ましいのが、本作で表現したい不安さやトラウマの対象って、人によって大きく異なるんですね。先端恐怖症にしても、それ以外の大多数の人にとっては、針などを見ても何も感じない。先程も言いましたが、感情を動かすことができなければ、それはエンタメではないわけです。
しかし、プレイヤー全員の感情を動かす表現を目指すと、それは「ホラー」の領域に踏み入ってしまう。『ミッドサマー』的ではなくなってしまう。この境界を判断するのは難しかったですね。
山中氏:
『UN:Me』をジャンルで語るのであれば、ホラーではなく「フォビア」(恐怖症)が適切なんですね。そして恐怖を感じる対象は、人によって違います。ですから、もしかしたら、本作をプレイする人の中には、すべての魂のトラウマがまったく怖くないと感じる方がいらっしゃるかもしれません。でも、それは仕方がない部分だと割り切っています。
佐々木氏:
とはいえ、できる限り多くの人を楽しませたい。ですので、なにかしらの恐怖症の方が苦手なものを見て怖さを感じた際、それがどのように見えているのかを、グラフィックスで伝わるようにさまざまな表現を本作に取り入れています。
プロダクトアウトが生み出す、どの作品とも違う感情実験
──失礼な質問かもしれませんが、トレーラーを拝見したときに、2016年にコンセプトアートが公開されて話題となった『Year of The Ladybug』を連想したんですね。おそらく「不安さ」やフォビアをフォトリアルに描くうえで、どうしても似たような絵になるところがあると思うのですが、ベンチマーク的に分析されたところもあったのでしょうか?
佐々木氏:
もちろん『Year of The Ladybug』のことは知っていました。すごく正直にいうと、開発中に『Year of The Ladybug』的な方向を目指すような時期もありました。ただ、それはさまざまな方向を模索しているときのことで、やっぱり表現したいことがズレていったんですね。アプローチが異なっているというか。
山中氏:
「トラウマ」、「恐怖症」という要素が立っていったことによって、独自性が生まれて別の方向にいったんですね。
佐々木氏:
あと、「静止画の一枚絵だけ」だと、結局は単なるイメージなんですよね。それがインタラクティブなものとして動いて、システムが乗っかって、その絵のビジュアルのままでゲームとして成り立つかどうかは、また別の話になります。繰り返しになりますが、我々は「不安さ」、「トラウマ」、「恐怖症」といったものをテーマに据えたことで、現在のアート・ビジュアルになっていったということですね。
──ほかにも聞きたい話がたくさんあるのですが、現時点では記事にできないことだらけになりそうですね……。そろそろインタビューの締めに入ろうかと思いますが、皆さんから何か話し足りない部分などはありますか。
河合氏:
あらためての話になりますが、『UN:Me』では、新しい体験や不安さ、怖さを感じてもらうべく、これまでのゲームにはなかった表現方法を追求しています。長きにわたって紆余曲折してきましたが、ようやく答えが見えてきました。
クリエイターや作家さんを大事にするという集英社ゲームズのスタンスを打ち出すという意味でも、自信を持って送り出せる手応えがあります。
山中氏:
そこに関しては、私からもお伝えしたいです。いまのエンタメ業界で、マーケットインではなくプロダクトアウト【※】で作らせていただく機会は、本当に少ないんです。「これはおもしろい!」と考えているテーマを、そのまま作らせていただけるありがたみをひしひしと感じています。
※プロダクトアウト:マーケットインは、顧客のニーズや市場の動向を起点に商品開発を行う考え方。対照的にプロダクトアウトは、開発側が作りたいものをもとに製品を開発し、市場に提供する考え方。基本的には両者のバランスを取ることが重要とされる
佐々木氏:
ゲームとしての完成形が見えていないにもかかわらず、集英社ゲームズさんは我々が伝えたいテーマを信じてくださいました。ヒストリアとしても、受託業務を多く行っているのでわかるのですが、これって本当にすごいことなんですよ。
スクラップアンドビルドを繰り返したエピソードをお伝えしましたが、たぶんほかのパブリッシャーさんだと、途中でプロジェクトが頓挫してもおかしくない。でも今回は、集英社ゲームズさんに「もう1回プロトタイプを作り直しましょう」と、何度も励まされました。
佐々木氏:
『UN:Me』はいままでのゲーム制作とは異なり、ゲームジャンルすら決まっていない中で、ユーザーにどうすれば「不安さ」を与えられるのか、というところからスタートしています。
その部分をひとつひとつ、本当に丁寧に突き詰めていきました。感情実験の積み重ねが反映された内容になっているので、既存のどんなゲームとも違うものになっていると思います。ぜひそこを期待していただけるとうれしいです。
山中氏:
私はゲームだけではなく、アニメやほかのメディア作品も手がける機会も多いのですが、『UN:Me』がビデオゲームである意味、ビデオゲームというメディアでやる意味をすごく大事にしています。ほかの媒体では実現できない、インタラクティブなゲームだからこその表現はとても大切なこと。「ビデオゲームでやる意味」が確実にある作品になっていますので、まずはそこを期待してください。
もうひとつお伝えしておきたいのが、キャラクターの「芝居」です。ここ数年、私は脚本を手がけつつ、芝居を作ることに注力していたんですね。役者さんが舞台で演じる、リアルな芝居です。この「芝居」というものをゲームではあまり試されていないアプローチで突き詰めたいと思っているんです。
ゲームの芝居は、いかに音として効果的か、いかにわかりやすく感情が伝わるか、といった指標が重要視されますが、『UN:Me』では「人間としての自然さ」や「演出的ではない感情」を大事にしています。
キャラクターとの対話パートがあるゲームですから、面と向かって話し合うリアリティを徹底的に追求しているんですね。たとえば、言葉がなくても、体の些細な動きや震えから相手の感情を察することができたり……。役者さんとは、そういった価値観をともにして作りあげていきますので、この「芝居」という点にも注目していただけるとうれしいです。
佐々木氏:
さきほどお話したように、いろいろな不安を感じてもらえるゲームになっています。どんな体験ができるのか、これからの続報を楽しみにしていてください。
──ありがとうございました。












