「なあ君、ファミレスを享受せよ。 月は満ちに満ちているし ドリンクバーだってあるんだ。」
これは、今回ご紹介するアドベンチャーゲーム、『ファミレスを享受せよ』のストアページに記載されている説明文です。
その独特な説明文にも目を引かれますが、本作の概要を聞いた時に何よりも気になったのが、『ファミレスを享受せよ』というタイトル。これは、私のこれまでのそれなりの長さの人生の中で初めて聞く、違和感の強い日本語です。
私が感じ取った、「ファミレスを享受せよ」という文章の中にある違和感は、ファミレスという軽い言葉と、それに相反する堅苦しさを持つ享受という言葉の組み合わせによって生み出されたものであり、その文末に “せよ” という命令形が連なることで、この違和感が更に増幅されているように思います。
ただ、一口に違和感と言っても、「ファミレスを享受せよ」が持つ違和感は不快感に由来するものではなく、ある種の心地よさを内包しています。更に、「ファミレスを享受せよ」という言葉にはリズミカルな雰囲気もあるため、その結果としてこのタイトルは、何故か何度でも口に出してみたくなる、不思議な日本語になっているのです。
そんな不可思議な文字列で形成されたタイトルの時点で、高いセンスを持つ者の手によって作られたゲームであるということが伺える『ファミレスを享受せよ』。
今回は、その心動かされるタイトルだけではなく、ゲーム本編の魅力についてもお話していければと思います。
文/DuckHead
ストーリーを享受せよ
それでは、まずは本作のあらすじを簡単にお話していきましょう。
とある日の深夜、勉強に取り組む主人公は、休憩しつつ綺麗な月を眺めているとファミレスへ行きたい気分になり、勉強道具を片手に町へと歩き出します。
そして、夜の街を徘徊する中で “ムーンパレス” という名前のファミレスを発見。家の近所に深夜営業しているファミレスなんてあったんだと、主人公は足を踏み入れます。
席に案内され、店員さんと他愛もないやりとりをしながら注文を終え、勉強を再開しながらしばらく席で待っていると……
いつの間にか、どことなく席の様子や店内の雰囲気が変わっていることに気が付きます。しかも、頼んだソフトクリームとドリンクバーが全く席に届けられないという、のっぴきならない状態。しびれを切らした主人公は、自分の注文がしっかりと通っているのか確認するために、店員さんを探して店内を歩き回ってみることに。
すると、店員さんが見つからないばかりか、ムーンパレス唯一の出入口であるドアも開きません。
しかも、ただ鍵が閉まっているからドアが開かないというわけではなく、このドアには鍵穴自体が存在しておらず、開くという機能そのものが備わっていないように見受けられます。加えて、もしもこのドアが開いたとしても、その先に見えるのは煌々と輝く月だけ。
具体的なことはサッパリ分かりませんが、何かおかしなことが起きているという事実だけは明白。「ここは一体どこなんだ……」という不安感が主人公の身を包み込みます。
一体全体このファミレスで何が起きているというのか。胸に抱えた不安を解消するべく店内にいる他のお客さんに話を聞いてみると、このファミレスには店員が存在しないとのこと。
しかも、ここムーンパレスは無限の時の流れの中にあり、店内にいる者は老いることもなければ死ぬこともできず、かと言って店の外に出ることもできないんだとか。先客の多くは常識では考えられないような途方もない長さの時間をこのムーンパレスで過ごしているそうで、先客と言うよりは先輩といった雰囲気で主人公に接してきます。
そして、先輩客の1人であるガラスパンは、このムーンパレスを「永遠のファミレス」と表現し、「なあ君、ファミレスを享受せよ。 月は満ちに満ちているし ドリンクバーだってあるんだ。」と、主人公に語りかけるのです。
果たして主人公は、この不思議な永遠のファミレスから抜け出すことができるのでしょうか……?
会話を享受せよ
『ファミレスを享受せよ』。このゲームは、周囲のオブジェクトを調べたり、
ムーンパレスに滞在している客と会話をしたりすることでストーリーを進めていく、アドベンチャーゲームです。
特にムーンパレスに滞在している客との会話は本作の核となる要素。永遠のファミレスを享受しきり、ここから出る術は恐らく無いのだろうと諦念の境地に達し、時の過ぎゆくままにムーンパレスで暇を持て余している彼女たちとの会話を享受することが、ファミレスを享受する第一歩となってきます。
さて、主人公の話相手となってくれるキャラクターに対して降ることが出来る話題は、画面左にアイコンという形で表示されています。これらを選択していくことで登場人物との会話に興じることができるわけですが、その会話の最中に新たな話題が発生することも。
この新たに発生した話題は他のキャラクターに持ちかけることもでき、それにより更に新たな話題が発生し、その話題をまた別のキャラクターの元へと持っていく……といった具合で、ゲームは進行していきます。
そのため、ストーリーが進行していくにつれて、にわかには信じがたい量の話題が画面を埋め尽くしていくこととなります。
これらの話題が全て人生にとって有益……などということはもちろんなく、「……何この時間?」と思わず口に出してしまうようなトピックで会話を繰り広げていることもしばしば。文字通り、雑談というやつですね。
しかしながら、こういった雑談たちも作品を形作る大事な要素。最終的には、こんな話題まで持ち出してでも雑談しなければならないのなら、いっそのこと黙っていた方がお互いのために良いんじゃないかという気持ちにさせられるような雑談も出てくるのですが、雑談を享受することもまた、作品を十二分に享受するためには必要不可欠なのです。
さて、登場人物との会話を楽しむことがゲームのメインとなる本作ですが、話しかけている相手の表情が会話の中で変わることは基本的にないということも、大きく目を引くポイントの1つです。
会話が主体のゲームなのに、相手の表情は微動だにしない。こういった不気味さもまた、この永遠のファミレスという空間の奇怪さ、異様さを際立てているように思えてならないのです。
また、主人公の話し相手となっている人物の表情が一切見えてこないということは、少し見方を変えてみますと、会話をしている最中の相手の表情をこちらで想像する余地が生まれることを意味します。
つまり、本作での会話は、たとえ他愛もない雑談であったとしても、そこから感じ取れる相手の感情や情景がプレイヤーによって大きく変わってくる可能性を秘めているというわけで、こういった要素もまた、作品への没入感を高めてくれる一助となっているのです。
永遠のファミレス、ムーンパレスを享受せよ
さて、ここまで『ファミレスを享受せよ』についてお話していく中で画像を何枚か出してきましたので、既にお気づきの事とは思いますが、本作の特徴的な点は、何と言ってもゲーム画面の独特な雰囲気でしょう。
黄色、青、黒。恐らく最小限に近いであろう色彩数と繊細な線で描かれた世界は異彩を放ち、他のゲームではまずお目にかからないような独特な雰囲気を持っています。
正直なところ、最初に『ファミレスを享受せよ』のゲーム画面を見た時には「こういうテイストはちょっとどうなんだろうな……」なんてことを思っていたのですが、プレイを始めると、そんなひねくれた思いはすぐに虚無の彼方へ消え去ってしまったばかりか、最終的には「このゲームにはこの絵以外はあり得ない!」と心の底から感じるようになっていました。
繊細で淡い空気感が常に漂う本作ですが、私がプレイをする前に抱いた一抹の猜疑心を、その暴力的なまでのハイセンスさを以てしてねじ伏せてくるという、とんでもないパワーを合わせ持ったゲームです。
それではここで、そんな独特な色彩感とセンスで練り上げられた永遠のファミレスの店内を見ていきましょう。……とは言っても、店員がおらず注文が届かないばかりか、客が飢えることすらないムーンパレスで見るべき場所は、ドリンクバーくらいしかないのですが。
さて、ムーンパレス唯一の娯楽施設と言っても過言ではないドリンクバーは、3台ある機械のうち2台は既に故障してしまっていますが、残る1台は飲み放題。いくら飲んでも中に入っているドリンクが枯渇することは一切ないため、いつでも好きなタイミングでドリンクを楽しむことができます。
これらのドリンクは、自分の席やその場で飲み干してしまってもいいですが、先客の皆々様の席にまで持って行って飲むということもできます。会話を享受しながらドリンクを摂取する。これぞファミレスの醍醐味というものでしょう。
ただ、ここは不思議なことばかり起こる永遠のファミレス、ムーンパレス。
ドリンクバーのラインナップも普通ではなく、ガラスシロップ、白銀水、月の涙、ペンギンソーダといった謎すぎるものばかり。
それぞれがどういった味の飲み物なのか気になるところかとは思いますが、その食リポはゲーム内の主人公の手に委ねることといたしましょう。是非、本編にてご確認ください。
ちなみに、このドリンクバーには、聞き馴染みしかないりんごジュースという名前の飲み物が置かれていたりもします。気になるお味については、これまた本編にて。
ドリンクバー以外には見て回るようなところがほぼ無いムーンパレスですが、ストーリーを進めていくと、ファミレスの代名詞とも言える “間違い探し” で楽しむこともできます。
私がこういった類のものが苦手ということも大いにあるのかもしれませんが、ムーンパレスで遊べる間違い探しは、某ファミレスの間違い探しと同様、信じられないくらい難しいです。もしかすると、本作をプレイするにあたって1番苦戦したのは、この間違い探しを完全クリアすることだったかもしれません。
さて、この難しすぎる間違い探しのように、本作では謎解きをしなければならない場面に何度か遭遇します。
そういった謎の中には、永遠のファミレスという老いることもなければ死ぬこともない尋常ならざる空間でなければおおよそ成しえない解法が出てくるものも。
「異常な状況では正気と狂気が逆転する。」。これは本作に登場するとあるキャラクターの言葉ですが、正気を通した結果として生まれたその解法のあまりの狂気っぷりには、驚愕を通り越して爆笑してしまいました。これまで推理ゲームや謎解きゲームを色々とプレイしてきましたが、こんなやり口は終ぞ見たことがありません。それどころか、今後のゲーム人生でも二度とお目にかかることは無いかもしれません。
まとめを享受せよ
さて、『ファミレスを享受せよ』は、数時間もプレイすればひとまずのエンディングを見ることができる、いわゆるサクサクプレイが可能なアドベンチャーゲームとなっています。
かと言って、ストーリーに中身が無いということでは断じてなく、ゲームクリアの際には、上質な短編小説を読み終えた時のような、名状しがたい感情に身が包まれます。儚さすら感じる刹那の幻想体験を与えてくれた本作は、茹だるような暑さを癒す清涼感に満ち満ちているのです。
また、本作ではエンディングに分岐が存在し、トゥルーエンドに辿り着くことで、本編中では語られなかったストーリーと共に本編では使用されていないイラストを楽しむことができる “イラストギャラリー” と、ゲーム本編を彩る音楽を自由に聴くことができる “サウンドギャラリー” が解放されます。
元々、『ファミレスを享受せよ』は2022年に無料公開された作品なのですが、イラストギャラリーとサウンドギャラリーは、完全版であるSteamとNintendo Switch版でしか楽しむことのできない追加要素。既に無料版をプレイしたことのあるファンの方にとっても、嬉しい内容になっているのではないかと思います。特に、作品の世界観をより一層深めてくれるイラストギャラリーは一見の価値アリです。
最後になりますが、結局のところ、今回の記事で私がお伝えしたいことはこれだけです。
『ファミレスを享受せよ』を享受せよ。