この10年でゲームシナリオ業界に起こった5つの変化──それは『チェンクロ』『グラブル』『FGO』から始まった

 ゲームをプレイしていると、キャラクター同士が様々な会話を行うイベントシーンを目にすることがある。そういったゲーム内で表示されるテキストを作る「ゲームシナリオライター」という職業をご存じの方は多いだろう。

 ゲームとシナリオは密接に関係しており、当然ながらその歴史はゲーム業界とほぼ同じぐらいの長さがある。だが、実のところ日本のゲーム業界において、ゲームシナリオライターとは長い間「肩書き」のひとつとして認識されていた一方、決して一般的な「職業」ではなかった。

 ところがそんなゲームシナリオ業界が2010年代に入って激変し、環境も大きく改善している。その立役者と言えるのが、ある3つのゲームだ。

 ひとつ目は『チェインクロニクル』
 同作はシナリオを重視したネイティブアプリがヒットすることをゲーム業界に示し、さらに多くのゲームに影響を与えることとなるシナリオ構造の原型を作った。

(画像はチェインクロニクル3 -チェインシナリオ王道RPG- – Google Play のアプリより)

 ふたつ目は『グランブルーファンタジー』だ。同作は『チェインクロニクル』と同様にシナリオ重視路線でヒットする一方、ゲーム業界史上過去に例を見ない「社員シナリオライター需要」を生み出した。

(画像はグランブルーファンタジー を AndApp で遊ぶ | AndAppより)

 そしてこれらふたつのゲームが作り出した流れを後押しし、ゲームシナリオ業界にかつてない活況を作り出したのが、今や大ヒットゲームの代名詞とも言える『Fate/GrandOrder』だ。同作の影響は凄まじく、多くのゲームシナリオの仕様にさえ変化を与え、シナリオ制作会社の激増といった業界変化をももたらした。

(画像はFate/Grand Orderの世界|Fate/Grand Order 公式サイトより)

 本記事では、この3大タイトルから生じたゲームシナリオライター業界の変化について詳しく語りたい。ゲームシナリオという分野に少しでも興味をお持ちならば、少しだけお時間を頂ければ幸いだ。


文/師走トオル


「やりたい人が書く」ものだったゲームシナリオ

 まずゲーム開発プロジェクトにおいて、シナリオライターがどのように選ばれるのかご存じだろうか。

 80年代から場合によっては現在に至るまで、ゲームシナリオとはゲーム開発会社内で「やりたい人がやる」ことが多く(もちろん経験の有無による優遇などはあったが)、プランナーなどが兼務することがほとんどだった。場合によっては「やれる人がいないので自分でやる」とディレクターが担当することすら珍しくなかった。

 未経験者がいきなり物語を書くのだ。必然的にシナリオのデキは玉石混淆となった。名作と呼ばれるゲームが生まれる一方、首を傾げるような展開を目にすることも多々あった。
 なぜ専門のライターに依頼しないのか。理由はいくつもあるが、大きなところでは次の二点が挙げられるだろう。

 ひとつ目は、ゲームシナリオという作業の特殊性だ。

 RPGを想像して欲しい。仮にゲームの開発期間が1年だったとして、シナリオは最初の半年ほどで(ほぼ)完成しているはずだ。なにせシナリオが完成しなければ、ゲーム全体がいつまで経っても完成しないのだから。もしゲームシナリオ専門の社員がいたとして、残りの半年は仕事がなくなりかねない。

 そしてふたつ目の理由は、ゲーム開発プロジェクトの特殊性だ。

 大容量のシナリオを必要とするRPGが登場し始めると、社内ではなく外部のライターにシナリオを外注した例も少なからずあった。だがそういった案件の多くでは、トラブルが頻発した。

 たとえばあるゲームプロジェクトでは、アニメ脚本家にシナリオを依頼した。できあがったシナリオそのものはよくできていたが、ゲームに適したシナリオになっていなかったのだ。
 ひとつのシーンに多くの登場人物が登場し過ぎている、アクションが激しすぎる、ゲームでは伝えにくい感情表現を多用している──等々。アニメなら可能であっても、一昔前のゲームハードでは性能的に不可能な演出が多用されていた。

 だがそういったゲーム特有の制約は、ゲーム開発に携わっている人間にしか分からないことが多い。これはなにもゲームに限ったことではない。アニメ脚本にはアニメ特有の、映画脚本には映画特有の制約がある。外部に委託すると著作権的な問題が生じることもあり、最終的に自社で対応する方が効率がいい場合は少なくなかった。

 90年代に入り、大作RPGやADV(いわゆるアダルトゲーム含む)が流行し、本格的かつ大量のシナリオが必要とされるようになると、状況は変わり始める。プランナーやディレクターが通常業務の片手間でシナリオを執筆できる状況ではなくなり、ゲームの仕様や物語に造詣のある外部ライターに業務委託されることが急増した。場合によっては外部のライターを社員として一時的に雇用することもあった。

 00年代になると、いわゆる女性向けゲームやアイドルゲームも多数登場し、ゲームシナリオの需要も増加。ゲームシナリオを得意とするライターやゲームシナリオ制作会社が登場し始めることに繋がった。

 もっとも、ギャランティの相場は決して高くなく、一日数十KB(1KBはおよそ500文字なので、数万字単位)とかなりの文量を書いてやっと最低限の生活ができるというケースが少なくなかった。ゲームシナリオだけで食っていける、いわゆる「職業ゲームシナリオライター」は、大ヒットゲームにかかわった著名ライターを除けば、筆が速い、あるいは実家住まいなどごく一部の人に限られていた。

 私事で恐縮ながら、筆者がゲームシナリオの仕事を始めたのは2007年ごろだ。しかしゲームシナリオのお仕事だけでは食えなかったので小説家との兼業だった。
 そんな状況は、2010年代半ばまで続くことととなる。

1.『チェンクロ』のヒットと新たなプレイ動機

 2010年、ゲーム業界は大きな転機を迎える。モバイル端末でゲームする時代の到来だ。

 『探検ドリランド』『怪盗ロワイヤル』『ドラゴンコレクション』──当時大ヒットしたタイトルを列挙するだけで、状況はご想像頂けると思う。そしてこういったソーシャルゲームが流行していた中、ゲームシナリオは決して重視されてはいなかった。

 やむを得ない事情はあった。一例をあげるなら、機能面の問題だ。ガラケーは画面も小さく、ゲームで使用できる機能にも制限がある。美麗なグラフィックや画面効果を多用したシナリオ演出は難しい。
 操作性も家庭用機のコントローラとは比べるべくもない。ガラケーの画面に小さなテキストを並べ、ぽちぽちボタンを繰り返し押させて読ませるという行為は、苦行と感じる人もいただろう。

 開発現場には「タップ数(クリック数)制限」という因習も生まれた。「ひとつのイベントシーンで10回以上画面をタップさせてシナリオを読ませようとすると、そこでユーザーがゲームをやめてしまう。だからひとつのイベントに費やせるシナリオ量は10タップまで」といった話で、データ的な根拠のある話だった。

 もちろんガラケーであってもシナリオを重視したゲームが皆無であったわけではない。ただ平均値の話として、当時多くのユーザーに受け入れられていたのは『怪盗ロワイヤル』のようなガラケーに適した、かつユーザー間コミュニケーションを重視したゲームであったことは間違いない。

 だが2010年から3年ほどで一気にスマホことスマートフォンが普及。それに伴い、スマートフォン専用ネイティブアプリが市場を席巻し始めたことは誰もが知るところだ。

 ガラケーと違い、スマホは画面も大きく美麗なグラフィックを表示させることもできる。シナリオ演出の自由度は格段に向上し、シナリオを重視したゲームが登場し始めたのは当然の流れというべきだろう。

 なかでも代表的な作品のひとつが2013年にセガネットワークス(現・セガゲームス)がリリースした『チェインクロニクル』(以下、『チェンクロ』)だ。

(画像はチェインクロニクル3 -チェインシナリオ王道RPG- – Google Play のアプリより)

 同作はシナリオそのものが高く評価されていたことはもちろん、ネイティブアプリのシナリオ構造を作り上げたゲームとしても知られている。今では当り前となっているシナリオ付きの大型イベントや、エンディングを初めて実装したのも『チェンクロ』だ【※】

※なお、2013年に第1部完、2016年春に第2部が完、現在は第3部が進行中で、第4部も制作決定となっている。

 なにより画期的な点は、「新たなガチャの動機を作った」ことである。

 ソーシャルゲームと言えば、誰もが連想するのがガチャだろう。そしてガチャで入手できるキャラクターと言えば、「能力が強い、イベントで有利、人目を惹くグラフィック」といった動機を作ることでプレイヤーにガチャを促すものが多かった。

 しかし『チェンクロ』には、ガチャでキャラクターを手に入れることでそのキャラクター専用のシナリオ、いわゆる「キャラクタークエスト」を見られるようになるという特徴があった。つまり「そのキャラクターのシナリオをもっと見たい!」と思わせることで、ユーザーがガチャを回す新しい動機を作り出したのである。

 ゲームの面白さだけではなく、キャラクターの魅力でユーザーを引きつける。このシナリオ構造は、後述の『FGO』を始め、多くのゲームに影響を与えた。

 また個人的見解を付け加えると、スマホ普及以降、シナリオを重視したゲームはすでに各社から出つつあったが、このチェインクロニクルのヒットにより、いよいよその風潮が強まったように思える。実際、この時期を境にして多くのゲームの企画書に「『チェンクロ』のようなシナリオを目指す」の一文が見受けられるようになった。

2.『グラブル』の大ヒットと社員シナリオライターの登場

 また同時期にヒットし、多くのゲームに影響を与えた作品である『グラブル』こと『グランブルーファンタジー』(サイゲームス)にも触れないわけにはいかない。

(画像はグランブルーファンタジー を AndApp で遊ぶ | AndAppより)

 2014年春に登場した同作が、ゲーム業界に与えた影響は大きい。とりわけ「シナリオを重視したゲーム」として同作が大ヒットしたことによる影響は、『チェンクロ』と甲乙付けがたいところだ。「『グラブル』のようなシナリオを目指す」と記載された企画書も実によく目にした。

 ただ同作最大の功績をゲームシナリオライターの視点から言うならば、「ゲームシナリオライターを社員として雇う風潮を作り上げた」ことにある。

 冒頭で触れたように、コンシューマで発売された多くのゲームのシナリオは、プランナー等が兼任、もしくはフリーランスのライターやシナリオ制作会社等に外部委託されることが多かった。例えば、『チェンクロ』のシナリオの多くもフリーのライター制作集団クオリア(現 株式会社クオリアライターズ)によって手がけられている。

 だがシナリオを重視したネイティブアプリでは、開発段階だけではなく、サービス開始後にも継続的なシナリオ配信が必須となる(毎月のように配信されるイベントクエスト等を想像して欲しい)。
 場合によっては外部に発注する時間がない場合もある。そういった状況に備えるため、なによりシナリオ制作のノウハウを社内に蓄積するためには、外部委託ではなく社内で制作する方が都合のいい場合もある(もちろん社員を増やす以上、相応の投資が必要になるが)。

 つまり、シナリオを重視したネイティブアプリの登場により、ゲーム開発会社がゲームシナリオライターを社員として雇用する理由・利益が生まれ始めたのだ。

 そしてゲーム業界史上、シナリオライターを社員として大規模かつ積極的に雇用した会社こそ『グラブル』のサイゲームスだ。
 誤解のないよう付け加えると、サイゲームスがゲーム業界史上初めて社員シナリオライターを雇用したと言うわけではない。また、サイゲームスが社員シナリオライターを多数雇用した理由が、『グラブル』の大ヒットとどれだけ関連があるかは外部からうかがい知ることはできない。

 だがゲームシナリオ業界という観点から見れば、この際重要なポイントはふたつだ。

 シナリオ面も重視した『グラブル』のヒットにより名を馳せたサイゲームスが、社員シナリオライターを積極的に雇い始めたこと。
 そして、他のゲーム開発会社がサイゲームスの動きを傍観することなく、同等以上の条件で社員シナリオライターを募集し始めたことだ。

 このふたつがあったゆえに人材獲得競争は激しさを増し、「職業シナリオライター」の数は急速に増していくこととなる。

 ただし、その勢いが決定づけられるには2016年末に大ヒットするあるゲームの登場を待たねばならない。そう、『Fate/GrandOrder』こと『FGO』(TYPE-MOON / FGO PROJECT)だ。

3.『FGO』の登場とシナリオ業界の激変。タップ数制限の緩和

(画像はFate/Grand Orderの世界|Fate/Grand Order 公式サイトより)

 『FGO』には様々な魅力があるだろうが、本記事で注目すべきは当然シナリオだ。全世界が焼失し、かろうじて生き残った主人公たちは、歴史の分岐点たる7つの歴史を駆け巡って人理を修復する──その壮大な展開や緻密な設定、個性的なキャラクターが織りなす数々の掛け合いは多くのファンを生んだ。

 そんな『FGO』の大ヒットによるゲームシナリオ業界への影響は計り知れない。その功績のひとつを挙げるなら、なんといっても「タップ数制限の緩和」だ。

 前述のように、2010年ごろはガラケーの機能的な制約もあってゲームシナリオは決して重視されておらず、「タップ数制限」という因習が生まれた。

 だが、舞台がガラケーからスマホに移り、ようやくシナリオを重視したゲームも開発可能になったにもかかわらず、未だに多くのゲーム開発現場では「シナリオは20タップまで」といった因習が残っていた。

 一シナリオライターの立場から申し上げるなら、あの因習は「呪い」に等しかった。 実感し辛いとは思うが、20タップというのは非常に短い。状況説明や次の任務の目的を解説するだけで手一杯で、キャラクター同士の掛け合いなどは極限まで削ることになる。

 念のため申し上げておきたいが、「シナリオは長ければいい」と言うつもりは微塵もない。むしろ放っておくといくらでも書くシナリオライターは少なくないので、制限はあってしかるべきだろう。また、ゲームシナリオの多くは「1タップいくら」とか「1KB(約500文字)いくら」といった形式の報酬が多いため、予算面から制約が必要な場合もある。ゲームのコンセプトによっては、シナリオを10タップぐらいに抑えた方がいい場合も間違いなくある。

 だがシナリオをウリにしているにもかかわらず、すべてのシナリオのタップ数を杓子定規的に固定化などすれば、どうしても無理が生じる。物語には必ず緩急があり、行数を費やすべきところもあれば、そうでないところもあるのだから。また、ゲームのとっつきやすさという観点で見ても、序盤のシナリオは少なめに、キャラの立った後半は長めに、といった工夫は必要になるはずなのだ。

 この呪いのごとき因習は、本当に根強くネイティブアプリ業界に残った。たとえばシナリオがウリになるはずの某大ヒットスマホゲームをプレイしていたところ、どうもシナリオのテンポが悪いなと思い、タップ数を数えたらほとんどのシナリオテキストがきっちり20タップに納められているということもあった。

 筆者がゲームシナリオの依頼を受ければ、仕様書には必ずと言っていいほどタップ数指定があったし、中には「壮大なシナリオを目指す」とあったのに「一つのシーンにつき20タップまで」という仕様があって頭を抱えたこともある。「与えられた仕様の中で最善以上のものを作るのがシナリオライターの仕事」という建前はあるが、それにしたって限度がある【※】

※余談ながらこのときは開発スタッフの目の前で要求された通りのシナリオを書き、20タップでどの程度の表現ができるか示すことで条件を緩和してもらった。

 この「タップ数制限」は、『FGO』にも影響を及ぼしていた。『FGO』ではある有名なネタがある。今では半ば自虐的に公式ネタとなっている「話の途中だがワイバーンだ」と呼ばれるものだ。

 これは『FGO』に限った話ではないが、当時のスマホゲームは各シーンが“シナリオ+戦闘”という構成で進行することがほとんどだった。ある程度シナリオが進むと──つまりタップ数がかさむと、半ば強引に戦闘に入ることがよくあったのだ。

 『FGO』もサービス開始初期はその例外ではなく、シナリオが進行するとなんの脈絡もなく「話の途中だがワイバーンが襲ってきたぞ! みんながんばって倒してくれ!」と戦闘に移行することがよくあった。

 この詳細は、FGOメインライター・奈須きのこ氏のブログ「竹箒日記」にも記されている。

「もとにあるシナリオ」

「もと(戦闘)に(戦闘)あるシ(戦闘)ナリ(戦闘)オ(戦闘)」

と、物語の流れをぶった切って戦闘を挿入していました。
そうしないとソシャゲーとしてプレイしてもらえないと判断されたからです。

竹箒日記:2016/07より)


 つまり、『FGO』もサービス開始初期は「プレイ中、三分に一度は戦闘しなければいけない」といったソシャゲーの因習に則っていた。

 だが同日記によると、4章までのエピソードを配信した結果、「シナリオをもっと重視していい」という判断がなされたという。そしてその後に制作された『FGO』第6章は、映画化されるほどの名シナリオとして有名で、2016年末に起こった『FGO』の爆発的な人気に大きく貢献したと言われている。

 筆者もプレイしたが、あの6章は極めて画期的だったと言える。なにせ1シーンのシナリオのタップ数が、戦闘なしで100を越えることすらあった。タップ数がどれだけ多いシナリオであろうが、面白ければ受け入れられることが示されたのだ。

 事実、翌年以降、多くのゲームでひとつのイベントに費やされるタップ数が増加した。たとえば前述した「シナリオテキストがきっちり20タップに納められている」某ゲームも、『FGO』のヒット以降、明らかにタップ数制限が緩和されていた。

 平均値の話ではあるが、「『FGO』の大ヒット以前と以後」で、シナリオで表現できる幅は格段に増えたのである。

4.ゲームシナリオ需要の急増と発注の変化

 『FGO』の影響は前項に留まらない。

 2017年は、「『FGO』のようなシナリオを目指す」の一文が多くの企画書に掲載されるようになった年でもある。その結果、どうなったか。ゲームシナリオ業界4つめの激変は、もはや言うまでもないだろう、「ゲームシナリオ需要の急増」だ。

 『グラブル』から始まった人材獲得競争は、『FGO』によって激化したのだ。元々少ないシナリオライターを奪い合うかのような求人が急増した。同年は筆者もフリーランスのライターとして、もっとも多くの依頼を受けた年だ。

 当時、「ゲームシナリオライター 求人」というワードで検索すると、「年収300万〜1000万。福利厚生付き」といった条件がころころ見つかったほどである。こう書くと「実際には皆300万で雇われていたのでは?」と疑問を抱く人もいるだろうが、事実として年収700〜800万クラスの同業者は少なくなかった。
 これは私見だが、ゲームシナリオだけで食って行ける専業ゲームシナリオライターがもっとも急増したのは、この2017年だったのではないだろうか。

 またシナリオ需要が大きく高まった一方で、ゲームシナリオの発注にも変化が生じ始めた。

 ここまでで触れてきた3つのゲーム──『チェンクロ』、『グラブル』、『FGO』には興味深い違いがある。『チェンクロ』のシナリオの多くは「株式会社クオリア ライターズ」によって手がけられ、『グラブル』はサイゲームス社内のシナリオライターに、『FGO』のシナリオの多くはフリーランスのライターによって手がけられている。

 つまりシナリオライターを雇う方法として、

・シナリオ制作会社に委託
・社員として雇用
・フリーランスのライターと個別に契約

 という3つの方法があった(当然ながら正解不正解があるわけではない)。

 だが『FGO』の大ヒット以降、ひとつのゲームで必要とされるシナリオ量は急増。これに対応するにはライターを増やす、ないしライターへの発注量を増やせばいいわけだが、ただでさえ当時のシナリオライター業界は人手不足だ。
 自社のプロジェクトに適正のあるライターを探すのも一苦労だし、さらに発注量を増やせばライターのスケジュール管理や成果物のディレクションといった作業も比例して増えていく。

 ゲームシナリオの発注について知見があるゲーム会社ならまだしも、ゼロからシナリオチームを構築するとなるといよいよ困難となる。次第にフリーランスのライターと契約を結ぶことが減り、シナリオ制作会社へシナリオ業務の一部ないしすべて──ライター探し、スケジュール管理、シナリオのディレクション等々──を委託することが増えていった。

 その結果、ゲームシナリオ業界に次の変化が訪れることとなる。

5.ゲームシナリオ業界現在の激変 シナリオ制作会社の急増

 2017年も終わりに差し掛かると、筆者のようなフリーランスのライター側にも、新たな問題が生じていた。

 まず前述のように、ゲーム会社がシナリオ制作会社に業務を委託するようになった。必然的に、フリーランスのライターは受注の機会が減った。個人での活動に限界が生じ始めたのだ。余談ながらこの頃は筆者もフリーランスとして依頼を受けた後、「やっぱりシナリオ制作会社にお願いすることにしました」と手痛いキャンセルを受けたことがある。

 また、もともと個人の立場で多くの会社に営業し、報酬の交渉を行い、業務委託契約・守秘義務契約の長ったらしい文面を熟読し、請求書とマイナンバーを送付するのは大変な手間でもあった。とりわけ報酬の交渉は厄介だ。同業者同士の結びつきがなければ相場すら分からず、言われるがままの額で契約せざるを得ない。

 実績の問題もある。ゲームシナリオライターは多くの場合、自分が担当したゲームを実績として公表できないのだ。
 これにはやむを得ない理由がある。たとえばアイドルゲームなどで、ライターが「このキャラクターのシナリオを書いたのは私です」などと公言すれば、そのキャラのシナリオをプレイするときにライターの顔が脳裏に浮かんでプレイをやめてしまうもしれない。

 そのためシナリオライター個人の実績は、職務履歴書のように閲覧側にも守秘義務が課せられる媒体を除き、公開できないことが多い。だが、シナリオライター個人が連想できないという理由もあるのだろう、シナリオ制作会社としてならば実績を公開をすることが認められる場合が少なくない。

 こうして多くのライターたちが、自分たちの抱える多くの問題を解決するため、ある行動に出た。シナリオ制作集団(チーム)を作り始めたのだ。それこそがゲームシナリオ業界5つ目の激変、まさに今起こっている「シナリオ制作会社の急増」である。

 ライター側は個人ではなく集団としてゲーム開発会社からシナリオ業務を受け付けることで、多くの煩雑な手続から解放され、報酬の交渉もスムーズとなり、さらになんらかのアクシデントでシナリオライティングが不可能になっても代役を探すことが容易となる。

 その筆頭とも言える例が、『チェンクロ』のシナリオを担当した「クオリア」だ。同社はもともと、フリーのライターが集まって作られた制作集団だった。だがその後海外を含む取引も増え、法人化したことで2017年に「株式会社クオリア ライターズ」となった。

 そういった成功例もあり、2018年以降、シナリオ制作会社【※】が続々と登場することとなる。

※なお本記事では便宜上「シナリオ制作会社」と表記しているが、有限会社もあれば株式会社もあり、またライターを雇っている会社もあればパートナー契約を結んでいるライターを紹介する会社など、形態は様々であることを追記しておきたい。

 一体何社ぐらい増えたのか──という疑問はもっともだが、中には特定の会社からのみ案件を受注しているため、HPはおろか社名も公開していないチームもあるほどで、とても把握し切れない。これは同業のシナリオライターはおろか、シナリオ制作会社の社長クラスの人までもが口を揃えて同じことを言うほどだ。

 そして急激に増えたシナリオ制作会社各社が、一斉に「ウチに任せてくれればもっと上質なシナリオを提供しますよ」とばかり熾烈な競争を繰り広げ始めているのが2020年現在の状況である。


 名作と呼ばれるゲームをプレイしていて、「こんなシナリオを書いてみたい」と思ったことのあるゲーマーは少なくないだろう。ほんの10年前まで、それは非常に叶えるのが難しい夢だった。

 だが『チェンクロ』や『グラブル』、『FGO』といった偉大なゲームの影響で、ゲームシナリオ業界を取り巻く環境は大幅に改善した。将来なりたい職業として「ゲームシナリオライター」という選択肢もあり得る状況になったのだ。

 ゲームシナリオがもっと重視されるようになって欲しい、などと言うつもりは微塵もない。それどころか個人的には『FGO』以降、ゲームシナリオが必要以上に重視され過ぎではないか──と思うことも度々ある。本質を見誤り、「『FGO』のようなシナリオを目指す」と銘打って失敗したプロジェクトも少なくない。

 そもそもゲームとは大勢のクリエイターによるチームで作られるものだ。プログラム、グラフィック、サウンド、レベルデザインにプロジェクトマネージメントに宣伝……。そういった要素に軽視していいものなど一つもなく、またすべてが有機的に結合しているべきだ。ゲームシナリオもそんな要素の一つであって欲しい。

 幸いと言うべきか、『メギド72』『十三騎兵防衛圏』など、シナリオ面が話題になるゲームは出続けている。ゲームシナリオがひとつの技術として、あるいはゲーマーへのアピールポイントとして認識されるという風潮は、当分消えないだろう。

 そして今、ゲームシナリオはシナリオ制作会社による群雄割拠時代に突入した。この流れについて、「そろそろ淘汰が始まるのでは」と危惧する同業者の声も少なくない。実際、「シナリオ制作会社に依頼したものの質が悪く、結局自社で対応した」という苦情を耳にすることもある。

 おまけに、誰もが予想だにしなかった悲劇が全世界を襲っている。言うまでもない、新型コロナウイルスだ。全世界の経済活動が低迷した結果、ゲーム業界、ひいてはゲームシナリオ業界にも悪影響を及ぼし始めている。

 一年前には想像もできなかった時代だ。だが、それは良質なシナリオ業務を請け負うシナリオ制作会社を選別することになり、ひいてはユーザーにより面白いゲームシナリオを届けることにも繋がるかもしれない。
 この記事をここまで読んでくださった方々は、ゲームシナリオという業務になにかしら興味のある人だろう。ゲームシナリオライター志望という人もいるかもしれない。

 そんな読者諸兄に申し上げたい。ゲームシナリオ業界は、まだ注目する価値のある分野だと。

 本記事を執筆するにあたって、次の方々にご協力・ご監修いただきました。この場を借りて深く御礼申し上げます。

・株式会社クオリア ライターズ 代表取締役社長 下村様
・シナリオ工房 月光 代表取締役 重馬様
・匿名で監修してくださった同業者の皆さま

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著者
師走トオル
作家、ゲームシナリオライター。
プログラマー、プランナーとしてゲーム業界に勤務した後、2003年に法廷ミステリー『タクティカル・ジャッジメント』にて富士見ヤングミステリー小説大賞準入選。同作にて作家デビュー。
主な著作に「火の国、風の国物語(富士見ファンタジア文庫)」「僕と彼女のゲーム戦争(電撃文庫)」「バイオハザード7 レジデントイービルドキュメントファイル」「フリーランスが知らないと損する お金と法律のはなし」など。
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