『モンスターハンター』の最新作『ダブルクロス』には、新しい2つの狩猟スタイル「ブレイヴスタイル」「レンキンスタイル」が加わったが、そのなかに科学的に興味深い技がある。
その名はブレイヴスタイルの「イナシ」。
戦闘能力の高い「ブレイヴスタイル」のときにだけ使える技で、敵の攻撃を武器で受け流す。直後、敵と距離を取り、自動的に納刀状態になる。納刀の効果で、すぐに走れるし、攻撃の威力も増す。さらに、イナシと攻撃を繰り返すと、ブレイヴスタイルを長く維持できる。
つまり、通常の攻撃でブレイヴスタイルになったら、あとはもう、イナしては攻め、イナしては攻め……というハイテンションな戦いが勝利への活路を開くのだ。すばらしいですなあ。
だが、敵は巨大なモンスターである。その突進や、尾の一振りなどを武器で受け流せるのだろうか。失敗したら、目も当てられないことになりそうな気がするが……。
ここでは、大猪ドスファンゴの突進を、大剣でイナす場合を考えよう。
相手はデカくて速い!
科学的に知りたいのは、ドスファンゴがどれほどの大きさで、どんな速度で突進してくるのかということだ。
ドスファンゴの大きさは個体によって違うので、カプコンの公式サイトの動画で測定してみた。測定可能なのは、肩の高さ(体高)である。ドスファンゴの肩の高さは、ハンターの身長の2倍ほどもある。ハンターの身長を190cmとすると、肩の高さは3.8mということだ。で、デカいな。
体長や体重はどれほどだろうか。ニホンイノシシを元に考えてみよう。二ホンイノシシの大きな個体は、肩の高さが90cm、体長が150cm、体重が190kg。ドスファンゴの肩の高さは、その4.2倍だ。すると体長も、おそらく4.2倍で6.3m。アフリカゾウほどもあることになる!
生物の体重は、体長や体高などの「サイズ」の3乗に比例する。ニホンイノシシとドスファンゴでは、サイズの比率は4.2倍なので、体重の比率は4.2×4.2×4.2=75.3倍。これをニホンイノシシの体重190㎏にかけた14.3tが、ドスファンゴの体重になる。こちらはアフリカゾウの2倍もある!
こんなにデカいのに、ドスファンゴは巨大な牙まで持っている。イノシシを元に測定すると、根元の直径は38cm、長さは2.2m。もはや丸太であり、体長の3分の1を超えるとは、恐怖の牙だ。このサイズになると、1本で150kgの重さがあるはずで、2本で300kgになる。つまり、牙まで加えたドスファンゴの体重は、14.3t+300kg=14.6t!
人類最速の男も逃げ遅れる、恐怖の突進
突進のスピードは、どれほどだろう?
イノシシは走るのが速く、その名のとおり猪突猛進するときは、時速45kmに達するという。ウサイン・ボルトが世界記録を出したときのトップスピードは時速44.5kmだったから、イノシシに追いかけられたら、ボルトでもギリギリで逃げ切れないのだ。
これが4.2倍のサイズになると、どうなるのか?
動物が走る速さは、体形が同じ場合はサイズの平方根に比例する。すると、2倍を少し超えて、時速92km。高速道路を疾走するクルマなみ!
いや、これはもう、想像するだけでオソロシイ。ゾウの2倍も重いイノシシが、時速92kmで突進してくるのを、剣で受け流す!? 筆者だったら確実に、ナニモカモ振り捨てて逃げ出します。
剣がデカいから大丈夫?
とはいえ、『モンハン』のハンターに敵前逃亡は許されないし、逃げても長さ2.2mの牙のエジキになるのは必定。ここは踏みとどまって、大剣で戦うしかないだろうなあ。しかし、この剣があればなんとかなるのか?
唯一の救いは、大剣がきわめてデカいことだ。ドスファンゴを大剣で斬りつけるシーンで測定すると、ハンターの身長が190cmなら、刀身の長さは2.1m、幅は60cmもある。
この剣、柄の近くが直径35cmの半円形にえぐれている。これは、根元を軽くして、重心を先端に近づけるための工夫であろう。
野球でも、ホームラン打者は、重心が先端の近くにあるバットを使う。このような剣やバットは、振るのに力がいるが、当たったときの衝撃が大きくなるのだ。つまりこの剣の構造は、ハンターにとって有利である。そのうえ刀身の厚さが、どう見ても5cmはある。これで鋼鉄製なら、重さは驚くなかれ480kg! グランドピアノほどという、驚天動地の巨剣なのだ。
いろいろ勇気の湧く条件が出てきたが、ではこの大剣で、時速92kmで突っ込んでくるドスファンゴをまともに受け止めると、どうなるか?
計算してみると……うわっ、後方に時速178kmでぶっ飛ばされてしまう!そして、21m離れた地面に叩きつけられ、転がったり滑ったりして、ボロボロになって停止するのは230m彼方。まだ命があるかなあ?
――というわけで、ここはどうしても、イナす以外にないと思われる。
横綱の2200人分のパワーが必要!?
それには、具体的にどうすればいいのか。
「いなし」とは、もともと相撲の技だ。相手が突き押しで攻めてきたとき、回り込んで腕や肩を横向きに押すと、相手は体の向きを変えられて、力のやり場を失う。これは、突きや押しでは前に向かって力を籠めるため、横からの力には、咄嗟には対抗できないからだ。実に理に適った技であり、小兵力士が、いなしを駆使して巨漢力士を翻弄する光景に、相撲ファンは喝采を送るものである。
相撲はそれでよいとして、ドスファンゴに比べれば、ハンターは小兵も小兵。よほどのスピードとテクニックが要求されるに違いない。
上記の公式映像の0:49秒あたりに、「イナシ」を食らったドスファンゴが、体の向きを20度ほど変えるシーンがある。おそらくハンターも、ドスファンゴの牙を大剣で横向きに薙ぎ払っているのだろう。まさに相撲の「いなし」の極意。
では、ドスファンゴの突進に、相撲のいなしで対処したらどうなるか?
いなしは力ではなくテクニックが重要で、相手の動きを見切り、タイミングよく回り込み、相手の腕の絶妙な箇所に力を加えるが、体重14.6tのドスファンゴを相手に、そんな相撲マニアなことは言っていられない。
もう、全力で横から突っ張りをぶちかますしかないだろう。
第72代横綱・稀勢の里 寛の突っ張りが、600kgの衝撃力(ヘビー級ボクサーのストレートくらい)を持つとすると、突っ込んでくるドスファンゴの体の向きを20度変えるには、稀勢の里が2200人必要だ。
日本相撲協会の所属力士は614人だから、全員が横綱になっても、まだ足りない! これがわかってみると、いよいよテリブル。『モンハン』のハンターは、稀勢の里が2200人がかりでやっといなせるドスファンゴを、軽々とイナしているのだから。いったいどんなスピードで剣を振れば、そんなことが可能なのか!?
結果だけを示すと、時速57kmである。おお、プロ野球のスラッガーのスイング速度が時速150kmほどといわれるから、なんとも余裕たっぷりの振り方だ。なるほど、やはりイナシは、理に適っているのだなあ。
いや、いやいやいや。何を喜んでいるんだ、自分!
14.6tのドスファンゴの突進を、時速57kmのスイングでイナせるのは、大剣が480kgもあるからだ。そして、長さ2.1m、重量480kgの剣を時速57kmで振るには、2.8tの腕力が要求される!
しかも、最新作『ダブルクロス』の世界には、ドスファンゴよりも大きなモンスターがウジャウジャいるのだ!
イナシは素晴らしい技だが、ムチャクチャな体力がなれれば、できない技なのだ。常人は、やっぱり逃げる手立てを考えたほうがよさそうです。