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『都市伝説解体センター』はなぜ成功したのか? 「開発の作家性」を引き出すことを考え、チームの健康や精神面もケア。企画立ち上げから発売後の打ち上げまでをプロデューサー視点から見る、ヒットの背景にあった「隠れた努力」の数々【CEDEC+KYUSHU 2025】

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2025年、日本の新興パブリッシャーから1つのヒット作が誕生した。その名も『都市伝説解体センター』。ゲームパブリッシャー「集英社ゲームズ」よりリリースされたミステリーアドベンチャーゲームである。開発を手がけたのはゲーム制作者4人組で結成されたインディー開発チーム「墓場文庫」だ。

本作は2025年の2月にリリースされて以降、日本を中心に世界各国で非常に高い評価を得ている作品だ。美しく躍動感のあるピクセルアート、都市伝説を軸に展開される度肝を抜くストーリー、そして主人公「福来あざみ」や「廻屋渉」などの個性的なキャラクターなど、様々な要素が高いレベルでまとまった傑作アドベンチャーである。

公式発表では、本作の売り上げはリリースからわずか3か月でなんと30万本以上。インディーゲームとしては大ヒットと言っていい数字だろう。また、YouTubeで公開された本作の主題歌である「奇々解体」のミュージックビデオは本記事執筆時点で360万再生にも達しており、既にコミカライズ、ノベライズなどゲーム外へのメディアミックス展開も進んでいる。まさに、いちインディーゲームタイトルとしては「破格」のヒット作となったわけだ。

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なぜ、『都市伝説解体センター』はそのような「成功(ヒット)」に至ったのか?

もちろん素晴らしいゲームであることは大前提だが、実はそれだけではない。本作がリリースされ、そしてユーザーが楽しく遊ぶ光景の裏側には、開発者のケアやフィードバックを受けての地道な改善など、本作がヒットに至るまでに繋がる様々な隠れた「努力」があったのである。

そんな「ヒットの種」がどこにどうやって撒かれていたのかについて、本作の成功の立役者、プロデューサーである林真理(はやし まこと)氏が11月29日に開催されたゲーム開発者向けのカンファレンス「CEDEC+KYUSHU 2025」の講演で語ってくれた。本稿では、その模様を紹介していく。

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文/植田亮平
編集/海ソーマ


「間口の広いミステリー」としての勝ち筋を感じ、即答で決まった企画

『都市伝説解体センター』が生まれるきっかけとなったのは、2021年の秋。当時集英社ゲームズでプロデューサーとして働いていた林氏が、後に同作の制作に携わることとなる「墓場文庫」と出会ったところから始まる。

当時、墓場文庫は「Google Playインディーゲームフェスティバル2021」【※】において、前作『和階堂真の事件簿 – 処刑人の楔』でトップ10入賞および集英社ゲームクリエイターズCAMP賞を受賞していた。この賞を贈呈したことから、林氏と墓場文庫の「次回作への長いゲーム開発の旅」がスタートしたのである。
林氏は当時を回想して次のように語っている。

良い出会いを逃さないというのは確かに重要なことですが、僕自身はそれと同時に、話の相性が合うかどうかも重視すべき要素でした。これから共に仕事を進める仲間として、(彼らからは)一緒に仕事をしてもよいと思える相性の良さを感じました

さて、この出会いをきっかけに本作の企画が始まったのだが、まずは墓場文庫から3つの企画書を提出することとなった。

※Google Playインディーゲームフェスティバル
2018年から2023年まで実施されていた、Androidゲームアプリを開発する小規模や個人のデベロッパーを対象としたイベント。事前審査によって選ばれた開発者たちがプレゼンを行い、審査員との質疑応答を経て各部門の受賞作が決められていた。

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上のスライドを見ると分かるが、この時点で既に「都市伝説解体センター」という名前が登場している。ただ、この時点では具体的なゲーム内容やストーリーは殆ど決まっていなかった。

では、なぜ「都市伝説解体センター」が選ばれたのか? ほかの企画もそれぞれ魅力的だが、林氏が中でも注目したのは「どれが最も墓場文庫の作家性を引き出せるか」というものであった。

ほかの企画も流行りに合うものではあったが、林氏は「墓場文庫の色じゃない」と感じたとのこと。1枚の企画書の段階から「このアイデアが彼らには合う」「廻屋君やきさらぎ駅の怪しい雰囲気が最も墓場文庫の作家性を引き出せるのではないか」と感じ、『都市伝説解体センター』にほとんど即答で決定したという。

また林氏は、都市伝説を扱うミステリーという点にも、これまでのプロデューサー経験から「勝ち筋」を感じていたと語る。

ミステリー自体はコアなファンによって次第にニッチなジャンルと化していく傾向がある。しかしそれと同時に、ミステリーのフォーマットは近年『medium 霊媒探偵城塚翡翠』『ミステリと言う勿れ』など様々に形を変えて、広い間口から客層を獲得する新しいジャンルにもなっており、今回の都市伝説解体センターも後者の「間口の広いミステリー」としての勝ち筋があるのではないかというわけだ。

マーダーミステリーや人狼ゲームなどのヒットから見ても、このブームはあと2、3年は続くだろう。ならば都市伝説を題材にしたミステリーにも、まだまだヒットの可能性があるのではないか、林氏はそう考えた。時にはゲーム以外のエンタメにもヒットの手がかりがあると、プロデューサーとして感じているそうだ。

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そしてここでもう一つ大事なのが、実際のゲーム制作に携わる制作者たちの「力量」を上手く把握することだ。デベロッパーの開発力があらかじめ分かっていれば、ゲームを完成させるまでの具体的な進路が取りやすくなるためである。

墓場文庫の場合、既に前作『和階堂真の事件簿』があったので、開発方針としてはその方向性は分かりやすい。林氏としてはこの「和階堂」のシステムをベースにキャラのバストアップを追加した程度のものを想像していたのだが、墓場文庫の実力を少し見誤っているところがあったという。

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彼らはたった4人のチームでゲーム業界も未経験なため「始めはこのくらいからスタートするのがいいだろう」と思ってのことだったが、実際にはとても実力のあるチームだった。そのため「この段階からもっと深いゲーム企画にしてもよかったのかもしれない」と林氏は当時を振り返った。

こうしてゲームの企画と開発の方向性がある程度定まったところで、林氏と墓場文庫のメンバーは、いよいよ実際の開発に乗り出していくこととなる。

身近で信頼できる人間の意見を多く取り入れ、ゲームと開発者の力を信じて高みを目指す

2022年の春、チームがまず取り組んだのは、叩き台となるプロトタイプの開発であった。「まずはカタチにして、そこから改善点を探すことが大切」という林氏の理念のもと、ゲームの第1話を通しで作ってみることになる。

そうして出来たプロトタイプ版の実際のゲーム画面がこちらだ。

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主人公がスマホで何かをスキャンしている場面だが、この頃はまだゲーム内に「メガネをかけて調査する」という要素は含まれておらず、ARアプリで調査するという仕様になっていた。ただこれはあまりにも操作性が悪かったので、後に現在のメガネをかけて調査する形に変更されたという。

また、「特定」「解体」「SNS調査」などの演出に関わる面についても、この時点で追加されている。当時、社内での評判は上々だったが、「調査だけでは辛い」「派手な演出が欲しい」という意見も出ていたため、この意見もふんだんに取り込んでいくことになった。特にSNS調査に関しては、都市伝説のリアル感を演出する良きフレーバーとして機能するものであり、特に力を入れて作り込んだ部分であるとのこと。

集英社ゲームズでは他のプロデューサーやマーケター、ときには法務の人間まで皆がゲームを遊び、感想を言い合うという環境があり、こうした身近で信頼できる人間の意見を多く取り入れられることが結果的に重要だったのだと林氏は語る。

また、この時点でチームは作品のSteamページを開設し、BitSummit2022【※】にも出展を行っている(この時点ではタイトルとキービジュアルのみでの公開だった)。その結果は……かなりの好反応。特にピクセルアートの美しさや、キャラクターイラストレーションのクオリティの高さが話題になった。

この時点から、林氏は本作の「ビジュアル面の強さ」を認識するようになったという。また、社内と市場からの反応がかなり良かったことも受けて、本格的に予算と制作期間を増やし、ゲームの規模をさらに拡大していくことを決意する。

※BitSummit
毎年京都で開催されているインディーゲームのイベント。毎回多数のインディーゲームが展示・出展される。

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しかし意外なことに、ゲームの規模を拡大することに関しての開発元である墓場文庫からの返答は、あまり芳しいものではなかったという。

「自分たちが作りたいのはそれほど大きなものじゃない、開発を延長する必要があるのか」という話があったそうだ。しかし、この時点で林氏は墓場文庫の開発力を高く買っていたし、ゲームへの社内外の反応も十分に高かった。ゲームと、そしてゲーム開発者の力を信じたからこそ、さらに上を目指して勝負すると決めることができたのだという。

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こうして墓場文庫を説得し、予算と制作期間の拡大が決定。ここからさらなる「高み」を目指して、チームの奮闘が始まる。

本格的な開発に入るにあたって、ゲーム制作の方向性としてはやはり、プロトタイプ版と同様「まず作ってみる」というところから始まった。

下の画像が、α版の実際の画面である。

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仮素材で作っているため背景やキャラグラフィックが面白いことになっているが、何はともあれまずは作りきってみる、というのが林氏の提案であった。当然バグや細かい仕様の粗はいちいち潰していられないので、まずはこの状態のままストーリーを通しで作ることになる。このことについて、林氏は次のように語っている。

作りきることで課題が見えてくるというのは当然ですが、それよりもゲームの全容が見えることによって、クリエイターが自分たちの作っているゲームの価値を理解できることが重要だったと思います。
これによって、墓場文庫のような少数の開発チームでも、自分たちの価値が理解できるように感じられたのです。

チームメンバーの声を聞き、方向性を明確にしてクオリティを引き上げる

こうして制作は順調に進んでいくのだが、2023年のBitSummitを控えて、チームは1つの悩みを抱えていた。本作のテーマ曲である「奇々解体」についてである。

もともとは各章のエンディングに挿入されるEDテーマとして制作された楽曲だが、当初の林氏はミステリードラマっぽい「JPOP風」のものを想定していたという。しかし実際にあがってきた楽曲は、ゴリゴリのラップミュージックであった(近年のJPOPとして見ればむしろ正解ではあるが、林氏の想定していたものとは若干違ったらしい)。

この「奇々解体」を会場のブースで流すか否か、「BitSummit 2023」におけるチームの悩みはそこであった。プロデューサーである林氏も、始めはこの楽曲を流すことについてかなり躊躇したらしい。しかし、そんな状況を変えたのが、社内の若いマーケターの存在であった。

「それは見誤ってます。これは確実にいけますよ」というマーケターの強い説得に押される形で、結果的に会場内で「奇々解体」を使ったプロモーションを流すことになったという。その後、YouTubeでもこの楽曲が公開され……現在の360万再生達成である。

結果的にマーケターの意見は正解で、「奇々解体」ミュージックビデオへの反応は凄く良かったし、楽曲は大いに”跳ねた”。林氏はチーム内メンバーの声を聴くことの重要さ、プロデュースは1人の仕事ではなくチームで動くものだということを、この時改めて実感したのだという。

その後、『都市伝説解体センター』は任天堂のインディタイトル紹介番組「インディーワールド」に取り上げられることでさらに知名度を獲得していくことになる。

また、この年に開催されたピクセルアートコンテンツのイベント「THE PIXEL STREET」に参加した際には、ポップアップショップ開催の提案も受けることになる。

後の海外展開とグッズ展開の両面で、この時の出来事が大きくチームを後押しすることになった。チームにとって良き転機であったと言うべきだろう。

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しかし、全てが順風満帆であったという訳ではない。このとき、チームはゲームの方向性について、ある2つの課題に直面していた。

1つは、本作が思わぬ「バズり」を見せたことによって、プロモーションが当初予定していたものとは若干異なる受け取られかたをされていたことだ。

先ほど書いた通り、本ゲーム自体は非常に喜ばしい反響を得たのだが、当時のPVがかなりホラー路線に寄せたものであったため、結果的にメディアやユーザーは本作を「ホラーゲーム」と解釈するに至ってしまったのである。

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確かにホラー要素はあるにはあるし、ホラーという言葉はそれなりに伸びやすい。しかしこのゲームの本旨はあくまでミステリー。この実際のゲーム内容と前評判のズレを補正するため、林氏はここで告知方法をミステリー主体に変更することを決めたという。

そしてもう1つの課題は、この時期に発売された『パラノマサイト FILE23 本所七不思議』の存在だ。「若干のホラー要素がある都市伝説系ミステリーアドベンチャー」という、テーマからゲームジャンルまでもろ被りの競合作が現れたのである。2つの作品がユーザーから比較されることは間違いなかった。

プロデューサーとして、競合ゲームの発売時期や内容をウォッチするのは重要だと林氏は語る。このライバルの登場は突然のことだったが、結果的に同作がヒットしたことから、ゲームの方向性が間違っていなかったことが分かったうえ、よりクオリティラインを引き上げることにも繋がったという。

開発後期に追加された「仮説」システムはその代表的な例だろう。これにより本作のアドベンチャー性が増すこととなったが、これは他作品を見回すことで自作品の市場価値をより正確に測ることができたことの帰結でもある。

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ライター
大阪在住のゲーマー。ゲームに限らずアニメ、映画など気になったものは何でも取り込む雑食系。オープンワールドのゲームやウォーキングシミュレーターなどが大好き。最近はオンラインゲーム『League of Legends』にドハマりしているが、プレイの腕はイマイチ。
編集・ライター
『The Elder Scrolls』や『Dragon Age』などの海外RPGをやり込むことで英語力を身に付ける。個人的ゲーム史上ナンバーワンヒロインは『Mass Effect』のタリゾラ。 面白そうなものには何でも興味を抱くやっかいな性分のため、日々重量を増す欲しいものリストの圧力に苦しんでいる。

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