日本では今年1月に出荷が始まったばかりの、MicrosoftのMRゴーグル「HoloLens」。半透明のヘッドマウントディスプレイを装着すれば、現実世界の上に3Dの仮想オブジェクトを重ねて表示することができる、VRともARとも違う新たなコンセプトのデバイスだ。
とはいえ、お値段は約33万円という高額製品。なかなか手が出ない人も多いと思うが、ドワンゴVR部ではしっかり入手。社内でさっそくさわり心地を試している日々だ。
Microsoftが本気出して作ったお値段33万円のHMDをさっそく購入してみた【HoloLens体験レビュー】
実のところネットを見ても、現状のHoloLensは他に類を見ないコンセプトの機器のためか、どのように活用すればいいのか誰もが戸惑っている段階だ。PS VRやHTC ViveといったVR機器と異なり、HoloLensを活用した本格的なコンテンツが生まれるのはまだこれからと言っていい。そんな黎明期のHoloLensで何を楽しめばいいか――なかなか入手している人は少ないと思うが、今回はHoloLensで遊べるゲームを一つ紹介してみたい。
それは、本格推理探索ゲーム『Fragments』だ。数少ないHoloLensを使ったゲームの中で、現時点で最もできがいいと言われている作品である。
『Fragments』は一体何が革新的なのか? 推理ゲームとしてのクオリティはどうなのか? そして今後HoloLensゲームの世界はどのように広がっていくのか? ドワンゴVR部のメンバーに大いに語ってもらった。
構成・文/透明ランナー
取材/鈴木慎之介
Fragmentsってどういうゲーム?
今回はHoloLensゲームの中で最も評判がいいという『Fragments』を紹介したいと思うんです。まず『Fragments』ってどういうゲームなんですか?
HoloLensをかぶると自室の中に事件現場が広がっていて、そこに残された手がかりをもとに、謎を解決していくアドベンチャーゲームです。捜査官になって犯罪を解決していきます。
公式サイトでは「High-tech crime thriller」、SF犯罪サスペンスと紹介されていますね。
ゲームを軽く説明すると、記憶から犯罪現場を再構成するという技術ができた近未来が舞台です。で、小さい男の子が誘拐されたから救出班を送り込みたいけれど、男の子の正確な現在位置がわからない。
そこで衛星から男の子の記憶をスキャンすることができたので、「その記憶を元に男の子がいる場所を推測してくれ」という依頼から始まります。まさに近未来というか、サイバーな世界観ですね。
あと、音の臨場感がすごい。
— ちひよ (@chihiyo_k) 2017年1月22日
twitterだとそれを伝えられないのが惜しいが、3D空間上で後ろから音が聞こえるのがすごく面白い。
3/5#HoloLens #AR #MR #Fragments pic.twitter.com/aUAs3J24Yc
家具を認識してキャラが座る!
で、このゲームって何が評価されてるんですかね?
Hololensが何かから説明した方がわかりやすいかな。まず前提として、Oculus【※】やHTC ViveといったVRデバイスは、外部に設置したセンサーからヘッドセットの位置を検出して映像を描画する仕組みなんですね。だから原理的にセンサーが届かない場所には歩いて行けないんですよ。
※Oculus Rift
2016年発売のOculus社製のVRヘッドマウントディスプレイ。
そこが不便なんですよね……。理想を言えば、外部のセンサーなしで歩き回れるほうがいいに決まってます。
それに対して、HoloLensはそれ自体が外の世界をちゃんと認識できる、インサイドアウト方式と呼ばれる認識方式を採用しています。ヘッドマウントデバイスの中にカメラやセンサーを仕込んで、それによって現在位置を取得するという仕組みですね。
……魔法ですか(笑)。
Microsoftは技術的詳細について公開していないのですが、我々が推測するに複数のセンサーを組み合わせて実現しているようです。まず赤外線を発射して、はねかえってくるときの波長のズレから距離を測る赤外線深度センサーがついています。それから普通のカメラも2台ついていて、その視差から距離を測っています。さらにIMU【※】という、スマホに入っているジャイロの高精度なバージョンが入っているんですね。
※IMU(慣性計測装置)
Inertial Measurement Unitの略称。3軸のジャイロと3方向の加速度計によって、3次元の角速度と加速度を求める装置。
それらを全て組み合わせて、「ここにはこういう形の壁がある」とか、「これは壁ではなく人だ」といったことを把握しているんですね。
これがもう間違いなく、いまのところMSしか世に出していない魔法のような技術なんですね。このゲームは、Hololensのその特徴を上手く活かしたものなんです。
おお、やっと本題に戻ってきた! で、それをどう活用しているんですか?
まずゲームを始める前に、プレイヤーは部屋全体をスキャンする必要があります。壁や家具をしばらく見つめていると、例えば「ここは壁だ」とか、「これはテーブルで、ここには椅子がある」といったことをHoloLensが読み取ります。部屋全体の形や家具の配置を認識して、部屋のサイズや家具の配置合わせて犯罪現場を再現するんですよ。
リアルの部屋にあわせて犯罪現場の様子が変わるわけですね!
最初見た時は本当に感動しましたよね。
特に、イスを認識するのは個人的にすごく感動しました。ゲーム内でガイド役をしてくれるAIの男性がいるんですが、非常に自然な動作をしていて、しゃべっている途中でイスに座ったり、壁にもたれかかったりするんですよ(笑)。
現実のイスにですか?
そうです。現実のイスに仮想キャラが座るんですよ!
しかも椅子に座るときの動きが、深く座るときと、ヨッと浅く座るときがあって。これ何パターン入ってるんだというくらい、モーションがものすごく自然に作ってある。
そんなに細かいんですか(笑)。自然な動きを追求しているわけですね。
視野角の狭さをどう克服するか
前回のドワンゴVR部のHoloLensレビューでも解説しましたが、HoloLensって視野角がものすごく狭いんですよ。
いや、ホント狭いんですよね……。『電脳コイル』【※】みたいなのを想像してたのに、本当に視野の中心部が変わるだけじゃん! ってなるんですよ。まあ、それでも結構感動しちゃうんですけど。
※電脳コイル
磯光雄原案・初監督の日本のテレビアニメ、およびそれを原作とした小説作品。電脳世界の情報を「電脳メガネ」によって現実世界に重ねて表示する、いわゆるAR技術が広く普及した世界を舞台にした SFアニメ。2007年にNHK教育テレビジョンにて放送された。
これがやっぱり欠点で、今までのVRゲームと同じように作ると破綻するわけですよ、当然ながら。
それをこのゲームでは上手くカバーしている。欠点が弱点になってないんですよね。
というと?
このゲームでは記憶を再構成するために、意識を集中させる必要があるという設定なんです。部屋の中を見回すと床や壁に光がフワ〜って浮き出ているところがあるので、そこを見つめ続けると記憶からオブジェクトが再構成されるんですね。
見つめ続けるという動作をすることによって人間の意識が集中して、自分の気になる範囲がどんどん狭くなっていく。なのでHoloLensの視界が狭くてもそんなに気にならないという効果を生み出しています。
このギミック一つで上手く弱点を回避しているわけですね。
ペンとメモ帳が必要な本格的な推理ゲーム
謎解きといえば、『Fragments』では現実のペンとメモ帳が必要になるんですよね。
あ、そうそう。これは最初にAIくんが「紙とペンを持ったほうがいいですよ」とアドバイスしてくれるんです。これはVRに対するアドバンテージのさりげない主張ですよね。
なるほど! VRだと視界を覆うので現実の紙とペンは見えないけれど、半透明のHoloLensならメモを参照しながらプレイできますもんね。
実際ゲームの内容もメモを取らないとなかなかクリアするのが難しいんですよ。丹念に情報を集めないと謎が解けないようになっています。
オールドスクールにペンとメモ帳を持って、自分でちゃんと推理をする必要があります。
もしかして、かなり推理ゲームとして難易度が高いんですか。
推理ゲーをやり慣れていないゲーマーにやらせたところ、結構詰まっていました(笑)。最近のゲームは親切なので「これは重要だからメモしとけよ!」みたいなことが出てくることが多いんですが、『Fragments』では一切出てこないですからね。
謎解きゲームが好きな人には割と満足してもらえる出来だとは思う。これは体験しないと分からないのでぜひ遊んでほしいですね。
4点の「デベロッパーハイライト」
もう少し技術的な観点から、詳しく面白さを説明しますね。HoloLensのアプリには「Developer Highlights」、つまり「このアプリはこういうところに注目して遊んでみてくださいね」という要素があります。『Fragments』 の場合は4点あります。
1つ目は「Room solver AI(空間認識)」。エンジニア的な言い方ですけど、部屋のどこに何があるかを認識して、自然に物を配置する技術ということですね。それから「World-aware characters(環境を認識するキャラクター)」、つまり壁や机やイスを認識して、例えばイスがあったらキャラクターがそこに座るということです。ゲーム中「HoloCall」という会議通話が始まるんですが、会議中に脚を組み替えたりとか、壁に手をついてもたれかかってみたりとか、そういうことを自然にやるのはまさにWorld-awareですよね。
あとは「Adapts to room size(部屋のサイズに合わせる)」。部屋のサイズはプレイする人によって当然変わるわけです。今までのルームスケールVR【※】ゲームだと、ゲーム側が「最低何メートル×何メートルの空間を用意してください」と要求してきて、プレイヤーがそれに合わせた部屋を用意する必要があるんですけど……。
『Fragments』はゲームの世界の方を現実の部屋のサイズに合わせて拡縮するわけですね。
なので、遊ぶ時はぜひ2箇所以上でやってみてほしいです。きちんと家具を避けて人が立ったり、机の上にそれっぽいオブジェクトが配置されたりするのを体験してほしいですね。
最後は「Emotional storytelling(情緒的な物語)」です。これはモーションキャプチャー【※】や脚本が素晴らしい、瞳の動きまでちゃんと作ってあるというようなことです。すごく細かい表情筋とか、瞳の動きとか。
※モーションキャプチャー
現実の人物や物体の動きをデジタル的に記録する技術。映画やコンピュータアニメーション、ゲームなどにおけるキャラクターの人間らしい動きの再現に利用される。
でも高精細なポリゴンではまったくないんですよ。HoloLens自体の性能の限界もありますからね。例えるならPS2くらいかな。でも、ポリゴンの荒さが気にならないくらい生き生きしたキャラクター表現になっています。
あとハードウェアの話で話しておかなければいけないことがあります。マイクの性能が素晴らしいことですね。