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アーケード、コンシューマー、モバイルゲームで世界的大ヒットを生み出した岡本吉起氏。17億円の借金から大復活を遂げたゲーム業界の風雲児の過去、現在、そして未来を聞く【でらゲー設立15周年企画】

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巨額の借金を抱えて元妻に土下座して“でらゲー”を設立

──ゲームリパブリックのあとに“でらゲー”が設立されていますが、改めて経緯をお聞かせください。

岡本氏:
でらゲーはじつは自分では設立していなくて、設立してもらったんです。当時、銀行に17億円の借金があったので、新しくやるにしても自分ではできませんでした。17億円の借金を作って会社を潰したクリエイターにオファーする人はどこにもいないんですよ(笑)。

「じゃあ自分たちでやるしかない」となって、会社が潰れるときに「つぎは何が来るか?」という話をして「モバイルゲームが来る」と。モバイルゲームを作る会社を立ち上げたかったのですが資本金がないので、元妻のところに頭を下げに行ったんです。もう彼女しか頼れる人がいなくて。

そうしたら彼女が「旦那としてはダメだけど、投資案件としては最高だからいいよ」と言ってくれたんですね。銀行は相手にしてくれず、ゲーム会社も「昔ゲームを作っていた人」と誰も発注してくれなくなった中、唯一僕のことを信じてくれた人が元妻でした。そこで、元妻にお願いして資本金を出してもらって、394(サンキューヨン)と395(サンキューゴ)という会社を作ったんですね。

当時、SNSの「mixi」が爆発的に普及し、ミクシィ(現・MIXI)が絶対にハネると思っていて、ミクシィと仕事がしたかったので社名を394にしました。それと兄弟会社だから、もうひとつは395に。ただ「さすがに395はよくない」となり、社名をでらゲーに変更したんです。“でら”は名古屋弁で“とても”という意味。394の株主は元嫁、395(でらゲー)の株主は娘と元嫁と息子で400万円、200万円、200万円という割合だったかな? そういう比率で立ち上げてたので、娘がオーナーで社長でした。

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(画像はでらゲー公式サイトより)

僕は394の仕事もしていて、ミクシィのゲームを作ったり、他社のモバイルゲームを作っていましたが、ギリギリ黒字、という会社でした。395(でらゲー)は娘がオーナー社長で、僕が唯一の平社員かつ394に出向していたんです。会社はもともと名古屋にあったんですが東京に移し、そこで仕事をしていた時代があります。

──ゲームリパブリック時代に最後まで残ってくれた方々も394に所属したのですか?

岡本氏:
そうですね。何人かが残って394に入ってくれました。会社を作ったときに、元メンバーには「合流しない?」と声をかけたんですよ。でも「岡本さんとやるより、自分たちでやったほうがいい」とあいだに入っていた人にいろいろ言われて、多くの人たちは別会社にいってしまって。まあ、仲介に入っていた人物は詐欺師みたいな人だったので、結果的に別会社に行った人は騙されたみたいなもんなのですが(笑)。

当初、394大阪が10人ちょっと、394東京は5人+僕というメンバー構成でした。そのあと394の経営がきびしくなってシュリンクさせようとなり、僕もそのままクビになって394東京はクローズしました。「オーナーの元旦那だから残す」という慈悲もなかったわけです(笑)。394はクローズしたのですが、その前にミクシィにゲームの提案はしていて、首になったあとにでらゲーの社員としてミクシィにプレゼンしにいった作品が『モンスターストライク』だったんです。

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『モンスターストライク』(画像は『モンスターストライク』公式サイトより)

──394時代に提案していたゲームを、でらゲーが引き継いだ形だったのですね。

岡本氏:
引き継いだといっても、どちらにしろ僕がやっていたので社名が変わっただけですけどね(笑)。旧394東京のメンバー、ゲームリパブリック時代のメンバーを中心に『モンスト』のモックを作っていきました。なんとか完成した『モンスト』のモックをミクシィに見せたら気に入っていただいて、最終的に正式に仕事をもらえたんです。

誰もが持っているスマホで遊べるゲームが流行らないわけがない

──モバイルゲームのどういった部分に可能性を見出していたのですか?

岡本氏:
注視していたのは、携帯電話・スマートフォンの進歩の速度です。グラフにして可視化したときに、未来の先が予想できたんですね。普及率も同じように予想ができていました。PC、家庭用ゲームのオンライン化も進んでいましたが、スマホは常時オンラインですよね。

そこから「オフラインのオンラインの境目はどうしていくんだろう」という考えになって。家庭用ハードの場合、趣味の遊びで使うものという前提があるので、「買うか買わないか」というハードルがあるじゃないですか。一方で携帯電話・スマホは誰もが持っているものですし、それをプラットフォームにしたゲームが大ヒットしない理由はないなと。

当時から無料で遊べるゲームは数多く出ていましたが、勝ったり負けたりすると、「少し課金してみようかな」という気持ちになる。そんな射幸心を煽るところがあって、法律もまだ整備されていない。ブルーオーシャンどころか、新大陸発見ですよね。ここでゴールドラッシュが起こる前に入らないで、いつ大復活を遂げられるんだと思って踏み込んだのが394、でらゲーの設立でした。

──それは100円を入れるアーケードの遊び方と、腰を据えて遊ぶコンシューマーゲームの遊び方の両方を知っていた、岡本さんならではの着眼点だった気がします。

岡本氏:
そうかもしれません。いろいろな分析もあり、「つぎは絶対モバイルゲームが来る」という確信はありました。ただ、新大陸を発見するときに「誰が行くんだ」となると、王様や貴族は行かないわけです。ファミコン発売の最初期も、各社のエースチームが最初から行くのかといったらそうではなかった。モバイルに関しても、大手のゲーム会社はどこもそんな反応だったわけです。いま行けば新大陸の王様になれる可能性があるのに、どこも動かない。そんなときに、DeNAやグリーといった別業種のweb関連の人たちが参入し、豪族を名乗り始めていったわけです。当時のモバイルゲームにはゲーム性はいらないということに気がつかなくて、僕も乗り遅れていました。

そしてスマートフォンが普及し始めた2012年に配信がスタートしたのが『パズル&ドラゴンズ』。これがまあ、めちゃくちゃおもしろい。「こんなおもしろいものが世の中にあるのか」と本当にショックを受けました。「コンシューマーのゲーム性をスマホに持ち込んでいいんだ」と思い知らされたと同時に、「だったら僕の得意ジャンルだな」となったわけです。当時の端末の性能を考慮し、スーパーファミコンより少し上くらいの内容がちょうどいいのかなと考えたんですね。

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『パズル&ドラゴンズ』(画像はpad_sexy パズル&ドラゴンズ公式@pad_sexyより)

──『モンスト』のアイデアは、岡本さんが考えられたのでしょうか?

岡本氏:
『モンスト』は僕が個人でアイデアを出したわけではなく、ミクシィに足しげく通っているなかで、「こんなゲームどうですか?」と木村さん(木村弘毅氏)【※】からお声がけいただいたところから始まっています。喫茶店とかテーマパークに行くと、カップルなのにそれぞれがスマホをイジっていたりするわけですよ。その状況がさみしいと思っていて、ふたりで遊べるゲーム、みんなが集まってワイワイガヤガヤと楽しく遊べるゲームを作りたいなと。そこで思い出したのが『モンスターハンター』でした。『モンスターハンター』をベンチマークにして、「スマホで『モンハン』を作ろう」という感覚で作り始めたのが『モンスト』です。

※木村弘毅:
『モンスターストライク』プロジェクトの立ち上げなどを行っている。現在はMIXIの代表取締役社長 上級執行役員 CEO。

──『モンスト』は、顔を合わせていっしょにプレイする楽しさが際立っていますよね。

岡本氏:
部屋にこもって黙々と……というゲームではメジャーにはなれないんです。日の当たるところでやらないと。「みんなもやってるし、お前まだやってないの? いっしょにやろうよ!」といった陽キャのノリが僕の求めるゲームの世界でした。

『モンスト』開発中に「世界2位になれる」という確信があった

──プロトタイプを作っているときに、手ごたえを感じたのはどういったタイミングだったのですか。

岡本氏:
『モンスト』に限らず、ゲームの企画を詰めているときに「何があったらこれは失敗するんだろう?」と考えて、自問自答するんですね。そこでひっくり返らない場合は絶対に当たる。もちろん、『モンスト』はひっくり返らなかった。ただ、技術的な問題で完成しない可能性はあったんです。いちばんは、みんなで集まってゲームを遊ぶという部分でした。いまはGPSでやっていますが、最初はBluetoothでつなげていたんです。なぜBluetoothだったのかというと、プレイステーション・ポータブル時代の『モンハン』がローカル通信だったからです。

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(画像は『モンスターストライク』公式サイトより)

──顔を合わせて4人集まって遊ぶという形ですよね。

岡本氏:
スマホなんだから何か方法がないかと模索していて、いちばん苦労した点がそこでした。

──ちなみに、『モンスト』は配信されてからヒットするまでには少しあいだがありましたよね。

岡本氏:
僕のなかでは、リリースする前からヒットするという確信がありました。自分でテストして遊んでみて「これ絶対売れるわ」と(笑)。「どのくらい売れると思いますか?」とプログラマーに聞かれて「……世界2位かな」と答えていましたから(笑)。リリースする前から世界2位になると言っていて、結果は世界1位になったと。

「じゃあ単月の売上は?」と聞かれて……あ、これは言っちゃダメなことですね(笑)。とにかく、この質問の答えも当てています(笑)。開発時に大きな問題が6~7個あったのですが、それがすべて解決すれば爆発的な売上となるポテンシャルがあると確信していましたから。

──岡本さんには確信があったわけですが、それを聞いたスタッフの反応はどうだったのですか?

岡本氏:
みんな、キョトンとしていましたね(笑)。特大ホームランを打った経験がある子が、メンバーの中にはほとんどいなかったんです。僕は過去に何回かホームランを打ったことがあったので、開発中の手ごたえでわかるんですよ。リリース前のゲームに触れれば、これは受ける、これは受けないというのはわかる。それが僕らの商売ですからね。

ですからリリース後もヒットの予感しかありませんでした。実際、『モンスト』がリリースされた瞬間からミクシィの株価はめちゃくちゃ上がっていて、5連騰ストップ高になっているんです。「ポスト『パズドラ』が来た」と言われていましたし、わかる人にはわかっていたんでしょうね。

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ミクシィの株価の動き。『モンスト』がリリースされたのは2013年10月(画像はGoogle Financeより)

でもリリース初期の売上はぜんぜんでした。なぜかというと、サーバーが落ちてしまったから。僕が言っていた不安要素のひとつがサーバーだったんですね。当然ながら、サーバーが落ちてしまったら人が集まってきても遊べない。リリースしたばかりのときは、負荷軽減ができなくて何度かサーバーが落ちてしまったんです。遊んだ人が「このゲームおもしろいぞ!」と友だちを誘ってどんどん人が入ってきて、サーバーに負荷がかかってゲームが遊べないということが初期に起こってしまったんです。

──リリース後、実際に数値が出たときのスタッフの反応はどうだったんですか?

岡本氏:
いつをもって結果が出たというのは難しいですが、やはりミクシィさんの成果でもあるので、僕がすごいとは言われなかったですね(笑)。すごい結果が出てお祭り騒ぎにはなりましたが、サーバー問題が引っかかっていて……。

それともうひとつ、グラフィックの問題もありました。「果たしてこの絵が受け入れられるのか?」という懸念がずっとあったんですね。正直に言いますが、初期の『モンスト』は絵がヘタクソなんですよ(笑)。ネットでは「ミクシィの暇な社員が描いてるな」と揶揄されていました。最初期は全キャラクターをひとりのデザイナーが担当していて、さらにはゲーム内の引っ張って飛ばすボールのデザインもしていましたから。ギャラも色塗りをして提出してもらって、1体800円。

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(画像は『モンスターストライク』公式サイトより)

──これは記事に書いてもいいんですか?(笑)

岡本氏:
大丈夫です(笑)。1体800円だったんですが、発注する前に「800円という仕事は分がいい仕事ですか? 悪い仕事ですか?」とデザイナーに聞いたら、「これは分のいい仕事ですね」と答えてくれて。そのくらいのコストで働いているデザイナーがすべて描いたので、申し訳ないけども絵があまりよくなかった。これも懸念点のひとつでしたね。

絵に関しては僕だけじゃなくて、8~9人のチームの中で木村さん以外の全員が反対していたんです。「せっかくゲームがおもしろいのにこの絵じゃ終わっちゃうよ」と。でも木村さんが「たしかに絵はよくない。だけどこれだけゲームがおもしろいんだから、この絵でもギリギリ持ち堪える」と、何を根拠にしたのかはわからないけど、そう言っていて(笑)。

僕はこれまで大手で働いていたから、絵がよくないなんてことは経験したことがなかったので、「これはないだろう」と木村さんと喧嘩したんですが、結果は木村さんのおっしゃった通り、ギリギリ持ち堪えたんです。そこから売上が上がってきたらイラストも外部に発注できるようになって、絵もどんどんよくなっていきました。「木村さんは天才だな」と思いましたね(笑)。僕は大概のことは予想して当てる自信があるんだけど、あの絵が持つとはさすがにわかりませんでした(笑)。それもあって、木村さんのことはめちゃくちゃ尊敬しています。

──(笑)。

岡本氏:
あとは、モンスターのタイプに貫通と反射があるんですけど、開発中はどちらかひとつにしようと悩んでいたんです。そうしたら木村さんが「貫通と反射の両方を入れよう」と言ってきたんですね。

貫通はわかりやすくて簡単だけど、反射だと狙うのが難しくなるので、どちらにしようかと迷っていたら「両方を入れる」という第3の選択肢を提示してきたわけです。結局、バランス調整には苦労しましたが両方入れることになって、実際、貫通と反射の2パターンがあるほうがゲームとして格段におもしろくなった。天才の発想は違うなと感じましたね(笑)。

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(画像は『モンスターストライク』公式サイトより)

月収が15倍にアップ? でらゲーは成功したらクリエイターに還元する会社

──『モンスト』の成功によって借金も返済し、でらゲーの存在感が増していったわけですが、岡本さんが経営を受け持つという話にはならなかったのですか?

岡本氏:
そういう話になったことはないですね。もともと株主でもないですし、元嫁に対して強い発言権があるわけでもなく。むしろ、土下座してお金を出してくれとお願いしたわけですから(笑)。娘が社長で僕は社員。『モンスト』をリリースして2年くらいは月給15~30万円でした。でらゲーからもらった給料は安かったのですが、そこには意図があって、たくさんもらってしまうと「まだ伸びるのに会社を辞めちゃうかも」という懸念があったんです。『モンスト』もモバイルゲームもまだまだ伸びしろがあるから追いかけていたかったんですね。格好のいい言い方をすると「ハングリーでいたかった」。

──どれだけ成功をくり返しても、ハングリー精神はずっとお持ちなんですね。

岡本氏:
僕の才能が足りないだけだと思います(笑)。世の中には大金持ちだけどいい政治をする方もいますが、僕にはできないなと。だから、経営も向いてないし、やらないようにしているんです。ハングリーでないと辞めちゃうと思って……と、結局でらゲーからは離れてしまうんですが(笑)。

──辞められたあとも外部プロデューサーとして関わっていますよね。

岡本氏:
プロデューサーかどうかはわかりませんが、仕事はしています。

──『モンスト』が当たったあと、岡本さんからでらゲーを今後どうしていくかといった提案はなかったのですか?

岡本氏:
さきほど、ゲームリパブリックを立ち上げたときの理念に、“ゲームが当たったらみんなに分配しよう”というのがあったと話しましたが、それをやらせてほしいと言いました。実際、何等とは言えませんが、宝クジの当選金ちゃうの? というような額を稼ぐプランナー、プログラマーが当時はいましたから。

──では、当時の社員の方々は相当モチベーションが高かったのでは?

岡本氏:
お金じゃないと思っている子もいましたし、辞めた子も何人もいます。僕みたいに仕事が好きだからやっているわけじゃない場合は、まとまった金額を稼いだら辞める子もいる。個人の考えですから、別にそれでもいいと思っています。

──2025年4月のでらゲー設立15周年パーティーにオジャマさせていただきましたが、いい意味でアットホームな印象を受けました。15年を振り返ってみていかがですか?

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岡本氏:
5年は絶対に行けるのはわかっていました。そこはしっかりした計画があったんですね。ただ、その先はまったく見えていなかった。『モンスト』がリリースしてすぐに木村さんがおっしゃったのが「10年続けてくれ」というお願いでした。

正直、そのときはまったく自信はありませんでした(笑)。ゴールを見据えて動くときは、時間を刻んでどのタイミングでどんなことをするのか、しっかりと計画を立てるのですが、お願いをされたときには5年先までしか見ていなかったですからね。

実際、リリースから約12年が経っているので木村さんからのお願いはクリアしたことになりますが、そこには人間の心理があって……。モバイルゲームでは、「ここまで課金した」、「ここまで時間をかけた」というのがあるので、ゲームを辞める大きなきっかけがなければそのまま遊び続けてくれるんですよ。友だちがみんな辞めたとか、敵が強くて勝てなくなったとか、何かの拍子で1週間遊ばなかったら時間が有意義に使えると気づいたとか、大きなきっかけさえ与えなければ継続していくものなんです。

たとえば、「何日連続でログインしています」と言われると、続けちゃうもんなんですよね。連続ログインが3600日とかなっていたら、心理として途切れさせるのはなかなか難しいわけです。木村さんから「10年続けてほしい」とお願いされたことから、そういった機能を入れたのですが、僕らって研ぎ澄ますためにめちゃくちゃ時間もお金もかけているけれども、木村さんはひらめきでわかる人なんじゃないかなと思いますね。

──でらゲーでつぎのタイトルを作るときに、『モンスト』の成功があるからこその難しさがあったりするのでしょうか?

岡本氏:
自分たちが失敗したのは、わりと大きめに狙いすぎているときですね。いまの戦力であれば、もう少しコンパクトに当てないといけない。自分たちというものをちゃんと理解していないんですよね。

『モンスト』の特大ホームランの経験は忘れられないものなので、それと同じようにバットを強く振りすぎてしまうところがあるんです。もう少しコンパクトにひとつずつ積み上げないといけないんですが、大きな成功体験に引っ張られてしまう。

たとえば、サイゲームスさんはヒット作を何本も出していますが、何本もヒットを打てる会社はサイゲームスだけなんですよね。ホームランばかり狙わずに、少しずつ当てるような意識を持ってもらえるといいのかなと。

とはいえ、細かく指示をしているので、『キングダム乱 -天下統一への道-』のようにスマッシュヒットを生み出してはいます。一方で、離れていて週に1回オンライン会議するだけのチームだと、どうしても伝える難しさや行き届かない部分が出てきてしまいますね。

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(画像は『キングダム 乱 -天下統一への道-』Google Playストアより)

身ひとつで岡本さんのもとを訪れて「カバン持ちをさせてください」という若者も

──岡本さんから見て、でらゲーだからできることや今後の方向性などがあればお聞かせください。

岡本氏:
ゲーム作りで僕自身が力を入れているところは、いまはあまりないんですよね。何をしているのかというと、後輩たちにチャンスをあげたい。たとえば昔いっしょに仕事をした後輩たちに、「あのときは世話になったな」とお金をあげるんじゃなくて、後輩たちが立てる打席を用意してあげるというのが僕の仕事です。

なぜゲーム作りにあまり口出ししないのかというと、船頭が増えるからです。「船頭多くして船進まず」なんですね。ディレクターとプロデューサーが何人も集まっても、ゲーム作りは進まない。「僕がお金を引っ張ってくるから、あとはお前らが話し合って決めて」というスタンスにしています。

もし「開発期間が延びます」と相談されたら「いいよ」と答えています。開発期間が延びたらダメ、作りたいけど作れなくて終わるというのはよくあることですが、そうならないように、できるだけ自分たちがやりたいようにやってくれと言うように心がけています。また、意見を求められたらいつでも答えますが、それを受け入れるかどうかは好きにしていいよと。

僕のことを昔から知っている人には「ずいぶん丸くなったな」と言われるんですが、丸くはなっていない(笑)。「僕の意見を参考にしてもしなくてもいい」と言っているのは、当たったときはいいけれど、外れたときに「岡本さんがこうしろと言ったから」と他責してしまうから。ダメだったときも自責、自分のせいにしよう、ということです。

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──なるほど。ちなみに、でらゲーの社員であれば、若手でも岡本さんのアドバイスをもらえるのですか?

岡本氏:
そうですね。いつでも受け付けています。

──レジェンドクリエイターに直接指導してもらえるのはすごいですね。

岡本氏:
職場ではレジェンド扱いされてなくて、ただのおじいちゃんですよ(笑)。外部の方はレジェンドだと思ってくれる人がいるかもしれませんが、社内にいたら老害でしかないんです(笑)。

──「カバン持ちをさせてください」という人も多いのではないでしょうか?

岡本氏:
そうなんです。実際にカバン持ちをしにマレーシアまで来た子もいますよ。その子はそのあと、別の業界のけっこう大きな会社に入社して、新人王と年間MVPになったと言っていましたね。2年目で年収2000万円だったかな? あとは、会社を休んでウチに2週間、下宿に来る子もいたり。

僕から吸収するものがあれば、いくらでも吸収してくれればいいと思っています。でも「あんなジジイの言うことを聞いてもしょうがない」という子もいるので、納得できないことは無視していいと言っているんですね。僕が言ったことで気に入らないことは、その場では「うんうん」とやり過ごして全部無視したらいい。

面と向かって「それは違いますよね」とか言われちゃうとこっちも腹が立つので(笑)、その場だけ聞いたふりしてくれればいいんです。聞きたいこと、知りたいことは全部教えるけど、やるかやらないかはそれぞれが決めればいい。

──選択肢を増やすことの大切さですよね。

岡本氏:
考え方というのはトレースできるところはトレースしておけばいいんです。たとえばマーケティングの神様と呼ばれる森岡毅さん【※】という方がいますが、彼の考え方をトレースしようと思ったら、できる人はたくさんいると思うんです。あとは、ひろゆきさんも独特の考え方を持っていますよね。彼に経営ができるかどうかはわかりませんが、彼の言葉をおもしろいと思っている人はたくさんいるわけで、いいと思ったところは真似すればいいんですよ。

※森岡毅:
ユニバーサルスタジオジャパンのマーケティングを担当し、独自のマーケティング戦略で経営再建を成功させた人物。現在は株式会社刀の代表取締役CEO。

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──でらゲーには岡本イズムを引き継いでいる方がたくさんいらっしゃるのですか?

岡本氏:
そんなにいないと思います。ただ、僕よりすごい人はいて、その子らは僕の考えかたを理解しているし、僕以上にスケールの大きい話をしているので、彼らにバトンを託そうと思っています。

──YouTubeでゲーム業界からの引退を表明(引退時期は、66才の誕生日(2027年6月10日)を予定)されていましたが、そういった状況があっての引退宣言なんですね。

岡本氏:
ある程度任せられる人がいなかったら、なかなか口にしづらい言葉ですからね。僕より優秀な人は世の中に大勢いて、そういった人物に託すことができる。ひとりで全部やらないといけない時代じゃないので、それぞれのエキスパートがたくさんいます。

僕がいなくてもぜんぜんふつうに回るんですが、僕は漬物石の役割というか、誰かが全体に圧をかける必要はあるのかなと思っています。まあ、僕が抜けたあとに、誰がナンバーワンになるのかとか、つぎのポジションはどうなるのかとか、そういった争いが起こるのは避けたいですね(笑)。

──岡本さんは1981年からビデオゲーム業界に身を置いて、約45年のあいだ業界に携わっています。45年間の時代の変化をどう捉えていますか?

岡本氏:
もの作りにおいては変化はなかったですね。いくつかのポリシーはあって、「儲からなくては意味はない」とはずっと思っています。会社は儲けるために人が集まっているところなので、儲けることを主軸に置いています。

とはいえ、儲からない可能性が高いものにも挑戦しなくてはいけなくて、その場合は「どこで勝てるか」を探す必要がある。どのマーケットが主力になるのか、そこに入り込む余地があるのか。とにかく、メインストリームではないところには絶対に行きませんね。

あとは、任天堂がいるところ、得意とするところにも行かない(笑)。なので、昔から殴ったり、蹴ったり、斬ったり、撃ったりと、異なるワードのゲームを作ってきました。最初から勝てる試合に臨むのが大事なんです。

サッカーでたとえると、僕はJ1の選手だと思っているんですが、試合はJ2でする。場合によってはJ3で脱衣麻雀を作ってみたりする。J1でなければ圧勝できる可能性が高いわけです。勝ったり負けたりの試合ではなく、基本はJ2で勝てる試合に臨むわけです。

もし『モンスト』リリース前に任天堂がモバイルゲームに本気で参入していたら、『モンスト』もやっていないですよ。ゲーム業界で働いていて任天堂のゲームを遊んだことがあれば、任天堂と戦いたいと思うわけがありませんから。

お話したように、モバイルゲームが立ち上がったときに、どこの会社もエースが来なかったから勝ち筋が見えたわけです。そういう嗅覚をすごく大事にしています。アーケードからコンシューマー、そこからモバイルゲームと進んでいますが、勝てる可能性が見えたから戦場を移しているわけです。引退後にボードゲームを作ると言っているんですが、それはボードゲームで勝ち筋が見えるから言っているんですね。

引退後はボードゲーム作りと建築家へ

──ゲームクリエイターを引退する日を66歳の誕生日に決めたのには何か理由があるのですか?

岡本氏:
「これだけ先に言っておけばみんな準備できますよね」ということですね。66歳の6月で、6月が並ぶのもいいなと(笑)。

スポーツ選手って惜しまれながら引退するじゃないですか。それが望ましいと思ったんですね。「まだやれるよ」、「もったいないよ」と言ってくれる人がいるうちに辞めたいなと。

後輩たちに席を空けるのも大事で、僕はほかの人にポジションを与え切れていないという自覚があるので、引退はむしろ遅いと思っています。本当は50歳くらいで引退したかったのですが、いちばん失敗していてド貧乏な最中では引退できなかったんですね(笑)。

その後、こうやって再び成功していまがある。ようやくキレイに引退できる環境が整ったので、席を空けるときがきたと。ゲームクリエイターの席だけではなく、でらゲーの中での席も空くので、みんなで埋めてほしいですね。

ちなみに、引退したあとは若いときの夢に戻って建築家になろうと考えています。街のデザインは難しいと思いますが、ホテルやコテージといったデザインなら叶えられるんじゃないかと思っています。

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──ビデオゲームという市場において、ご自身でやれることはやり切ったという達成感のようなものはあるのでしょうか。

岡本氏:
正直に言えば、まだやりたいこともあるし、やれることもあるとは思います。ただ、どこかの会社に所属していれば65歳になって定年で引退という形もある中、自主的に時期を定めて幕引きができるのはとても幸せなことですよね。やり残したことはないとは言いません。ボードゲームを作りたい、と言っているのもそのひとつですね。

──アーケードゲーム、家庭用ゲーム、モバイルゲームのヒットで3冠王ですから、別の市場で新たなヒットを生み出せば、さらなる偉業になりますね。

岡本氏:
以前のインタビューでも話しましたが、あと獲りたいのはエロとギャンブル。詳細は言えませんが、いろいろと構想はあるので、楽しみにしていてください。

──ちなみに、YouTubeの活動もされていますが、動画で伝える意義をどう考えているのですか。

岡本氏:
表立って言っていることは、若い子たちが勉強するきっかけになれるように、一滴一滴スポイトで水を垂らしているみたいなところがあって、何かを行動するための最初の一滴になれたらいいなと思っています。

裏のコンセプトとしては、ウチの社員たちに見てほしい。それは、僕のゲームに対する考え方や開発に対する考え方を話しているわけだから「お前らは絶対に見ておけ」と。社員が勉強するきっかけになったり、僕と会話するフックになればと思っています。社員たちは改めて動画を見て考えてほしいですね。サブチャンネルでやっている株式投資も、社員たちに資産を作ってほしいと思って続けています。

──ここまで話を聞いて思ったのですが、岡本さんは優しいですよね。

岡本氏:
いやいや、よく「厳しい」と言われますよ(笑)。会社にいくらすごい人がいたとしても、教育するのは難しいんですよね。世界的なゲームデザイナーであっても、社内教育は難しいんじゃないのかな。

たとえばダメ出しがあったとしても、そこを乗り越えるために理論武装ができるわけで、反対されたことばかりを気にして文句をいってもしょうがないですよね。まあ、個人の資質もありますから、気づく人が気づけばいいのかもしれません。

──今後「これは来る」というものについて、どういった予想をされていますか?

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岡本氏:
AIは間違いなく来るでしょうね。すでに来ていると言えますが。ただ、AIは使い方が難しい。まず効率化という部分でいえば、プログラマーもいらない、ディレクターもいらない、デザイナーもいらない、作曲家もいらない、というゲーム作りが可能になる。

ただ、本質としてはAIをどう使うか、どううまく命令を出せるか。AIを使って何を生み出すかということですよね。

いまはAIに人気のキャラクターやコンテンツを真似させて、簡単にコピー品のようなものができてしまう。それを認める世の中になるのかならないのか、その瀬戸際にいると思っています。AIはこのあともどんどん発展していきますけど、恐ろしくもありますね。

──本日はありがとうございました。岡本さんが四冠王、五冠王になる瞬間を楽しみにさせていただきます。(了)

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KONAMI、カプコンで数々のヒットを生み出し、独立後に17億円の借金を背負いながらもモバイルゲームで大復活……。

まさに波乱万丈な人生を送っている岡本氏。どんなにヒット作を出しても、借金まみれのどん底生活になっても、もの作りの心を決して忘れないハングリー精神に満ちたゲームクリエイターの姿がそこにあった。

岡本氏は2027年6月にゲームクリエイターとして引退することを公言している。だが、それまでのあいだにも、意欲的な活動で「世間を騒がせる何かをやってくれるのでは?」と期待させる何かを持っている人物だ。

つねに挑戦し続ける岡本氏が、これからどんな驚きを見せてくれるのか。気になる人はYouTubeのチャンネルをチェックするのもいいだろうし、覚悟がある人は「カバン持ちをさせてください!」と岡本氏にアプローチするのもいいだろう。

岡本氏がアーケード、コンシューマー、モバイルゲームの三冠王を超える日を楽しみにしたい。

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副編集長
電ファミニコゲーマー副編集長。

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