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東大卒プロゲーマー“ときど”が語る、プロゲーマーのプライド、“本当の勝ち負けは試合の勝敗じゃなくてお互いの納得”

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ゲームをやるために勉強をがんばったから、東大に合格できた

――学校でいじめられていたと言われていましたが、ゲームをたくさんやって腕前が上達することで、周囲の自分を見る目が変わってきたりしたのでしょうか? 

ときど:
 いじめがなくなった理由はクラス替えとかだったので、僕のゲームの腕とかには、べつにぜんぜん関係なかったんですけど。

 ただ、周りの目というか、親の自分を見る目が変わったと思うことがあって。アメリカのゲーム大会に行かせてもらえたんですよ、親に資金を出してもらって。当時はたしか高校2年生ぐらいだったんですけど。

 僕の父親も、学生時代に海外に行って、けっこうつらい思いをしたらしくて。僕にもそういう経験をさせたいと思っていたみたいなんです。

――そうなんですね。

ときど:
 それでアメリカまで行って、“EVO”【※】という大会に出場して、優勝できたんですよ。その賞金を持って帰ってきたことで、急に親の見る目が変わりましたね。“ウチの息子って、そんなにすごかったの!?”みたいな感じで。まぁ、当時の賞金は20万円ぐらいだったんですけど。

※“EVO”
正式名称は「エボリューション・チャンピオンシップ・シリーズ」。現在は毎年7月に、アメリカのラスベガスで開催されている。1995年にスタートした当時は小規模なイベントだったが、今では世界各国から凄腕プレイヤーたちが集う、世界最大級の対戦格闘ゲーム大会となっている。
(画像はEvolution Championship Series公式サイトより )

 ゲームを好きで、ずっとやってたことは知っていたとはいえ、どんな世界だか、よくわかってはいなかったと思うんですよ。でも、アメリカで開催されている世界最大級の大会で、しかも賞金が出るような大会で優勝したことによって、親の見る目はやっぱり変わりましたよね。

 あと、周りにゲームをやる仲間が多かったので、そこで活躍すると、周りの仲間から「やったじゃん」「またがんばってよ」みたいに言われるのは、単純に嬉しかったですね。

――ゲームセンターでプレイしていると、周りに人だかりができたりとか、そういったこともあったんですか? 

ときど:
 今はあまりゲームセンターに行かないんですけど、当時はありましたね。学校の帰りにゲーセンに行くと、見知らぬ学生に名前を呼ばれたりだとか。それはちょっと嬉しかったですよね。やっぱり人に認められるのはモチベーションにもなるし、自信にもつながるので

――そうやって、学生の頃からゲーム大会で活躍していた一方で、受験で東大に合格するぐらい、勉強のほうもがんばられていたんですよね? 

ときど:
 うーん、たしかに勉強もがんばったんですけど、それはゲームをやるためなんですよ。ゲームをやることを正当化するために勉強もがんばるっていうのは、当時から自覚がありましたね。

東大卒プロゲーマー“ときど”が語る、プロゲーマーのプライド、“本当の勝ち負けは試合の勝敗じゃなくてお互いの納得”_004

――そうすると、勉強そのものは好きではなかったのですか? 

ときど:
 “嫌いではない”っていうのが、いちばんピッタリくる表現ですね。勉強をすること自体は苦ではなかったですし、親からもちゃんとした教育を受けさせてもらえたので、そこは本当に感謝しています。

 でも最初から、自分から進んで勉強をしていたわけではないので、そこは親の誘導が非常に上手かったと思います。最初は「テストでいい点数を取ったら、ゲームを買ってやる」って言われて。成績がちょっとずつ良くなったのは、それからなので。

――それが勉強をがんばるモチベーションになった? 

ときど:
 なりましたね。僕の場合はゲームがやりたくて勉強をして、ゲームをやっていたから東大に入ることができたんです

逆転負けがきっかけで、自分が“ゲームをなめていた”ことに気づいた

ときど:
 僕は今、「ゲームをやるために勉強をしてきた」と言いましたけど、それは裏を返すと、ゲームそのもので世間に認めさせることは、諦めていたってことなんですよ。

 世間一般からすれば、ゲームってあまりいいものではないと、いまだに思われていますし、僕自身もどこかで“ゲームは遊びなんだ”という思いがあったので、それを続けるためには何か、正当化するものを持たなきゃいけない。だから僕の場合は、勉強を続けていたんです。

 でも、僕がゲームをやるために勉強し続けてきたあいだ、“ゲームは遊びなんだけど、これをちゃんとやることで何か、オレたちでも世間に主張できることがあるはずだ”って思っていた人たちもいるんです。その人たちは、やっぱりプレイに自分の美学があるんですよ。その領域に自分もたどり着きたいなと、今、僕は心の底から思っているんです。

――それはいったい、どういう人たちなんですか? 

ときど:
『ストリートファイターII』や『バーチャファイター』を、ゲーセンでやり込んでいた世代の人たちですね。さっきお話ししたように、僕はそこから少し遅れて対戦格闘ゲームを始めたので、その当時の空気を直接体験できていないのを、残念だと思っていて。

 そのことに気がついたきっかけは、梅原大吾なんです。彼はその時代からのプレイヤーですから。彼は勝ちにまっすぐじゃなくても勝つんですよ。とことんこだわったプレーをする。いわゆるプロレスみたいなことをやってるんですけど、それでいてちゃんと勝つというのが、ずっと謎だったんです。

 最近になって、これはゲームに対してずっと、本当に真面目に取り組んできたからこそ成せる技なんだということに、ようやく気がつきました。

――ときどさんがゲームをやるために勉強していた時間を、ウメハラさんはすべてゲームに使っていたと。

ときど:
 そういうことです。今から20年ぐらい前に『ストII』をやっていた人たちは、身内同士でお互いの納得のためにプレイして、勝ち負けなんかどうでもいいというか、ゲームをやる理由はそこじゃないだろうと。“本当の勝ち負けは試合の勝敗じゃなくて、お互いの納得だろ”という思いでプレイしていた人たちがいて、僕はそれを知らないわけですよ。

 以前の僕は、何のためにゲームをやるのかって聞かれたら“大会に勝つためだ”と思っていましたから。大会で勝ちさえすればいいっていう気持ちが強かったので、強いキャラを使って、勝ちにまっすぐなプレイで効率良く勝ってしまう。

 でも今から20年ぐらい前に闘っていた人たちは、別に勝ち越しなんてしなくてもいいから、とにかく相手にラクをさせないように、粘り強くやるっていうプレイをしていたんですよ。そういう時代を経験している人たちは、やっぱりプレイに美意識がありますよね。

 じつを言うと、そういう美意識を持ったプレイヤーの大半は、弱いんですよ(笑)。こだわりプレイが行き過ぎちゃってるわけですから。キックボクシングなのにキック使わない、みたいなもので。

――キックボクシングというレギュレーションのなかでは、それは明らかに行き過ぎですよね。

ときど:
 そうなんですよ。ただ、そういうプレイをすることで磨かれるものも、絶対にあると思うんです。キックを使わない人は、その代わりパンチは絶対的に上手いはずですよね。そういう特化したプレイヤーの上手いところを、身を持って体感したかったというのが、僕の思いなんです。

 今、対戦格闘ゲームをやっているプレイヤーは、みんな似たようなプレイになることが多いんですよ。全体的に上手くまとまってるけど、すごくとがっているわけではない。そのとがりが許される世界があったのだとしたら、僕はそれを体験したかったと思っています。

――ときどさんは数々の大会で優勝してきたわけじゃないですか。そのなかで今、言われたような思いに至ったのには、どんなきっかけがあったのですか? 

ときど:
 今から3〜4年前に、試合に負けたことですね。僕が当時いちばん力を入れていた『ストリートファイターIV』で、しかもここいちばんで勝たなきゃいけない大事な試合で、“ももち”というプレイヤーに逆転負けしたんです。

『ストリートファイターIV』
(画像はPS3版です。プレイステーション オフィシャルサイトより)

 10戦先取という長期戦で、これに勝ったほうがリーグ戦に進める、負けたらそこで終わりという大事な試合で。しかも僕は途中まで、6対0で勝ってたんですよ。

 そこからひっくり返されたというのは、それまでの経験からするとあり得ないわけです。長期戦で負けるとは、思ってませんでしたから。その試合に逆転負けしたことで、本当に自分の今のやり方でいいのかって、考えるようになったんです。

――それまでのときどさんの戦い方というのは、いわゆるストロングスタイルですよね?

 それまでは、そのゲームの本当に強いキャラや技を理解して取り入れる。それをいろんなタイトルで実践するというやり方でした。

 たとえば『バーチャファイター』で最強キャラを使って、強い連携を使って勝つ。並行して『KOF』でも同じことをやって、『ストリートファイター』でもやって、『鉄拳』でもやって……というスタイルだったんですよ。

――でも、その大事な試合では、逆転負けしてしまった。

ときど:
 キャラクターも勝ってるし、長期戦になればなるほど有利なはずだし、なんで勝てないのかおかしいと思ったんですよ、最初は。

 今から思えば、相手のほうがそのゲームを深くやり込んでいて、引き出しが多かったんですね。僕が切り捨ててしまっていた部分も切り捨てずに、諦めずに拾おうとしていたんです。そこで対戦を重ねて7戦目ぐらいになると、“あっ、ときどはこのぐらいのプレイヤーなんだ”って、相手に見切られちゃったんですね。

 そういうことなんだって気づいたときに、ショックを受けましたね。ゲームをなめていたんだ、と。“ゲームなんて、こんなもんでしょ”という感覚を、プロがやってしまっていたという反省ですよね。

 プロになった時点、専業として取り組むと決めた時点で、それまでの“勝てばいいんでしょ”っていうやり方に対して、疑問を抱くことができたはずなんです。でも僕は大事な試合に負けるまで、そこに気づくことができなかったんですよね。

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