ブラジル政府は、先日リリースされたベルトスクロールアクションゲーム『Bolsomito 2k18』の調査を開始した。
対象は開発会社であるBS StudiosだけでなくSteamを運営するValveも含まれている。10月12日の時点でValve、BS Studiosからこの件に関しての声明は出ていない。
海外メディアEurogamerが入手した連邦直轄区・地域検察局(The Brazilian Public Ministry of the Federal District and Territories・MPDFT)の文章によると、同作は大統領並びに現在行われている大統領選挙、国民、そしてマイノリティへ道義的損害を与えることから、Valveにこのゲームを削除するよう求める旨も記載されている。
『Bolsomito 2k18』は現在のブラジルの政治情勢にインスピレーションを受け、BS Studiosによって開発された。大統領選で最有力候補であるジャイール・ボウソナロ氏をモデルにした主人公が、ブラジルを脅かすレッドアーミーと戦うといった内容だ。
Steam Storeページでは、主人公は社会を腐敗させ転覆しようとする敵を撲滅するために戦うと説明されている。
しかし、レッドアーミーの手下として登場する敵は、性的マイノリティやその権利を守ろうとする活動家や女性、黒人(あるいはミックスドレイス)といったマイノリティも多く含まれている。
ブラジルの人口割合は、2000年には44.7%だった黒人とミックスドレイスが、2010年に行われた調査では50.7%と過半数を超えたことが報告されている。これはブラジルの歴史上でも初めてのことだという。
しかし肌の色や人種による偏見は根強く、現在でも黒人やミックスドレイスは「勤勉でない、貧しい、犯罪に走りやすい」と考える人は少なくないようだ。
ブラジルのサン・パウロに本社を置くニッケイ新聞では、リオ・デ・ジャネイロで肌が黒いことを理由に青年タレントが不当に逮捕されたことや、黒人の死亡率が白人に比べて2.4倍にも上るという研究結果が報道されている。
ゲームの主人公のモデルとなったジャイール・ボウソナロ氏がどのような人物かも確認しておこう。
氏は元軍人で、この選挙では世界でも有数の治安の悪さを誇るブラジルで暴力の根絶や汚職の取締の強化、民営化による公的支出の削減、化学的去勢を含めたレイプ犯への刑の厳罰化を公約に掲げ支持を集めている。
ブラジルでは1時間で平均7件もの殺人事件が起こるという。
ブラジルでは銃の所持は免許制となっているが、近隣国からの密輸、あるいは国内の警官や兵士が不正に横流した銃が闇市場で違法に売買されている。「銃は命を奪うことも救うこともできる道具となる」として、銃規制の緩和の公約が特に支持を集めているようだ。
その一方で女性や黒人、性的マイノリティへの蔑視発言や、タブーとされる1964年から85年までの軍事独裁政権時代の礼賛発言から強い反発も受けている。9月には選挙活動中に腹部を刺され、内臓まで達する重症を負って入院する事件も起きた。
場当たりな発言も多く、時にはそれまでと矛盾した発言をしていることも報道されている。
7日に行われた選挙では、ボウソナロ氏は得票率46%と2位以下を大きく引き離す結果となったが、過半数に届かなかった。このため、得票率29%で2位のフェルナンド・アダジ氏との決選投票が28日に行われる予定だ。
これまでもValveは中国政府の検閲したゲームのみを販売する「Steam China」を提供したり、オランダ政府による法的警告を受けて『Counter-Strike: Global Offensive』と『Dota 2』からルートボックスを削除するなど、各国政府とは協調路線を取っている。
また、Valveは最近Steam Storeの方針を、違法なものやトロール行為以外であればどのようなゲームでも容認していくものに変更した。トロール行為については厳密な調査を行って個別に対応するということで、削除要請を受けたValveは『Bolsomito 2k18』を調査することと予想される。
SteamDBによると、現時点でブラジルでも本作は販売停止にはなっていない。
トロール行為の範疇にはプレイヤーの個人情報を不正に盗み出したり、ゲームの裏で勝手に仮想通貨を生み出すマイニングを行ったり、意図的に低品質なゲームを作り出したり、不和を助長するような侮辱的な内容のゲームも含まれる。
9月にはそういったトロール行為を行うゲームソフトが、合計で179本削除されている。
自由なゲームの表現を守ると同時に、ゲーム文化そのものを貶めるような行為への対決という難しい方針への道を選んだValveだが、果たしてこのゲームにどのような審判を下すのだろうか。
文/古嶋誉幸