ああ、今日も一日の大半をショート動画とYouTubeとXで潰してしまった……。
もっとこう、外出や映画を観たりして有意義に過ごしたいのに、腰が重い……。
積もる後悔と喪失感。明日から本気出す。
そう誓った直後にマンガアプリの更新を思い出し、入眠前に再びスマホをポチポチ。
そんな日々を繰り返す筆者の前に突如現れた救世主──それが『ニセ教養お姉さん』だ。
このお姉さん、どんなお姉さんかというと……見た目や言葉使いから深い教養がありそうな雰囲気を醸し出しているが、その実体は何においてもライトな超エンジョイ勢。映画館の魅力を聞かれたときに「画面と音がデカい」とか言い出してくる、テキトーすぎるお姉さんだ。

いや、劇場や映画館の魅力といえば、もっといろいろあるだろう!!
ほら、例えばグーグル先生に聞いてみると……
圧倒的な迫力と没入感、非日常の特別な体験、最新の鑑賞環境──
そうそう!こういうのが「正しい魅力」だ。
でも、ふと思ってしまう。
あれ?『ニセ教養お姉さん』の「画面と音がデカい」の方が、映画館の魅力が伝わりやすくないか?
映画館に行ったことのない友だちに映画館の魅力を伝えるなら、言葉を並べ立てるよりも、お姉さんのシンプルな(なんならちょっと雑でテキトーな)言葉の方がいい気がする。
自分の言葉で考えてみても、映画館の魅力って「ポップコーンが美味い!」、「低音がなんかドーンって響く感じですごい!」、「席がふかふかで家より見やすい!」といったような感じだ。
『ニセ教養お姉さん』、もしかして意外と本質的なことを言っている……?

そう。このお姉さんは、ガチ勢からするとテキトーに見えるものの、その実エンジョイ勢にとっては最高の入り口になる一歩目を踏み出すきっかけになる、肩の力抜けまくりな「ニセ教養」を授けてくれる、最高のお姉さんなのだ。
今回はマンガ『ニセ教養お姉さん』の「ニセ教養お姉さん」が教えてくれる、「ニセ教養」とはなんなのか、そしてその魅力を語らせてほしい。
エンジョイ勢なんだから、「テキトー」なことから始めたっていいじゃない
本作で語られる「『ニセ』教養」とは、一体なんなのか。
はじめはピンと来ていなかったものの、まず冒頭からお姉さんが「ニセ教養」をアツく語ってくれているので、それを見てもらおう。

本作におけるニセ教養とは、「間違えてもいいんだ。だって俺は、私は、素人なんだから!」という、極めてハードルの低いスタンス、そしてそこから生まれてくるユルすぎる楽しみ方の数々だ。
令和の時代はググってよし、AIに聞くもよし、少しスマホをタップするだけで答えを調べることができてしまう。
筆者自身も、何かを楽しもうとしたときにはタイパ・コスパを重視して正解を先に探してしまうことがある。作品を楽しむ前に他人のレビューを意識してしまうし、作品の受け取り方を間違った日には自分のレビューに低評価が大量についてしまうんじゃないか……という不安に苛まれる。
そうして、ついつい目の前のことを楽しむ余裕がなくなってしまう。
ニセ教養お姉さんは、そんな身構えた姿勢をユルい言葉の数々で強制解除させて、「間違った感想でもいい」という低すぎる志を植え付けてくれる。そして、新たな豊かさに触れるハードルをガン下げしてくれるのだ。

ふと、自分がやりこんだ大好きな対戦ゲームを紹介するときのことを思い出した。
今まではガチ勢目線で、
「そのキャラは弱いから選ばないほうがいいよ」
「このコンボできるまで何回も練習しないと勝てないよ」
「この動きはあくまで魅せプレイであって無駄が多いから参考にしないでこっちの実践的な動きに変えたほうがいいよ(早口)」
などとついアドバイスしがちだったが、これは「マジ教養おじさん」案件だったと後悔している。
「マジ教養おじさん」な自分が言っていることは、たしかに事実かもしれない。でも、初心者に本当に必要なのは、ハードルを限界まで下げてくれる『ニセ教養』じゃないだろうか?
心に『ニセ教養お姉さん』がいる今なら……大好きな対戦ゲームに興味を持ってくれた誰かに、
「そのキャラの動き、かわいいよね!声もいい!」
「そのコンボ見た目かっこいいよね!」
「このプレイスタイルも面白いよね!」
と言えそうだ。
こっちの方が、どう考えても楽しそうだ。

ニセ教養お姉さん、俺の友だちになってくれ!
ここまで「ニセ教養」のハードルを下げてくれる力について伝えてきたが、本作でもうひとつ大事なのは、ニセ教養お姉さんの魅力だ。
このお姉さん、とにかく会話のバランス感覚がいい。あまりにテンポよくハードルの低いことを言い続けるので、ページをめくるたびに楽しくなってくる。
「ニセ教養お姉さん」に質問すれば、アドバイスをくれる。でもこればかりだと「メンターお姉さん」になってしまいそうだが、彼女の場合はアドバイスの後に毎回ぶっちゃけすぎている話をしてくれるのだ。すごく……親近感がわいてくる。
このぶっちゃけっぷりもなかなかなもので、例えば「冠婚葬祭のマナーは誰かしらがマナー知ってるからそれ真似する」とか、「図書館って本が多すぎていつでも読めるから今日はいいやって思うよね」とか。気心の知れた友だちとの会話みたいな、ユルいスタンスが常に示され続ける。


もしも隣に「ニセ教養お姉さん」がいてくれたら、苦手なジャンルや楽しんだことのないコンテンツに挑戦しようとしている自分に、なんと言ってハードルを下げてくれるんだろう?そんなことを妄想しているうち、下がりきったハードルをヒョイっと乗り越えるのが、たやすくなってるのだ。

間違っててもあとで訂正すればいい、まずは楽しもう
最後に、本作の「マンガ」としての良さについても触れておこうと思う。
本作はほぼ全てのページが、4コマ形式で1ページで完結している。短い文字数にもかかわらず、起承転結がついているうえ、言いたいこともギュッと詰まっている。
この軽い読み口だからこそ、「お姉さん」のセリフが洗練されていることも特徴だろう。迷言であり名言なセリフの数々は、何度見返しても味がする。
お姉さんの太字のセリフには、特に注目してほしい。特に筆者に刺さったのは「知ってることが1個増えるたび知らないことは10個増えます」というセリフ。芸術にしろ何にしろ、味わい尽くすことなんてできない。だからこそ、こうしてハードルの低すぎる楽しみ方でその一端を味わうだけでも、いいのだ。

「間違えてもいい楽しさ」を、次々脳に叩き込んでくれる『ニセ教養お姉さん』。
このマンガで得た「ニセ教養」という技を使って、なにか新しいことに触れてみたい!
ということで、修学旅行以来、ン十年ぶりに美術館に行ってきました。
中学時代の美術の成績は2で、美術というものにかなり苦手意識がある。しかし、今や筆者の心には『ニセ教養お姉さん』がいる!
ということで、西東京エリアの中でも大きそうな吉祥寺の美術館に行ってみたところ、
まさかの休館中だった。
どうやら企画展示や展覧会の入れ替えのタイミングは休館になることがあるらしく(美術に疎いため、展示の入れ替えという概念を知らなかった)2週間ほどの休館期間とぶつかってしまったようだ。
どうしよう?と心のお姉さんに尋ねたところ、
「GoogleMapで『美術館』と調べればいい感じのとこが出てきますよ」
「行き当たりばったりでいいじゃないですか」
と言われた気がしたので、検索して出てきた三鷹市美術ギャラリーに行ってみて、開催中の写真展を楽しむことにしてみた。もちろん、筆者には写真の心得はない。

お姉さんのおかげで、写真展を楽しむためのハードルは下がりまくり。この構図が……とか、そういう難しい知識は抜きに、
「なんかよかった!」
「花が綺麗だった!」
「自然がよかった!」
と素人丸出しの感想を抱きながら楽しむことができた。
美術館といえば、怪盗が忍び込むような荘厳な見た目の建物をイメージをしていたし、それによってハードルの高さを感じていた。なんなら、歴史的背景を知らないと入ってはいけない場所くらいに思っていた。
しかし、なんと三鷹市美術ギャラリーも、武蔵野市立吉祥寺美術館も、商業施設の上の階にあり、非常に入りやすい。しかも、入館料は無料。
もしかして、美術館ってもっとカジュアルに足を運んでいい場所なのか!?
こんな体験ができたのも『ニセ教養お姉さん』に出会えたからこそ。自分が新しく何かを始めようと、そう思ったときにふとこのマンガを思い出せば『ニセ教養お姉さん』が背中を押してくれるはず。
ありがとう、『ニセ教養お姉さん』!!
芸術、面白すぎ!ニセ教養最高!


