お嬢さまから最もかけ離れた野蛮な概念、それが格ゲー
酢豚にパイナップル、トーストに納豆ペースト、ニシンのパイ……珍妙な組み合わせが、ときに絶品を生み出すことがあります。
“お嬢さま学校”と“格闘ゲーム”……そういうのもあるのか!
お嬢さまになりたくて黒美女子学院に入学した深月綾は、“白百合さま”と呼ばれて周囲から羨望を集める夜絵美緒とすれ違う。気品あふれる圧倒的なオーラを身に纏った姿は、まさに自分が憧れたお嬢さまそのもの。
そんなある日、こっそりと史料室を覗くと、白百合さまの口から発せられたのは……
オイオイオイど~~~~~した糞雑魚ッ!!
勝ち確煽りかました相手に逆2タテ喰らって今どんな気分!!?
“白百合さま”が、対戦格闘ゲームに熱く興じているところを目撃してしまう。ゲームが禁止されている女子寮でコッソリと、格ゲーに夢中になる女子高生たちを描いた『対ありでした。 ~お嬢さまは格闘ゲームなんてしない~』。
深窓の令嬢が集う格式高い女子校に吹き荒れる、格ゲー界隈の罵り合いやスラングの数々。そのギャップがクセになる、格ゲーお嬢さまコミックである。
綾と美緒は、退学のリスクを背負いつつも隠れて対戦会を続行。なぜ退学のリスクを背負ってまで、格闘ゲームをプレイする必要があるのか……犬井夕先輩いわく、綾と美緒が人として壊れているから───。
一度は引退した格ゲーマー「おもしれー女」綾
連日、学食のオシャレ感溢れるカフェ飯になじめず、呼吸困難になるくらい一般庶民の綾。好物に「うま◯っちゃん」と答えて自爆したり、お嬢さまへの幻想を饒舌に(キモく)語っちゃったり、「中身がアレだとわかっていても」美緒に泣きつかれると甘やかしちゃう。そんな情緒不安定さが「おもしれー女」。
お嬢さま学校への入学を期に、格闘ゲームは引退したはず、だった。しかし「白百合さま」の純粋な格ゲーへの情熱を否定するために、ふたたびレバーを握る。戦闘民族である。
見た目は美少女、中身は小学生「ヤベー女」美緒
すれ違う女生徒たちを魅了する、美に溢れた「白百合さま」こと夜絵美緒。綾の手に残るアケコン(アーケードコントローラー)のタコを目ざとく察知。ライバルを見つけた気持ちが前に出すぎて、口から血を吹きながら対戦ゲームを懇願する「ヤベー女」。
自分の思い通りにいかないとギャン泣きする子供マインドであるがゆえ、「一歩しくじれば退学……冷静に考えるとリスクリターン合わなすぎる」にもかかわらず格ゲーをやめられない。戦闘民族である。
今回は、こうして「おもしれー女」と「ヤベー女」が格ゲーをめぐって織りなす荒々しさと美しさがクセになってくるマンガ『対ありでした。』を紹介しよう。
文/かーずSP
キスシーンの雰囲気から「投了ですか?」の煽り───“百合”っぽさと格ゲーの融合
『対ありでした。』は、いわゆる「女性同士のイチャラブや三角関係、友達以上恋人未満を描く」百合作品ではない……ないが、特に1巻。百合っぽい雰囲気と格ゲーの粗暴さがフュージョンしていて、一気に心を鷲掴みにされる。
初対面の綾に前ステ(前方へのステップ)で超接近する美緒。ドアップで顔を近づけられて、綾の胸が思わず“キュン!!”と鳴る。「おい私!?」と動揺しまくった挙げ句、あまつさえ唇を差し出す綾。『コミック百◯姫』なら間違いなくチューしてる。
ところがムーディな雰囲気から一転、荒々しく「対戦しろ!!!」と恫喝する白百合さま。一気に場の空気がギアチェンジする、その落差がなんとも強烈。
二人の対決は、深夜の女子寮へ持ち越される。格闘ゲームを全力で楽しむ美緒を否定するため、階段に足をかける綾と、踊り場から見下ろす美緒。
お互いのポリシーのぶつかり合いを示す、黒セーターと白ネグリジェの対比。DIOとポルナレフの名シーンを彷彿とさせる構図で、対峙する緊迫感が伝わってくる。
綾「格ゲーはもうやめる。やめるが…その前に、粉々に破壊しておこう、白百合(こいつ)の心…!!」
加熱する勝負がイーブンまでもつれたところで、深夜巡回の気配を察した綾と美緒が、布団に潜り込む。
身体が密着して、美少女の顔がふたたび超接近してドキドキ。一瞬前まで「死ね白百合!!!」とアケコンを叩いていた鬼気迫る形相がウソのように、綾は白百合さまに見惚れてしまう。
綾「こいつに一生心をかき乱されている……!!」
しかし美緒の発したセリフは「投了ですか?」「いいですよ? もう私の勝ちってことでも」と煽る白百合さま。頭の冷えた綾と美緒のラストバトルの結果は……。
百合に発展しそうな情緒と、「次は殺す!!!」と相手に言い放つ野蛮さが交互にやってくる。“いいとこのお嬢さま”たちが格ゲーに興じる、両極端な振り幅が新鮮で味わい深いのだ。
美緒「そういう百合っぽい? 感じの世界観とか好きなのは自由ですけど、勝手にあだ名をつけて、その世界に強制的に引きずり込むの本当にやめてほしいんですよね」
あ、はい、すいません……。
2巻からは一ノ瀬珠樹先輩・犬井夕先輩も加わって、深夜の対戦会がにぎやかになっていく。女子寮の一室で、二段ベッドを布団で囲んで音漏れを防止。狭苦しくも、秘密基地のようでワクワクする。
人目を忍んでゲームに興じながら、お互いに競い合って高め合う。ときには試験勉強で教え合う。そんな4人の女子高生たちの青春を謳歌している様が瑞々しい。
この光景こそ綾が探している、美緒の瞳に映る「キラキラ」の正体じゃないだろうか。かけがえのない一瞬のきらめきを、格ゲーを下地にして表現しているのが見事で、“学園青春もの”として抜群に描けている。
むき出しの本能からつむぎ出される格ゲー語録、その一つ一つが味わい深い
筆者の格闘ゲーム経験は、ここ数年では『グランブルーファンタジー ヴァーサス』『SAMURAI SPIRITS』『SOULCALIBUR VI』をたまに遊ぶ程度。けれども『対ありでした。』に登場するマニアックな格ゲー用語・語録の一つ一つが、そうした初心者の自分にも刺さってくる。
前述した深夜の対戦。必要のない無敵技を喰らって怒りを覚えた綾が、心を鎮めるために独りごちた一言。
「ムカついた奴から死んでいく、それが格ゲー」
社会生活において「今のは脳天にキたッッ」と瞬間沸騰しても、内心でこれを念じるだけでクールダウンが可能。「ムカついた奴から死んでいく、それがSNS」といった応用例で、アンガーマネジメントにお薦めの一文だ。
次に、綾が珠樹先輩に向かって命令口調で指示を出して一言。
「弱えーやつに発言権は“無”ぇ……」
勝てば何でも許される格ゲー界隈の弱肉強食メンタルが、名門校の学年序列を上回るんだ、怖ぇ〜……と戦々恐々した一言。格ゲーに限らずビジネスの場にも通じる、この世の真理である。
3巻からは、福岡で開催される“π4”(作中の格闘ゲーム名)大会に出場することになる4人。そこに、突如絡んできた女児先輩(小さい子)が放った一言。
「この会場にいる奴(ゲーマー)全員“ぶッッ殺す” そのつもりで挑まなければ、戦いの中から“なにか”を得ることなんてできない…!!!」
前時代的な特攻ヤンキーからロリまで、シンプルに全員、身体が闘争を求めている。こうした強さと勝利を求める根源的な欲求は、美緒や綾をはじめとする格ゲーマーたちの根底に流れる思想になっている。
個人的に一番「あるある」な一言が、夕先輩がうっかり技を暴発して負けた時の、
「やってね────」
※やってない……自キャラが意図せぬ挙動をした時に、格ゲーマーの口から漏れる鳴き声。本当にやっていないことは稀である
「やってねー!」→実はやってる。
アクション性のあるゲームを遊んでいるとき、誰しも経験がありませんか? 昨日も『モンスターハンターライズ』で、コンボが暴発してナルハタタヒメに返り討ちされて「やってねー!」って吠えてしまいました……。
ゲーマーなら誰もが経験する感情を豊かに描写していて、読み手の感情移入を誘う。
凶暴なスラングの中に咲く、少女たちの本気の情熱
3巻11話。アップデートによるバランス調整に一喜一憂するメンバーたちの一幕もまた、格闘ゲームに限らず対戦型オンラインゲームを遊んでいる人には共感できるのではないだろうか。
「π4辞めます」などバランス調整で怨嗟の声が吹き荒れるのは、数多くの人気ゲームでもおなじみの光景だ。ちなみに筆者の個人的な体験では、『◯◯辞めます』と宣言する人は引退しないし、本当に辞めていく人は、声に出さないで静かに消えていきますね……!
共感ポイントはまだまだ多い。効率重視の綾に対して、時に美緒は死に技(使えない技、弱い技)にこだわる。「キマるとカッコいいから、実用性は二の次でも使う」といったロマンを求める美緒には、ゲーム好きならシンパシーを感じる人も多いはず。
そんな、格闘ゲームユーザーの生態をディープに表している『対ありでした。』。本作に流れる発言の数々をみるに、格ゲーマーのスラングは、あからさまに言ってしまうと……総じて汚い。
うら若き乙女たちの口から「破壊」「メスガキ」「FU◯K」といった物騒ワードがポンポン出てくる。街中でぶっ放せば通報待ったなし。
ところが不思議なことに、そうした粗暴なセリフを乱発しながらも、作品の根底に流れるのは「研鑽」「成長」「友情」といった心を打つ美しさ、なのである。
「汚泥の中にこそ、蓮の花が咲く」───という仏教の教えがある。水が泥で汚れるほどに、蓮華は大輪の花を咲かせる。
粗暴なスラングが飛び交うことで、綾たち女子ゲーマーのなりふり構わない本気度=情熱がひときわ目立つ。その姿に心を奪われるのだ。
綾たちほど夢中になってゲームを遊んでいたのは、いつ以来だろうか。筆者はセール時に、ダウンロード版のゲームを大量購入するのが恒例行事になっている。しかしその分、1本1本のゲームに向き合う熱量が少なくなった。雑に進めたRPGを途中で投げ出してしまったり、ギャルゲーですべてのルートを終わらせる前に放置してしまったり……惰性プレイに猛省しきり。
『対ありでした。 ~お嬢さまは格闘ゲームなんてしない~』は、そんな雑なプレイングが当たり前になっていた自分が“わからせ”られた、熱きゲーマーコミックなのである。