いま読まれている記事

『都市伝説解体センター』はなぜ成功したのか? 「開発の作家性」を引き出すことを考え、チームの健康や精神面もケア。企画立ち上げから発売後の打ち上げまでをプロデューサー視点から見る、ヒットの背景にあった「隠れた努力」の数々【CEDEC+KYUSHU 2025】

article-thumbnail-251218f

1

2

仕事量を調整して開発チームの健康をケア。作品で楽しみ、ユーザーを喜ばせる

2024年に入るとゲーム開発はいよいよ佳境に入り、それに伴いプロモーション活動も慌ただしく動いていく。ここではその時の施策を開発とプロモーションの2つに分けて紹介する。

まず、開発においてこのとき林氏が最も重視したのは、「開発チームの負担をいかに軽減させるか」というものであった。

本作の開発チームである墓場文庫はそれぞれ実力のあるメンバーを揃えているが、とはいえたった4人の制作チームである。林氏曰く、開発後期の物量はとても4人でこなせる量ではなかったという。

そこで、林氏はいくつかの部分で外部の開発力を投入することに。ピクセルアーティストやバグチェックのQA、そしてローカライズチームまで、外部の会社の力を借りながら開発を進めていった。

CEDEC+KYUSHU 2025『都市伝説解体センター』はなぜ成功したのか? ヒットの背景にあった「隠れた努力」の数々_013

しかし、いくら他から手伝ってもらうと言っても、ゲーム開発の中心にいるのはわずか4人のメンバーのみ。どうしても仕事が集中していくのは避けられない。

大人数の企業であれば分散できる仕事も、小規模開発では分散のしようがない。そこで、林氏はプロデューサーとしてとにかく彼らの健康面や精神面についてものすごく配慮をしたという。「その点で言えば、この2024年はインディーゲーム開発の難しさを実感した年でもあります」と林氏は当時の状況を振り返った。

この配慮はQAや開発チームが表に出るプロモーションの際に最も現れている。例えばバグ潰しにあたるQAでは、外部のデバッグ会社の協力でおよそ1000を超えるバグを発見することができたが、これを主にチーム内のエンジニア(なんと1人!)だけで改善するのはほとんど不可能であり、当人からすれば非常に気の滅入る作業となる。

これに配慮して、林氏は重大なバグだけをあらかじめ抜き出した状態でエンジニアに報告。些末なバグはいったん知らせず、エンジニアの精神的負担を軽減していたという。なんとも涙ぐましい努力だ。

CEDEC+KYUSHU 2025『都市伝説解体センター』はなぜ成功したのか? ヒットの背景にあった「隠れた努力」の数々_014

また、海外出展をする際においても、できるだけ開発チームに負担をかけないため、フライト・ホテルの段取りや現地でのインタビューなどは全て会社側でアテンド。開発者たちには現地視察という「息抜きとモチベーションアップ」に集中してもらい、できるだけストレスを避けたという。

しかし、こうした努力があってもなお、エンジニアの負担が完全に軽減されたわけではない。特にローカライズに関する作業については、林氏もそれなりに心残りがあるようだ。

世界に出ていくという目的のもと、ローカライズには12言語というほとんどインディーでは考えられない規模を想定していた。しかしいざやってみるとなると、言語表記があまりにも異なるヒンディー語やアラビア語でバグが多発し、結果そのしわ寄せがプログラマ(エンジニア)に集中することになってしまった。「今考えれば“やりすぎ”であったな」と、プロデューサーとして反省しているという。

CEDEC+KYUSHU 2025『都市伝説解体センター』はなぜ成功したのか? ヒットの背景にあった「隠れた努力」の数々_015

次はプロモーションについてだ。

この時期(2024年後半)、『都市伝説解体センター』は「The MIX(欧米のショーケース)」や日本向け「Indie World」で取り上げられ、すでにかなりの知名度を獲得していた。こうしたユーザーからの反応を見ていく中で、林氏はあることに気づく。

この頃から、ピクセルアートの美麗さというよりも、キャラクター自体の魅力に話題が移っていくのを感じたのだ。プロデューサーとして林氏は、ユーザーがこのゲームに何を求めているのかを考えたとき、美麗なドットよりキャラクターの商品性の方がより魅力的であると考えた。

ここで本作の魅力が「キャラクターの魅力>ピクセルアートの美麗さ」であるとアップデートできたことで、本作のプロモーションの方向性もより明確になっていく。

例えば、本作のサブキャラクターである「トシカイくん」を使ったSNS運用や、主要キャラであり人気キャラでもある「廻屋」と通話できるというYouTube動画と実際の電話を掛け合わせたプロモーションなどがその代表的なところだ。前者は公式SNSという媒体を用いることによってファンとの交流やサブ活動の醸成に役立ち、後者は「ネット上の謎解き×声優」を使ったプロモーションでゲーマー以外のファン層を取り込むことに繋がっている。

ちなみに、「トシカイくん」の公式SNSは林氏ではなくSNS担当者からの声で始まったものであり、X上で使われているぬいぐるみは開発者の1人の奥さんが手作りで作った一点モノ。こうした開発側の「作品で楽しむ姿勢」が、結果的に活発なコミュニティ形成に繋がったと林氏は語る。

また、これらの施策と同時に林氏が考えたのは、「より客を喜ばせる」という姿勢であった。

例えば、本作のパッケージ&特装版では、社内のボードゲーム制作チームの協力で特製のボードゲームを収録。本来はダウンロード専売を考えていた本作にとってそこまで利益になるものではないのだが、これは「あくまでユーザーに喜んでもらいたい、話題にしてもらいたい」というファンサービス観点から制作したとのことだ。

ほかにも、2024年9月に行われた「TOKYO GAME SHOW 2024」では、巨大なピラミッドを目印に、試遊だけでなく体験型の謎解きブースも展開。また、「ヨドバシカメラ マルチメディア Akiba」でも体験型のブースを設置している。

これらも先ほどのSNS同様、林氏のディレクションというよりはイベントチームたちの創意工夫によるものだということらしいが、ここからも、制作側が「作品で楽しむ」という姿勢がより強く見て取れる。

CEDEC+KYUSHU 2025『都市伝説解体センター』はなぜ成功したのか? ヒットの背景にあった「隠れた努力」の数々_020

これらに共通するものとして、ゲームだけでなく「ゲームの外にそれぞれ楽しみが用意されている」という点は、特に強調しておきたい。林氏はこの点について、「TOKYO GAME SHOW」でのことを次のように語っている。

集英社ゲームズのやりきるところは本当に尊敬しています。ただ試遊するだけでなく、ゲームができなくても謎解きだけは楽しんでもらえるという工夫があったからこそ、ここまで話題にしていただけました。

さらに驚くべきなのは、このブースでの謎解きに、さらにもう一段謎解きが用意されていたことです。分かった人だけが特別な画像をゲットできるというこの特別な”仕掛け”は、お客さまがとても喜んでくれるものとなりました。

お客さまを楽しませることが今のマーケティングにはすごく重要だと実感したイベントです。

こうした「客を楽しませる・喜ばせる仕掛け」によって、『都市伝説解体センター』はより一層注目を集める作品となっていったのである。

そしていよいよ、ゲーム発売の日がやってきた。

発売後にはレビューから細かい改善点を洗い出す

ゲームがリリースされてからまず重要なことは、ユーザーの動向を注視することだと林氏は語る。特にゲームのレビューに関して、ここでは「レビューの良い循環」ということが語られた。

これは制作陣も想定していなかったことだが、本作がミステリーアドベンチャーであることで、ネタバレをしない配慮がユーザーの間で形成されたという。特に「感想に悲鳴だけ残す」といったものや「何も言えないけど薦める」といったものは、それ自体がユーザーの興味を引くムーブメントになっていった。

また、fusetter(ネタバレ防止用の伏せ字ポストを投稿できるサービス)を活用した感想の言い合いがコミュニティの文化として広まり、ゲーム外でプレイヤーが自発的に楽しむ遊びも生まれ始めていたのだ。

コントロールして生まれたというよりはむしろゲーム性による部分であろうが、結果的にこのレビューがそのままユーザーの興味を誘発するという「好循環」が高評価を獲得するのに繋がったと林氏は語る。

しかし、ただレビューを眺めているだけで仕事は終わりではない。ここからより評価を上げていくために、林氏はレビューを「バッド」のものに絞って、本作の細かい改善を洗い出し始める。

CEDEC+KYUSHU 2025『都市伝説解体センター』はなぜ成功したのか? ヒットの背景にあった「隠れた努力」の数々_021

分からない言語でも、翻訳ツールをかけて何とか返信対応をし、担当者には1日10件でもいいから返信を行ってくれと指示したとのこと。というのも、世界的な反響を見て改善するべきところが分かれば、“ここさえ直ればグッド”といったバッド評価を、グッドに底上げすることができると考えたからだ。

「この部分さえ直ればかなりいい」という評価は、確かにゲームレビューでは多い。そうした「かゆいところ」を潰すことによって、本作の評価は少しずつ上昇していくことになる。

例えばリリース後に実装された「チャプターセレクト」や「移動速度変更」などは、どちらもそれを欲するユーザーにとってはグッドに評価を改めるものとなったはずだ。現在Steamでの『都市伝説解体センター』の評価は日本語・全体ともに「非常に好評」。この結果も、こうした細かい改善の賜物だろう。

こうして無事リリースを終え、ユーザーからの評価も上々となった『都市伝説解体センター』だが、実はプロデューサーの仕事はまだ残っている。関係各社との「打ち上げ」である。この打ち上げでは本作のタイトルとかけて、実際にマグロ解体ショーが行われたらしい。

CEDEC+KYUSHU 2025『都市伝説解体センター』はなぜ成功したのか? ヒットの背景にあった「隠れた努力」の数々_022

画像にある「マグロ解体」という小ネタはさておき、この打ち上げはハッピーなお疲れ様会というよりも、林氏にとっては巨大なプロジェクトに関わった各関係者へのお礼回り的な側面もある。こうした労をねぎらう会を良好に取り仕切ることも、プロデューサーにとっては必要な仕事なのだろう。

ゲームの企画から開発、そしてリリースに至るまでの長い制作工程をここまで見てきたが、結局のところ、本作がここまでのヒットに至った理由は一体何だったのだろうか。林氏は講演の締めに、現在のゲーム業界でのマーケティング手法について次のように語っている。

「ゲームがそれ単体で面白い」という時代は今一つの終わりを迎えて、今は「ゲームを通してお客さまと一緒に楽しむ」という時代に差し掛かっているのではないかと思います。

今回であれば、ピクセルアートの綺麗さから廻屋くんのキャラ人気、そしてトシカイくんのXや謎解きなど、方向性は色々なことをやりながらも、全て『都市伝説解体センター』というものをお客さまと楽しんで進めることができました。
もちろん、クリエイターとしてゲームを面白くするのは大前提ですが、面白いゲームをしっかりお客さまと楽しめる、そういった仕組みを作ることが大事なんじゃないかと思っています。

今回の成功は墓場文庫の尽力の結果であり、それと同時にQA、マーケター、ライター、バックオフィス含め、会社が一丸となって全力で取り組めたことが要因なんじゃないかと考えております。


たった4人から始まったゲーム開発だが、最終的には60人を超える大量の社員が関わることによって、今回のプロジェクトは成功を収めた。実際に開発に携わった人間だけではなく、皆が「ともにゲームを作っている」という意識を共有し全力で取り組めたからこそ、今回のヒットとIPの成長に繋がったのだろう。

どの段階に関わるにせよ、そこに携わる人間全員が情熱を燃やして仕事ができるというのは、もしかするとインディー開発の最も魅力的で優れた部分であるかもしれない。『都市伝説解体センター』は、2025年に「日本ゲーム大賞2025」にて年間作品部門の優秀賞受賞という偉業を成し遂げている。この作品の成功によってさらにインディー業界が活性化することを期待したい。

これからどのようなゲームタイトルが生まれ、ヒットしていくか。この記事が次のヒット作を読み解く1つのヒントになれば幸いだ。

©Hakababunko / SHUEISHA, SHUEISHA GAMES.

1

2

ライター
大阪在住のゲーマー。ゲームに限らずアニメ、映画など気になったものは何でも取り込む雑食系。オープンワールドのゲームやウォーキングシミュレーターなどが大好き。最近はオンラインゲーム『League of Legends』にドハマりしているが、プレイの腕はイマイチ。
編集・ライター
『The Elder Scrolls』や『Dragon Age』などの海外RPGをやり込むことで英語力を身に付ける。個人的ゲーム史上ナンバーワンヒロインは『Mass Effect』のタリゾラ。 面白そうなものには何でも興味を抱くやっかいな性分のため、日々重量を増す欲しいものリストの圧力に苦しんでいる。

本ページはアフィリエイトプログラムによる収益を得ている場合がございます

新着記事

新着記事

ピックアップ

連載・特集一覧

カテゴリ

その他

若ゲのいたり

カテゴリーピックアップ