東京大学のゲームオーディオ研究公開シンポジウム実行委員会は、ゲーム音楽をテーマにした「ゲームオーディオ研究の過去・現在・未来」と題したシンポジウムを、3月8日(土)に東京大学駒場キャンパスで開催した。
パンフレットの文面には、本シンポジウムの目的は以下のように書かれている。
(以下、引用)
ゲームオーディオ研究の四半世紀を様々な領域の研究者、クリエイターの視点から総体的に振り返り、現在地を確認するとともに今後の課題と展望を見据える。デジタルゲームの誕生と発展が音楽・音響研究(あるいはその隣接諸学)に新たにもたらした視座や問題系を浮かび上がらせ、その意義を明らかにすることを目指す。関連企画としてデジタルゲームが音楽文化に刻んだ歴史的影響に、実際の音に触れながら迫るレクチャーコンサートを開催する。

本シンポジウムの参加定員は180人だったが、筆者が調べたところ告知から2日目で、早くも参加者の募集を締め切るほどの人気ぶり。筆者は20年ほど前から大学や学会、研究機関によるゲーム関連の講演やセミナーに何度も足を運んでいるが、これほどまでに一般の参加者も含めて人気を集めた企画は、過去に見た記憶がない。
開会の挨拶に登壇した、音楽学と表象文化論を専門とする東京大学教養学部付属 教養教育高度化機構の山上揚平氏によると「日本でゲームオーディオに特化したシンポジウムが開かれるのは、前例がほぼ存在しない珍しいものではないか」という。会場には若い学生の姿も目立っており、昨今は世代を問わず、ゲーム音楽に関心が高まっていることをうかがわせた。
以下、本稿ではアカデミックの場としては「異例」と言っても差し支えないであろう、大盛況となった本シンポジウムの模様をたっぷりとお伝えする。
「ゲームオーディオ研究」とは何か? 昨今の研究トレンドは何か?:「ゲームオーディオ文献データベースの作成報告/キーワード分析による研究動向の概観」
第一部:ゲームオーディオ研究の過去・現在・未来
山上氏の発表は「ゲームオーディオ文献データベースの作成報告/キーワード分析による研究動向の概観」と題したもの。
そもそも「ゲームオーディオ研究」とはどんなものなのか? 同氏によると、「ゲームオーディオ研究」とは「狭義には『デジタルゲーム』の、広義には『あそび』一般の聴覚的側面(音響・音楽)を対象とした学術研究の総称」であるとのこと。

山上氏によれば、現在制作中の「ゲームオーディオ研究文献データベース」には、英語を中心とする欧文資料(学術論文や書籍など)は、1977年~2024年に出版された1116点が登録され、日本語資料については、広くゲームオーディオに関連する1988~2024年までの国内出版物(楽譜を除く)が159点登録されているそうだ。
ゲームオーディオ研究文献の数から分析すると、ゲームそのものの研究は90年代から増え始めたが、ゲームオーディオ研究はそこから5年ほど遅れた2000年代以降に進んだという。
さらに、年代別にキーワード分析を行った結果、欧文では2000年代に入るまでは「technology」が多かったが、2002~2007年になると「dynamic music(可変的な音楽)」が増え始め、さらに時代が進むと欧米では「Guitar Hero(ギターヒーロー)」が大人気だったこともあり「Guitar Hero」のほか「education」も増え、教育分野からの関心の高まりが見て取れるという。
一方、日本国内の文献データベースを見ると、資料点数は欧米の10分の1程しかなく「楽曲や譜面の自動生成に関する工学、開発系のものが多く、逆に人文系は少ない傾向が見えるのではないか」(山上氏)と指摘した。
また2000年代の終わり頃からは、「Ludus(あそび)」と「Musicology(音楽学)」をくっ付けた「Ludomusicology(ルドミュジコロジー)」という造語が学問の名称として徐々に使われ始め、デジタルゲームの中の「音楽」を対象とした音楽学、ゲーム外の音楽実践も対象とした音楽学、ビデオゲームに限定しない「音楽とPlayとの関係を対象とした探求」など、さまざまな方向に拡張されていったとの説明もあった。
なお山上氏によると、文献データベースは後日、公開を予定しているとのことだ。

「ゲーム音楽研究の現状」:ゲーム音楽研究は映画研究の影響が大
続いての発表は、感性学とゲーム研究が専門で、立命館大学在職時に「立命館大学ゲーム研究センター」の設立に携わった、東京大学大学院 東京大学大学院 人文社会系研究科・文学部の吉田寛氏の「ゲーム音楽研究の現状」。
吉田氏によると、ゲーム音楽研究は北米よりもヨーロッパのプレゼンスが強く、研究のキーワードは文学(物語論)のほか、特に映画の研究の影響を大きく受けて多様化しているという。一方、日本のゲーム音楽の研究書は、現状『映画音楽からゲームオーディオへ――映像音響研究の地平』、『チップチューンのすべて――ゲーム機から生まれた新しい音楽』、『ゲーム音楽がどこから来たのか――ゲームサウンドの歴史と構造』の3冊程度しかないそうだ。(※なお、これらの著者は本発表の後にそれぞれ登壇している。発表内容は後述)

またゲーム音楽研究のキーワードの1つに、映画から持ち込まれた概念である「diegetic(ダイエジェティック)sound」があるとのこと。しかし近年ではこの概念の有効性が疑問視されており、代わりに「interactive(インタラクティブ)」や「adaptive(アダプティブ)」といった概念も提唱されている。
「Interactive」な音とは「プレイヤーの直接的入力に反応する音の出来事」のことで、「adaptive」な音は「ゲームの状態に反応する音」を指しており、これら両者を含めて「dynamic(ダイナミック)」な音と呼ぶこともあるそうだ。
吉田氏は、その一例として『スーパーマリオブラザーズ』を挙げ「プレイヤーがボタンを押すことで、マリオがジャンプしたときの音は『interactive』で、残り時間が少なくなるとBGMのテンポが速くなるのは『adaptive』」と、初心者にもわかりやすい例えで解説した。

ニッチな市場ではないが専業化は進まず:ゲーム音楽ライターとメディアの現状
「『ゲーム音楽はどこから来たのか』はどこから来たのか──ゲーム音楽ライターの視点から」と題した発表を行ったのは“hally”こと田中治久氏。
前掲の『チップチューンのすべて――ゲーム機から生まれた新しい音楽』と『ゲーム音楽がどこから来たのか――ゲームサウンドの歴史と構造』の著書で、ほかにもゲーム音楽に関する著書や記事を多数執筆し、プロのコンポーザーでもあり、東京大学でゲーム音楽のゲスト講師を務めた経験も持つ、市井のゲーム音楽研究の第一人者だ。
hally氏の発表は、近著の『ゲーム音楽はどこから来たのか』にまとめた内容の大まかな説明と、職業としての「ゲーム音楽ライター」の難しさに関するものだった。
同氏によれば、世界的に見るとゲーム音楽の研究者の数は増えているが、ジャーナリストの数は増えておらず、日本国内ではゲーム音楽を定期的に採り上げる、あるいは目立つ形で記事にするメディアは、極々少数であるとのこと。「ゲームライター」を名乗った書き手は現在までに多数存在するが、「ゲーム音楽ライター」を標榜する者は「プロ・アマ全員かき集めても、現在20~30人いるかいないかで、おそらく全員がゲーム音楽専門のライティングの仕事だけでは食べていけない、兼業ライターなのが現状」(hally氏)だという。
「ゲーム」と「音楽」の両方に精通するライターは、その中でも数えるほどの人数しかいないそうだ。「国内外を問わず、メディアにゲーム音楽の記事を寄稿する書き手は『ゲームライター』か『音楽ライター』いずれかの視点や知識に偏りがちで、双方を兼ね備える者としての『ゲーム音楽ライター』は、職業としてまだ確立していない」(同氏)との見解を示した。

そんなメディア界隈の状況下で、そもそも論としてゲーム音楽はメディアを通じてライター諸氏がプロフェッショナルに語るに値するものなのか?hally氏は、2023年からグラミー賞で「ゲーム音楽」が独立したカテゴリに選ばれたこと、世界のゲーム産業の市場規模が映画産業を超えたことなど、「産業規模」「音楽性」「市場」「コミュニティ」の4つの視点を根拠に、ゲーム音楽はけっしてニッチなものではなく、十分語るに値するものであると主張した。
とはいえ、SNS上ではゲーム音楽についての話題が日常的に飛び交っているのに対し、メディア上でゲーム音楽について論じられることが少ないのは何故だろうか? プロのライターであれば、読者の需要に答えるのと同時に、ある程度の客観的な視点を持っていなければいけないが、ゲーム音楽を語るうえでは、その客観性を担保するのが非常に難しい。「職業的なゲーム音楽ライターがなかなか増えないのは、それが理由のひとつになっている」ともhally氏は指摘した。
書籍『ゲーム音楽はどこから来たのか』でも述べられているが、ゲーム音楽において客観性の担保が難しいのは、その評価基準が個々のプレイヤーの体験に非常に大きく根ざしているからである。ゲーム音楽は能動的な体験ゆえ、hally氏の表現によれば「身体化」が発生するため、体験から切り離して評価するのが非常に難しい。仮に切り離せたとしても、それが果たして読者の需要を満たすものになっているのかという問題も有しているとのことだった。

ゲーム音楽を心理学のアプローチから研究する意義とは?
「ゲーム音楽と没入の心理学」の発表を行ったのは、東京藝術大学大学院の音楽研究科 音楽文化学専攻 音楽音響創造領域の修士課程を「adaptive(適応的)なゲーム音楽に関する心理学的な実証実験と、インタラクションの定義論などの理論の検討」の研究により修了した鈴木和馬氏。
本発表は、特に心理学においてゲーム音楽の効果を検証するために「どのようなことをやっているのか」と「何が課題なのか」について、「没入感」に関する実践を中心とした紹介をするものであった。

鈴木氏によれば、アカデミーの場でゲーム音楽を心理学からアプローチする意義は「プレイヤーの体験にもたらす効果を客観的、かつ量的な形で示すことができる、つまり単なる効果の有無だけでなく、『どのくらいか』も比較できる」ところにあるという。さらに「いまだ属人的で主観的な要素が強いゲーム音楽のデザインに対し、より客観的(感性工学的)なアプローチができるようになるかもしれない」(鈴木氏)との可能性も示した。
このような実験を計画するうえでの重要な観点は、プレイヤーの心理や体験のさまざまな側面において「何を測るか(例:成績、自己同一感など)」と、それらを「どう測るか(例:アンケート、アイトラッキングなど)」であるとされ、近年の研究ではこのような体験の側面のひとつとして「没入感」が注目されているそうだ。
「没入感」とは、簡単に言えば「ゲームにのめり込む感覚」や「水と空気のように異なる、完全に別の現実に包み込まれているような感覚」のことであり、「心理学では、このような感覚を実験で測定可能なように解釈、説明する必要があります」(鈴木氏)と解説した。
また今後の課題としては、没入感の測定において、より利用しやすく説得力のある手法の探索や、実験を実施するうえで「プレイヤーの条件の統一の難しさ」や「扱うゲーム(の選択)」など、さまざまな要因を考慮する必要性が挙げられていた。
ゲーム音楽の心理、実証系の研究はまだまだ発展途上であり、「ゲームという素材に伴う、さまざまな制約にうまく対応できるアイデアや試行錯誤が求められる」(鈴木氏)と、その現状をまとめた。

ゲームとゲーム音楽の「アーカイブ」の現状と仮題
一般社団法人 日本ゲーム展示協会理事の尾鼻崇氏の発表タイトルは「ゲームオーディオのアーカイブ構築に向けて」。
尾鼻氏はゲーム音楽を専門に研究しており、立命館大学のゲーム研究センターでのゲームアーカイブ活動のほか、文化庁が進めるメディア芸術連携基盤等整備推進事業などにも携わり、国内外のゲーム所蔵館、または所有者の調査および連携ネットワーク構築のコーディネーターを務めている。
現在、京都国際マンガミュージアムで開催中の企画展「のこす!いかす!!マンガ・アニメ・ゲーム展」で、ゲームアーカイブのあり方を考える展示のキュレーションを担当したのも、前掲の『映画音楽からゲームオーディオへ――映像音響研究の地平』の著者も尾鼻氏である。

アカデミーの場でゲームアーカイブ活動を行ってきた知見から、尾鼻氏は「ゲームプレイ時の音響の再現は、研究において重要なポイントだが、そもそもゲームは動的なメディアである」ことを前提に、「ゲームは複数の『異版』を持つ」「ゲーム内の音響表現は、ゲームプレイによって成立する」ことから「ゲーム音響はインタラクティブに変化する一回性のもの」であり、すべてを保存するのは「不可能に近い」と述べた。
尾鼻氏によれば、ゲームアーカイブ自体の研究は進んでいるが、音楽と効果音の保存は十分にされていないのが現状だ。それでも尾鼻氏は「ゲーム研究においてゲームプレイ時の音響の再現は重要なポイント」とゲーム音響アーカイブの必要性を説き、「ゲーム音響資料アーカイブのために、ゲーム音響の特徴を把握し、有効な保存・整理手段の課題精査が必要」と提言した。
これらの現状を踏まえて、尾鼻氏はゲーム全体のアーカイブを見据えたゲーム音響アーカイブの方法として「市販のサウンドトラックや楽譜の保存」「ゲームパッケージの保存(動態保存)」「エミュレーション/マイグレーション」「プレイ動画」「オーラルヒストリー」「音響に関するゲーム関連開発資料」「インタラクティブなサウンドトラックの制作」の7項目を掲げ、これらを相互補完的にアーカイブする必要性を示した。
尾鼻氏によると、ゲームの音や音楽のアーカイブ研究を進めることで「音響のみならず、ゲームアーカイブ自体の方法論を拡充することも可能であり、その意味からも重要」であると指摘した。

「ゲームと音楽の融合」を目指すサウンドプログラマーの挑戦
「音楽を身体化するテクノロジーとしてのインタラクティブミュージック」と題した発表を行ったのは、スクウェア・エニックス在職時に『ファイナルファンタジーXV』を、独立後は『ポケットモンスター スカーレット・バイオレット』などのサウンドプログラムを担当した、サウンドプログラマーの岩本翔氏だ。
岩本氏は、ゲーム音楽および音楽に精通するプログラマーとして、noteに「ゲームと音楽の関係性」をテーマにした連載を寄稿し、「インタラクティブミュージック」に関する独自のゲーム音楽論を述べている。また文化庁の「メディア芸術連携基盤等整備推進事業」の一環として制作され、2022年に公開されたゲーム音楽のデジタル展「Ludo Musica II -ゲームのための音楽・音楽のためのゲーム-」(※)ではキュレーター兼ディレクターとして参加し、「ストリーミング再生以降のゲーム音楽技術」などの寄稿もしている。
(※筆者補足:岩本氏がキュレーター兼ディレクターを担当したのは「ステージ2」のコーナー。また2021年に公開された第1回目の「Ludo Musica」には、前出の尾鼻氏もキュレーターとして、「Ludo Musica II」にはディレクターとして参加している。ちなみに当サイトのTAITAI編集長と、蛇足ながら筆者も「Ludo Musica」に寄稿している)

岩本氏の発表は、学生時代から開発を続けている、数々の自作ゲームを使用した「ゲームと音楽の融合」の実例を示すもので、最初に紹介した作品は、自身が最初に作った『マインスイーパ』をプレイすると自動で音楽が生成される『音楽マインスイーパ』だった。
岩本氏は、場内のスクリーンと音響設備を利用して、実際のプレイ映像を来場者に見せながら、本作は「旗を立てるアクションをシーケンサーに見立てて、1音ずつ徐々に音楽が出来上がっていく」仕組みで、「『完成された音楽』ではなく、プレイする過程で『音楽が完成されていくことに価値がある』」ものであると説明した。

続けて、岩本氏がオンラインゲームジャムに参加した際に2日間で作り上げ、「ニコニコ自作ゲームフェス2015 センスオブワンダー賞」を受賞した『Space to go』が紹介された。本作は簡単操作で、誰でも音楽を作曲したかのような体験ができるというもの。壇上では、海外のプレイヤーが実況配信したプレイ映像を交えて、岩本氏が本作の特徴を説明した。なお本作は、今でも下記リンクから無料で遊べる。
3タイトル目は『VOXQUARTER(仮題)』という、戦闘コマンドが音楽の4小節になり、音楽を連続でつないで戦うゲーム。あくまで筆者の見解だが、かつてPSP用ソフトして発売された『パタポン』に近いイメージの作品だ。
これらの「ゲームと音楽の融合」を目指した開発経験から、岩本氏は「音楽の『身体化』が起こり得る」と説明する。さらに「音楽的ゲームにおけるメカニクスの音楽性」を「音楽的自由度」と「音楽的自覚度」の2軸を用いて分析した独自の理論も展開した。
現役のサウンドプログラマーによる、開発経験を通じて得た成果やゲーム音楽論の発表は、アカデミー関係者も一般のゲーム音楽ファンにとっても、とても貴重な勉強の機会になったことだろう。
