2023年4月に公開され、世界的に大ヒットした映画『ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー』。
公開されてすぐに私は、自分の子供と共に鑑賞したのだが、『ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー』は子供から大人まで幅広く楽しめる万人におすすめ出来るエンターテイメントムービーだった。
上映時間の92分という時間も絶妙で、繰り返し鑑賞しても飽きることなく、むしろ新しい発見すらある。だからこそ世界的に記録に残る程に大ヒットし、日本国内だけでも140億円を超える非常に高い興行収益を記録しているのだろう。間違いなく今年の映画界を代表する一作と言ってしまっていいだろう。
だが、私はこの映画を少々変わった映画だとも考えている。
子どもから大人まで誰もが楽しめる普遍性を持ちながら、同時になかなかに変わった面白さの「質」を隠し持った映画──それが『ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー』なのである。
結論を先に言ってしまえば、この映画は、「スーパーマリオ」シリーズというゲームが持っている「ゲーム的な面白さ」を、「映画」というゲームとは様々な面で違いのあるメディアで表現することが出来ている稀有な映画である。
ゲームにおいてマリオが持っている普遍的な魅力の、メディアを超えた移植に成功している。そこが凄いのだ。そして、そこがこの映画を変わった映画にもしている。
ではマリオにおけるゲーム的な面白さ、そしてそれを映画に落とし込むというのはどのようなことなのかについて、私なりの考えを述べていこう。
文/hamatsu
「感情移入」と「身体移入」
映画やアニメなど、主に物語を扱うメディアにおいて、その物語の特に主人公に「感情移入」出来るかどうかということは、その物語を楽しむ上で、非常に重要なことだ。
「感情移入」が全く出来なくても楽しめる物語というものも存在はするが、それでも物語を楽しむ上で、主要な登場人物に「感情移入」が出来るかどうかということが重要なファクターであることは間違いないだろう。
しかし、私は『スーパーマリオブラザーズ』に代表される、世界で最も有名なゲームキャラクターであるマリオを主人公としたゲームを多数遊んでいるが、あまりゲームでのマリオの物語に対して「感情移入」をしたことがない。
それでも、私はかれこれ40年近くもマリオが主人公として登場するゲームを愛好し、遊び続けている。
おそらく私はマリオというキャラクターの「感情」に寄り添い、思い入れたりするのではなく、マリオというキャラクターの「身体」に自分の手元のコントローラーを通して「身体移入」することで、マリオが登場するゲームを楽しんできたのだと思う。
ゲームとは、そのキャラクターに一切「感情移入」が出来なかったとしても、「身体移入」が出来てしまえば問題なく楽しめてしまうメディアである。
例えば格闘ゲームにおいては、そのキャラクターが抱えるバックボーンや物語以上に、そのキャラクターのファイトスタイルが自身に合っているかどうか、自身の身体をそのゲームキャラクターの身体にスムーズに移入させられるかどうかのほうが、ゲームを楽しむ上では遥かに重要なことだろう。
だが、『ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー』を観た時にまず驚いたのは、マリオというキャラクターの家庭環境や生い立ちを思った以上に深掘りしてきたことだ。まさかマリオの父親や母親、さらには親戚まで一挙に登場するとは……!
マリオの父親は、マリオが弟のルイージまで巻き込む形で自身の会社を立ち上げたことに対してあまり快く思っておらず、マリオもまたそんな自分を認めてくれない父親に対して葛藤を抱えている。そんなマリオの自己実現を巡る、家族との葛藤を軸にドラマが展開されるのかと映画の冒頭では思わされた。マリオの心情に寄り添い、マリオに「感情移入」させる形でドラマが進むのではないか、と。
しかし、更に驚かされたのはそうやって登場したマリオやルイージ以外の家族たちが映画の冒頭と終盤以外ほとんど登場しないということである。そして同時に、映画の冒頭で示される家族との葛藤は途中からほぼ忘れ去られ、異世界ではぐれてしまったルイージを探し求めることが映画を進める軸に取って代わっている。そして映画の終盤では再び家族が登場し、唐突に思い出したかのように家族との関係性にもまた一つの着地をすることで映画は終わる。
この映画をマリオというキャラクターを主人公とした自分をとりまく家族や社会との関係性を巡るドラマとして評価するなら高い評価を与えることは難しいだろう。
なぜなら映画の中盤では父親や母親といった家族の存在や物語上の重要性は極めて希薄になり、それに付随するドラマもまた大半のシーンでほぼ忘れ去られてしまっているからだ。そういう点においては、この映画が批評家筋から厳しい評価を下されることに不思議はない。
マリオというキャラクターに「感情移入」をした上でこの映画を観た場合、あまり面白い映画であるとは言えない。しかし、マリオという世界で最も有名なゲームキャラクターに、マリオを取り巻く世界に、「身体移入」をした上でこの映画を観たとすればどうか。
これは紛れもなく画期的な一作である。
まるでゲームの実況動画を観てるようだとも評されるこの映画は、マリオというキャラクターの身体、及びマリオが発揮する身体機能に、観客自身がゲームのマリオを通して得てきた経験と体験を重ねるような形で鑑賞すれば、映画の冒頭から結末まで、92分という上映時間はあっという間に過ぎ去る。
繰り返すが、マリオの感情の動きにフォーカスする形でこの映画を観てもあまり面白くはないと思う。しかし、スクリーンを縦横無尽に動き回るマリオのアクション、そしてマリオと同様に目まぐるしく移り変わる世界に目を凝らせば、一瞬たりとも退屈している暇などない。ではこの映画における、観客への身体移入を促し、魅了するマリオの身体、及び身体機能とはどのようなものなのかについて述べていこう。
キノコを食べれば世界が変わる
『スーパーマリオブラザーズ』というゲームにおいて、ゲームの冒頭にブロックを叩くことで出てくるスーパーキノコを食べることでスーパーマリオに変身することが出来る。
このゲームの特徴はマリオがスーパーマリオにならなくてもゲームクリアは出来てしまうという、マリオというキャラクターの基礎能力の高さと、ゲームの世界から課される義務の少なさにある。スーパーなマリオになってもいいし、ならなくてもいい。「全ては自由であり、自身の選択と腕前次第である」という懐の深さが『スーパーマリオブラザーズ』を世界的に愛されるゲームにしている。
そんな取っても取らなくてもいいスーパーキノコだが、やはり取ったほうが明らかにゲームが面白くなることもまた間違いないことである。スーパーキノコを取ることで得られるメリットは複数あるが、その中の一つに「通常のブロックを破壊可能になる」ということがある。
たとえブロックを破壊したとしても若干の得点を得られるのみで大した意味はないのだが、その小気味よい破壊行為にはそれ自体に爽快感が伴うし、そうしているうちに不意に隠れたアイテムが見つかったりもする。そして何より、プレイヤーの足場にもなるブロックを任意に破壊出来るということは、元々のフィールドの機能を変化させ、新しい道を切り拓く力を得るということでもあるのである。
大袈裟に言ってしまえば、『スーパーマリオブラザーズ』においてスーパーキノコを取るという行為は、マリオと世界の関係性を劇的に変化させてしまう行為なのだ。取る前と取った後では、新しい機能の獲得を通して、世界との接し方が、見え方が変わる。だから『スーパーマリオブラザーズ』というゲームにおけるスーパーキノコに代表される、アイテムの獲得は魅力的なのである。
そろそろ話を映画に戻そう。『ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー』という映画がマリオの映画化として非常に良くできていると私が考える最大の理由は、主にアイテムの獲得を通して起きるマリオの身体機能の変化、そしてそこから生まれるマリオを取り巻く世界との関係性の変化が映画というメディアを通して非常に魅力的に、的確に描かれているからである。
ブルックリンで暮らしていたマリオが突如としてキノコ王国という異世界に迷い込んでしまった当初は、ただただ目の前の未知の世界におののき、翻弄されるばかりだったが、そこに変化が起きるきっかけ、その世界に立ち向かおうと決意するきっかけになるのは、スーパーキノコを食べて、自身が大きな身体と、ブロックを粉砕するほどの身体機能を獲得したその時である。
さらに続く、ドンキーコングとの一対一の決闘において序盤はドンキーコングの身体能力に圧倒されながら、反撃の転機になるのは、アイテムを獲得し、ネコマリオになった瞬間なのだ。
ゲームをやったことがある人ならわかると思うが、ネコマリオという形態はとても強い。だから素の状態では圧倒されていたドンキーコングにも逆襲することだって可能になる。
この映画でマリオがなんらかの事態を打開するとき、その手前の段階でアイテムの獲得などを通して、マリオと世界の関係性に変化が起きている。
だからマリオは全く歯が立たなかった相手にも反撃が出来るし、翻弄されるしかなかった状況に立ち向かうことが出来るのである。そして、それはゲームを通してこれまでマリオをプレイしてきたことがある人であれば、極めて当たり前のことだからこそ、この映画で起きる出来事もまた、自然なものとして受け止めることが出来るのだ。
逆にゲームを全く知らない人はこの映画で起きるアレコレを理解することはかなり難しいのではないかとも思う。なぜあまり強そうに見えないし劇中でも笑われているネコマリオがそんなに強いのかとか、そもそもなんでキノコで身体がデカくなるのかを全く知らない人からすると、理解不能で奇怪な出来事が連発する、ただただ絵が派手で賑やかなだけの映画に見えたとしても不思議ではない。
しかし、この映画は世界で最も有名なゲームキャラクター、マリオの映画なのである。
マリオをプレイしたことがない人を完全に無視したとしても問題ないほどの知名度、そしてプレイ人口を抱えているこの映画がそれなりにゲームのマリオのリテラシーを要求するものだったとしても全く問題はないだろう。最初のスーパーキノコこそ丁寧に台詞で説明したものの、それ以降のアイテムの説明は大胆に省いたことも、映画全体のテンポを考えれば英断である。
画面上を縦横無尽に動きまわるマリオに代表される、それぞれのキャラクター達の具体的なアクション描写は、当然のようにクオリティは高い。だが、それ以上にそれぞれのキャラクターの身体の内側で機能の変化が目まぐるしく起きていることが、観客に自然に伝わるようになっているため、状況や勝敗の理由に疑問を持たずに理解することが出来るようになっている。そこが素晴らしいのである。
思わず自分もコントローラを握ってドリフトを決めたくなってくる、ゲーム的臨場感に満ちたレインボーロードを敵味方入り混じって疾走するカートシーンにおいて、青い甲羅のノコノコが「あの形態」になった瞬間、マリオカートのプレイ経験があるであろう多くの観客は次に何が起きるのかを予感したに違いない。そしてその予感は見事に的中する。それは、そこで起きている「機能の変化」を観客が映像から瞬時に読み取れているから出来ることなのだ。
そんな中でも後半のクッパの軍に占領されたキノコ王国にマリオが再び戻ってくるシークエンスは素晴らしい。キノコ王国が持っていた数々のギミックやアイテムと、おなじみのクッパ軍団の面々が組み合わさることで、ゲームではおなじみのマリオの世界が完成し、そこをマリオがマリオとして駆け抜けるこのシーンには思わず目頭が熱くなってしまった。
おそらくはこの画面全体から溢れる「機能情報」を読み取れるかどうかがこの映画を楽しめるかどうかを左右するのではないだろうか。
キャラクターの「感情」以上に、そこで多彩に変化していく「機能」によって駆動する世界を楽しむ映画、それがこの映画の画期性である。そしてその画期性は、マリオをプレイしてきた人であれば何の問題もなく自然に受け止められる画期性でもある。だからこそ『ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー』は世界的に大ヒットしたのだろう。
2023年はマリオの年だった
振り返ってみれば2023年はマリオの年だった。
いやいや、大傑作『ゼルダの伝説 ブレス オブ ザ ワイルド』の続編である『ゼルダの伝説 ティアーズ オブ ザ キングダム』がリリースされ、圧倒的な評価と2000万本近いセールスを記録した年なんだから「ゼルダの年じゃないの」と思うかもしれないし、10年ぶりの新作である『ピクミン4』がリリースされた年なんだから「ピクミンの年だろがい」と思う人がいたっておかしくはないし、それはそれで間違いではないだろう。
しかし、今年はマリオの映画と2Dマリオの最新作『スーパーマリオブラザーズ ワンダー』、さらにNintendo Switch版『スーパーマリオRPG』という、3つのマリオがリリースされた年なのである。
特に『ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー』が、マリオを知っているからこそ映画で起きることに「身体移入」を通してうまく「ノレる」ようになっている作品なのだとしたら、『スーパーマリオブラザーズ ワンダー』はこれまで長年マリオに親しみ続けた人すらも振り落とさんばかりの「驚き」に満ちている。
マリオという、任天堂が誇る大看板IPを、片方は映画というこれまであまり馴染みのない、ゲームとは様々な面で違いがあるメディアで、そしてもう片方は、自身の本拠地中の本拠地であるゲーム、さらにスーパーマリオの原点たる、2Dスクロールの新作タイトルをここまでのふり幅のある形で作り上げた。たった一年の間に両作をリリース出来てしまう任天堂を始めとする制作チームのクリエイティビティの高さは恐ろしいほどである。(『スーパーマリオRPG』は私はまだ遊べていないので評価は保留させてください。)
マリオが登場するゲームを作り続けて40年以上の月日が経ち、作品を積み重ねることで任天堂は、よりマリオというキャラクター、マリオというIPの活かし方がシンプルに上手くなっている。それはとんでもないことだし、素晴らしいことだ。
やはり2023年はマリオの年だったのではないかと思う。12月30日にはAmazonプライムにて『ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー』の見放題配信も始まるので、年末年始はマリオと共に過ごしてみては如何だろうか。
『ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー』
4K Ultra HD+ブルーレイ:7260 円 (税込)
ブルーレイ+DVD:5280円(税込)
発売元:NBCユニバーサル・エンターテイメント
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※2023年12月の情報です。