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『人生ゲーム』の生みの親ルーベン・クライマー氏が99歳で死去。9月14日にカリフォルニア州の自宅にて

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 Chicago Toy & Game Groupは、ボードゲーム『人生ゲーム』の生みの親であり、ゲームデザイナー、おもちゃ開発者であるルーベン・クライマー氏が現地時間9月14日にカリフォルニア州ラホヤの自宅で亡くなったことを明かした。99歳だった。

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(画像はReuben Klamer, Toy Industry Icon and Inventor of the The Game of Life, has Reluctantly Left this World at 99より)
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(画像はタカラトミー『人生ゲーム』公式サイトより)

 おもちゃの関連のイベントの主催や慈善事業を行うChicago Toy & Game Groupによると、ルーベン・クライマー氏は1922年6月20日、ルーマニア系ユダヤ人移民の夫婦の間に生まれた人物。

 オハイオ州カントンで育ち、ジョージ・ワシントン大学、オハイオ州立大学で社会学、経営学を学ぶ。第二次世界大戦では、太平洋上の米海軍水陸両用上陸部隊の士官として従軍した。

 戦後は航空貨物会社のマーケティング開発者として折り畳み式ラックを開発し、これによって荷物を梱包をせずに空輸することができたという。その後、広告代理店「クラマー・カンパニー」を設立し、テレビ黎明期のプロモーションの先駆者として活躍した。

 おもちゃ業界のキャリアとしては、1949年に「デアル・トイ社」の入社がはじまりで、営業としての出発。1951年に入社した「エルドン・インダストリーズ社」では商品開発に携わることになり、ゲームデザイナーとしての手腕を発揮した。

 その後、「Spin-A-Hoop社」の社長就任、「The Toy Development Center and Children」の設立、「Reuben Klamer & Associates」の設立など、おもちゃに関連する会社で活躍していく。手がけたおもちゃは約200種類におよび、とくにおもちゃの素材として先駆的にポリエチレンを使用し、耐久性と安全性を増すことに成功した。

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(画像はタカラトミー『人生ゲーム』公式サイトより)
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(画像はタカラトミー『人生ゲーム』公式サイトより)

 『人生ゲーム』の誕生は、ゲーム会社の「ミルトン・ブラッドリー社」がルーベン・クライマー氏に同社の創業100周年を記念したゲームの開発を依頼したのがきっかけだ。

 じつはもともと原型となるゲームが存在しており、直接的な源流としては19世紀まで遡れる。それがミルトン・ブラッドリー氏が開発し、ミルトン・ブラッドリー社が販売していた『The Checked Game of Life』(1860年)である。(『The Checked Game of Life』のルールについては、詳しくはこちら

 この『The Checked Game of Life』を大幅にアレンジしたのが、ルーベン・クライマー氏の『人生ゲーム』(『The Game of Life』)である。クライマー氏のもとで働いていたゲームデザイナーのビル・マーカム氏と共同開発をした。

 『人生ゲーム』は1960年に発売されて以来、世界59カ国・26言語で販売されている。正確な数はわからないが、7000万個以上が販売されたとみられている。 

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(画像はタカラトミー『人生ゲーム』公式サイトより)
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(画像はタカラトミー『人生ゲーム』公式サイトより)
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(画像はタカラトミー『人生ゲーム』公式サイトより)

 日本では1968年にタカラ(現タカラトミー)から発売された。当初は英語版に忠実な内容だったが、1983年に日本独自のアレンジがほどこされ、1989年の「平成版」からは若年層向けにゲームを刷新して大ヒットした。

 現在では『ドラえもん』、『鬼滅の刃』などさまざまなキャラクターとのコラボレーションや、アレンジ版などが登場して、お茶の間の定番ゲームとして定着している。

 クライマー氏は、マーケティングとおもちゃ開発の才能が豊かで、アイディアに溢れたイタズラ好きな人物だったという。熱心な観劇家でもあり、教育や医療を中心とした多くの慈善活動をしてきた。

 また2021年初頭には『Blitz, Sizzle, and Serendipity』という回顧録を完成させたという。葬儀は、カリフォルニア州ロサンゼルスのヒルサイド・メモリアル・パークで執り行われる。

ライター
85年生まれ。大阪芸術大学映像学科で映画史を学ぶ。幼少期に『ドラゴンクエストV』に衝撃を受けて、ストーリーメディアとしてのゲームに興味を持つ。その後アドベンチャーゲームに熱中し、『この世の果てで恋を唄う少女YU-NO』がオールタイムベスト。最近ではアドベンチャーゲームの歴史を掘り下げること、映画論とビデオゲームを繋ぐことが使命なのでは、と思い始めてる今日この頃。
Twitter:@fukuyaman

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