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名作『This War of Mine』開発チームの新作『The Alters』が素晴らしく面白い。とにかく感心してしまう作り

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タイトル名:『The Alters』
プラットフォーム:PC/PS5/Xbox Series X|S
開発元: 11 bit studios
発売日:2025年6月13日
価格:3,960円
概要:
死の惑星から脱出するため“別の人生を歩んだ、自分のクローン”をいくつも創って生存を目指すSFアドベンチャー。「あのときこうしていれば…?」そう思うのであれば、創ればいいのだ、その自分を。名作サバイバルゲーム『This War of Mine』開発チームによる最新作。

文/藤田祥平
編集/実存


「クローンによる人間の生産などは、許されない」

静かな生活が始まったら、どこのセンターに送られるにせよ、わたしはヘールシャムもそこに運んでいきましょう。ヘールシャムはわたしの頭の中に安全にとどまり、誰にも奪われることはありません。

──カズオ・イシグロ、『わたしを離さないで』柴田元幸訳

『The Alters』レビュー・評価・感想:素晴らしく面白い。とにかく感心してしまう作り_001

1997年、パリにて行われた、UNESCOの『人類の遺伝子と人権についての国際宣言』第11条には、つぎのようにある。

人類の尊厳にそむく実験、たとえばクローンによる人間の生産などは、許されない。国家、その他の国際的機関は、こうした類いの実験にたいし、この宣言文に記された基準が守られているかどうか、国家的あるいは国際的に協力して検討するよう求められる。

(筆者拙訳)

「クローンによる人間の生産などは、許されない」のはなぜか。

とうぜん宗教もからむが、科学的な見地からいえば、畸形の問題を解決できないからであろう。

たとえばAlexander Meissner, Rudolf Jaenischが2006年に発表した「哺乳類の細胞核移植について」というレポートを読むと、Abnormal(畸形)の語幹をもつ単語が、本文中に12回も出てくる。

移植のための臓器を、クローンで培養することは、できる。しかし、それはテイラーメイドで、手間がかかる。金と力を使って洋服を仕立てるよりも、出来合いのものを着たほうが安上がりだし、誰の手にも届く。それで医療界も、やる気でない──と、Business Insider Indiaは総括している。

上記のような理由で、1996年に最初のクローン羊であるドリーが誕生してから30年、われわれ人類は、生きてわれわれの社会で生活する人間のクローンを、生産していない。

ただ、可能である。やろうと思えば、できる……その過程で、無数の母胎を傷つけ、たくさんの畸形児をこの世に送り出すことにはなるが。

わたしの推理では、現代において、億万長者たちはすでに、彼らのクローンをヘールシャムで養育している。

まあ、そういうものだろう。鶏の血に悲しめど、魚の血に悲しまず、声ある者は幸いなり。だから、人間のクローンに反対する者は、菜食主義者でなければならない。そしてわたしは、自身の生存と快楽のために魚や鳥を殺して食べるので、えらそうに倫理を振りかざせない。

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ところで、あなたは地球にいない。

どこか、ものすごく遠くの惑星を探査するプロジェクトの乗員で、いま、ピンチに陥っている。

ほかのクルーは、全員死んだ。

あなたは、ただの「ビルダー」にすぎない。

しかしあなたは、地球との切れ切れの通信からヒントを得た。あなたは、量子コンピュータと、「ゆりかご」デバイスを用い、あなた自身のクローンを作ることができる。

しかも、それはただのクローンではない。あなたの移動式拠点の量子コンピュータが「観測」した、あなたとはべつの人生を歩んだあなたを、創ることができる。

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いまのあなたを、あなたたらしめた、いくつかの大きな選択がある。

初恋のひとに愛を打ち明けた、明けなかった。トラックに轢かれそうになっている子供を助けた、助けなかった。大学院に進んだ、進まなかった。

それらの重大な分岐で、あなたと異なる決断をしたあなた──あなたとおなじ身体をもつが、異なる人生を歩み、その結果、ことなる専門性を身につけた、あなた。

そいつを──「オルター」を、作るのだ。

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そうすれば、べつの人生で「エンジニア」になっていた「あなた」は、故障した移動式拠点の機関室を、修理することができるだろう。

修理しなければ、数日後にのぼる太陽が、拠点もろとも「あなた」を焼くだろう。

さあ、いますぐ、べつの人生を生きた自分を現世に呼び寄せろ──。

さもなければ、おまえは死ぬ。

というのが、11bit gamesの新作、『The Alters』のツカミである。

こういう説得のしかたは、映画とビデオゲームにしか出来ない

吹っ飛ばされた。まあ、面白い。よくも、こんな設定を思いついたものだ。膝を打って感心した。

クローンの倫理性の議論を、わたしはいままで、どうもうまく飲み込めなかった。

たとえば、目の前に、クローンとして産まれ、適応障害を起こして苦しんでいる者がもしいたら、わたしは同情し、やさしくするだろう。

だけど、そんなひとは、いままで、いなかった──この作品に出会うまでは。

しかも、そのひとは、ほかならぬ自分自身なのだ。

つまり、開始一時間ほどの粗筋と表現だけで、この作品は、クローン問題を倫理から道徳へと飛躍させ、主観と客観を入れ替えてしまったのである。

こういう説得のしかたは、映画とビデオゲームにしか出来ない。

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誰だって、一度くらいは、「あのときこうしていれば」という想像を、したことがあるだろう。

その、白昼夢の想像を、量子コンピュータが魔法で肩代わりして、あなたの眼前に創造する。

生々しいビデオゲームのリアリティをもってだ。

あなたは、その具体と、話すことも、抱擁を交わすことも、殴り合いの喧嘩をすることもできる。

しかし、それだけではゲームは進まない。これは、ノベルゲームではなく、リソース管理シムでもある。

すべてを燃やす太陽が昇るまで、あと何日。磁気嵐が来て、なにもかもぶっ壊していくまで、あと何日。

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▲移動式拠点のリソースマネジメント。だんだん人が増えて、賑やかになる……全員、ある意味で「あなた」だが。

大車輪を模した移動式拠点が、前方に巨大な障害物を察知して、停止してしまった。あなたはエアロックから出て、この未知なる惑星を探索しなければならない。資源を採掘し、次元の境界面からやってきたアノマリーと対峙し、道を切りひらかねばならない。

あなたを雇った企業が、その存在を星座の果てまで追い求めた、架空の物質。あなたが発見し、あなたに「オルター」を作ることを可能にした新物質、「ラピディウム」は、老いた地球人類を、まるっと救えるかもしれない。

切れ切れの通信はやがて太くなる。企業の連中は、あなたに「ラピディウム」をもっと掘れと急かしてくる。あなたは彼らの指示を聞き、ときには反発しながら、救助が来るという地点まで、移動式拠点を運ぶ。

ええと。

ここと、こことを繋げれば、パイロンも間に合うだろう。ああ、またあいつらが喧嘩している。放っておくしかない。まずい、宇宙船のシールドの充電パックがもう切れた。金属、鉱物、有機資源の残りはあとこれだけか。今日中に掘りきれるか? ベースから通信。食い物がない? ……マッシュ・ポテトでも食ってろ!

「身体がふたつあればいいのに!」大丈夫だ。ふたつめを、創れる

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「ああ、忙しい!」とあなたは叫ぶ。「身体がふたつあればいいのに!」

大丈夫だ。ふたつめを、創れる。しかも、そのふたつめは、べつの世界で、あなたと異なる専門を選んだ、あなた自身だ。まだ、足りない? では、みっつめを創ればいい。よっつめ、いつつめ、どんどん創ればいい。

と、調子に乗って「オルター」を作りすぎると、寝床や食料の問題が出てくる。

芋を食ってろ、床で寝ろと、放っておくと、不満が噴出する。

そりゃそうだ。あなただって、床で寝たくはない。

かといって、甘やかしすぎると、食っていけない。

「オルター」どうしの関係もある。荒っぽいブルーカラーの「マイナー」は、理屈っぽいホワイトカラーの「サイエンティスト」と馬が合わない。「ボタニスト」は穏やかで、良い奴だが、あなたがいまだに忘れることのできない元嫁と彼とは、彼の現実では、離婚せずに仲良くやっている。

そこであなたは、あなたの現実の地球にいる元嫁からの通信に、この「ボタニスト」を送り、応答させることさえできる。

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いいのか、それは?

いや、誰にいいと決めてもらっても、駄目だ。いいのだと、わたし自身が納得しなければ……。しかし、この場合の「わたし」とは誰だ? 「わたし」なのか、それともわたしの「オルター」なのか……?

個人事業主のわたしでさえ、この集団のフラストレーションは、よくわかる。

彼らは、どこまでいっても「あなた」なのだ。

彼らはたとえば、『RimWorld』におけるような、たくさんの細かなパラメーターをもってはいるが、やはりNPCであるような存在ではない。現実に生きるあなたとおなじように、さまざまな欲求をもち、状況に混乱している、ひとりの個人なのだ。

と、プレイヤーに感得させるような、さまざまな仕掛けに満ちている。

「オルター」同士が殴り合いの喧嘩をはじめる、あなたは仲裁する。

こんなに働いたのだから一日休みをくれと、誰かが誰かに文句を言っている。あなたが、どうするかを決める、あるいは、決めない。

あなた(みんな)が工作室で作ったアコギで、みんな(あなた)が十代のときに組んでいたバンドの楽曲を演奏する……。

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文章にすると、この設定は、あまりにもややこしい。しかし、ビデオゲームの具象としてあらわれると、まったくなにが起こっているか、理解できてしまう。

こうしてプレイヤーは、自己とはなにか、他者とはなにかの概念をかき乱され、おそろしいめまいを覚えることになる。それはおそらく、生と死、過去と未来、運命と宿命の混淆物がもたらす、深淵に対したときのめまいである。

まったく、降参である。プレイしてみてほしい。

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ライター
1991年大阪府生まれ、文筆家。 Website : https://github.com/rollstone1/fujitashohei/wiki
Twitter:@rollstone
デスク
電ファミニコゲーマーのデスク。主に企画記事を担当。 ローグライクやシミュレーションなど中毒性のあるゲーム、世界観の濃いゲームが好き。特に『風来のシレン2』と『Civlization IV』には1000時間超を費やしました。最も影響を受けたゲームは『夜明けの口笛吹き』。
Twitter:@ex1stent1a

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