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極寒都市サバイバルシム『フロストパンク2』が描く「民主主義の冷たいリアリズム」に身も心も凍った話。清い目的のために、汚いことをしなければならない

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清い目的のために、汚いことをせねばならない

『フロストパンク2』レビュー・評価・感想:「民主主義の冷たいリアリズム」に身も心も凍った話_008

『2』においても、同質の選択はある。
ただ、その選択はいったん、あなたの清き一票というかたちで、議会の多数決の箱に入れられ、何ならば賄賂や根回しといった汚職の果てに、決定される。

これが、ひどい。
身が凍るほどのリアリズムだ。
それは、こんなふうになっている。

たとえば、あなたは凍傷患者の四肢切断に賛成できないとする。
絶対に、そんな法を通してはならない。

緩和ケア法を通さねばならない。
だから、賄賂や根回し、汚職をする。
つまり、清い目的のために、汚いことをする。

だが、あなたの清い心は、その汚さに耐えられない。
なぜ耐えられないかといえば、あなたの清い信念が、ほんとうに善い結果をもたらすのかどうか、確言できないからだ。

緩和ケア法を通せば、たしかに四肢切断は免れる。
しかし、姥捨て山の養老院を開設、運営するのにも、コストがかかる。
そのコストがまわりまわって、コミュニティ全体の首を絞めないとは限らない。

とくにこのような──マイナス60℃があたりまえの、極寒の世界では。

つまり、清いことをするために汚いことをするのは、はたして清いのか汚いのか。
そして、清さのみが正しいのか。

正しさが善いのか。
ただ生き延びればよいのか。

それとも、よりよく生きればよいのか。
よりよく生きるとはどういうことか。

という、容易に答えられるわけのない種々の問題を、民主主義が政治家の心に押しつけるように、『2』はプレイヤーの心に押しつける。

これはつねに、プレイヤーの力量よりも、すこし難しい。
というのも、志が強ければ強いほど、この矛盾も比例して強くなるからだ。

たとえば、独裁者ならば、この矛盾をまるごと抱え込んだだろう。
どのような惨禍がもたらされても、彼ひとりが吊るされればよかっただろう。
しかし民主主義は、はじめから、

「自分はそのような政治方針にはじめから賛成していなかった」

という言い訳の可能性(ProbabilityではなくPossibility)を、残してしまう。
そして、この可能性に飛びつかずにいられるひとは、数少ない。

民主主義の腐敗

『フロストパンク2』レビュー・評価・感想:「民主主義の冷たいリアリズム」に身も心も凍った話_009

いやしくも議会人であるならば、議会の決定には従わねばならない。
いや、従う、というより、議会の決定をもって、自らの決定にかえねばならない。
みずからの意見を曲げることなく主張することによって、ソクラテスは死刑判決を受けた。

彼は、そうしようと思えば師弟たちの助けをかりて脱獄できたのに(そうしようと勧めたものは多くいた)、けっきょくはみずから毒ニンジンをのんだ。
つまり、ソクラテスは、議会の決定をもって、みずからの決定にかえた。

りっぱな行いである。
すばらしい民主主義者である。

世のため、人のために、ここまでみずからを犠牲にできる者が、どれだけいるだろう。
かつてアテナイの議会にはひとりいた。

しかし、いまはもういない。
彼は民主主義によって殺されてしまったから。

そして、体制そのものの腐敗がはじまる。
あとは現代日本とおなじである。

「これはわたしの意見じゃない。民意だ。だから、これがまちがっていたとしても、わたしじゃなくて、民意がまちがっていたんだ。わたしはわるくない。わたしはきたなくない。わたしは、民意を代表する、清く正しい政治家だ」

こうして、民主主義が民意の傀儡となる。
政治家は、耳も目もないが、口だけはある怪物の奴隷となる。

『フロストパンク2』レビュー・評価・感想:「民主主義の冷たいリアリズム」に身も心も凍った話_010

しかし、その怪物の細胞を分解していくと、ひとりひとりには目もあり、耳もあり、りっぱな意見もある有権者があらわれてくる。

ひとりひとり、がんばって生きている。
この、燃えさかる矛盾。

これこそが、民主主義がおのずから抱えている死病だ。
民主主義においては、隣人愛は獣欲で、善行は偽善なのだ。

ゲームプレイの快楽は、プレイヤーの操作の権限の拡大だ。
だとしたら、初代のほうが評判がいいのは当然だ。
どんなに選択に悩み、間違えたところで、それはけっきょくゲームである。
ごっこ遊びだ。

あなたは現実において、独裁者ではない。
だから、電源を落とせば、またひとりの無責任な有権者でいられる。

そして、こう考える。

「投票に行きさえすれば、わたしの義務は果たされる。
わるいのは世間のほうで、わたしではない。」

ひとりが責任をもつか、全員が責任をもつか

『フロストパンク2』レビュー・評価・感想:「民主主義の冷たいリアリズム」に身も心も凍った話_011

ひとは、ヒトラーの悪さを喧伝はするが、ヒトラーの行いを考えてみることはない。
たしかに彼は、あらゆる惨禍をヨーロッパに巻き起こした。
しかし、その咎のすべてを背負って、ベルリンの地下で自決した。
これは男として当然の仕儀だ。

だが、現代民主主義の有権者のだれが、自決するほどの責任を負っているだろう。
すくなくとも、民衆は負っていない。
負いようがない。

あんな紙切れ一枚を箱に入れただけで、責任をとって自決しろなんて、無理筋だ。
国民社会主義ドイツ労働者党に投票してドイツの歴史がこんなことになったから、その責を負って自決したという民衆の話を、例外的な政府高官をべつとして、わたしは聞いたことがない。

しかし、ナチ党を政権与党にしたのは、投票権をもつ民衆だ。

そして、その民意を後押ししたのは、ヴェルサイユ条約で1320億金マルクをドイツ国民に背負わせた、連合諸国だ。

だとすれば、民主制と君主制のちがいは、民衆全員がひとしく悪いのか、それともひとりの独裁者がわるいのか、でしかない。
悪人か善人か。

その分け目は、ただ各々が、天命に従っているかどうかだ。
ひとりが責任をもつか、全員が責任をもつか。
そのちがいのみである。

『フロストパンク2』レビュー・評価・感想:「民主主義の冷たいリアリズム」に身も心も凍った話_012

そして、日々をよくがんばって生きているためにこそ、政治のことなど考える余裕のない民衆の、切実な叫びによってもたらされた愚策による、失われた三十年間を生きてきたわたしはいま、まだしも人類生存の責任を負ったひとりの男が、正々堂々と失敗して自決するさまに付き合うほうが、いずれ死ぬ身の人として生きている甲斐がある、と思うのである。

だから『フロストパンク』は、『3』で、君主制から民主制にいたる、三十年間の過渡期を描くべきだろう。

どんなものかといえば、十人程度の元老院制。
初代首長が、存命のあいだに後継者問題に手を打って、指名したわけだ。

メンバーにはそれぞれに、バックグラウンドや思想をもたせ、キャラ立ちさせて、おおいに喧嘩をさせるとよい。
プレイヤーもそのひとり。
楽しそうではないか。

『フロストパンク2』レビュー・評価・感想:「民主主義の冷たいリアリズム」に身も心も凍った話_013

『フロストパンク』シリーズは、初代で人口3ケタの君主制、『2』で人口5ケタの民主制を描いた。

もちろん、現実の国際情勢はいま、民主から君主への流れにある。
その意味で、逆向きではある。
しかし、いずれの向きだとしても、そのあいだに過渡期の4ケタがあることは確かだ。

その極寒の4ケタを、このシリーズがいつか描いてくれたなら、わたしは政治制度というものを、いよいよしっかり考えられる気がするのである。

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ライター
1991年大阪府生まれ、文筆家。 Website : https://github.com/rollstone1/fujitashohei/wiki
Twitter:@rollstone
デスク
電ファミニコゲーマーのデスク。主に企画記事を担当。 ローグライクやシミュレーションなど中毒性のあるゲーム、世界観の濃いゲームが好き。特に『風来のシレン2』と『Civlization IV』には1000時間超を費やしました。最も影響を受けたゲームは『夜明けの口笛吹き』。
Twitter:@ex1stent1a

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