「ロールプレイングゲーム」という言葉さえ知らなかった時代の挑戦
──遠藤さんから見せられたドット絵のデザインをもとに、篠﨑さんがキャラクターをデザインしていくわけですが、この作業はどのように進められたのですか?
篠﨑氏:
外に向けて『ドルアーガの塔』を広くアピールするという観点では、やはりリアル調のキャラクターイラストなのかなと思っていました。ですので最初は「リアルタイプ」で進め、のちに「デフォルメ調のコミックタイプ」も見てみたいとの意見もあり、2種類のアプローチでキャラクターデザインを試行錯誤していきました。
──『ドルアーガの塔』という作品は、当時海外で人気だったD&Dの面白さをコンピュータゲームとして実現するアプローチのひとつでした。今では考えられませんが、当時の日本ではファンタジーRPGの常識すらなかったんですよね。
南治氏:
『ドルアーガの塔』の発売は1984年で、『ドラゴンクエスト』(1986年)よりも前ですからね。剣と魔法の世界観がほとんどゲーム化されていなかった時代です。
篠﨑氏:
そうですね。そもそも僕も、ドルアーガに関わる前は「ロールプレイングゲーム」という言葉自体、知らなかったですから(笑)。
──そういった状況で、ドルアーガのキャラデザインを考えるのはいかがでしたか?
篠﨑氏:
先ほども話したように、リアルタイプとデフォルメ(コミック)タイプの両パターンをデザインし、最終的に販促用として後者が採用されたわけですが、とにかく大変でしたね。一番最初、ギルのヘルメットは「バケツ頭」でしたし(笑)。
でもギルに関しては、主人公ということで「黄金の鎧を纏った騎士」という遠藤さんの明確なイメージがあったこともあり、比較的やりやすかったんですよ。
他のキャラに関しては遠藤さんにいただいた資料を参考にしつつ、脳内妄想を最大限に膨らませて描いていきました。
でも基本はドット絵から想定される範囲で展開していきましたので、カイも実はドット絵をベースに進めて行った結果です。

また、カイだったら「ティアラを頭にしている」程度の最低限の決まりごとを守ればOKでしたので、結構自由にデザインさせてもらったとは思っています。
南治氏:
あのドットから、こういったキャラがデザインされるのもすごいですね(笑)。
大人5人が会社の一室で、夏休みの工作をやっていた──伝説のポスター誕生秘話
──そのほか、篠﨑さんの『ドルアーガの塔』における活動で特に思い入れがあるのは?
篠﨑氏:
やっぱり、販促用に作ったポスターですね。
販促チームは5人ぐらいの編成で、このゲームを魅力的に紹介するにはどういったアプローチが良いのかと、皆であれこれ考えながら作りました。
南治氏:
このポスター、本当にかっこいいですよね。
僕は学生時代に「LPジャケットの表紙を作る」というデザインの課題があったとき、このポスターをモチーフにしたデザインで作りました(笑)。
──このポスターは、どういう風に作り上げていったのですか?
篠﨑氏:
海外で盛り上がっているD&Dから影響を受けたゲームということで、テーブルトークRPGにおけるメタルフィギュアとか、ジオラマ的なビジュアルをアピールしたい、という考えが最初にありました。
当時の人気映画「E.T.」でもテーブルトークRPGをプレイしているシーンも挿入されていましたし、合わせてメタルフィギュアの人気も出始めていた頃だったという気もします。
ちなみにこのアイデアは、『ドルアーガの塔』のプロモーションをメインで担当されていた、古川さん(※古川順二氏)という方が中心になって話し合われていました。ダンジョン内を全部ジオラマで表現したり、キャラクターやモンスターをメタルフィギュアで表現してみたいなど、みんなノリノリでアイデアを出し合っていましたね。
でも、当時は販促物を制作するための十分な時間も予算もなかったんですよ。だからメタルフィギュアを作る余裕などは到底なかったわけです。でも、「とにかくジオラマで何かを作りたい!」という想いは強かった。
──では時間も予算もないなか、どのようなアプローチで?
篠﨑氏:
解決策のひとつとして、「じゃあ、セル画のキャラクターをジオラマに立たせてみるというのはどうですか?」と提案したんです。
僕は高校生の頃に「漫画イラスト研究会」という部活に入っていまして、その時に仲間と一緒にアニメ作りにもチャレンジしていました。それは結局頓挫するのですが、その時にアニメックスを使用してセル画を塗ることを覚えたんです。
その技法を使って、「キャラのセル画をジオラマに置いて」撮影する手法なら、低コストでイメージを構築できるのではないかと。
南治氏:
あのポスターで描かれているキャラは、すごく独特な雰囲気がありますが、セルカラーで塗られていたんですね。しかも、そのセルを切り抜いて立たせたわけですか。
篠﨑氏:
その表現が分かりやすいのが、このポスターに描かれている一番上のシーンです。
よく見ると、フォーカスがギルではなく塔に合っていますよね。これも、立体のジオラマに切り抜いたセル画を立たせて写真を撮ったものなんです。
さっき言った5人で、こうしたジオラマを全部手作りしていきました。ほぼ模型作りのプロでもない素人が、休日出勤までして何とか作り上げた。大人たちが会社の一室で、夏休みの工作をやっていたようなものですよね。
──これらひとつひとつの場面がジオラマで作られていると考えると、あらためて、しみじみと見入ってしまいます。
篠﨑氏:
今だったらPhotoshopでレイヤーを使えば簡単に創れるのでしょうけど、当時はそういったものはありませんでした。色を塗ったセルをカッターで切り抜いて、立たせられるように作るのも僕の役割でしたが、今では考えられないアプローチですよね。
でも、これも含め、独特なリアル感が生まれているんだと思います。
南治氏:
僕もセル画をやっていたことがあるんですけど、これ、線もペンで描かれているんですね。
篠﨑氏:
そうですね、全部ペンで。
紙に描いたものをセルにコピーして、その裏側からアニメックスを塗りました。そうしてできたキャラセル画のパーツを撮影スタジオに持ち込み、その場でジオラマとセル画を組み合わせて、様々なシーンを作って撮影しました。
さらに撮影したものを一度プリントアウト。イラストレーターの同僚に、上からブラシでスペルなどのエフェクトを吹いてもらい、写真加工を行いました。さらにそれに文字とか擬音などを載せたりして指定原稿として完成させるという手順です。
このポスターバックの羊皮紙イラストも、会社の近くの「ユザワヤ」という手芸店で、革の切れ端を買ってきて、イラストレーターに描いてもらって合成。そんな、いろんなハイブリッド作業な上でできたのが、このポスターなのです。

──まさに手作業の積み重ねですね。キャラクターやポスターのほかに、『ドルアーガの塔』で思い出深い作業はありますか?
篠﨑氏:
タイトルロゴのデザインも印象に残っています。
僕はこれが初めてのロゴデザインだったのですが、最初に20〜30点ぐらいデザインのラフを描いたんです。そうして遠藤さんにお見せしたら、たぶん5分ぐらいで「これにしましょう」と、ドラゴンがシルエットの背景の鉛筆画ラフを指差し、即決で決まりました。
特に他のものを検討するまでもなく。

そうこうしているうちに遠藤さんが直ちにタイトルロゴのドット絵を描き始めて、画面に出して、これでタイトルのイメージが固められた印象があります。
しかもそこから割とすぐにゲームリリースに持っていかれるのですから、当時の開発スピード感はすごいですよね。
南治氏:
僕らは当時のゲームセンターの壁に貼られていたいろんなポスターを見て想像を膨らませていましたけど、そのなかでも、『ドルアーガの塔』のデザインはやっぱり別格でしたよね。
そういえば高校生の頃、このデザインの下敷きを使っていたのを思い出しました。ベーマガを見て通販で買ったなぁ(笑)。
クリエイティブセンター時代の終了。ナムコが再編されて開発に異動する80年代後半
──ドルアーガがヒットして、遠藤さんは念願かなって『イシターの復活』を開発されます。イシターでは、篠﨑さんはどういった業務を担当されたのですか?
篠﨑氏:
実は開発的には、そんなに深く関わっていないんですよ。
当時、遠藤さんたちはナムコから独立してゲームスタジオを設立して、そこで『イシターの復活』を作っていて。僕はロゴデザインを担当したりとか、販促用のポスターやPOPを制作しましたけど、新たにモンスターを描き起こすとかはしていないですね。
というのも、その前年にボードゲーム版のドルアーガの塔の制作に関わりまして、その際に必要なモンスターを数多く描き起こしていたという経緯もあったからです。

ただ、印象に残っているのは制作アプローチの違いです。
ドルアーガの時とは逆に、イシターではキャラクターやモンスターのデザイン画を踏まえて、遠藤さんがドット絵を起こされたのだと思います。
基板のスペック的に、ドット絵を描き込むことができ、少しリアル寄りのグラフィックスに表現されたのではないかと。
それに触発されたというわけではないのですが、『イシターの復活』のポスターで描かれているキャラはバージョンアップ的な意味合いも込めて、リアルタイプに近づける形で5~6頭身にしてみたのでしょう。

──『イシターの復活』以降についても、うかがってよろしいでしょうか。
篠﨑氏:
主だったところでは『ドルアーガの塔』の翌年にドルアーガの塔のボードゲームを古川さん発案の上で作り、他には『グロブダー』のデザインや『バラデューク』の販促用のデザインを担当しました。
そしてその後は、『パックランド』や『ドラゴンバスター』などのボードゲームを開発する方面にも進んでいきました。
先ほどの『ドルアーガの塔』のポスター制作時にプロモーションを主導していた古川さんが退職されて、この方面の開発を僕が引き継ぐことになったんですね。
──ボードゲームの開発ですか。
篠﨑氏:
そうですね、正式名称的には「ファンタジーボードゲーム」です。
そうしていくうちに、86年の終わりから87年にかけて、会社の再編みたいなことが起きて、それを機にクリエイティブセンターは、途中でデザイン課と名称に変更されていましたが、そこから僕は開発部へと異動することになりました。
開発部異動に伴い、『NG』からも卒業してゲーム開発が本職に。
ボードゲームを制作していたノウハウを活かして、ファミリーコンピュータとボードゲームを融合させる企画を、その時の上司であった岩谷課長(※岩谷徹氏。『パックマン』ゲームデザイナー)から提案されました。
そうして、『源平討魔伝』の世界観を使用したファミコンのボードゲームを制作するプロジェクトを進めるという形になったのです。





