ゲームが映画や小説といちばん異なるのは、「プレイヤー自身が作品に介入できる」という点だ。
たとえばアドベンチャーゲームでは、「選択肢を選ぶ」という形で、主人公=プレイヤーが選んだとおりに物語が展開する。RPGでは、敵を倒し経験値を得て「レベルアップ」という形で主人公=プレイヤーは成長していく。
そのようにして、プレイヤーは作品に介入していくなかで、だんだんとゲームの世界に詳しくなり、操作を上達させ、強くなっていく。ゲームの中で主人公が成長したとき、現実でプレイするわたしたちも、同じように成長しているのだ。
ゲームは古くからさまざまな手法で、ゲーム内世界に没入する工夫を凝らしているわけだが、こんなふうにプレイヤーが気持ちよく「成長の実感」を味わえるのも、ゲームというメディアの大きな特徴だと言えるだろう。
今回ご紹介する『A Short Hike』は、そんなゲームならではの「成長の実感」を、コンパクトながらも実にしっかりと味わわせてくれる作品だ。
特筆すべき点は、「成長の実感」に繋がるシステムを極限まで削り、「黄金の羽根」というたったひとつのアイテムに集約していることだ。黄金の羽根を集めるたびに、主人公は少しずつ高く飛べるようになる。
今まで行けなかったところに行けるようになったり、子どもだった主人公がちょっとだけ大人になったり。主人公の肉体も精神も、さらにはプレイヤー自身も、すべてが黄金の羽根を集めることで成長していく。
プレイを始めたときは途方もなく広大に感じられた世界が、終わるころには「こんなに小さかったのか!」と思えるようになるのだ。
筆者はおもしろいゲームを探してよくインディーゲームを漁っているが、最近のゲームのなかでも『A Short Hike』は文句なしの傑作だ。実際、インディーゲームの祭典「IGF Awards 2020」では最優秀賞に輝いている。
何十時間もかけてじっくりと遊ぶ『ドラクエ』や『FF』のようなRPGが長編小説だとしたら、このゲームは非常に良くできた短編小説のような味わいだ。本稿では、少しでもその魅力を紹介できればと思う。
ゲームならではの「成長の実感」を、コンパクトながらも見事に表現
ゲームのなかでも、RPGは特に「成長の実感」を体験できるジャンルだ。RPGでは主人公のレベルが上がると、強い装備が使えるようになったり、新しい魔法を習得できる。
システム的に強くなることで、今まで倒せなかった強大なモンスターを倒せるようになる。すると、今までたどり着けなかった新しい町に進むことができ、ストーリーもそこで新たな展開を見せていく。
それを繰り返していくうち、最初は右も左もわからなかったプレイヤーはだんだんとゲームのルールに熟達し、攻略法を編み出し、いつしか世界を救う勇者になっていく。
つまり、RPGとはシステム、ストーリー、プレイヤーという三重の構造で「成長」の過程を体験できるゲームジャンルなのである。
たとえば数十時間以上、ときには100時間以上の長い旅路を経てラスボスを倒したときに味わう達成感は、重厚なRPGでしか味わえない体験だと言えるだろう。
一方で、『A Short Hike』で描かれる物語は、世界を救うような大仰なものではない。ゲームの目的は、自然豊かな公園の中央にそびえる山の山頂を目指すだけ。言ってしまえば、ただハイキングをするだけである。実際、いっさい寄り道せずに攻略すれば、1〜2時間程度でクリアできてしまう。
それにもかかわらず、『A Short Hike』をクリアしたときに得られる「成長の実感」は、数十時間かけてプレイするようなRPGにも引けを取らない満足感がある。
おそらくその理由には、冒頭にも述べた「黄金の羽根」システムが関係している。
一般的なRPGでは、レベルが上がったり、仲間が増えたり、新しい町を見つけるといったさまざまな要素によって、主人公やプレイヤーの成長の度合いを表現するのだが、『A Short Hike』ではそういった「成長」の指標が、すべて黄金の羽根に集約されている。
要素を最低限まで削ぎ落したことにより、短い時間・少ないボリュームでも、ゲーム的な成長する喜びや楽しさをダイレクトに際立たせているのだ。
「黄金の羽根」があらゆる意味での「成長」を象徴する
『A Short Hike』は主人公・クレアが何かを抱えてふさぎこんだまま、叔母にホークピーク州立公園に連れてこられるところから物語は始まる。
クレアはある目的で誰かからの電話をずっと待っているのだが、公園内では電波が届かず、電波の届く山の山頂まで行く必要がある。
渋々とした態度で歩き始めるのだが、その精神状態を表すかのように、最初は空を飛ぶどころかジャンプすらままならないし、走ることも出来ないのである。看板や道はあるものの、公園のその広大さにめまいさえ覚えるだろう。
途中で見つけたスコップで地面を掘ったり、集めたコインや貝殻を使って他人を助けることでお礼として「黄金の羽根」を集めることが出来る。
他人と関わったり、新たな場所を見つけることで「黄金の羽根」が増え、更に高い場所に登ったり遠くまで飛ぶことが可能になるのだ。
また、主人公のクレアは最初はじつに子どもらしい性格をしているのだが、公園内の他の動物たちと触れ合うことで、少しずつ大人になっていく。「黄金の羽根」の数は、クレアの精神的な成長をも示しているのだ。
システム面でも設定面でもシンプルに「黄金の羽根」ひとつに要素をまとめることで、プレイヤーは成長の実感が実に分かりやすくなっているのである。
最初の1枚は「労働」しなければ手に入れることができない
ちなみに、面白いことにその黄金の羽根の1枚目は、なんと店で売っている。この手のアイテムは、ふつうのゲームでは1枚目はタダで手に入るのが「お約束」だといえる。『ドラクエ』でも、旅立つときには王様からわずかとはいえ軍資金をもらえるというのに。
しかし、『A Short Hike』では最初から汗水を垂らして自分の手でお金を集めなければ、成長の証を手に入れることはできない。つまりそれが意味するのは、「タダで成長することはできない」ということだ。
公園内に落ちているお金を集めているだけとはいえ、「自分の手でお金を稼ぎ、自分の財布からモノを買う」という行為は立派な「労働」にほかならないだろう。この時点で、クレアは親にモノを買ってもらうだけの子どもから、一歩大人の世界に踏み出したのである。
ほかにも印象的なシーンとして、物語の終盤では山頂付近で他の動物があと一歩のところで登れずに困り果てているイベントがある。
このとき、クレアは自身が所持している「黄金の羽根を何枚か貸す」という選択を迫られる。当然、黄金の羽根を貸すことで飛んだり登ったり出来る距離や時間は減ってしまうし、ゲーム後半になるほど、集めた「黄金の羽根」の枚数には重みが出てくる。
「自分の資産を分け与える」もしくは「お金を貸す」という行為は、大人でもなかなか積極的にはできないものだ。この選択を迫られるのが目的地である山頂へとあと一歩のところだということも、この決断の難しさを象徴していると言えるだろう。
実際に黄金の羽根を貸したらどうなるかは、ぜひプレイして確かめてみてほしい。
こんなふうに、本作には(登場するキャラはみんな動物だけど)人間的な成長のその本質的なありさまが、じつに丁寧に描かれている。
「滑空」の爽快感は、成長したプレイヤーへのご褒美
最後に余談となるが、このゲームでは高い場所から飛んだ際に「滑空」することができるのが、これが非常に爽快で、気持ちの良い体験になっている。
ある程度の高さを超えると全体的に霧のようなエフェクトが空中にかかり地上が見えなくなるのだが、高度が下がるにつれて霧が晴れてゆき、地表の建造物や森林など、美しいロケーションを楽しみながら飛び回ることが出来る。
「黄金の羽根」をある程度まで集めたら、ぜひ山頂から思い切って飛び降りてみてほしい。その爽快感はきっと、頑張って山頂までたどり着いたプレイヤーへのご褒美なのだ。
最近の大作RPGや、長編アドベンチャーゲームで少し疲れ気味のプレイヤーや、短時間でも充実した体験が得られるゲームを探しているプレイヤーにはぜひとも手に取っていただきたい作品だ。
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