2024年、有名ストリーマー「スタンミじゃぱん」氏(以下スタンミ氏)により空前のVRChatブームが日本で巻き起こった。結果的に世界のソーシャルVRの人口はどれくらい増加したのだろうか? 日本人割合や男女比はどう変化したのだろうか?
本記事では、VRChatのヘビーユーザーであり、著書『メタバース進化論(技術評論社)』で「ITエンジニア本大賞(翔泳社)」を受賞、2024年には産総研のアバター国際標準化委員に就任した筆者「バーチャル美少女ねむ」が各種統計データを元に、2025年1月時点での最新状況を詳しく解説する。
文/バーチャル美少女ねむ
“スタンミ”ブーム後初の元日、2025年VRChatの同時アクセス数「13万人」を突破
「ソーシャルVR」とは、VRゴーグルで没入しオンラインの三次元仮想空間でアバターの姿でコミュニケーションができるサービスのことだ。代表例は「VRChat」である。ザッカーバーグ氏が2021年10月にFacebookの社名を「Meta(メタ)」に変更すると発表した、いわゆる「Meta宣言」以降は「メタバース」としても注目されている。メタバースの定義は定まったものがある訳では無いが、筆者の著書『メタバース進化論(技術評論社)』では「経済性」「没入性」など七要件を満たす三次元仮想空間としている。
2024年6月に有名ストリーマーで俳優やモデルとしても活動している「スタンミじゃぱん」がVRChatから配信を始めたことから、空前のVRChatブームが日本で巻き起こった。VRChatが世間的に注目されたことはかつて何度もあったが、これまでと違うのは、スタンミ氏を通じてVRChatの住人やイベントの魅力が注目され、新規ユーザーの参入を強く促したことだ。筆者もVRChatで新規ユーザーと出会う機会が明らかに増加した。きっかけを尋ねると、みな一様に「スタンミを見て興味を持った」と答えていた。
新規ユーザーの増加は日本だけの現象なのだろうか? 世界のソーシャルVRの人口はどう変化しているのだろうか?
VRChatでは全世界のユーザーが集まる年末年始に同時アクセス数が新記録を更新することが毎年恒例となっている。まずは正確に知ることのできるこの数字を見ていこう。 VRChatの歴史を後世に残すためにスウェーデンのユーザーFoorack(風楽)氏がVRChat公式のAPI情報を保存している「VRChat API Metrics」によると、VRChatの同時アクセス数は2025年1月1日元日の14:54(日本時間)に「13万人」を突破し「136,567人」の新記録を達成した。
昨年2024年元日の記録は「105,991人」だったので、前年比約30%の増加となる。ちなみに、昨年は想定を超えるアクセス数急増の負荷にサーバーが耐えられずサービスが一時停止してしまったことをVRChat公式が発表していたが、今回はさらなるアクセスが集まったにも関わらず大きなトラブルはなく元日のピーク時に筆者も安定してプレイできた。VRChatが取り組んでいたとするサーバーの増強が功を奏したのだろう。
VRChatの同時アクセス数は前年比約30%増。2025年「Quest 3S」で更に加速か
VRChat API Metricsから2025年1月現在までのVRChatの同時アクセス数の推移をまとめたのがこちらのグラフだ。平均レベルで見ても、10万人を突破した昨年2024年1月から現在にかけて約30%程度増加していることがわかるだろう。
背景としては、先述した日本での”スタンミ”ブームに加えて、Metaが2024年10月に各国で発売を開始した次世代普及型VRゴーグル「Quest 3S」の影響も考えられる。Quest 3Sは、1,800万台出荷(出典:Forbesの記事)してVRを爆発的に普及させた「Quest 2」の後継にあたるモデルで、「6DoF+PCVR対応のフルのVR体験」が可能な4K解像度の高性能VRゴーグルでありながら4万円台の低価格で入手できる。
グラフのオレンジ色の線はSteam版(PCVR、デスクトップ)のみのアクセス数で、青線はAndroid版(Quest単体、モバイル版等)やMeta Store版を含んだ合計値だ。Quest2発売後の2021年に「メタバースブーム」が起こり、Quest単体を含む「Steam版以外」のアクセス数が爆発的に増大、現在は過半数を占めている。後継のQuest 3Sでも同様に、今後Metaが莫大な資金力を背景に大規模なプロモーション活動を行うと思われるため、2025年はVRの普及が再度大きく加速する「第二のメタバースブーム」とも言える年になるのではないかと筆者は考えている。
VRChat&ソーシャルVRの世界人口は数百万人規模へ
瞬間的なアクセス数ではなく、VRChatやソーシャルVRの世界人口はどうだろうか?
VRChatは月間アクティブユーザー数(MAU)を公開していないため正確な数字は不明だが、今回の瞬間最大同時アクセス数が13万人だったので、その概ね数十倍程度として「数百万人」の規模感と筆者は推定する。
webアクセス数を集計しているSimilarwebのデータによれば「vrchat.com」の2024年12月の月間訪問数は「1,023万人」だった。こちらはソーシャルVRではなく単なるwebサイトの訪問者数も含まれるが、概ね符合した数字だと言える。なお、webアクセス数も昨年の数字「760万人」と比べると前年比で約35%増となっている。これを見ても、VRChatのユーザー数が大きく増加しているのは間違いなさそうだ。
なお、筆者以外の事業者による推定値と比較すると、メタバース事業コンサルタント「Nic Mitham」氏は(推定方法を明らかにしていないが)2022年Q1時点で「400万人」としており、この数字とも大きな矛盾はない。また、海外のメタバースメディア「New World Notes」は「2023年にVRChat公式がMAU (月間アクティブ数) 1,000 万人を発表するのでは」と予想していたが2023年に続き2024年も発表は無かった。おそらくだが、まだ1,000万人には到達していないと考えられる。
VRChatだけでなく、ソーシャルVR全体の世界人口はどうだろうか?
ソーシャルVRユーザーに対するアンケート調査「ソーシャルVRライフスタイル調査2023」によると、VRゴーグルを使ってソーシャルVRを利用する回答者約2,000名のうち90%以上が地域に関わらずVRChatを「よく利用する」と回答していた。従って、VRChat人口の一割増し程度として、ソーシャルVR全体の人口も概ね「数百万人」の規模感だと考えられる。
VRChatの日本人割合は”スタンミ”ブーム後「26.8%」で前年比2倍以上に
VRChatのユーザーのうち、日本人はどの程度いるのだろうか?
Webのアクセス数を集計しているSimilarwebによると「vrchat.com」の2024年12月のアクセス数のうち、国別では日本の割合が「26.8%」でアメリカに次ぐ2位であった。昨年は「12.9%」だったので、前年比で「約2.1倍」と劇的に増加している。やはり”スタンミ”ブームの影響で世界全体における日本の存在感が大きく増したと考えられる。これはあくまで「vrchat.comのwebアクセス数」の比率であり「VRChatユーザー」の比率ではないが、概ね近しい数字ではないかと考えられる。
VRChatで女性の割合が年々増加
VRChatのユーザーのうち、男女比はどうなっているのだろうか?
similarwebによると「vrchat.com」の2024年12月のwebアクセス数のうち、男女別では男性が73%で女性が27%であった。引き続き男性が多いが、昨年は女性が「24%」、一昨年は「21%」だったので、VRChatの一般化に伴い年々女性の割合が増えていると言えるだろう。
VRをメインのアイデンティティにしたい? したくない? 発展するメタバース社会でどう生きるか
急激に人口が増加するメタバースの世界。その世界で住人はどのように生きていくのだろうか?
ソーシャルVRユーザーの自己認識の在り方を調査するため、昨年2024年、筆者とスイスの人類学者リュドミラ・ブレディキナは定性調査「メタバースでのアイデンティティ(Nem x Mila, 2024)」を実施した。特に印象的だった項目として「将来的に物理世界のアイデンティティよりもソーシャルVRのアイデンティティを人生のメインのアイデンティティにしたいか?」という質問に対して、13%が「すでにソーシャルVRのアイデンティティがメインだ」、26%が「将来的にそうしたい」と回答しており、合計で39%もの回答者がVRのアイデンティティで生きる意向を示していた。筆者も物理現実世界で一般社会人として働く自分と「バーチャル美少女ねむ」としての自分を切り替えて人生を送っている。
まず「VRのアイデンティティを人生のメインのアイデンティティにしたい」理由としては、「なりたい自分だから」「よりよい自己表現のため」「より前向きで生きやすいから」などが挙がった。
逆に「VRのアイデンティティを人生のメインのアイデンティティにしたくない」理由としては、「アイデンティティを別々に分けておきたい」「(物理)現実世界も大事だから」などが挙がった。
日常的にメタバースの世界で過ごす人口が増えていくと、そこには社会が生まれる。今後は、発展するメタバース社会で人類がどう生きるかが問われる新たな時代が訪れるだろう。物理現実と仮想現実、2つの現実をどう使い分けて生きていくのか。その答えはユーザーの数だけあるだろう。
見たこともない多様な生き方が広がるメタバースの世界。興味がある人はぜひ自分の脚で黎明期のその世界を歩いてみてほしい。