『ドンキーコング バナンザ』は、全編“破壊”づくしの力作3Dアクションゲームである。
「さえぎるすべてをブチ壊せ!」のキャッチコピー通り、本作は敵はもちろん、地面や壁といった地形まで、あらゆるものを拳ひとつで豪快に壊しまくれる主人公「ドンキーコング」のアクションを最大のセールスポイントにしている。
だが、いざゲーム本編を遊んでみると、“破壊”を体現するのはその限りではなかった。
舞台となる地下世界のロケーション、そこで繰り広げられるキーアイテム「バナモンド」の捜索、ドンキーコング自身のイメージ、登場キャラクターたち、果てはストーリーといった要素に至るまで、(いい意味で)破壊に次ぐ破壊のオンパレードだったのだ。
とりわけ「バナモンド」の捜索はあらかじめ決められたルート(道筋)に従わず、拳で強引に道を作り上げて手に入れるのもアリというのがあまりにも豪快で破壊的。まさに「筋肉(マッチョ)は不可能を可能にする」である。
すべてのバナモンドがその手段で手に入れられるわけではない。中には素直にルートを辿らねばならないものも存在する。だがそれも、ドンキーコングの驚異的な身体能力が生み出すパワフルマッチョなアクションを駆使して無理やり近道したり、力任せに強行突破することが可能。
「こんなことができたらいいのに」というプレイヤーの願望を、マッチョなドンキーがすべて現実にしてくれるのだ。
1999年にNINTENDO64向けに発売された『ドンキーコング64』以来、約26年ぶりの3Dアクション作品であり、2014年の『ドンキーコング トロピカルフリーズ』(Wii U)から数えて11年ぶりの新作でもある本作。長きブランクを経て帰ってきた『ドンキーコング』は、あらゆる面において破壊の快感と真理が凝縮されたアクションゲームへと生まれ変わった。
本記事の執筆時点でも、Nintendo Switch 2本体は入手が難しい状況にあるが、もし手に入れることができたのなら、本作を最初の1本として前向きに検討いただきたい。むしろ、筆者は熱烈にそれを推薦させていただく!
また、弊誌では本作の先行プレイ動画も公開しているので、こちらもぜひチェックして欲しい。
ドンキーはマッチョである。そしてマッチョは不可能を可能にする。つまり、ドンキーは不可能を可能にする。驚異のマッチョ三段論法を体感せよ!
改めて『ドンキーコング バナンザ』について簡単に紹介しよう。
本作は、黄金のバナナ「バナモンド」を求めるドンキーコングが、特別な歌声を持つ少女「ポリーン」と一緒に不思議な地下世界を冒険していく3Dアクションゲームだ。地下世界のさまざまな「階層」でバナモンドを集めながら、「どんな願いも叶う」との言い伝えが残る地下世界の最下層「星の中心」を目指すというのが最終目的となる。

すでに初報時点から公表されている通りだが、本作最大のセールスポイントは地面、壁といった地形を拳ひとつで簡単かつ自在に壊せてしまうドンキーコングのアクション。1回パンチするだけで壁や地面がヘコみ、そのまま続けて繰り出すとボコボコ壊れてトンネルや穴ができあがっていく。
しかも、基本的に階層内(エリア内)に見える地形のほぼすべてを壊せてしまう。厳密には一部、破壊不能な地形も混ざっており、エリア全体を跡形もなく壊し尽くすことはできないが、それでも壊せる箇所はかなりの範囲に及ぶ。単純な操作でボコボコバリバリとぶっ壊せるのもあって、つい我を忘れて没頭してしまうほど気持ちいい。
もちろん、本作のアクションは壊すだけではない。壁や地面をひっぺがして破片を作り出し、敵に投げつけたり、それをスケボー(というか、仕組み的にはスノボ)のようにして滑走するなどといったこともできる。
破片を武器代わりに振り回し、敵や地面をさらに壊しまくることだって可能。「パワフル」のひと言すら生ぬるい、まさに“破壊”の極みを尽くしたアクションになっている。
そんな爽快感に全振りした作りの本作だが、「地形を破壊する」アクションの面白さは「探索の常識まで破壊できる」ことにもつながっている。バナモンドは各階層のいたる所に隠されていて、なかには一定の道順(ルート)に沿わないと手に入らない種類もある。
ただし、バナモンドを獲得するために、必ずしも決められたルートを辿る必要はない。そこに至るまでの道を自分で無理やり作ってしまってもいいのである。バナモンドが置かれている場所の真上から穴を掘るとか、壁を殴ってトンネルを強引に作り出して近道するといった具合に。
言うなれば「筋肉は不可能を可能にする」の思想が許容されているのである。そう、ドンキーコングはマッチョである。マッチョだからこそ筋肉という最強にして最高の解決手段(ブレイクスルー)を執行できる。
どんな障害だろうが筋肉の前に敵なし。筋肉はすべてを解決する。筋肉こそ救い。筋肉は裏切らない。筋肉が真理を教えてくれるのだ。
「そんなのアリかよ!?」だが、繰り返そう。ドンキーコングはマッチョである。マッチョだからこそ常識を覆せる。
このようなキーアイテム探しに焦点を当てた3Dアクションゲームの定石を打ち破る遊び方、攻略ができてしまうのが本作の破壊アクションに込められた真の見所なのだ(※ただ、一部にはルートを辿らないと手に入らないバナモンドもある)。
地形を縦横無尽に駆け回れてしまう……だけじゃない! 「ドンキーコングの姿を捨てられる」という破壊的思想の極み
マッチョなドンキーコングは、その驚異的な身体能力で地形以外に対しても不可能と常識を破壊する。
特に高い垂直の壁や天井であろうと易々と登ってはぶら下がり、動き回れる縦横無尽ぶりは、ドンキーコングだからこそ違和感を抱かせない説得力がある。
破壊がフォーカスされがちなのもあり、影に隠れてしまっているが、実は本作、壁が登り放題・張り付き放題・動き放題。しかも、これといってスタミナを消費することもなく、易々かつ自由にできてしまうのだ。一部に掴めない壁も存在しているため、全部が全部というわけではないが、基本的には自由だ。
このおかげでさまざまな離れ業を決めることも可能。断崖絶壁から飛び降りて壁をつかみ、そのまま動きながら下にある段差に渡ったり、前方の壁を壊して突入するみたいなことができてしまう。場合によってはバナモンド獲得の近道にもなったりするほどだ。
これは元々、壁登りも得意とするドンキーコングだからこそ違和感のないアクションとも言える。そこにマッチョ成分が加わることで、常識をぶち壊す離れ業も可能にしている。まさしくドンキーコングというキャラクターであるからこそ成し得たものだ。
仮に人間だとすれば違和感が噴出してしまうため、「がんばりゲージ」的な何かで制限を設けてしまうものだろう。だが、ドンキーコングなら無くても違和感がない。マッチョならなおのこと。
それもあって、非常に高い説得力を持ったアクションで、かつドンキーコングというキャラクターの強みも活かされているのだ。同様の強みは「ローリング」というアクションにも現れていて、身体を丸めながら疾走する機敏さと気持ちよさはドンキーコングのマッチョな身体あってこそ。

また、ローリング中は「下方向にほとんど落下しない」という特徴もあるため、ジャンプとローリングを組み合わせて使えば、より長い距離を跳ぶこともできるのだ。このアクションを駆使すれば、入手しづらい場所にあるバナモンドを半ば強引にゲットできたりもするので、プレイヤーに強い印象を残すアクションになっている。
だが、それ以上に強い印象を残すのは「バナンザ変身」だろう。なにせ「ドンキーコング」というイメージを粉々に破壊するに等しいアクションが炸裂するのだ。

具体的には「ダチョウバナンザ」「シマウマバナンザ」のふたつ。そもそも、ドンキーコングがダチョウやシマウマになるとか、その時点でワケが分からない。どんな頭をしていたらそんな発想に至るのか(※褒めている)。
これまでの『ドンキーコング』シリーズは、ドンキーコングというイメージを守ることも含めてか、特殊なアクションは「アニマルフレンド」に任せる形を取っていた【※】。本作はそこも根底から破壊し、バリエーション豊かなドンキーコングの姿とアクションを楽しめるのだ。その無茶苦茶さは、まさに『ドンキーコング』シリーズの常識をぶっ壊すものだ。
※『スーパードンキーコング2 ディクシー&ディディー』を始めとする一部のシリーズ作品にはアニマルフレンドに変身できる「アニマルバレル」なるものも存在したが、アニマルフレンド自身になるという感じで、元の姿の面影を残すような表現になっていなかった。
実際にバナンザ変身を使ってシマウマやダチョウの姿になったプレイヤーは、きっと「ドンキーコングってなんなの?」との疑念と混乱が一層深まって、脳内の至るところが壊れかける体験をすることになるだろう。筆者もドンキーコングのことがますます分からなくなった。
だが、マッチョは不可能を可能にするのだ。
そう思えば自然に受け入れられる。少なくとも私は。
本作はフィールドのいたるところを壊し放題でありながら、目的地を見失いにくい工夫がされているのも興味深い。実は本編には明瞭な導線が敷かれており、それを辿っていけば自然に展開が進んでいく。また「バナモンド」を一定数集めないと次の階層へ行けない、みたいな縛りもない。
次の階層へは、現在の階層の終盤で対決する大ボスを倒せば普通に行けてしまうのだ(一部例外もある)。この辺は元々、ステージクリア型のアクションゲームである『スーパードンキーコング』シリーズのスタイルと似ている。
同様の構成は本作と同じ3Dアクションの『ドンキーコング64』もそうだった(ただそれとは別に作中のキーアイテム「ゴールデンバナナ」などを一定数集める必要もあった)ため、過去作と同じゲーム性が再現されているところに経験者的にはニヤリとしてしまった次第である。