7月31日(日)に開催された、インディーズゲームの展覧会「東京ゲームダンジョン3」において『ファミレスを享受せよ』が出展された。
本作は、2022年にitch.ioにて公開、2023年8月にPC(Steam)向けに追加要素をくわえて完全版としてリリースされたコマンド選択式のアドベンチャーゲーム。Nintendo Switch版の配信も予定している。
「ファミレス」、「享受」というまったく結びつかないふたつの単語を結ぶ、絵本のようなやさしさとスタイリッシュさを併せ持つグラフィックが特徴の本作は、永遠のファミレス「ムーンパレス」にいつの間にか迷い込んだ主人公として、さまざまなキャラクターと喋ったり、ドリンクバーを注いだり、ファミレスを右往左往しながらフラグを立てて新たな会話を楽しむ。タイトルのとおりファミレスを享受する作品だ。
今回の試遊では、序盤部分を20分ほどじっくりプレイ。短時間でも本作の独特な世界に身を浸すことができた。
取材・文/anymo
いつの間にか補充されるドリンクバーや、なぜかずっと品切れのミルク。そんな不気味で不思議なファミレス「ムーンパレス」が舞台だ。
街が眠る時間帯に出かけたことのある人ならわかるだろう。深夜のファミレスやコンビニの自動ドアのサッシを境に、そこに広がるのはたしかに異世界である。
車の走る音と自分の足音くらいしか聞こえないような、世界にひとりぼっちみたいな気分になる夜中。誰も通らないのに律儀に色を変える信号機を通って、車のいない道路の真ん中を歩く。そういった空白から急に人のためだけに作られた煌々とした店内に入ると不思議な安堵感がある。冷房も暖房も効いている、安寧の地にも思える。
『ファミレスを享受せよ』はそんな、身近に感じられる非日常や異世界のムードを巧みに、そしてクールに落とし込んだ作品だ。
プレイを進めるうちにこのファミレスからは出られないこと、自死も不可能なことがわかる。頼んだポテトもすっかり冷めて、ドリンクバーだけでだらだらと過ごすような「ファミレスに居座る」という行為は思い当たるプレイヤーもいるだろう。
本作では、ファミレスに居座るほかない。登場する客は、千年単位でこのファミレスに居座っていることも語られ、ファミレスという快適な空間に果てしない時間幽閉される薄ら寒さを確かに感じた。
ゲームプレイの大半を占める客との雑談は、どこか悟ったような、けれどリアルな温度感が印象的だった。彼ら彼女らの諦めているようにも穏やかにもとれる語り口は、ファミレスを享受し続けた膨大な時間に想いを馳せてしまう。
先客のひとりは首筋にフォークを刺したことがあると語る。彼ら彼女らはここに訪れた最初こそ恐怖や焦りを感じていたかもしれないが、そんなフェーズは乗り越えて、ただそこでファミレスを享受している。そんな風に受け取れた。
また、先客のひとりにはなぜかドアの奥から出てこない謎の人物も。会話を続けるうちに(推定)彼の正体は明かされるのか。そこかしこに散りばめられた気になる要素は、本作への興味をより一層掻き立てる。
例えば、店名の「ムーンパレス」。本作に出てくる固有名詞はどれも、本作の独特のムードに彩りを添えるロマンあふれるものとなっている。ドリンクバーの「月の涙」や「ガラス水」など、どこかレトロな単語選びはこの空間の年代不明さを引き立てているし、それだけで物語への興味をそそる。肉の味がするという「ペンギンジュース」のひとさじのグロテスクさもユーモラスだ。
月明かりのようなクリーム色と夜空のような青色、暗闇を表現したような黒の3色だけで表現される正方形の画面は、どこを切り取ってもクール。立ち絵ではなく一枚絵で表示される先客たちのアンニュイな表情は憂いにも悟りにも似ていて、その背景を探りたくなる魅力にあふれている。
公式ページによると、本作は2時間〜2時間半でエンディングに到達でき、2種類のエンディングが用意されているとのこと。20分のプレイでもかなりの数の雑談を楽しむことができたので、製品版でのトピックの数々に期待が高まる。
『ファミレスを享受せよ』はPC向けに税込1500円にて配信中。Nintendo Switch版の配信も予定している。